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「選ぶ」か「育てる」か

広岡達郎という昔プロ野球の名選手で後名監督となった男がいる。巨人で名ショートと言われ、阪神の吉田義男と並び称された当時(1950年代後半~60年代前半)セリーグを代表する遊撃手だった。彼は静かな風貌に似合わず、気性が激しい面があった。

現役時代には、国鉄戦で、広岡の打席のとき三塁にいた長嶋茂雄が独断でホームスチールを行い失敗。この時広岡はバットを叩きつけて「私のバッティングがそんなに信用できないのですか!」と川上監督に抗議して試合途中で球場を後にした。

その年のストーブリーグで、川上が広岡のトレード放出を画策したが、広岡が正力松太郎に「トレードされるなら巨人の広岡で終わらせてください」と引退を直訴した結果、正力の指示で残留が決定した。スポーツマスコミは挙って川上を非難。川上の仕打ちか広岡の体力の衰えか、翌年から出番が激減し、1966年のシーズン終了後に現役を引退した。

引退後はラジオやスポーツ紙などの評論家として活動し始めた。現役引退直後の翌年2月にメジャーリーグのキャンプの視察をするため渡米する。その足でフロリダ州ベロビーチで行われていた巨人軍のキャンプも訪れたが、川上監督は広岡による取材を許さなかった。

川上は選手に対して「広岡と口を利くな」と指示を出し、さらに広岡のドジャーズタウンへの宿泊も許可しなかった。広岡は川上の仕打ちに激怒し、文字通り殺意を抱くほどの激しい怒りを感じたと述懐している。

その後、ヤクルトの監督時代、西武の監督時代、ロッテのGM時代も悉くフロントや現場と対立して退団する。全く自説を曲げず妥協を知らぬ人であった。だが、万年Bクラスのヤクルトを優勝させたり、西武を日本一に導いたりと、その実績が彼の秀逸振りを証明している。

そんな信念の人、広岡が言っている。「アメリカ大リーグの監督は、層の厚い選手層(メジャー・3A・2A・ルーキーリーグと2軍3軍4軍がある)から、優秀な選手を選び引き上げて、ダメな選手は直ぐ下に落とすというやり方で、強い1軍を構成することが出来るが、日本は選手層が薄いから、そんな贅沢なマネージメントは不可能。選手を辛抱強く育てなければ強いチームなんて作れない」と。

けだし名言と言うべきだ。これは、何もプロ野球だけの世界の話じゃないだろう。世界中から人材が集まるアメリカと違って、日本では、会社を初めどんな活動組織でも、「選ぶより育てる」方が遥かに大切だと言えるのではないか。

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