細分化と全体像(6) -完-
【ヒント2】
ヒントの第二は、本社部門の業務の専門家達も、当時と違い、今ではExcelやAccessを用いて、自分の仕事を進めている多くの担当者がいる。当時のように、コンピューターと言えば汎用機しかなく、素人にCOBOLの習得を強いたことに比べれば、コンピューターは遥かに身近になっているし、そのリテラシーは極めて高い。
従って、基幹業務システムの業務ロジックも、Excelの関数を扱っている人には、それで表現して貰えれば充分事足りる。昔のように「COBOLで表現せよ」と言われるのに較べたら、その壁は無いに等しい。
そういう本社の業務専門部に数多くいるシステム・リテラシーのある人材の力を使わない手はない。彼らのシステム力を見て見ぬ振りして、相変わらず、システム部門しかシステムは作れないと言っていたら、それこそ、利権を必死に守る公益法人や特殊法人と変わるところがない。
高コスト、且つ、SE大量動員によるシステム構築のやり方からの脱出に心底悩んだ人間から見れば、本社部門の業務の専門家で、このようなコンピューター・リテラシーを持った人が何人もいることに勇気付けられる。
彼等の存在を正しく認識すれば、彼等からSEが業務知識や業務要件を教えて貰うのではなく、彼らに直接業務ロジックを作って貰い、システム部門はそれ以外のシステム要件を整え、両者を合わせて基幹システムと成す、そういうことを可能とする舞台作りを考えることも、それ程荒唐無稽なことでなくなる筈だ。
検討を祈る!!!
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タイトル「細分化と全体像」で始めた当稿が、書こうと思っていた「木を見て森を見ざる理」のテーマからどんどん外れて、遂に、出身母体のシステム部門へのエールとなってしまった。
「ミクロとマクロ」「専門化と総合化」、この二律背反が至るところで目に付くので、両者をバランスさせるにはどうすべきかを考えようと思ったのですが、それはまたの機会とさせて頂きます。
神童 拝


2 comments
僕らの時代ですら、すでに先見性ある(優秀な輩)はIBMや日立、悪くとも富士通あたりを目指してました。
保険屋に入ったらいきなり「SE」では無理と考えて、舐めてました(失礼)
でも金融機関のシステムは、40年を越えて、作られていきました。
そしてこの10年、IT業界は全ての新人(スーパー知財)を200万/月も出して青田買いしてきたのです。
こんな現実を踏まえて可能な事・・・それが金融機関における「細分化と全体像」(ちょっと難しかったけど)論の結論と考えてもいいんでしょうか???
金融機関のシステムは押しなべて巨大システムです。それは他業界と違って、商品そのものが全部コンピューターに入るからです。従って、他業界の商品一つ売れた時の情報量に比し、金融機関の場合はそれが、50倍から100倍のデータとなります。
同様に、商品や事務を規程する情報(業務ロジック)も、他業界の100倍を優に超えるでしょう。
けれどもこの40年間、システム部門は、他業界と同じようにシステムの全部を自分達で作って来ました(膨大なので作成に当っては勿論メーカーやソフトハウスの支援を仰ぎました)。
だから、金融機関のシステム部門のSE人数も開発コストも開発期間も気の遠くなる大きさとなった訳です。
この先、もっと変化が激しくなり、ビジネスの形が進化すれば、システムも加速度的にシステム化要請が強まります。そうなれば、今でもコントロール不能に近いか陥っている巨大なシステムと部門がその10倍の大きさになるのも可笑しなことではありません。
本稿は、一体この先どうなるんだという、恐怖と危機感から何としてもシステム構築のやり方を抜本的に変えねば明日はないとの思いで、懺悔の意を込めて次世代の人々に託したものです。
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