プレミアムエイジ ジョインブログ
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小沢一郎

  昨夜のテレビ東京で、小沢一郎が一時間に亘って村上龍からのインタビューに応えていた。

  僕は昔から、ナンバーワンの座(責任を取る立場)に就かず、その影で隠然たる力を楽しむ権力者然とした人物、例えば金丸信のような人物が本能的に嫌いだった。これは多分に、見た目やマスコミとの受け答えでの不遜な物言いなど、外見的印象でしかないことは自覚している。

  従って、僕の中では、小沢一郎も金丸信と全く同じ分類に入っていた。だが、昨夜のテレビ出演を見ている限り、小沢の発言は不遜でもなければ、権力者のような上からの言い方でもない。

   何より、彼の考え方に賛同出来ることが多かったのは驚きだった。マスコミなどが批判している、国への陳情や要請を幹事長室に窓口一本化したことについて、小沢一郎は次のように語る。

 「自民党政権の時代は、族議員が陳情を受け、それを官僚に伝える。或いは、官僚が直接陳情を受けた。そうして結局、官僚達が実質的に予算を決めていた。このやり方が、政・官・財の癒着構造を作った。だから、政権交代を機に、今こそ、その癒着構造を断ち切り、政治が全国国民の声を聞き、政治が予算を決める形に大転換したのだ」と。

  更に、政の官僚依存からの脱却については、

 「これまで、実務は全部官僚がやってくれたから、政治家はその上に乗っかっていれば良かった。総理大臣は誰がなっても同じ、とか言われていたでしょ。安定した時代には、政治のリーダーシップなんて必要なかったということ。政は不要だった。だけど、変化の激しい時代は政治が国を動かさないといけない」

「日本は、ずっと政も官も(誰が責任者か分からないようにして)責任を取らない、コンセンサスの国だった。これからはそれでは立ち行かない.政治が全責任を負って、国をリードして行かなければいけない」

   番組を見る限り、国会では全て大臣が答弁し官僚の出番は殆どなくなった。新人議員は地元との絆を強化するため、隈なく歩いて人々の声を聞き汗を掻く。刑事でも企業でもそうだが現場重視は基本中の基本。小沢は、無血革命という言葉は使っていたが、政治(及び政治家)を本来の姿に戻そうとしているだけかも知れない。

   僕は、自分の師匠が昔言った、「日本では、自分の全責任で一国を指導した人は、織田信長以来、1人も出ていないかもなぁ」という言葉が耳から離れない。コンセンサス主義(同意した人全員に責任は分散、ということは即ち、誰も責任を取らなくて良い)という無責任主義からの脱皮の第一歩が、政治の官僚依存からの脱却であるなら大賛成である。

   インタビューアーの村上龍が、最近大訪中団を実施して胡錦濤と固い握手をしたりと、中国に顕著に傾斜しているように見える小沢一郎に突っ込んだ。

 「沖縄の米軍基地に移転問題について、最近のマスコミの関心は何処に移すのかばっかりでおかしい。もっと本質の、冷戦時の産物だった沖縄基地は、そもそも今必要なのか、といった突込みが無い。その点、小沢さんはどう考えますか?」

 「良く議論をして、もし、沖縄に米軍基地は要らないという結論になるなら、アメリカにそう言えば良い。対等に議論出来ないこれまでがおかしな関係だった。自民党が何も言えず、いや、外務省が何も言えなかったのだが。何も言わないで約束通りにさっさと進めないからアメリカがイラつく。そんな繰り返しだったと思う。今後は言うべきことはちゃんと言うそういう関係に変えたい」

   昨夜この番組を偶然見ていたエイジ氏がさっき喫茶店で言っていた。

 「村上さんの言われる通り、最早、不必要だと思いますよ。日米安保条約も解消して、世界の安全保障は国連主義に移す時期に来ています」

   と、明解に言って貰ったら、良し悪しは別として分かり易い政治家小沢一郎の誕生だったし、革新系も全部取り込む凄い政治家になるチャンスだったのにね、と。

4 comments

1 作家の誇りをなくしてほしくない { 01.05.10 at 6:29 pm }

党は政府ではありませんよ。国民は政府、国会に権力をあずけているのであって、いち政党の
ましてやいち幹事長にあずけているわけではありません。
陳情の一元化、政府への圧力をかける、これは憲法の逸脱です。
そんなことでは民主制度は破綻しますよ。

村上龍ともあろうものがここまで零落れてよいものかと悲しい気が致します。

2 ひろや { 01.06.10 at 11:55 am }

1993年発「日本改造計画」以来の小沢シンパである小生としては、今回のTV東京<村上龍vs小沢一郎>は、相当、視聴者に鮮烈なインパクトを与えたと思いますよ。
昨日これを見たある日本通の中国人ジャーナリストから、中国紙に掲載するべき<小沢一郎論>をメールレポートで貰いましたが、最後のコメントとして「今回の対談で(大いなる勘違い)に気付いた、日本の将来を見誤る論評を中国へ送る~寸前だった」と述べていました。
元日のTV朝日「朝生・・」では残念ながら(これからの日本)に何の期待も抱かせませんでしたが、その夜の「竜馬伝」(第1話)作成意図や、敢えてこの時期に長時間再放送したシリーズ「日本・韓国2000年・・検証」では、NHKあたりにも少しは<確かな眼>を見据えてる男たちがいるようにも見えます。
一点の燭光から~やっと2010年代突入も捨てたものではない~気がします。

なお、零落れた村上龍氏への論評は論外です。

3 シンドバッド { 01.06.10 at 1:13 pm }

書き込み、ありがとうございます。

貴殿のご意見、小沢個人に権力が集中している現状を憤慨されているように受け止めました。余りにマスコミや政治評論家がそのように扱うので、小沢が何の権限があってあのように振舞うのかと私も思っていました。

しかし、考えて見れば、日本の政党政治とは、
①複数の代議士(国会議員)が協力して政治を運営するために政党を組織し、
②民主的な方法(選挙)で政権を争い、
③選挙によって選ばれた政党の代表者(達)が内閣を組織し、
④行政の責任を議会に負いながら
政治を行うことを指しますよね。簡単に言ってしまえば、国民に選ばれた政党が中心になって政治を行うスタイルの事だと思います。決して米国のように、政府の最高責任者を国民が選ぶのではありませんね。
従って、現在ですと、民主党が現場や陳情で吸い上げたものを党として政策に活かすべき事を取り纏め、政府に伝えるのは可笑しくはないことと思います。(自民党時代も長い間そうでした)
マスコミの言うように、それが、政府に対する小沢側の圧力なのかどうかは、私には判断出来ませんが・・・。

一国の首相を(政府を)国民が選べない仕組み、言い換えれば、政党しか国民が選べない現在の仕組みで良いのか否かの問題に突き当たるような気がします。

4 シンドバッド { 01.06.10 at 1:26 pm }

ひろや さん、コメントありがとうございます。

小沢一郎という人物について、この番組を見て、私も日本通中国人ジャーナリストと同じように、マスコミを通じて出来上がっていた人物像とは全然違うという印象を持ちました。

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