陥れる
10年前。時代はコンプライアンス。企業の不祥事が相次いだことを背景に、当局も業界指導から、消費者保護に大きく舵を切ったことが背景にある。
とある中堅金融機関A社でも、経営理念の再構築、業務遂行上好ましくない慣行の撤廃、不祥事未然防止の仕組み構築、コンプライアンス推進組織の新設など、社長が率先して旗を振って、新時代に適合する会社を変えようと会社全体が動いた。
下世話な話、出入り業者からの、社会通念上常識のレベルを超える接待・付け届けなど断わるべきことも決められた(原則禁止ルール)。
それが、決められる前、本社の営業推進部門のR部長は隣の営業開発部長のSと共に、出入り業者の一つである印刷業者からの平日の接待ゴルフの誘いにOKを出していた。印刷会社の社長がR部長の大学の後輩だったこともあり、是非一度、関東ではかなりステータスの高い自分のコースに招待したいと熱心に誘うので、R部長は渋々誘いを受けたのだった。
日本経済が不況の出口が見えない中、この一年、営業の世界も苦戦続き。R部長はその印刷会社を使って様々な販売ツールを作った。それも、臨機応変に内容を変えたり、バージョンアップする時、無理を言って突貫工事をやって貰ったり、値段もかなり抑えたり、尋常ならざる協力をして貰った。
そんなこともあって、R部長は印刷会社社長のゴルフ接待を無碍に断わるのは難しいと思ったのだった。
ところが、問題が起きた。出入り業者からの接待を受けることも原則禁止になってから、同じ印刷業者の営業部長が、本社経理部長のTに、同じようにゴルフ接待を申し出た。
だが、T部長は新ルールを理由にそれを丁重に断わった。だが、印刷業者も簡単には降りない。
「御社にそういう新ルールが敷かれたということは伺っていますが、営推部のR部長と営開部のS部長も、うちの社長のゴルフに付き合って頂くことになりましたし、T部長さんも是非お願いしますよ」
T部長の目が光った。が、次の瞬間、何事もなかったように、
「へえ、そうなんだ。でも彼等は営業部門だから、許されるんだけど、僕みたいな純本部は絶対ダメなのよ。折角なのに悪いね。ところで、お宅の社長さんとR達がゴルフやるのはいつなの?」
「日にちは忘れましたが、確か来月の平日だと社長が言っていたような記憶がありますが・・・」
「あ、そう。営業部門が羨ましいよ」
RとTは同期入社ながら、最初からウマが合わない上に、2人とも優秀で、社内ではどちらが先に取締役になるかと、強烈なライバル関係と見られていたから尚のこと、仲が悪かった。
Tは腹心の部下に命じて、RとSが一緒に平日休む日を監視させた。そして遂にその日がやって来た。腹心がそれをTに告げると、Tは脱兎の如く席を立った。直ぐに社長室に飛び込み、室長にことの次第を説明。
社長室長からすれば、社長陣頭指揮で定めた新ルールを、お膝元の本社の、それも、部長職にあるものが破るとなればことは重大。早速、社長室長が該当部に紹介すると、R部長は「父親入院のため帰省」、S部長は「顧客対応(=接待ゴルフ=接待を受ける方ではなく接待する側)」ということであった。
営業上のゴルフ接待を行なうことは、相手先が、社内の接待基準をクリアしていれば特に問題ないのだが、社長室長は一応、明日、Sが出社したら事情聴取することにしするとTに伝えた。
翌日、Sは社長室に呼ばれ事情を聞かれた。Sは京橋支店長と一緒に、現在大きな商談を進めているある宝石商の責任者を接待ゴルフしていたと告げた。室長はその場から京橋支店長に電話して同じことを確認した。
Sは何故そんなことを社長室長に聞かれなきゃならないのか不審に思い、室長に正した。
「ある筋から、昨日、君とRが、出入りの印刷業者からゴルフ接待を受けている、との情報が入ったので、一応、私としてはそれが事実かどうか確認しなければいけない立場だからな。許せ!」
と、社長室長は答えた。
「あぁそれなら、新ルールが決った後、Rさんの方からやんわり断わった筈ですよ」
「分かった。この話、忘れてくれ!」
社長室長はT経理部長に、「君とRの反目には全く関心ないが、ガセネタを持ち込むのだけは止めてくれ!」と怒鳴った。
SはRの耳に入れておこうと、「ある筋」についても予断を含めずそのまま伝えた。Rは即座に言った。「Tのやりそうなことだ」。


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