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男6人湯布院の旅(1)

  湯布院は相変わらず人気ナンバーワンの温泉地なのだが、若い女性達の圧倒的支持があってのこと。彼女達が憧れて全国から大勢がやって来る湯布院。そこに男だけの6人組で行って来た。相当怪しい一行と思われても仕方ない旅だった。

  この一行、「信友会」という信州出身の中小企業の経営者のグループだ。システム会社・印刷会社・事務機器販売会社など業種は様々。そこの経営者達が年に数回集まって、勉強会や飲み会を30年近く続けて来た異業種懇談会のメンバー6人である。

  フル・メンバー11名から成る会だが、日曜出発火曜日帰京という行程なので平日2日連続休めない人や、丁度その日、商談で他の地域に出張予定の人、旅行することにドクター・ストップが掛かった人などがおり、最終的に6名となってしまった。

  今回の旅行は、目的の第一がグルメ。ふぐ料理や、はも料理を初めとするグルメ三昧を一度経験しようと集まった人達だ。冬は何と言ってもふぐだと一致し、メンバーの中に大分県の臼杵(うすき)で一番のふぐ料理屋に是非みんなを連れて行きたいという人がいて、そこに行くことが決った。

  第二が温泉。九州の温泉地と言えば湯布院・黒川・別府。この中の2箇所に泊まることにし、幹事に一任した。

  第三の目的が観光。阿蘇に行くことを条件に、その他の観光地は、これも幹事に一任。

  一行は8:05発のANAで羽田から大分空港に向かった。朝の混雑で20分ほど出発が遅れたが、10:00前には大分空港に到着。そこからは、ワン・ボックス・カーのタクシーで観光する。

   大分空港から中津に向かう途中、国宝の富貴寺大堂に立ち寄って、歴史の重みを感じながら観賞した。富貴寺は718年の建立とされる。最初は日本古来の山岳信仰の霊地、修行の場としてあったものが、平安時代後期には天台宗となり、比叡山延暦寺の末寺となった。

   勿論補修はされているだろうが、1,300年も前の木造建築が威風堂々とその佇まいを維持していることの凄さを思った。中に入ると木造阿弥陀如来坐像(本尊)が鎮座し、かなり色褪せてしまっているが当時描かれた大堂壁画が見られる。

   その後大型タクシーは、豊後高田市の「昭和の町」に到着。昭和の時代、国東半島で最も栄えた町と言われた豊後高田もその後郊外の大型店に食われ、過疎化も進み「犬と猫しか通らない」と言われるまでに衰退した。それをもう一度町おこししようと町の再生が始まった。

   町並みは、店の店頭に三脚に載った古いテレビや洗濯機などが陳列されていたり、店の概観も古き良き時代を思い出させる、当時の懐かしさを再現してくれている。聞くところによれば、昔ながらの建物のまま、外壁のみをリフォームしている店が多かったので、それを剥がすだけで昭和の時代を再現出来たと言う。

  豊後高田の「昭和の町」、地方都市再生の成功例として全国的に名高い。

   2~3年前に「三丁目の夕日」という映画が人気だったが、ヒットの背景はその時代に育った団塊世代前後の人々を強く引き付けたことだったろう。

   逆に言えば、「明治の町」や「大正の町」では、懐かしさを感じる世代が極端に少ないし、高齢でその町に行くことも出来ない。そう考えれば「昭和の町」も団塊世代が動ける内かなとも思える。

  メンバーの一人がぽつりと言った。「自分の田舎に帰れば、これと似たような感じだから、あまり感動しないけど、シャッター通りじゃないのが違う」。

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