男6人湯布院の旅(3)
今回のグルメ旅行、最初は中津のハモ料理。中津はご存知福沢諭吉の生まれ故郷。その時代から有ったのかどうかは知らないが、メンバーのTさんのお勧めで「瑠璃京」(るりきょう)というハモ(鱧)料理専門店でハモのフルコースを頂いた。Tさんは印刷会社の社長さんで、長く印刷業に携わって来られ、知る人ぞ知る業界の重鎮である。
人は彼のことを「印刷業界の知恵袋」とか「印刷の神様」とか呼ぶので、ご存知の方もおられると思うが、彼の知識は、印刷に止まらない。そもそも今回の観光ルートはTさんの推薦なのだ。この地を何度となく訪れているから、本当に詳しい。
旅行初日のこの日、午前中に回った、富貴寺・昭和の町・宇佐神宮については地元の人以上に詳しいのではないかと思うくらい、僕等に丁寧に説明をしてくれた。地図上の位置関係から夫々の言い伝え、由来、年代まで。僕等には無料のベテラン・ガイドが着いている。
その彼が、交友関係を活かして、この「瑠璃京」という店に案内してくれたという次第。「ハモの落とし」が京料理として有名だ。湯引きしたハモを一気に氷水で冷やし赤い梅肉で食べるあれだ。だが、中津では、ハモ刺からハモシャブ、ハモシュウマイにハモ茶漬け、etc。正にハモづくし。
骨の歯ざわりも含めてとても旨かった。京都で食べた時はそれほどでもなかったのに、ハモの捕れる本場中津で食べて、初めて旨いと思った。酒も進んだ。まだ昼なのに、宴会のようだ。まだみんなここで盛り上がりたい雰囲気だったが、幹事のWさんが出発を促す。
渋々、全員大型タクシーに乗り込み、午後の観光に出発。午後は「青の洞門」と「耶馬溪」を見て、一路湯布院へというスケジュールだ。
中津から山国川沿いの国道212号線を南下。僕はTさんに「『青の洞窟』って何ですかねぇ?」と聞いた。「神童さん、『青の洞窟』はイタリアの観光ルートですよ。こちらは『青の洞門』です」と言われてしまった。
大正時代に菊池寛が発表した「恩讐の彼方に」の舞台として、一躍有名になった場所らしい。山国川の激流に垂直にそそり立つ断崖絶壁。鎖渡りの難所と、言われ通行人には大変危険な桟道だった。
享保の頃、この地にやって来た禅海和尚が、この難所で通行人が命を落とすのを見て衝撃を受け、ここにトンネルを掘り安全な道を作ろうと決意して、「ノミと槌だけで30年掛けて掘り抜いた」と言われている。
そのトンネルの中を歩いてみた。トンネルは明治以降に補修されているが、その前の姿を何箇所も残していて、天井から側壁全体にノミで細かく掘られた跡が生々しく、今も禅海和尚のこけの一念を伝える。
次は、耶馬溪観光。再び大型タクシー(ワンボックス・カー)に乗り込み、暫しのドライブ。この時間帯になると、昼の宴会の酒が利いて来て、みんなの瞼が重くなる。それまでは大人の遠足みたいで騒がしいくらいだった車内は、遂に運転手と助手席の幹事Wを除いて全員が深い眠りに落ちた。
気が付いた時には、車は既に高速道路を湯布院に向かって走っていた。幹事に聞いたら、みんな眠っていたから、耶馬溪はそのまま通り過ぎたのだと言う。まぁいいか、耶馬溪は2年前カミサンと旅行に来て見てるから・・・


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