プレミアムエイジ ジョインブログ
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Posts from — 2 月 2010

名古屋のディナーショー(4)

 
  僕等のステージは途中10分間の休憩を挟んで二部制で8時前から9時過ぎまで80分。第一部は、Shifo(ボーカルとピアノ)、純次さん(ベース)、それと僕(ドラム)の3人だけで務める。クーペは二部からの登場。

  1曲目、「クレオパトラの夢 Cleopatra’s dream」。ピアノ・トリオによるジャズ演奏。緊張感はあったが、リハでもやったので、その通りに気持ち良く4ビートを刻めた。僕の場合、乗りに乗って叩くと、リズムが走ったりズレたりロクなことがない。だから、気持ちをセーブするくらいで丁度良いことが分かって来た。この抑え目が最近好結果を生んでいる。

  2曲目もジャズで「枯葉」。今度はShifoのボーカルが入る。ゆっくり目の4ビート。ボーカルの後、途中でピアノのアドリブに入るまで、僕はブラシでリズムを刻む。この曲、当初からShifoとおじさんバンドで演奏するレパートリーに入っていて、当時はアップテンポで演奏していたのを、昨年秋の「府中の森芸術劇場」でのコンサートで、Shifoがスローテンポの「枯葉」を歌いたい言うので、初めてスロー・バージョンを演奏した。

  だが、スローの曲は素人にはリスクが大きくなる。案の定、純次さんのベースと僕のドラムが合わず大失敗という苦い経験をしている。今日もスローの「枯葉」だ。僕は(多分、純次さんも)ビクビクだったが、今回はとてもいい雰囲気で終った。リベンジ成功!

  3曲目はオリジナルで「店においでよ」。得意の8ビート。任せなさい。但し、抑え目、抑え目。この曲、クーペの店の状況をそのまま歌詞にした曲なのだ。「マスター(クーペ)ちっとも働かない、代わりにお客さんが働く。つまみ無い。何にも無いから、お客さんが来たらセブン・イレブンに走る。それでも8年もったのは、和美に直美に知美に美保に・・・この私」。

  あちこちで客が笑った。客席とステージが一体になった証拠。今日のお客さんはとても良い人達。次はシャンソンで「それぞれのテーブル」。日本では、「ちあきなおみ」が歌ってる。Shifoはこの1年、ジャズ、ラテン、シャンソンと、いろんなジャンルに挑戦して幅を拡げて来たが、そんな中でも、この歌は聞かせるねぇ。

  「それぞれのテーブル」が終ったら、続けて「お祭りマンボ」(美空ひばり)のイントロのドラムソロ(和太鼓の代わり)に入るように予め言われていたから、間髪入れずにドラムを叩き始めた。客席は「オッ!? 一体何が始まる?」という表情。

  Shifoが歌い出すと、小さい歓声のようなものが上がり、手拍子が聞こえて来た。マンボなのにリズムはアップテンポのスィング。だから、客席も乗り易いのだろう。Shifoの「ワッショイ、ワッショイ」では会場からも「ワッショイ、ワッショイ」の掛け合いだ。

  次の2曲は一転して静かなオリジナル曲。Shifoの弾き語り。どちらもクーペ作詞Shifo作曲だ。母に送る「一里塚」、クーペが故林家三平師匠に捧げる詩「お蔭様」の2曲。再び僕等も加わって「アルジャン・ルンバ」。最後は「クーペ&Shifo」がもっとも大事にしている勝負曲「どっちでも不思議」で第一部を終えた。
 

2 月 17, 2010   No Comments

名古屋のディナーショー(3)

 
  演奏開始までの間、1階のレストランで夕食を取った。何を頼んでもホテル持ちだと言うが、緊張のディナーショーの前にはそれ程食べられるものではない。写真入りメニューを見ると「味噌カツ定食」が美味しそうだったので、僕はビールと一緒にそれを頼んだ。

  「クーペ&Shifo」と純次さん、それに僕の4人の出演者は、やや盛り上がりに欠ける食事を済ませたが、まだ7時半までには小一時間ある。一旦、ホテルの各自の部屋(15階)でゆっくりしてから、7時半前に9階会場に集まることにした。

  7時半から予定通り、レストラン内の壁に掲げたスクリーンで、「アンビリーバボー」の録画ビデオが流れ始めた。場内の照明を落として映写しているので、否応なくディナー客は全員がスクリーンに集中せざるを得ない。

  僕も入口付近で最初の方だけ見てみた。何度も見ているDVDだが、さすがに人気番組だけあって、ストーリーの組み立て・構成・ナレーション・再現ドラマ、どれを取ってもよく出来ていて、見る者を引き込んで行く。

  番組の途中で「たけし」が出て来て、「こうしてクーペさんは、28年ぶりに娘さんとの再会を果たしたのです・・・」と、クーペのことを「さん付け」で呼んでいたのが印象的だった。

  いつかクーペが世田谷区から市民学校での講演を頼まれて(公演ではなく飽くまでも講演)行った時、初めての人ばかりの所なので、自己紹介代わりにまず最初にこのDVDを流したら、その前と後では、講演を聞く側も主催者側も、クーペを見る目が、感動の面持ちと親しげな笑顔とに180度変わったという。

  敬意まで表して「先生! 先生! クーペ先生!」と呼ばれたと言うのだから、このDVD、どんな紹介よりも効き目があるのだろう。

  さあ、それも終った。演奏前にこのホテルの支配人から短い挨拶があった。

「38年間続いたこのホテルですが、今年9月に閉じます」。えっ、ホテル止めちゃうの? 

「老朽化したこのビルを取り壊して、高層ビルへ建替えが始まるからです」。ほう!?

「しかし、同時にリニア・モーター・カー乗り入れのための大工事が行なわれますので、ホテルの再開は5年後になります。本日は長い間当ホテルをご愛顧頂いた皆様に感謝の気持ちを込めまして『クーペ&Shifo』のディナーショーを企画いたしました」

  支配人のSさん、挨拶をしながらも熱いものが胸の奥から湧き出しているのが分かる。彼にとっても大きな節目。この大事なイベントで演奏させて貰うのだから光栄だ。だからこそ失敗は許されない。僕の緊張感はいやが上にも増して行った。

2 月 16, 2010   No Comments

投稿500号

 
  僕がエイジさんに頼まれて、「プレミアムエイジ」にブログ投稿し始めたのは確か2006年12月。かれこれ、3年と2ヵ月になる。
  
  その間ずっと「神童のブログは長過ぎる、文章が固過ぎる、内容が無さ過ぎる」と、3過、否、惨禍を指摘され続けて来た。が、一向に改めない、改まらない。
   
  38ヶ月間で500号と言うことは、月当たり13編以上も駄文を書き連ねて来た勘定になる。凄いこと。  

  公共のインフラを使って、読むに耐えない文章を、よくもこれほど書きなぐって来たものよ! 後ろめたいだけでなく、たまに読んで感想なんぞを書き込んで下さる方もいて、申し訳ないやら、恥ずかしいやら。
 
  皆様どうもスイマセン。でも、でも、決して反省もせず、決して改めもせず、決してやめもせず。本日の「今日も元気でCiao!」様のブログにも書かれていました。「ボケ防止にはブログを書くことも有効」と。 「死ぬまで元気でボケないで」が、私の秘かなる願いですから、悪しからず。
 
  さて、ブログの原稿、今日中に書き上げなくては・・・・・

2 月 15, 2010   No Comments

名古屋のディナーショー(2)

  エレベーターの扉が開き9階のフロアーにやって来た。さて、何処だ? きょろきょろしていたらホテルの従業員(男性)がサッとやって来て、

「バンドの方ですね?」と言う。

どうして分かるんだろう? 僕は取り敢えず、

「はい、そうです」と答える。

「本日は宜しくお願いします。東京から遠いところを本当にご苦労様です」

  良く知ってる。僕などプロのミュージシャンでもなければ、有名人でもないから、どうして分かるんだろう、と狐に抓まされた思いだった。

  兎も角、案内されるままにレストランに入って行くと、そこは広いフロアーで大きな窓が全面に広がっていた。中央のステージと思わしきところで、Shifoと純次さんが楽器の組み立てやチューニングなどをしていた。

  クーペは部屋で休んでいるとのことで、僕も加わり3人でステージ準備を行った。僕がドラムのセッティングを終了した頃、他の2人も全て準備完了となったので、早速、リハーサルに入った。

  オープニング・ナンバーは「クレオパトラの夢」か「A列車で行こう」のどちらかにしたいとShifoが言う。じゃ、その両方を今やってみて出来の良い方で行こうということになった。

  まずは「クレオパトラ・・・」。何だか今日は僕の調子が良い。音楽ホールでもないのに音が良く響くから、ドラムを叩いていて気持ちが良いのだ。だけど、こんな時は寧ろ要警戒だ。今まで何回かあった、「調子に乗り過ぎて失敗」した記憶が蘇える。僕には、調子に乗るとリズムが速くなる(走る)という悪弊があるからだ。

  気持ちを抑えながら4ビートのリズムを刻んだ。1曲終った。悪くない。次に「A列車で行こう」。これもほぼ同じ速さの4ビート。上々の出来映えで終えた。Shifoは迷った挙句、「クレオパトラ・・・」を選んだ。僕等ピアノ・トリオのディナーショー・デビューには相応しいかも知れない。Shifoがジャズ・ピアノを弾く時は、その近寄り難い雰囲気が「シホパトラ」だから。

  その後、それ以外の曲を数曲演奏してリハーサル完了。時計を見たら17:30分だった。18:00から約1時間半がディナー・タイム。19:30からは、クーペが以前テレビの番組「アンビリーバボー」に取上げられた時の録画DVDの放映、20分間。その後、やっと「クーペ&Shifo」のステージが始まるのだ。

2 月 15, 2010   No Comments

名古屋のディナーショー(1)

 
  今週月曜日の夜は、名古屋駅ビル内の「ホテル・アソシア・名古屋ターミナル」というホテルのレストランで行なわれたディナーショーに呼ばれ「クーペ&Shifo」と一緒に演奏して来た。

  この日は平日の名古屋遠征ということもあって、おじさんバンドはみんな忙しい仕事を持っているので、僕(ドラム)と純次さん(ウッド・ベース)の暇な2人だけの参加となってしまった。Shifoはピアノ演奏しながら歌うので、バンドとしてはピアノ・トリオとなる(クーペは歌とMC)。

  日常クーペの店でも、おじさんバンドの都合が合わない時は、このトリオだけになる場合も多いのだが、まさかホテルのディナーショーではねぇ・・・。本当にやるとは思わなかった。

  「クーペ&Shifo」の晴れ舞台や大事なコンサートでは、必ず、プロ・バンドがサポートしてくれて、僕等おじさんバンドは、余興とか息抜きの位置付けだった。それだってメンバーの数(7人)で勝負して来たのに、今回は2人だけだ。

  その上お客様は、ホテルのディナーショーという高いチケットを買って来場するのだから、ピアノ・トリオの中の2人までが素人なんて、とても許される話しではない。

  以前、僕はクーペに言った。

「ホテルのディナーショーに僕等が出演するっていうのは、えらく緊張するよ。そもそも素人がディナーショーなんかに出て良いものなのかねぇ?」

「あのね、チケットの金額はサ、ディナーの値段なの。謂わば食事代。演奏はオマケだから、いいのいいの」とクーペ。

「いいのいいのって言ったって。何せ一流ホテルのディナーショーだよ?」

「いいんだよ、いつもの店の感じでやってくれりゃサ」

ということで、仕方なく覚悟を固めて、名古屋に行くことにした経緯がある。

  当日、僕は午前中会社に出てから、午後の新幹線で名古屋に向かった。僕以外の3人はいつものワンボックス・カーに楽器を積み込み、Shifoのおふくろさんと4人が同乗して朝から名古屋に向けて出発したようだ。

  僕は東京駅から乗り込む時に携帯メールで4時20分に名古屋に到着する旨を知らせておいた。ホテルに着いた時、1階の喫茶店でお友達と談笑していたShifoのおふくろさんが駆け寄って来て、僕が来たことに心からの礼を言ってくれて、会場は9階だと教えてくれた。言われた通り、僕はエレベーターで9階の演奏会場に向かった。

2 月 12, 2010   No Comments

猪瀬直樹氏のブログ登場   編集部からのお知らせ

プレミアムエイジの読者の皆様へ

作家で東京都副知事の猪瀬直樹氏が、今月3日からご自身のブログを始められた。 これは当プレミアムエイジ・サイトにリンクさせて貰わでなるものかと早速交渉。快く了解を頂き、早速本日より掲載を開始致しました。
テレビで見る猪瀬氏とは、また一つ違った素顔の猪瀬氏が見られるかも知れません。氏のブログに対する感想・ご意見等気軽に書き込んで頂きますようお願い申し上げます。

                           プレミアムエイジ編集長

2 月 11, 2010   No Comments

若手芸術家(2)

  トークショー。山本冬彦氏と3人の若手作家の座談会だ。佐藤美術館の責任者による進行で和やかに進められた。若手作家とは大矢雅章氏(版画家、推定35歳)、岩田壮平氏(日本画家、推定30歳)、菅亮平氏(油絵洋画家、推定25歳)の3人だ。

  司会者の指名により最初に山本冬彦氏が挨拶した。彼は29歳の時初めて画廊で、まだ無名の同年代作家の絵を買った。それ以来30年間に亘りこつこつと絵を買い集めて来たと言う。その数1300点余。

 若い作家の作品は数万円なので自分にも買えたので今日までコレクターをやって来れた。自分が楽しみたいと思って買うことが、若い作家への支援にもなる。自分の趣味が人助けにもなるというのが気に入っている。是非皆さんも絵を買ってやって下さい。

  数万円の絵なら、ブランド品のバッグを買うのを我慢すれば買える金額だし、ゴルフを1回パスすれば買える、とも言った。そして、若い芸術家達は生活が大変だということを説明し、昔は企業や金持ち蒐集家が買ってくれたが、昨今そういう存在はなくなったので、みんなで支援する必要があるという趣旨の挨拶だった。

  続いて3名の若手作家達。1番バッターは最年長でおっさんのイメージがある大矢氏。「自分の専門分野は銅版画なのですが、山本さんは版画が嫌いなようでなかなか買ってくれなかったのですが、立体作品を創ったらやっと買ってくれました」というエピソードを紹介して笑いを誘っていた。

   岩田壮平氏は、画家というよりも若手ミュージシャンを思わせる、見るからにイケ面でスリムな風貌の持ち主だ。ただそこに座っているだけでカッコいい。彼が、芸術でなく芸能の世界に行ってたら、超売れっ子スターになっているのは間違いのないところ。

  僕の隣のGさんの関心も専ら岩田氏に向かうのは仕方のないところだ。トークショーが終ってから、2人で雑談し岩田壮平氏の話になった時、彼女が言った。「お話の中で岩田さんが、生活のために家族に助けて貰ってる、って言ってたでしょう? 会場の後ろの方に乳母車を引いた若いお母さんがいたけど、きっとあれ岩田さんの奥さんね」と。僕と全く違う角度の観察力。女の目は侮れない。

  彼は山本氏との経緯(いきさつ)について「僕の絵を初めて買ってくれたのが山本さんでした。その上ご飯までご馳走してくれて・・・。沢山の勇気と、何とかこれからやっていけるかも知れないという自信みたいなものを貰いました」と話した。

  それを受けて山本氏。「ある日、自宅に巻紙の手紙が来たんです。私は絵画以外にもいろんな活動をしているので、遂に右翼から睨まれたかと思ったんです。立派な和紙の封筒に書かれている毛筆の字も達筆過ぎて、差出人の名前が読めない。なかなか開ける勇気が湧かないですよ。でも怖いもの見たさもあって恐々開けました。そしたら岩田さんからの礼状でした。ホッとしましたよ」(笑)。

  最後に菅亮平氏。彼はまだ学生っぽさを残す希望の星。「芸術家と言うと、岡本太郎や山下清を思い浮かべる人が多いみたいですけど、今2人の先輩がしゃべったとおり、決して特殊な人間じゃありませんから、個展には是非お越し頂いて、気軽に声を掛けて頂ければ嬉しいです」と、一番若い人が、業界の立場で発言していたのが面白かった。

  会場はさほど広くはないがぎゅうぎゅう詰め、立ち見を入れて約100名。超満員だった。同行を願ったGさんは、このトークショーにいたくご満足のご様子。大変面白かったと言ってくれた。良かった。

「この不況の時代、芸術家を目指す人達は本当に生活が大変なんでしょうね。だけど、山本さんが言うように、絵を買うことが若い画家を支援することだと分かっていても、絵を買うことが特別のことじゃないとなるまでには少し距離感があるのよね。その画家と知り合いになるとか、友達になるとか、ファンになるとかだと、買ってやりたくなるかもね」。僕はこれもヒントだと思った。

                   若手芸術家  - 完 -

2 月 10, 2010   No Comments

若手芸術家(1)

  日曜日は、「山本冬彦コレクション展」の会場で、冬彦氏と3人の若手作家によるトークショーがあるというので、編集長として取材のために、再び訪れることにした。

  取材と言っても、絵画には全く疎い僕だけでは大変心許ないので、その道に詳しい昔の職場の後輩女性にお願いをして、一緒に行って貰った。

  僕は2回目だが、彼女は初めてなので、トークショー(3時から)の始まる前に、コレクション展をじっくり見て回りたいと言うので、2時過ぎに行った。

  会場に着き、2階のレセプション・エリアに上がると、山本冬彦氏が既に受付前にいて何人かと談笑していた。彼は僕が2回も会場を訪れたことに少し驚いたようだ。

「あれ、神童さん、前にも来てくれましたよねぇ。2回もスイマセン」

「今日は、トークショーがあるというので、取材に来ました。こちらは以前、僕等と同じ会社にいた後輩のGさんです。冬彦さんのコレクション展を是非見たいというのでお連れしました」

「それはどうも。山本です」

「Gと申します。宜しくお願い致します。コレクション展が大成功のようで、おめでとうございます」

「本当だよね、凄い盛況だな。もう通算入場者数は2,500人とかになっているんでしょ?」

「いや、今日で3,200~3,300人くらいになると思います。そう言えば、さっきね、会社のOB会の会長さんからの紹介という美大の学生さんが現れて、いろいろアドバイスしておきましたよ」

「あぁ、それって、エイジ氏が繋いだ一件だよね。私からもお礼を言います」

なんて軽い挨拶の後、佐藤美術館の3フロアーに掲げられた161点の作品を見て回った。同行したGさんの感想は、

「普通、コレクター展を観るとその人の好みというか偏りが見られるものなのに、山本さんの集められた絵は、本当に幅広いことに驚きます」

とのことだった。

  多分、それは、彼自身が自らを「アート・ソムリエ」と称するだけあって、自分の趣味だけでなく、広く逸材を発掘するという姿勢の表れだろうと思ったが、トークショーの前なので言わないでおいた。

2 月 8, 2010   No Comments

懐かしい思い出

 
  現役時代の会社のOB会が発行する冊子(会報)が送られて来た。新年号ということで、今年の年男・年女の方々(寅年、84歳、72歳、60歳)が大勢、近況等を寄稿されていた。

  昔、一緒に仕事した方や、ご指導頂いた方など、懐かしい方々が、お元気で、ボランティア活動に、生涯学習に、趣味にと、充実した人生を送られている様子が窺がえて、心が休まる思いがした。

  そんな中に、Iさんの写真と文章を見付けた。Iさんは、当時僕等のシステム部門と同じビル内にあった、東京業務部(東京の各店舗の事務全般を管理指導する部署)の次長さんだった。懐かしい思い出がある。

  僕等が新しい事務システムを作って各店舗に下ろす時は、必ず、東京の数店舗で先行導入して貰い、問題点を潰してから全国展開をしていた。云わば東京の営業店にモルモット店の役割をお願いしていたのだ。

  何も問題が出なければ、現地の事務員もそれ程イヤな顔をしないで協力してくれるが、一朝何か問題が起きてしまうと、「何故うちだけがこんな目に遭わなきゃいけないの!」と酷いことになる。そんな店は2度とモルモット役は引き受けてくれない。

  ある時、今度のシステムの先行実験には、ある特殊環境が存在する店でないと実験の意味がないというケースがあった。調査の結果、運悪く、最も相応しいのは前回の失敗でシステム部門に反発を持つ営業店だった。

  僕からその店長にお願いした時は、快くOKをしてくれたが、翌日、「女子社員が絶対嫌だといっている、他の店にして貰えないか」と言って来た。

  僕も困ってしまったが、一方で「やっぱりな」とも思った。僕が直接出向いて女子社員を説得することも考えたが成算はない。そこで、事務を所管している東京業務部のIさんに相談した。

「それ、僕に任せて貰える?」とIさん。

「はい。それはもう。どうか宜しくお願いします」と僕。

  2日後、Iさんは「神童君、大丈夫。彼女達OKしてくれたよ」と伝えてくれた。そして、何事もなかったように、先行実験は成功し、その後の全国展開もスムーズに行ったのだった。

「Iさん、お蔭で旨く行きました。本当にありがとうございました」

「いやー、そんなに礼を言われることじゃないよ」

「でも、どうやって強硬な彼女達を説得したんですか。後学のために教えてくださいよ」

「いやー、大したことないんだけどね。たまたま僕が3年前までいた店だからサ、彼女達、僕の部下だったんだ。チーフ格のAさんの結婚式では僕が仲人だしね」

「あぁ、そうだったんですか。でも、システム部門には絶対に協力しないって凄い剣幕だったんですから、すんなりOKしてくれた訳じゃないんでしょ?」

「そりゃ・・・、まぁ・・・、そうだったわな」

「何て言ったんです?」

「このシステムは、業務部の僕とシステムの神童とでやってるプロジェクトだから頼むって、少し嘘を言った。それから彼女達に食事をご馳走しといた」

「成る程! でも、それって嘘じゃないですよ。間違いなくシステムの先行実験プロジェクトはIさんにオンブに抱っこでしたから。ご散財お掛けした分、今晩、私が持ちますから如何ですか?」

  72歳になるIさん、今は、ハーモニカ6、ベース、ギター、コーラス4の12人からなるバンド・リーダーとして、慰問ライブにコンサートにと大活躍していた。あの頃は、お互い、人前で演奏するなんて考えてもみなかった。

2 月 4, 2010   No Comments

佐藤美術館

 
  先週の土曜日、「佐藤美術館」に、我がジョイン・ブロガーの山本冬彦氏のコレクション展を見に行って来た。山本氏が詰めていると言う土日に伺おうと思っていたのだが、旅行やらライブやらで、コレクション展が始まってから半月、3回目の週末でやっと実現出来た。

  佐藤美術館は、JR信濃町駅から慶応病院の横を線路沿いに千駄ヶ谷方面に歩いて7~8分の所にあった。建物は美術館と言うより事務所用のビルのように見える5階建てのビルだった。

  中は2階がレセプション用のフロアーで、展示場は3階と4階。5階は休憩室兼ホール兼一部展示場となっている。今回の「山本冬彦コレクション展」の受付は1階エレベーター前にあった。

  係りの女性にチケットを提出しながら、山本氏は何処にいるのかを尋ねてみた。残念ながら、山本氏は他のアート関係の仕事があって、この日は来ていないらしい。僕はもう一度来ることを彼女に伝え、彼の集めた絵画をじっくり見せて貰うことにした。

   3階は「コレクターの眼」というテーマで、山本氏がサラリーマン生活の傍ら30年間の内に購入した同世代の作家の作品が中心だ。当時は全くの無名の作家も今では、同じように還暦過ぎの有名人となっている人もいる。4階は自ら称する「アート・ソムリエの眼」がテーマの作品達だ。多分、山本氏推薦の作品群ということだろうか。

  正直なところ、絵画に対して全く疎く、彼が言う自分の尺度(自分が好きだと思う基準)も何も持ち合わせない僕にとって、唯一の手掛かりは、夫々の作家のプロフィールなり、入選記録なのだが、これも彼のポリシーで、一切説明無しなのだ。

   作者名と作品名しかない。彼は、「そうやって作品と真正面に向き合え。肩書きも経歴も関係ない。これはいいなと感じることが大事なんだ」と以前言っていた。そうやって自分なりのアートを観る目(自分なりの尺度)を養うべきだと言う。流石はアート・ソムリエの言う言葉は違う。

  山本氏からこう言われた時、僕は逆のことを思い出していた。中学の時の音楽の授業だ。「モーツアルトのこの曲は、高校の入試に、『その特長を言え』という類の問題としてよく出る。だからこれだけは絶対に覚えておきなさい。その特長は、・・・・・。」。

  これで僕はクラシックが嫌いになった。

 

  1,300点のコレクションの内、160点を厳選して飾っているらしいのだが、そのジャンルというかバリエーションが豊富だ。小一時間掛けてじっくり鑑賞させて貰った。

 そんな中、ド素人の僕が気に入ったのは、クレヨンで書かれたという、毛利太祐作「a girl with in black」という若い女性を描いた絵。絵と言っても腕や手がパーツとなって胴体から離れて飾られているのだ。リアルで不思議。来て良かった。

2 月 3, 2010   No Comments