お彼岸の三回忌
母が亡くなって今年の3月10日で丸2年が経つ。僕はその年の3月末で前の会社の社長退任が決っていたから、3月に入るといろいろな方面から、送別会やら慰労会やらがスケジュールされていて、結構身動きが取れないさ中に母が亡くなったのだ。2年前の3月は母を含めて、いろいろな人達に「さよなら」を言わなければならない月だった。
そんな3月の何も予定の入っていない珍しい土曜日に、長野の義兄から電話があった。今、母が緊急入院したと言うのだ。病名は心筋梗塞。早速カテーテルの挿入手術を施し、今はICUに入っているという。取るものも取りあえず、急遽、東京から新幹線で長野の病院に駆けつけた。
その夜と、翌日曜日の午前中、2度に亘って見舞った。母は手術直後ということもあって弱々しくはあったが、意識もしっかりしていて、
「見舞いに来てくれたんだね。会社の方は大丈夫なのかえ?」
って、自分のことより僕の仕事の心配をしていた。
「そんなことより、心臓、まだ痛いの?」
「そりゃ、痛いよ。だけど、手術前に比べれば、かなり楽になったよ」
「大変だったんだなぁ。でも先生も手術は成功だったと言っているし、ICUで24時間完全管理してくれてるからもう安心だね」
「心配したかい? 悪かったね、お前、忙しい身体なのに遠くまで来させちゃって」
などと、普通の会話が出来た。ICUに入っているということはまだまだ危険な状況には違いないのだが、話す表情を見る限り、いつもの母に思えたから、数日後には一般病室に移されるに違いないと妙な確信を抱いて病院を後にした。
翌月曜日の午後1時過ぎ、その電話は会社に掛かって来たのだった。またもや義兄からだった。
「ついさっき、お母さんが危篤状態になって、心肺停止に陥った。神童君直ぐ来てよ」
「え!? 医者は何してるの?」
「さっきからずっと心臓マッサージをしてくれてるんだけど」
「何分くらい心臓マッサージしてるの?」
「20~30分は経つかなぁ」
そんなに心臓が停止していたならもう無理だ。僕は全てを理解した。
元々心臓肥大症だった母は、カテーテルを施したことにより、従来より勢いよく流れ込む血液の圧力に耐えられなかったらしい。死因は心不全。88歳だった。
この3連休は、僕等夫婦と姉夫婦とで、お彼岸に合わせて母の三回忌を行い、4人で湯田中温泉に一泊して生前の母を偲ぶ会を催した。その本旨は、入院から葬儀までの一切の手続きを仕切ってくれた義兄への、ささやかな感謝の会のつもりである。今回それが出来たことが一番良かったと思っている。


0 comments
下記のフォームへの入力が必要となります。
コメント欄