プレミアムエイジ ジョインブログ
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Posts from — 6 月 2010

ネットワーク・オープン

 
  そういう名前のゴルフ大会に参加して来た。「××オープン」と言えば、普通はプロ・アマ混合の大会。でもこの「ネットワーク・オープン」、プロは1人もいない。それどころか、アマと言えるレベルの人も、1人の例外を除いて、参加していない。そう、親睦を旨とする普通のおじさん達のゴルフ・コンペだった。

  何の会かって? これが不思議な会なんだ。損保業界のシステム出身OB会とでも言うべきか。現役の時は互いにライバル同士だった会社のシステム責任者達のOB会なのだ。嘗てのライバル達が定期的に集まり、和気あいあい、親しくゴルフに興ずる図は、世の中広しと雖も、このコンペくらいなものだろう。大変珍しいことではないか。

  僕が思うに、各損保とも、システム部門は自分達の仕事を、社内、或いは、経営トップに理解して貰うのに大苦戦して来た経験を共有しており、現役引退した今は、同じ境遇で頑張って来たライバル達(他社のシステム部門)の方がよっぽど触れ合えるし、卒業した今は、心から楽しめるということかも知れない。

  「ネットワーク・オープン」の「ネットワーク」は、昔、各社が参加した業界共通のコンピューター・ネットワーク構築というプロジェクトがあって、そのメンバー達がゴルフ・コンペを始めたことに由来する。「オープン」は、そのネットワークの本番稼動の意味と、アマチュア参加の大会という意味を掛けたネーミングである。以来、春秋年2回、定期開催している。

  さて、この日は6組21人が参加した。面白いのは、損保出身者だけではなく、ベンダー(日立・富士通・IBM)、SI事業者(NRI・NTTデータ)、ソフトハウス(アイネット)など、当時、損保各社のシステム部門に出入りしていた企業からも現役組やOBが参加していることだ。更に昨年からは生保からも参加が始まった。

  僕等の組。1人目は、僕と同じ損保でT海上出身。30年来の知り合いのHさん。今回は幹事団の一人だ。その彼が、前半パット数19だったのが、後半は9パット(うち2ホールでチップイン)というプロ顔負けのパッティング。僕等の組はオリンピック(0~1パットなら得点)というゲームをやっていたから、他の3人は酷い目に会った。Hさん、幹事はパートナーを楽しませるもんですよ。

  もう1人は、M生命出身のTさん。この人、M生命の重役だったという割には腰も低く、至ってソフト。彼の随所に見せる気遣いに感心しながらの一日だった。Hさんの異常なパット攻勢にも、「Hさん。あれ程、パットが入ると、見ていて気持ち良いですよ」と仰る。僕なんかゲームに大差を付けられて悔しさ一杯なのに。紳士度という尺度があるとすれば、間違いなく、彼は今日集まった21人の中のチャンピオンだな。

  最後の一人は、ソフトハウス社長のHoさん。年齢は僕等よりも若いのだろう。スウィングが力強くて美しい。昔、野球選手だったと言う。ドラコンの掛かったホールで彼がまず打った。豪快。フェアウェイど真ん中。他の組みにも飛ばし屋はいるけど、まずドラコン間違いないな。

  僕の番。Hoさんには到底及ばないが、それでも貧者の一灯、脅かすくらいに近くまで行けばなぁ。僕だって中学までは野球少年だったんだ、えいや! 本日一番の当たり。珍しくヘッドの重みが感じられたスウィングで芯を食った。フェアウェイど真ん中。オッ、もしかして・・・。 (間) 惜っし~い。「Hoさんに20cm及ばなかったな」と思わず僕の口が滑った。

  ボールの所まで言ってみたら、5~6ヤードも足りない。「20cm、なんて失礼なこと言いました」と僕はHoさんに謝った。「いえいえ、ティー・グラウンドからは、ほぼ並びに見えましたから、内心ハラハラしてました」とHoさん。彼もいい奴なんだ。
  

6 月 10, 2010   No Comments

ウェストサイド物語

 
  昨夜、NHK-BSで映画「ウェストサイド・ストーリー」を観た。夜9時になった時、チャンネルを回していたら、偶然、見たことある画面が現れたのだ。画面全体が赤く、画面の中央に高層ビル群の陰影のみが描かれた特徴のある画像。

  おう! これは若しかして「ウェストサイド・ストーリー」のオープニングではないか? 最初だけでも少し見てみるか。街中の狭い広場で遊んでいた子供達のバスケットボールを、不良達が奪いまたそれを子供達に返す。そうだった、この映画の最初はそんな場面からだった。

  懐かしいねぇ。僕はね、この映画を、中学卒業後の3月に友人と一緒に高校受験合格のご褒美として観たのが最初だったんだ。僕は天地がひっくり返るほど驚いたよ。それまで映画と言えば、東映の勧善懲悪の時代劇が主だったからね。まず、ミュージカルという概念が僕の中にはなかった。

  出演者がみんな踊る。歌う。そうしながら物語が進む。それまでの映画の概念からすれば、信じられないくらいに不思議だったな。ショックだった。映画館も、当時の最新設備だったので、音響が凄く良かったし音量も迫力があったから、一層素晴らしいと感じたんだと思う。

  そして、何より、主演のマリアのしぐさが可愛くて、美しかった。堪らなかったね。僕は一発で彼女の虜になってしまった。俳優の名前も何も分からずに観ていたから、彼女の名前が「ナタリー・ウッド」だと分かったのは後のことだった。

  余談だけど、高校に入ると直ぐに、一年生は放課後に応援団の練習をさせられ、夏の高校野球地方予選が始まると、強制的に応援に狩り出されたのよ。市民球場のスタンドに陣取って応援歌や校歌を歌わされるんだ。それまで、野球は、やるもので見るものではないと思っていたから、正直言ってつまらなかったな。

  けれども、回の合間合間にブラスバンドが、流行の曲なども演奏してくれるので、それが唯一の楽しみだった。その年の曲は殆ど「ウェストサイド・ストーリー」のナンバーだったから、聞く度に、あのナタリー・ウッドの悲恋物語が蘇えり、多感な心に沁み渡ったものサ。

  僕はその後も、再上映される都度、ナタリー・ウッドを観に行った。都合7回は観てるな。僕にとっては特別な映画ですよ、「ウェストサイド・ストーリー」は。僕の青春賦と言ってもいい。

  だけど、今はさすがに、テレビで最後まで見ようとは思わないので、ナタリー・ウッドが登場するところまで見たらやめようと思ったんだ。でも、彼女が登場して、ダンス・パーティーに着て行く「ドレスの胸を少し広げて!」と、兄の恋人に懇願する可愛らしいシーンが始まったら、もうチャンネルを変えられなくなってしまった。

  そして、今回は新しい発見があったな。それはね、兄の恋人役のリタ・モレノもまた、こんなにも魅力的な女性だったかということ。役の上では、多分、20~22歳位かと思われるが、当時10代半ばの僕から見れば、おば様にも見えたが、この年になって観たからか、、若いのに、仕事と恋に真剣で、アメリカに移民して来て現実を受け入れようとする姿や、マリアを見守る目の優しさなど、本当に素晴らし女性と思えたからね。新たな収穫。

  3月に、テレビを40インチの地デジに換えておいて良かった。映画館とそんなに違わない迫力で伝わってくるから、40年振りに引き込まれ、最後まで観てしまった。

  あの美しかった僕のナタリーも、今はもういない。30年前、43歳の若さでロケ中に事故死してしまった。でも、映画はいい。若く美しいままの、ハツラツとしたナタリー・ウッドやリタ・モレノに、いつでも会えるのだから。
 

6 月 9, 2010   2 Comments

マドンナ達の転倒

 
  僕が1つ年を取れば、マドンナ達も1つ年を取る筈なのだが、4人のマドンナ達は、会う度に若返って行くように見えるのは何故だろう。彼女達、僕より3~5歳年下ではあるのだが。

  一昨年の11月、カナダ在住のマドンナOさんが一時帰国するので、もし良かったら歓迎会に参加しないかと、マドンナEから僕に電話があった。今日の明日みたいな話だったが、たまたま、その日は空いていたので参加したが、男は僕一人だった。

  昨年11月にも、娘さん夫婦の引越しを手伝いにOさんが帰国した。その時も「マドンナの会」は女性1人増えて5人、それに僕の6人だった。今回は、Oさん、急な帰国らしい。Eに聞けば、足の持病が悪化したらしく、主治医に診て貰うための帰国だという。

  彼女の持病については最初の時から聞いていたが、毎年定期的に日本で診て貰っていると言っていたのだが・・・

  それでも、Eさんが言うには、Oさんは、是非また、あの楽しい「マドンナの会」で美味しくお酒を頂きたいと言って来ていると言う。飲んだりして大丈夫なのかな?

  兎も角集まった。今回は四谷の寿司屋さん。僕は、彼女等のパワーに負けないように、男性陣2人の出席をお願いした。彼等はそんな素晴らしい会があることも、男は神童一人だけでやってたなんて全く知らなかった、ズルイ、とか仰る。

  全員揃った。マドンナはいつものように、Oさん、Eさん、Iさん、Tさんの4人。男性陣はYとMと僕。ある保険会社のシステム部門の昭和40年代後半、当時入社数年の若手男女は仲が良く、頻繁にみんなで遊びに行った仲なのだ。しかし、4人とも職場結婚ではない。それが不思議。

  まっ、それは兎も角、こうして集まってみると、あっという間に当時の感覚になれる。言ってみれば、入社当時の職場の若手同窓会だ。そして、この4人のマドンナ達の美貌は、当時、我がシステム部門だけでなく他部門の男どもからも注目の的だった。

  他の部署の同期からも先輩達からも、僕が彼女達と同じ職場であることを、掛け値なしに羨ましがられた。仕事の用事もないのに、彼女等を一目見るために僕を訪ねて来る奴が後を絶たなかったくらい、美人揃いだったのだ。35~36年経った今でも、その美貌がそれ程落ちず、寧ろ、大人の妖艶さが増しているから驚く。

  話は弾むし、昔の恥ずかしい思い出話しなどポンポン飛び出して、笑いが絶えない。男性陣は殆ど聞き役だ。だが、病気の話に及ぶと、座は静まり返った。「大丈夫、大丈夫。ご覧の通りとっても元気ですよ。明日ちゃんと診て貰うしね」とOさんが答える。検査は明日だと言うのに飲んでる。

  「私もね、乳癌やった時は大変だったの。それにこの包帯は手首の骨折」とIさん。やっぱりビールを飲んでいる。「私はね、昨日まで松葉杖ついてたのよ。3月に家で脚立から落ちて足を骨折したの。今日は無理して普通に歩いて来たんだけどね」とEさん。Tさんは「私も昨日転んじゃって」と、手のひらと肘が内出血で色が変わっているのを見せてくれた。Eさんも飲んでいる。Tさんだけがウーロン茶。

  「いやー、皆さん、見た感じは、去年よりも、一昨年よりも、どんどん若返って元気ハツラツに見えるけど、年齢が年齢なんだから大事にしてくださいよ。『マドンナ達の転倒』じゃ洒落にもならないから」と僕が言う。

  それにしても、彼女達の元気なおしゃべりと笑いの連続からは、パワーを感じこそすれ、怪我や病気と戦っているなどとは微塵も感じられなかった。正にマドンナ・パワーだな。

  Oさんの検査結果が良好なことを祈る。Oさんには迷惑だったんだろうけど、当時、周囲で囁かれた噂話(根拠レス)の相手だったと言うだけで、Oさんのことが心配になる。兎に角、Oさん、頑張れ!
 

6 月 8, 2010   No Comments

拝啓 エイジ様

 
  エイジさんが「菅総理に期待する」とのタイトルで、今回の民主党の再出発に期待を寄せられている。僕もその一人ではあるけれども、根本解決にはならないとの思いは強い。

  仮に、菅氏が成功して長期安定政権を築いたとしても、それは、たまたまそうなっただけ。また直ぐ、1年交代の「だめ総理」が誕生する可能性の高さは何も変わらないからだ。

  可能性を低くするには「仕組み」を変える必要があり、僕は「アメリカ型の大統領直接選挙制への移行」を唱えている。エイジさんはそれに対して、問題の本質は、国民が直接選べるか否かでなく、あまりにも短期に短絡的に豹変する「民意の未熟さ」にあると論破されている。

  この点に関して、彼のブログへコメントしようと思ったが、少々長くなりそうなので、本稿にて、僕の意見をエイジさんに伝えさせて頂くこととする。

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拝啓 エイジ様 

  菅首相誕生は、エイジさんと同様に、私も大いに期待しています。支持率もV字回復しました。昨年政権交代をさせた国民の期待に、今度こそ結果で応えて欲しいと思います。

  菅さんは、過去4人と違って、二世三世議員ではないから、彼等のような「ひ弱さ」はないと思うので、連続した短期政権から、やっと脱却出来るかも知れないとも期待します。

  しかしながら、こうも敏感に、且つ、極端に世論は反応するものかと改めて驚きます。これは国民の政治に対する感心の高さを示すものなのでしょうね。以前、劇場型とか批判されましたが、これは小泉首相の時に始まった現象で、変革を待ち望む国民の声だと思って良いと思います。

  それでも、首相選びでは国民は有権者ですらないのですから、責任のない個人評論家の域を出ようがなく、世論が大きく振れ易いのは、仕方のないことだと、私は思っています。エイジさんは、これを称して『民意の未熟さ』と言われますが、それは少し酷かなと・・・。

  また、短命政権が官僚支配を打破出来ないのは当然で、政権の指示命令が意に沿わない場合、官僚は何もせず少しの期間、次の政権交代をじっと待てば良いのですから。これは、日本の現在の、「短期政権を許す政治制度の問題」と捉えないと、官僚政治からの脱却と声を大にしても、向こう50年、何も変わらないでしょう。

  言うまでもなく、短期政権の連続は、国際社会の中で国益を毀損することはあってもプラスになることは絶対にあり得ません。

  なんでもアメリカが良いなどと言うつもりは毛頭ありませんが、こと、アメリカ型大統領制は大いに参考になると思うのです。その良さは2つあって、一つは直接選挙だということ。選ばれた方も、選ぶ方も、日本とは責任の重さがまるで違う上に、次の4年間、一国を託す人物を選ぶという重い選挙だということ。

  言い換えれば、国民から直接選ばれたのだから、大統領よりも偉い人はいない。「鳩山さんと小沢さん、どちらが偉いの?」なんてことには絶対なりません。リーダーシップを発揮出来ない筈はないのです。
 
  また、選ばれた人間に事故がない限り、4年間政権が変わらないのですから、官僚もただ時間が過ぎるのを待っていては、直ぐに若手のバリバリに取って代わられてしまう。或いは、政権から交代を命じられてしまう。官僚も政権に積極的に協力しないとならない仕組みと言えます。

  二点目は、予備選挙含めて1年間という長丁場を戦う中で国民に吟味され、一国のリーダーたり得ない候補者は脱落する仕組みだということ。つまり、直接選挙の持つ、時のムード(空気)でとんでもない人間を選んでしまう危険性をかなり減殺している制度だという点ではないでしょうか?

  序でに言えば、エイジさんのブログには、タレント議員が選ばれる日本の現実も述べられていますが、アメリカでは、一年間、世間に露出し、ディベートし、能力やタフネスさのみならず、人間性までも国民に吟味されて選ばれるのですから、選ばれた新大統領が、タレントであれ、二世三世議員であれ、何も問題ないのではないでしょうか? タレント出身でも、レーガン大統領のように2期8年務めた人物もいるのですから。

  そんな訳で、エイジさんの言われるように、「民意の成熟」を待ってから政治を変えるというのは、果たしてどうかなと思ってしまうのです。根本的に仕組みを変えないと、いつまでも民度は上がらないし、日本的政治状況は変わらないと私は思うのですが如何でしょう?

                                    敬具

6 月 7, 2010   No Comments

4番打者

 
  クーペの店に行った。店に入った途端、馴染みの客が言った。「4番打者が来た!」。

  僕は意味が分からない。「いやね、今日はどういう訳だか、神童さん含めてドラマーばっかり4人も集まっちゃったのよ」と彼が言う。その中の4番打者だなんてねぇ。そんな大したもんじゃありません。僕はアマチュア野球のレベルですよ。

「鶴見さんもいるのに4番打者はないでしょう。俺は1番バッターか2番バッターですよ」と答えた。鶴見氏は「クーペ&Shifo」のステージではプロ・バンド側のドラマーを務める人なのだ。僕のドラムの先生。

  最初に鶴見氏がドラムを叩いたあと、別の人に交代した。彼は確か以前一度この店で見かけたことがある。その時も、風貌から、ひょっとしてミュージシャンかと思ったのだが、一切演奏などせず、飲んでいただけだった。

  この日も、長髪を後ろで束ねて、Gパンに白っぽいおしゃれなシャツを身に着けている。雰囲気はやはりミュージシャン。馴染み客が言った。「彼もセミプロ。神童さんが来ない日に、何回か彼のドラム聴いたけど、かなり上手いのよ」と。

  ドラムだけはチョッと聴いただけで、その人のレベルが分かる。素人バンド(特にロック・バンド)でやっているドラマーは、クーペの店のような小さな店で演奏することに慣れていないから、音が大き過ぎ、幾らリズムが正確でも煩いのだ。一方、いろいろなライブ・バーで演奏慣れしているドラマーは、このボリューム・コントロールが身についているので直ぐ分かる。

  余談だけど、10年前、クーペの店に現れた僕は、前者だったのだろうな。おまけにリズムも目茶苦茶だったらしい。何せ、クーペもShifoも、本当に迷惑そうな顔をしてたんだから。人様にあんな目で見られたの、生まれて初めてだった。それ程、露骨に嫌な顔したんだよ。この僕に対して。

  長髪をポニー・テールみたいにしている、この謎のミュージシャン、確かに上手い。柔らかい音、軟らかいリズム。客がセミプロと言うだけのことはある。

  次の曲の前にクーペが、「次は、プロを目指して名古屋から上京した、20歳の天才ドラマー」と紹介する。彼のことは事前にクーペから聞いていたから、知ってはいたが、彼に会うのも、彼のドラムを聞くのも初めてだった。

  ロックを専らやっていたという割には、ジャズ・ドラムが様になっている。僕は原則、金曜日の「おじさんバンドの日」にしかこの店に来ないが、彼は他の日に結構ここで演奏しながらジャズ・ドラムをものにして行ったようなのだ。

  さすが、若い順応性と、持って生まれた才能の成せる技だな。同じようにロック出身の僕が、ジャズを叩けるようになるのに、54歳から10年掛かったのに、彼はたった1ヶ月で出来てしまうのだから凄い。

  彼のドラムの曲が終ったら休憩時間に入ってしまった。4番打者の意味が分かった。馴染み客は、僕を「4番目のドラマー」と言ったのだ。この日は遂に僕には順番が回って来なかった。う~ん、これは、「おじさんバンド」のドラムの定位置が危ないということ。ハッキリ言って引退の危機だ~。鳩山さ~ん、あんたの気持ち分かったよ。

  よし、それなら、ボーカルに転向してやる~! 「無理、無理」って、誰だ!
 

6 月 4, 2010   No Comments

弟子

 
  半年以上前だったか、クーペの店に、美大出身という若い女性の2人組みの客が来ていた。その日は「おじさんバンドの日」だったから、僕等は練習を兼ねて何曲も演奏した。そして、休憩の時間。

「何か楽器出来ない?」とクーペが彼女達に聞いた。
「この娘、ピアノやるんですよ」と、2人組みの片割れが答えた。
「おう、いいねぇ。ジャズとか出来ない?」とクーペ。
「出来れば良いんですが、ジャズはやったことないです」と本人。
「Shifo! ジャズ・ピアノ教えてやって!」

  Shifoがピアノの隣に座って、ブルースの基本を彼女に教え始めた。

「君は、どうなの? 何か楽器やるんでしょう?」と、クーペが席に残ったもう一人に聞いた。
「音楽は全然ダメなんです」
「ホント? じゃぁ、君はコンガ。神童さん教えてやって」

  クーペは「美女軍団」という若い女性のバンドを作ろうとしていたから一生懸命だ。だけど、チョッと待ってよ。ドラムも自己流だけど、コンガなんて、もっと自己流なんだから、人様に教えられないよぉ。僕は正直、躊躇したのだが、その彼女、尻込みするどころか、直ぐに立ち上がってコンガの前でスタンバイしてしまった。

  仕方ない。何とか基本だけでも教えてやらないと格好が着かない。4拍子の基本の叩き方だけ、何度も繰り返し教えた。ピアノの彼女もブルースのさわりくらいを出来るようになって来たから、コンガもそれに合わせて叩かせてみた。たった10分の練習にしてはリズムが合っている。全くの初心者にしては上出来と言うもの。

  僕は、ドラムに回って、純次さんのベースも加わる。まだ合奏という言葉が相応しいレベルだけど、まずまず。彼女達、若いだけに勘が良い。

  その日以降、2度ほど、コンガの彼女は、別の仲間や彼氏と店に現れては、コンガを叩いたのを覚えている。だが、それ以降はパッタリと見掛けなくなり、僕の記憶からも消えていた。

  ところが、先日の夜、僕の携帯に店の従業員の万作さんから電話が掛かって来た。

「神童さん、覚えていますかねぇ。以前、神童さんにコンガを教えて貰ったという若い女性が、今店に来てて、神童さんにもう一度教えて貰いたいそうなんですけど、来れませんか?」
「ああ、覚えてる。美大出身の娘(こ)でしょう?」
「そうです、そうです。6月に、オーストラリアに留学するので、その前に会えたらって言ってるんですけど」
「でも、今日は別件で遅くなるから、チョッと無理。金曜日のおじさんバンドの日だったらOKなんだけど」
「分かりました。そう伝えます」

  金曜日、夜8時頃、店に行った。既に彼女が来店していた。

「いやー、久し振り。留学する前にわざわざ会いに来てくれたの? 嬉しいねぇ」と僕。
「2年間の留学なので、その前にどうしても、神童さんにコンガを教えて貰ったお礼を言いかったんです。」と彼女。
  何の風の吹き回しか、海外に行く前に会って礼を言いたかったとは。なんと律儀なこと! おじさん、若い人のそういうの、ホント嬉しいよ。

  この時、彼女はいろいろ話をしてくれた。名前はマキ、24歳。初めて知った。現在はデザインの仕事をしているが、いずれは会社を興すつもり。美大卒は今、就職難なので、彼等に学生のうちから参加して貰える会社を作りたいと本気で言う。

  それも海外進出を狙えるような会社を目指したいのだとも。オーストラリアへの留学の目的は、ビジネスのための英語のマスターが第一。美術の勉強は第二と語った。聞いていて僕は、人生の大転換を賭けた、彼女の強く重い決意を感じた。

  彼氏は彼氏で、全く別の目的で既にオーストラリアに留学していると言う。僕が聞いた訳でもないのに、現地では留学先の都市が違うし、彼氏を追い掛けて行くのではないのだと、わざわざ断わっていたが。

  今時の若者達の何と逞しいことか。こちらが元気を貰ったような按配だった。マキ、頑張れ! 君の未来に乾杯!

  馴染み客が来ても、僕はマキと話し込んでいたので、彼等、興味津々だったのだろう。代わりにクーペが説明する。「彼女は神童さんの(コンガの)弟子なんだ。その差40歳」。年齢差は余計だ! それに正しくない。その差はたった39歳だ!
  

6 月 3, 2010   No Comments

イタリア旅行(12) - 完 -

 
  イタリア観光の最後の地はミラノ。ミラノはイタリア最大の商工業圏を形成するビジネスの町であり、国内外への文化発信のメッカである。ローマがアメリカの政治の中心地ワシントンに当るとすれば、ミラノはイタリアのニューヨークと言える。ミラノの人口は130万人。250万人のローマに次ぐ2番目の都市。因みに3番目はナポリ(110万人)だそうだ。

  ミラノのファッションと産業デザインは世界的に有名だ。僕は知らなかったが、毎年4月には、「ミラノ・サローネ」という、世界でも最も大規模な国際家具見本市が、ここで開かれるという。

  ファッションに「パリコレ」があるように、この「ミラノ・サローネ」もメーカーやデザイナーが、最新デザインの家具やインテリア商品を競って発表する。この見本市を目当てに日本からも沢山のインテリアショップが買付けに飛ぶそうだ。この時期、世界中から人が集まって、ミラノの人口は3倍にもなると言われる。

  僕等がミラノを訪れたのは、「ミラノ・サローネ」閉幕の翌日だったので、街のあちこちで片付けが行なわれていた。

   僕等一行のバスは、ACミランとインテルの本拠地のサッカー場を横目に見て、最初の見学場所であるスフォルツェスコ城に着いた。

  話しは逸れるが、セリエAはもとより、ヨーロッパの中でも1、2を争う強豪チームのACミランという名前について。ACは、Associazione Calcio と記す。即ち、サッカー法人(カルチョはイタリア語でサッカーの意)。またミラン(Milan)はミラノ(Milano)の英語読みである。

  さて、スフォルツェスコ城。城と言っても城壁が広い空間を囲っているような所だったが、元々は14世紀にミラノを支配していたヴィスコンティ家の建てた居城だった。その後の相次ぐ戦乱の中で改築が繰り返され、17世紀初めには、ヨーロッパでも1、2を争う堅牢な要塞となった。だが、この要塞も1800年にはナポレオンに攻撃されて半壊したという。

  次に訪れたのは、オペラの殿堂として名高い「スカラ座」。それを外から眺め、「ヴィットリオ・エマヌエーレ通り」という名のアーケード街を抜けると、大きな広場に出た。広場の東側には、「ミラノ大聖堂」(Duomo Di Milano)が真っ白な佇まいで聳え立っていた。ドゥオモの屋根には沢山の尖塔が立っていて、一番高い所には金のマリア像が見える。

  内部を見学した後、自由時間となった。僕等は、ドゥオモの途中までエレベーターで上がり、更に歩いてテッペンまで登った。そこはドゥオモの屋根の上だった。沢山の観光客で賑わっていた。屋上に出た所から真正面に、金のマリア像は太陽の光を浴びて燦然と輝いていた。下を見下ろすと、人が豆粒のように見えるから、相当に高いことが分かる。

  日本を発つ前に、友人が、「ミラノのドゥオモの屋上だけは登った方が良い」と教えてくれたので、是非登ってみたかったのだ。天気は快晴。見晴らしの良いミラノを一望出来た。

  屋上で30~40分は休んでいたと思う。カミサンとの会話はついつい「明日、日本に帰れるんだろうか?」となる。数日前に、アイスランドの火山が大噴火を起こし、その火山灰が上空を覆っているため、以来、ずうっとヨーロッパ全域で空港閉鎖が続いているのだ。

  その夜泊まったホテルには、3日前から足止めをくった日本人の団体客が連泊していた。ミラノで何日もとどまらされたのでは敵わないなと思った。ローマなら1週間いても回り切れないくらい観光スポットが多いが、ミラノは見所がそれ程ある訳じゃないからだ。

  明日、どうか飛行機が飛びますように! 沢山の教会を回って来たんですから(それは足止め客も同じかぁ)、神様、どうかお願いします!

  祈りは通じた。4日振りに空港閉鎖が解除になり、4日振りの「成田行き一番機」がどうやら飛びそう。飛行機に乗り込めた。祖国に帰れそう。帰れた。この世に神はいるか?  いるー!!!???

                        イタリア旅行   ― 完 ―
  

6 月 2, 2010   No Comments

一国のリーダーの選び方がおかしい

 
  小泉政権を除けば、10年前の森喜朗総理以来、安部・福田・麻生と、測ったように1年で政権交代となっている。その前の歴代総理大臣を辿っても1年半が多く、日本では、2年以上持てば、それは長期政権と言えてしまう程だ。

  そしてまた一人、それに続きそうだ。いや、今日明日中にもそうなるかも知れないのだ。今度は1年も持たないで・・・ 

  米国の大統領は、事故がない限り4年は勤めなければいけないし、2期目も選ばれれば8年間という長期政権になる。それに引き換え、日本のように、1~2年で首相が代わってしまうと、国際社会に顔も名前も覚えて貰えない。これで、どうやって世界の中で存在感を示し、国益を追求して行けるのか。

  では何故そんな短命内閣が今も続く? まず、阿倍~鳩山まで、直近4代の総理大臣は、父親や祖父がその時代を代表する、超大物政治家だった。彼等はその子供か孫だ。謂わば、良いとこのお坊ちゃん。経済も外交も問題が多発する最悪の時代にも、そういう人間しか首相に選ばれない日本の仕組みがおかしいのだ。

   お隣の北朝鮮の体制を「金王朝」「世襲政治」と、その独裁性と後進性を批判する向きは多いが、何のことはない、日本も一部政治家一家による世襲当番制ではないか。金王朝より悪いことに、4代続いた、裕福に甘やかされて育った世襲議員の総理大臣に、一国のピンチを救うだけの、強烈な使命感も根性もバイタリティーもないことが、明らかになってしまった。

   にも拘らず、広く人材を求め、有能で強靭な精神の持ち主を、一国のリーダーに選ぶ仕組みに変える改革が、論議にすらならないのはどうした訳か?

   首相公選制を言う政治家もいるが、何故か、そのことに命を賭けようとする政治家が現れない。アメリカの大統領直接選挙制が絶対とは言わないが、今の日本の機能麻痺に陥った仕組みに比べれば、遥かに優れている。今こそ、真の政治改革の声が上がって然るべきと思う。

  アメリカ大統領は、選挙人による投票という形ではあるが、事実上有権者から選出されるので、大統領には国民に対する強い責任意識が湧く筈だ。そして、国民から直接選ばれたということは、どの政治家よりも大きな権力・権限を与えられたことと同義だから、思い切って自分の政策を推し進めることが出来るし、日本のように一体誰がこの国の最高責任者なのか分からない(現在だと、鳩山さん? 小沢さん?)という妙な構図はあり得ない。

  一方、国民の側も自分達が直接選べるということと、選んだ責任というものを感じるから、政治との距離は短くなり、政治への関心が高まる。民度を上げるという観点でも優れている。日本では政権与党の総裁選(=首相選出)の模様がテレビで報道されるが、見ている方は選挙権がないのだ。なのに何故公開討論会など行なうのか? まるで意味がない。

  ただ、直接選挙制には、危険人物や暗愚な人物を選んで大きな権力を与えてしまう可能性も、無きにしも非ずなのだ(ヒットラーが短期間の内に次の最高指導者に選ばれた直接選挙制の事例あり)。

  このことについて言えば、アメリカでは、大統領予備選を含めて、1年間という長い時間を掛けて選挙戦が繰り広げられる。その中で候補者は何度となく、テレビその他で激しいディベートを強いられるから、厳しい有権者の目に耐えられない候補者は途中で撤退の已む無きに至る。長時間掛けて候補者を絞り込むという安全弁があるという点でも、アメリカの大統領選は優れている。

  是非、日本もこれを参考に、真の政治改革を進めて貰いたいと切実に思う。責任の所在が明確でない日本の政治体制、行き詰まると簡単に投げ出す日本の政権、このような無責任政治体制から決別するために、憲法を改定してでも「首相公選制」を実現すべきではないだろうか。
 

6 月 1, 2010   No Comments