プレミアムエイジ ジョインブログ
Random header image... Refresh for more!

Posts from — 7月 2010

君に酔ってしまいそうな夜


        君に酔ってしまいそうな夜

                          words  by  神童覇道
 
 
   ♪  摩天楼の最上階 夜更けのバーの窓辺

      宝石箱をぶちまけたような 街の灯りを見下ろして

      僕の横には君がいる このカウンターは僕等の止まり木

      ワイングラスを傾けながら 君は身体を寄せて来る

      お酒に酔う前に 君に酔ってしまいそうな夜  ♪

 

   ♪  ピアノトリオのバラードに 合わせて踊る君と僕

      100万ドルの夜景には 君の笑顔が良く似合う

      高層ビルの展望バー 二人が一番素直になれる場所

      スロー・ステップ踏むのを止めて 君は身体を寄せて来る

      お酒に酔う前に 君に酔ってしまいそうな夜  ♪
 
 
                (間奏)
 
 
   ♪  僕の横には君がいる このカウンターは僕等の止まり木

      ワイングラスを傾けながら 君は身体を寄せて来る

      お酒に酔う前に 君に酔ってしまいそうな夜  ♪ 
 

7月 31, 2010   No Comments

腹が立つ

 
  昨日の民主党の両院総会のニュースを見て腹が立った。

  小沢派の議員が入れ替わり立ち代り「参院選惨敗の責任を取って、菅代表は退陣すべきだ」とか、「執行部は責任を取る係」だとか、「何故責任を取らないのか理由を言え」だとか。それも、報道各社のテレビカメラが入っている中で、延々と我も我もと糾弾の発言を繰り返す。

  一国の総理大臣が、身内である筈の党内で、ここまで集中砲火を浴びる場面を全世界に発信してしまって、日本の信頼性は損なわれないものなのか? 

  一国民の僕が心配になるのに、何の心配もせず、それどころか、テレビを意識してどれだけ鋭く菅代表を糾弾するかを競うが如き国会議員の無神経ぶりに腹が立った。小沢派の巻き返しのチャンスとばかりに、菅執行部批判を繰り返す議員達を見て、民主党議員の程度の低さに怒りさえ感じた。

  国民だって、政権交代後のダメ民主党にお灸を据えながらも、菅総理の続投は大方が支持しているのだ。それは、もうこれ以上日本の首相がクルクル短期に変わるのは国益上拙いと分かっているからだ。

  なのに、小沢派議員達は国民や国益はそっちのけ。彼等の最大の眼目は小沢復権、或いは、小沢内閣の到来だけだ。それどころじゃないだろう。先進国中最低の経済状況、国家予算の半分にも満たない歳入額、日本発の技術がどんどん外国のビジネスの隆盛に寄与してしまう状況(例えば液晶、半導体、太陽光発電、LED、ロボットなど数えれば切りがない)などをどうするつもりなのか?

  統合国家戦略や国家ビジョン不在の日本の政治家が、日本の競争力をここまで落とした(嘗て1位、今、アイルランド・フランス・ベルギーに次ぐ20位)のだ。それなのに、未だに政治家は、国際競争力など眼中になく、政局とやらの覇権争いにしか興味がないらしい。

  国民が自民党を見限って民主党に政権を与えたのは、正に、このことに対しての失望を希望に変えるためだった。であるのに、何なのだ、昨日の民主党の総会は。

  だいたい、小沢は自分の息の掛かった、あのみっともない手下共を抑えてこそ、小沢らしいのに、自分は姿を見せずに、闇将軍の如く手下を使って自分有利な政局になるよう仕向けているのだ。テレビの前で発言した議員達のご主人は、国民ではなくて小沢なのだ。

  手下共に言おう。君らが幾ら望んだって、ダーティーな小沢政権(或いは、小沢が動かす政権)は国民が望まない、日本と国民を救うことが使命だと思ってもいない君達が担ぐ政権は御免被ると。菅政権の方がまだマシだと。
 

7月 30, 2010   2 Comments

あるシステムの物語 5

 
  即日、会社全体が合併に向けて走り出した。兵頭は梶と、事務とシステムの統合のこれからの進め方について本音の突っ込んだ意見交換を行なった。

「梶さんねぇ、実は事前に社長に提出した資料では、中央損保はシステム統合の最も難しい相手として×印で報告した会社なんだよ。だから、正直、1年でシステム統合をやり切るのは相当難しいと思わないといけなし、両社システムのいいとこ取りなんて、もう言ってられないと思うんだ」

「そうでしょうね。相手の事務もシステムも分からないんだから、それを把握するだけでも半年やそこら、あっと言う間に過ぎちゃいますしね」

「そこでね、普通は事務ありきで、システムを設計するんだけど、今回ばっかりはどうシステムを統合出来るか、それに合わせた事務にして貰いたいんだけど」

「分かりました。それで行きましょう。それから、兵頭さんには言いにくいんだけど、当社のシステムありきじゃなくて、最もシステム統合し易い形を選択しましょう」

「ありがとう。そう言って貰えれば、何とか道筋を見付けられると思う」

  数日後、兵頭は社長室にいた。そこには河瀬社長と野際システム・ソリューション(通称NSS)の副社長の大下、それと兵頭の3人がいる。NSSは東都損保の大株主の野際証券グループの会社であり、兵頭達は過去30年に亘ってこことパートナーシップを結び東都損保のシステムを共同開発して来た。

  野際証券は昭和40年代初めに、日本で最初に商用のオンライン・システムを成功させた輝かしい歴史を有するのだが、その技術者達が集まって別会社を作り、野際グループ会社として立ち上げた会社だ。システムの力は日本有数である。

  NSSの大下福社長が河瀬社長に、NSSが過去手掛けたシステム統合事例をレクチャーする日だったのだ。大下が2つの事例を縷々説明し終え、河瀬に向かって言った。

「河瀬社長が仰るとおり、会社合併ではシステム統合が最大の問題です。それが旨く行くかどうかで合併の成否が決まると言って間違いありません。弊社も沢山の事例を経験していますから、是非弊社に今回のシステム統合を任せて貰えないでしょうか?」

「いや、会社合併に当たっては、まず当事者同士が主体的にやるものでしょう。NSSさんに当事者になって頂くつもりは全くありません」

  河瀬は大下の申し出をピシャッと断わった。が、大下も粘る。

「それは分かりますが、私共も御社とは30年もの間一緒にやらせて頂きましたので、当事者の一人と考えて頂いても良いのではないかと思います。それに、システム統合となれば、兵頭さん達にとっては初めてのこと。私共には多くの経験とノウハウがございます」

 兵頭には口を挟む余地が全く無い。河瀬が言った。

「そういうことも承知した上で、私はこの兵頭にやらせたいのです。システム統合が旨く行くも行かないも全てこいつ次第と決めておりますので」

  会談は終わった。NSSの大下は提案を引っ込めて帰って行った。河瀬は兵頭にただ「そういうことだ」とだけ言った。兵頭は己に課せられたミッションの大きさに改めて胸が震えた。

  「社長は俺を買いかぶり過ぎではないか?」「本当に俺に出来るか?」、兵頭の脳裏には様々な自問自答が去来した。そして決意した。「やるっきゃない!」。
 

7月 30, 2010   No Comments

マナー

 
  朝日新聞の投稿欄に、新幹線で家族旅行した主婦が、子供が煩いと注意されて、もう電車で家族旅行はしたくない、と述べていたのがあった。座席で下の子が特に泣いたりぐずったりしたので、上の子とご主人を残して、母親は幼子を連れてデッキに出てあやしたりしたのだが・・・。

  文句を言った客は、年配の女性で、電車からの降り際に、「あんた達、煩いわよ」と、この主婦にクレームを言ったという。

  今年の2月、沖縄で「クーペ&Shifo」のライブに付き合って、僕も飛行機で飛んだ時、僕の座席の直ぐ後ろに、2歳くらいの児童を連れた母親が乗り合わせた。僕が席に着いた時には既にその子は泣き喚いていて、泣き方は尋常でない声の大きさなのだ。

  まあそれでも、寝付くまでの暫くの辛抱だと我慢を決め込んだが、泣き声が凄まじい。耳を塞ぐのも、当て付けがましくて大人気ないなと思い、イヤホンをつけてボリューム一杯に音楽を聴くことにした。が、やっぱり後ろの泣き声が大きくて音楽も良く聞こえない。

  僕は、一瞬、「子供を抱いて、歩きながらでも、あやしてくれよ」と思ったが、離陸直前だし、上空で巡航速度になるまで着席・シートベルト着用だから、それも出来ないか、と思い、ここは我慢我慢と覚悟した。離陸すると、気圧が変わって耳も痛くなるから、幼児は余計に泣き喚く。飛行機は赤ん坊や幼児にとって不快な乗り物なのだ。

  しかし、僕の近くの乗客も、後ろの席の周囲の人達も、誰も非難めいた素振りを見せないのだ。他の乗客達はよく平気だなぁ。このような状況は何度も経験しているのだろうか。「辛抱するしかない」のを良くわきまえている人達だ。みんな偉い。腹を立てているのは僕だけか?

  その時、「〇〇ちゃん、お願いだから、おとなしくして!」母親が、囁くように子供に懇願しているのが、微かに聞こえた。その瞬間、我慢の限界だった僕の心が、不思議と寛容になれたのだ。

  僕は気が付いた。子供の泣き喚く声は何とも神経に障ることだが、それ以上に、母親が周囲の迷惑も考えず、無神経だったり、「仕方ないでしょう」と開き直っていたりすることこそ許せないと感じていたのだと・・・。

  ところが、彼女が困り果てて子供に懇願している図は、無神経でも、開き直っているのでもなく、恐縮しきりの、肩身を狭くしている母親の姿そのものであり、寧ろ、同情すら覚えるものだった。

  相変わらず幼児は、大きな声で泣き喚くが、最早それ程、気に障らなくなり、怒りの気持ちはなくなった。

  冒頭の新幹線車内のあの年配女性。母親が周囲の迷惑を考えて、下の子をデッキに連れて行くなど具体行動を取っているのに、文句を言うというのが分からない。その年配女性こそ、沖縄行きの飛行機の僕の場所に座らせてみたかった。
  

7月 29, 2010   No Comments

あるシステムの物語 4

 
  つまり、東都損保システムの強みであるサーバー・パソコン群からなる事務システムと、他社の強みであるホスト・コンピューター・システムを繋いで最強のシステムにするという、謂わば、良いとこ取りを狙ったシステム統合であり、その接続の難易度を評価したものだった。

「システム統合し易いところは少ないんだねぇ。中堅会社で唯一〇が付いているこの会社は、そんなにお勧めなの?」

「本当のところはやってみなきゃ分からないのですが、ここのホスト・システムは数年前刷新されていて、多分損保全社の中で一番新しいと思います。それだけ複雑化していないと思いますので〇にしました」

「大手3社も〇だが?」

「はい。それは、少し前提が違って、相手会社のシステムで行くことになるでしょうから、システム統合というよりも単純に当社からのデータ移行がメインとなりますので、統合し易いと思います」
  

「ところで兵頭君、システムを一寸横に置いて、我が社が何処かを合併相手に選ぶとしたら、君だったら何を一番のポイントに置くかね?」

「それはまた難しいご質問ですが、補完関係にあるかどうかじゃないですかねぇ。例えば商圏が近畿と関東とか、火災保険に強い会社と自動車保険に強い会社だとか」

「補完関係ね、兵頭君もたまには良いこと言うね。じゃぁ、君が〇を付けた大手社と一緒になることは?」

「・・・。自分の勤め先が大手社になったと喜ぶ者がいないとは限りませんが、私はイヤですね」

  兵頭は、今、自分はとんでもない会話を社長としている、と大いに戸惑いながら答えている自分を感じていた。

  それから数ヵ月後、東都損保は中央損保と合併することが発表された。その日は奇しくも兵頭53歳の誕生日、3月1日だった。その2ヶ月前は、世界中がY2K問題に備えて厳戒態勢で迎えた正月だった。大変な労力とコストを掛けて対策を施して2000年1月1日を迎えただけに、世界的にも大した問題も生じずに通過した。

  だが、Y2Kは終わっていない。前日は2月29日の閏日だった。新年を無事通過した後の最後の山場はこの閏日の対応だ。従って閏日の当日とその翌日、コンピューター・システムに何も起きなければ、Y2Kプロジェクトは終了宣言を出して、兵頭の誕生日祝いを兼ねて盛大に打ち上げをやる予定だった。だが、会社合併の発表と共に、それがキャンセルされたのは当然の成り行きだった。
 

7月 26, 2010   No Comments

あるシステムの物語 3

 
  兵頭が梶に「社長から様々な質問が飛んで来る」と言ったのは、つい先日も社長室に呼ばれ、河瀬社長からある内密の指示を受けていたことを念頭に置いてのことだった。

「最近、損保業界の再編を巡る様々な憶測記事が流されているのは知っているな?」

「はい」

「記事の内容は全く出鱈目もいいところだが、損保の自由化がここまで進むと、合併話がいつ起きても不思議でないのもまた事実だ」

「はい」

「私としても、一応あらゆる可能性に備えておきたい。そこで兵頭君、君に頼みたいのは、仮にどこかの会社と一緒になるとしたら、システム統合の観点から見て、何処の会社のシステムとだったら統合し易いか、逆に統合し難いのは何処のシステムかを教えて欲しいのだ」

「えー・・・、はい。ご指示の意味は分かりますが、各社のシステム内容については、アウトライン程度しか分からないんですけど、そんな前提で良いんでしょうか?」

「今までの損保協会の委員会などで入手した情報や、君の個人的な主観でも構わないから、会社別に比較表を作って欲しいんだよ」

「損保協会の各社交換資料がありますし、各社のシステム部長との委員会後の飲み会で得た情報などを元にした勝手判断でも宜しければ・・・」

「それで結構だ。但しこれは、君だけでやってくれ」

「分かりました」

  河瀬から指示を受けた兵頭は2日後、人知れず作成した資料を持って再び社長室に入った。

「兵頭君、ご苦労。参考に使わせて貰うよ」

「少し説明させて貰っていいですか?」

「いいよ」

「何をもってシステム統合し易いかし難いか、その判断基準ですが、私の考えたのは・・・」

  兵頭は河瀬社長に各社システムの評価の前提となる考え方を説明した。その前提での評価であって、他の判断基準なら別の結果になることを言いたかったのだ。

  兵頭の考えは、東都損保のシステムは中央に置いた大型のホスト・コンピューター内のシステムが優れているのではなく、ホスト・コンピューターに繋がった沢山のサーバー群とパソコン群でサービスしている事務支援システムが最大の特長であり強みなので、それと接続し易いホスト・システムか否かで評価判定するというものだった。
 

7月 23, 2010   No Comments

あるシステムの物語 2

 
  ある日、兵頭一樹の元に梶圭太が現れた。東都損保の事務統括部門の部長として大阪の営業部長から本社に転勤して来たのだ。兵頭より入社年次が1年下の理事職の部長だ。システム部門が長い兵頭はその前年に東都損保の取締役システム部長に就任していた。2人はこの時が初対面だった。

「兵頭さん、今度事務統括部長を務める梶と言います。事務統括部の分掌事項を見ましたら、事務システムの統括権限があるようなのです。そんなことを含めて今後とも宜しくお願いします」

「兵頭です。こちらこそ宜しくお願いします」

「まだ、内緒なのですが、河瀬社長からは、『会社合併もあり得る。その時は、事務とシステムが最大の難問になる、その時に備えてお前を事務統括部門に配置するのだからそのつもりで』と言われています。兵頭さんにも同じようなことが降りて来ていますか?」

「社長からは盛んにいろんな質問が飛んで来ますよ」

  挨拶にしてはかなり微妙な会話が最初の出会いだった。兵頭がこの遣り取りで一瞬の内に理解したのは、梶が河瀬社長の信頼する腹心だということだった。

「兵頭さん、システム費用は年間どのくらいですか?」

「140~150億円ほどだね」

「仮に2社が合併すると300億近い額になるんですよね。それを1社分の費用で賄えれば、その半分がコストセーブ出来るって訳ですかぁ!」

「まあ、システム統合で必要なシステムが少し増えるだろうから、一社分という訳には行かないと思うけど、100億円くらいは統合効果を出せると思うけど」

「合併効果が一番大きいのはシステムですねぇ。いざ合併となったら、システム統合が一番やりがいのある仕事になりますよ、兵頭さん」

「それもそうなんだけど、梶さんね、その浮いた100億円を数年使わせて貰うと凄い戦略システムを作れると思うんだ」

「そう、今まで不可能だったそういう膨大なシステム投資が出来るようになるのが会社合併の積極的な意味の一つですよね。兵頭さん、是非その『新幹線システム』を目指しましょう」

  2人は勝手に会社合併に夢を広げて行ったのだった。
 

7月 22, 2010   No Comments

あるシステムの物語 1

 
  2001年7月1日、兵頭一樹は梓システムズ(株)の社長として、会社設立記念式典で、全社員を前に挨拶に立った。
梓システムズの親会社の梓損害保険株式会社は損保業界中堅同士の東都損保と中央損保とが合併して同年4月1日に業界4位の大手社として再スタートを切った。
梓システムズは東都損保と中央損保の夫々のシステム子会社が、それより3ヶ月遅れてこの日、漸く合併の運びとなったのだった。

  システム子会社同士とは言っても、夫々の親会社の考え方の違いから、際立った人員構成の違いがあった。
即ち、東都損保側のシステム会社のプロパー社員数はたかだか30名だったが、中央損保の子会社はプロパー社員300名を擁する大所帯であった。
東都損保出身の兵頭はこの合併子会社の初代社長として、今、社員向けに話し掛けているのだが、実のところ聴衆は、殆どが兵頭を知らない中央損保システムズ出身のプロパー社員なのだ。

「保険の自由化は、外資の参入や他産業からの参入を招来し、保険料の自由化をもたらし、遂には国内損保社の相次ぐ統合再編を促した。
これからの損保の競争は熾烈を極める。そういう厳しい時代をどうやって勝ち抜いて行くか。
その鍵を握るのがコンピューター・システムだ。その良し悪しが損保会社の成否を決めると言っても過言でない、そんな時代が始まったのだ。
だから梓システムズという会社は、そういうシステム競争に勝てる会社にならなければならない。
 
  そこで皆さんにお願いがある。別々の生い立ちを持つ別々の会社が、今日一緒になったのだが、夫々の延長線上にこの会社があると思わないで欲しい。
全員今までの会社を退職して、全く新しい梓システムズという会社に入社したと思って欲しい。
過去と決別して、文字通り、21世紀型の新しいシステム会社を作るんだと決意して欲しい」

  兵頭は40分に亘る熱弁を振るったあと、「知らない者同士が一緒になったのだから、当面、対話重視の会社運営を行う。
私を含めた役員と社員間、役員同士、社員同士、様々な機会を捉えて新しい会社作りをテーマに議論して貰おうと思っている。
その皮切りとして、この場で、是非とも私に何か聞いてみたい、ぶつけてみたいという人がいたら、勇気を出して挙手してみて下さい」と投げ掛けてみた。

  兵頭も、そうは言っても手を挙げる社員は皆無だろうとは思っていたが、遠慮気味に2本手が挙がった。

「おう、勇気ある人が2人いましたね。じゃぁ、そちらの方どうぞ」

  兵頭は2人の内、女性の方を指名した。

「梓損保本体の中にもシステム開発部があってSEがかなりいます。
一方、この梓システムズにも沢山SEがいます。
社長はこれを将来的にどうされようとお考えですか?」

「なかなか良い質問です。
私としてはこの梓システムズが、梓損保のシステム全てを請け負える力のある会社にして、梓損保のシステム開発部の役割をも吸収出来る会社に、何としてもして行きたいと思っています。
それには、皆さんにもう1段・2段、上の仕事にチャレンジして貰う必要がありますから、少し時間が掛かると思っています・・・。
答えはそれで宜しいですか?」

「はい、ありがとうございました」

 
 
「もうおひと方いましたね? どうぞ」

背の高い彼が立ち上がると全員がそちらに注目した。

「昨年のシステム統合では、中央損保のシステムに片寄せするという方針で進めたのに、どうして兵頭さんは、半年後にそれを反古にして、両社システムの併存型なんかに変えたりしたんですか? 
私達はそれに散々振り回された挙句、複雑極まりないシステムになってしまいました。
ここにいる大多数が今でもあの時の不満を抱えたままだと思いますよ・・・」

昨年の10月から11月に掛けて、兵頭と梶圭太は、そのことの事情説明に追われていた。
両社のあらゆる部門に説明した筈なのに、中央損保側では実際のシステム統合作業に当たっていたシステム子会社のSE達には何も話が降りていなかったのか。

「皆さん、あの時の方針変更の理由は一度も聞いたことないんですか?」、多くの社員が頷く。

「それでは、説明しましょう・・・・・」
  

7月 21, 2010   No Comments

サマー・コンサート

 
  我が「おじさんバンド」のギターとボーカルを担当している斉藤さん。
彼は、あるコーラス隊のメンバーでもある。
このコーラス隊、名前を「TUBASA」と言う。
斉藤さんに誘われて、土曜日に、彼等のコンサートを聞きに行ってきた。

  多摩郊外の公共の建物内レストランで行なわれたサマー・コンサート。
午後2時からだったが、用意した客席はほぼ満員になる盛況ぶりだ。
「Mr.サマータイム」など夏の歌を中心に45分。

  僕が彼等のコンサートを聞くようになって、今回で4回目になる。
とは言え、元々僕等「おじさんバンド」と共に、「クーペ&Shifo」のコンサートでは一緒にやって来たので、彼等のコーラスは過去何度となく聞いてはいるのだが・・・

  2年前、彼等は独立して単独コンサートを行うようになった。
メンバーもかなり入れ替わり、印象がかなり変わって来ているのも事実。
最初の頃は、一生懸命ではあっても、全体的に固かった。
「おじさんバンド」も経験あるが、バック演奏をやっている時と、「おじさんバンド」が全面に出て演奏する時との緊張感の違いだろう。

  それでも、コーラス隊の最初からのメンバーだけは、身体の内から湧き上がるような、歌うことの喜びに満ちた表情で歌っていた。
それが、今回、ほぼ全員が、そういう何とも良い表情と自然な身体の動きが、表に溢れ出ていた。

  生のコンサートって不思議だ。演じる人々の感情や気分がダイレクトに客席に伝わるから、彼等が気持ちよく歌うと、こちらまで気持ちよくなる。
毎週土曜日には、欠かさずに練習しているそうだから、充分な声量・安定した音程など、技術面の飛躍があるから、みんな安心して、はち切れているのだと解かった。

  更にいいと言うか、羨ましいのは、彼女達の旦那様方が並んで客席から見詰めていることだ。
これは最強の応援団だな。
僕も彼等と一緒にいたのだが、ある旦那様が独り言を仰った。
「自分の妻がステージで輝くのを見るのは、夫として最高に幸せ」と。
「ホント、いいもんです」と、もう一人の旦那が私に同意を求めるそぶり。
「羨ましい限り」と僕。
うちのカミサン、音楽はやらないし、そういう晴れまがしいことは好きではないし・・・

  終わってまだ土曜の午後3時前。梅雨明けで外は暑いし、旦那族に当てられてやたら喉が渇いた。
ビール飲むぞ! 徹底的に! 中華料理屋に直行。
5時からのコーラス隊の打ち上げにも飛び入り参加。その二次会も。

家に帰ったら午前零時を過ぎていた。
  

7月 20, 2010   2 Comments

ラストシーン

          ラストシーン
 
 
                     Words & Music 神童覇道
 
 
♪ あの頃確かに君がいた 僕と腕組み歩いてた
 
  広い公園楓の並木 何も言わずに歩いてた
 
  他人(ひと)が見たなら仲の良い 恋人同士に見えたろう
 
  あれが二人のラストシーン 君を失い大人になった ♪
 
 
 
♪ あの頃確かに僕がいた 肩で風切って歩いてた
 
  けれども僕は勇気もなくて 君をとどめる術もなく
 
  思い出沢山ありがとう 泣きながら君はそう言った
 
  あれが二人のラストシーン 君を失い大人になった ♪
 
 
              (間奏)
 
 
♪ 思い出沢山ありがとう 泣きながら君はそう言った
 
  あれが二人のラストシーン 君を失い大人になった ♪
   

7月 18, 2010   No Comments