嫉妬
嫉妬という、なんとも扱いに困るこの心、持て余したことのない人間っているのだろうか? その昔、ONの全盛期について、引退後の王貞治がいみじくも言った言葉が忘れられない。
長嶋も活躍、自分も活躍、この試合は、自分の決勝ホームランで巨人が勝ったのだから、明日のスポーツ紙の一面は長嶋でなく、王の写真が飾られる筈だと思った。
ところが、新聞は挙って長嶋の途中の逆転打を大々的に報じていた。これには流石の王も心穏やかでなかった。自分は長嶋と違って国籍が日本でないから差別されるのかとさえ思った。
実は、王も長嶋の勝負どころでの強さは尋常でないこと、その時の集中力は傍にいる者に恐ろしさを感じさせる程であることを知っている。だが、2人が共に活躍した試合では必ずヒーローは長嶋となることに秘かな嫉妬さえ感じていたと言う。
そこで、王は、日本では長嶋に叶わなくても、自分は世界に通じる打者になることを誓ったと言う。そして、ベーブ・ルースの本塁打記録を抜き、ハンク・アーロンの記録を破り、遂に世界記録を打ち立てた。
翻って考えてみれば、ライバル(rival)という原語には、日本で使われているような「良き友」という含みは全くない。宿敵と略すのが相応しい。だから、真のライバル同士には敵愾心や嫉妬心こそあれ、「あいつの成功を嬉しく思う」筈がないのだ。
つまり、ライバル同士の両方がスターになって行く場合では、両方、或いは、どちらかの「悔しさ」がバネとなって成功に繋がったケースが多い。
但し、「悔しさ」や「嫉妬」は普通、マイナスの感情だ。これが強いとどんどんマイナス・スパイラルに落ちて行き、以前よりも力が出せくなったり、不運に見舞われたりするのだが、これを頑張りエネルギーに変えられる実力者だから、成功に結び付けられること。
実力者と凡人がいたら、実力者が持て囃されるのは当たり前。なのに、彼等が同じ仕事のチームだったような時、出来る一人だけが評判が良かったりすると、他の凡人メンバーにも不相応な嫉妬が芽生える時がある。これが厄介。そういう時は、必ず、チームが機能しなくなる。


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