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あるシステムの物語 4

 
  つまり、東都損保システムの強みであるサーバー・パソコン群からなる事務システムと、他社の強みであるホスト・コンピューター・システムを繋いで最強のシステムにするという、謂わば、良いとこ取りを狙ったシステム統合であり、その接続の難易度を評価したものだった。

「システム統合し易いところは少ないんだねぇ。中堅会社で唯一〇が付いているこの会社は、そんなにお勧めなの?」

「本当のところはやってみなきゃ分からないのですが、ここのホスト・システムは数年前刷新されていて、多分損保全社の中で一番新しいと思います。それだけ複雑化していないと思いますので〇にしました」

「大手3社も〇だが?」

「はい。それは、少し前提が違って、相手会社のシステムで行くことになるでしょうから、システム統合というよりも単純に当社からのデータ移行がメインとなりますので、統合し易いと思います」
  

「ところで兵頭君、システムを一寸横に置いて、我が社が何処かを合併相手に選ぶとしたら、君だったら何を一番のポイントに置くかね?」

「それはまた難しいご質問ですが、補完関係にあるかどうかじゃないですかねぇ。例えば商圏が近畿と関東とか、火災保険に強い会社と自動車保険に強い会社だとか」

「補完関係ね、兵頭君もたまには良いこと言うね。じゃぁ、君が〇を付けた大手社と一緒になることは?」

「・・・。自分の勤め先が大手社になったと喜ぶ者がいないとは限りませんが、私はイヤですね」

  兵頭は、今、自分はとんでもない会話を社長としている、と大いに戸惑いながら答えている自分を感じていた。

  それから数ヵ月後、東都損保は中央損保と合併することが発表された。その日は奇しくも兵頭53歳の誕生日、3月1日だった。その2ヶ月前は、世界中がY2K問題に備えて厳戒態勢で迎えた正月だった。大変な労力とコストを掛けて対策を施して2000年1月1日を迎えただけに、世界的にも大した問題も生じずに通過した。

  だが、Y2Kは終わっていない。前日は2月29日の閏日だった。新年を無事通過した後の最後の山場はこの閏日の対応だ。従って閏日の当日とその翌日、コンピューター・システムに何も起きなければ、Y2Kプロジェクトは終了宣言を出して、兵頭の誕生日祝いを兼ねて盛大に打ち上げをやる予定だった。だが、会社合併の発表と共に、それがキャンセルされたのは当然の成り行きだった。
 

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