あるシステムの物語 7
翌日、両社の事務・システム双方の代表者達による「事務・システム統合小委」が開かれ、兵頭は中央損保システムへの片寄せ方針を提案した。東都損保側のメンバーの顔には「不本意ながら」が書かれていたが了解の意思表示がなされた。ただ一人、明確に異論を述べた下田正雄を除いて。
下田は兵頭の2年後輩であり、システム部門の中で兵頭に次ぐもう一人の部長だったが、下田が部長に昇格して以来、兵頭に対し強烈なライバル意識を持つようになった。嘗て、東都損保のコンピューター導入以来、事実上システム部門を引っ張って来た人物で「福井」という天才肌の情熱的な改革者がいた。兵頭も下田も「福井」門下生と言って良い。
その頃は、2人は公私ともに良く付き合っていて、傍目にもウマの合う2人と見られていた程仲が良かった。「福井」が役員を降り退職した時、その後継者として兵頭が指名されたのだが、下田はそれが気に入らなかった。徐々に2人の反目は周知のこととなり、今では、兵頭が右と言えば下田は左と言う、そんな好ましくない関係に至ってしまっている。
4月初めに開催された第1回の経営統合委員会にシステムの片寄せ方針を諮った。経営統合委員会は両社の社長以下主要役員により構成された、会社合併に関わる最高意思決定機関である。相手社に異論がある筈もなく、また、東都損保側の河瀬社長も、この合併を何としても成功させなければならない責任者としてこの方針を承認した。
河瀬社長は「兵頭君、梶君、良くぞ決断してくれた」と労いの言葉を掛けた程だ。但し、その会議で、さざ波が立った場面がある。合併発表前に東都損保側で完成させ既に稼動していた河瀬社長肝いりの保険代理店向けシステムに関してだ。
「例の代理店システムは、中央損保システムに接続出来ますか?」
河瀬社長はそのシステムの開発リーダーだった下田に訊ねた。河瀬は出来るならその代理店システムだけは活かしたかったのだ。
「それは無理です」
下田は暗い顔でそっけなく答えた。兵頭は、例によって下田が中央損保システムに片寄せする方針を是としないことを知っている。だから、彼が「無理」と言うのは、この代理店システムを活かしたいなら中央損保でなく東都損保のシステムに寄せるべきだ、という趣旨であることも分かっている。
「兵頭君の意見は?」
河瀬が兵頭に水を向けた。
「簡単とは言いませんが、接続は可能です」
こうして、東都損保の代理店システムを接続することを条件に、中央損保システムへの片寄せ方針がオーソライズされたのである。


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