あるシステムの物語 8
しかし、その後、東都損保の本社では中央損保システムに寄せる方針に対して案の定異論続出の状況になった。「当社のシステムは最悪だ」「こんなシステムでは戦えない」などといつもシステムに不満を露わにしていた商品部門や営業部門が、挙って「当社のシステムは業界トップを行くシステムだ。何故それを捨てて、中央損保のシステムに寄せるのか?」と言い出す始末だ。兵頭は可笑しかった。社内でシステムがこんなに褒められたことは嘗てなかったからだ。
だが、経営統合委員会で決まったという事実は重い。方針が決まらなければ両社のシステム部門とも統合に向けて動きようがないのも事実だ。東都損保本社内にも、システム部門内にも不満は燻ぶっていたが、兵頭達は中央損保システムへの片寄せ方針で突き進んだ。
それでも、分割払い保険料入金の経理処理を巡って両社の経理部門が対立した。東都損保の所謂「入金ベース精算方式」か、中央損保の「計上ベース精算方式」かの論争だ。「入金ベース」とは、顧客からの分割払い保険料を代理店が自分の保険料預かり口座(月末に保険会社と清算するまでの一時預かり口座)に入れる都度、顧客に渡した領収証の控えを保険会社に送付。保険会社は一ヶ月に一度その合計金額を代理店に請求して精算する方式だ。
この方式だと保険会社が把握している金額と代理店の預かり口座の額は一致しているので、月1回の精算タイミングで基本的に金額不一致は生じない良さがある。
これに対して、「計上ベース」は保険会社から代理店への月1回の請求金額は理論値(代理店ではこれだけ分割払い保険料を集めて預かっている筈という値)なので、代理店サイドで分割払い集金を100%完璧に実施していない限り実態値と理論値に必ず違いが生ずる。何故差が出たかを調査追求しないと精算が出来ないから、精算時には常にその解明に手間暇が掛かる。(理論値と実態値の差は未入金額という経理上の仕分けは簡単)
但し、損保業界では「入金ベース」採用の会社は極く少数で、寧ろ「計上ベース」の方が一般的なのだ。だが、第1回目の経営統合委員会で、不本意な結果に終わった下田正雄は、これを巻き返しの材料に使った。東都損保の経理部門に、「計上ベース」を採用して東都損保の代理店が騒ぎ出したら経理部門の責任となると説いて回ったのだ。
下田の話に初めて危機感を持った経理部長の犬塚正義は、河瀬社長に面会を求め、中央損保のシステムに寄せると東都損保の代理店が騒ぎ出す筈だから、片寄せは止めて貰いたいと陳情したのだ。
中央損保システム寄せの決定を覆し、東都損保システムを中心に据えたシステム統合を狙う下田の社内画策はこれに止まらなかった。
東都損保システムのホスト・コンピュータはG製作所製で、中央損保はE通信製だ。中央損保システムに寄せると当然E通信製コンピューターの増強が必要になり、G製作所製は増強どころかいずれは撤去の方向になる。
そこに目を付けた下田は、G製作所から商取引で得ている年間保険収入3千万円がなくなるということを声高々に営業部門や本社営業統括に伝え、中央損保システムへの片寄せ反対に社内世論を誘導しようとした。
これに対して営業出身の梶圭太は、「3千万円が何ぼのもんじゃい。この合併を成功させれば収入保険料が4千億円増えるんだ。妨害工作もいい加減にせい!」と、下田をどやし付けた。
が、下田の話は、東都損保本社の営業統括部門や商品開発部門に急速に浸透して行き、「計上ベース反対」の大合唱が、やがて「片寄せ反対」の声へと拡大して行った。


0 comments
下記のフォームへの入力が必要となります。
コメント欄