あるシステムの物語16
「中島さん、方針変更しないで新会社開業本番に突っ込んで大問題に発展した場合は、その責任は、全て中島さんにあるということになる。それで良いのですか?」と兵頭が付け加えた。
中島は引き攣ったような表情で、部下である現場責任者の吉川に尋ねた。
「吉川、このままだとテスト完了が間に合わないと言うのは本当か?」
「間に合わない、と言うよりも、確信を持って開発している訳ではないので、正直なところ、テスト&メンテナンス工数がどれくらいになるのか、今のところ、全く読めないというのが本音です。下手したら、イチかバチかの本番スタートになることも考えられます」
この吉川の発言で中島は引き下がらざるを得なかった。
以降、緊急招集されたプロジェクトの両社を代表して、柳原(東都損保)と吉川(中央損保)が新システム統合計画案の説明し、質疑応答後、深夜2時になって、やっと全会一致で新方針(並存型システム統合)が承認された。そして、翌朝一番で、両社社長出席の下、臨時経営統合委員会に於いて正式に認められ、即刻新たな計画がスタートした。
だがもっと大変だったのは、双方の役員や本社部門にシステム統合の失敗と受け止められ、大騒ぎとなったことだ。兵頭と梶は様々な会議に出頭して、事情説明や来年4月の新会社スタート時のシステムがどういう姿になるのかの説明に追われた。
味方の筈の東都損保側にも、また、当然ながら中央損保側にも、誰一人として2人を応援してくれる者がいない中、両社各部門を説得するのは容易なことでなかった。それどころか、辛辣な批判を浴びてからでないと説明にも入れないような状況が続いたのだった。2人は、針の莚に座らされるとはこのことか、と心の底から思った。
人生最大のピンチには違いなかったが、しかし、2人の関心事はそんなところにはなかった。兵頭の真の懸念は、残り5ヶ月強で新方針のシステム手当てが完了するのかどうかという、ただ一点だった。
両社の本社部門への説明を終えたその日、兵頭は部下数人を引き連れて相手社のコンピューター・センターに乗り込み、会議室の一室を押さえて「システム統合本部」にした。あと5ヶ月、新方針に基く統合が成らない限り、もう自社のコンピューター・センターには戻らない、そんな決意だった。
梶は事務部隊を指揮していたが、システム統合の形が変わると事務が大きく変わり、部下たちの作業は振り出しに戻ってしまうにも拘わらず、積極的に兵頭を支持し応援し続けた。
そのことに兵頭達システム部門は大いに救われ、新方針に基づく短期集中の詳細設計と、全軍を挙げた2交代24時間体制のシステム対応に集中することが出来、両社システムの並存型という暫定システム統合が何とか間に合った。2001年4月1日、新会社はスタートし、新しい事務とシステムは順調に動き出した。・・・かに見えた。


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