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あるシステムの物語17

 
  梶圭太はこの合併初日、関東営業本部長に赴任した。当初の思い、即ち、システム統合で大きな合併効果を上げることは叶わず、忸怩たる思いを抱きつつも、自らの気力を奮い立たせて、得意の営業分野に戻り、合併新会社の勢いを付ける役割を自任して赴任して行ったのだった。

  入れ替わるように、前島仁が事務・システム本部に副本部長として異動して来た。前島も梶と同じく兵頭一樹の1年年下である。その経歴の多くは営業であり、梶と同じく、若い時からその活躍が注目されていた男である。

  前島の任務は多分、取り敢えずの形でスタートした「並存型事務システム」を本格的に統合させることだったであろう。ところが1週間もしない内に、全国あちこちで事務の混乱が起き始めた。第一線の事務を後方の内務センターで集中処理させる新しい事務体制の不備・不慣れ、物流ネックやシステム不具合の発生、現地対応の不慣れ、合併記念の自動車保険新商品の申込書記入誤りの多発など、様々な要因により事務が滞り、月末を乗り切れない事態に直面した。

  再び兵頭は社内の厳しい目に晒された。そういう事務やシステムにして合併の日を迎えた責任者に非難の目が向くのは当然だった。しかし、その同じ目は、既に本社を離れ営業現場の最高指揮官としてその役割に邁進していた梶にも向けられた。梶も統合作業の中では事務部門の責任者だったからだ。

  この時、前島は本社各部より人材を集め、「緊急対策本部」を立ち上げた。前島は本部長として、事務部門・システム部門はもとより、企画部門・商品部門・営業部門などから優秀な人材を引き抜いて専任プロジェクト体制を敷いたのだ。兵頭も進んで前島をサポートする立場でメンバーとなった。

  前島は、4月最初の月末締切を迎えるまでに打つ対策と、それを乗り越えた後打つ手とに明確に分けて、且つ、全国の営業部門にキメ細かく的確な指示をし、更に、現地がその指示に従って確実に対策を実行しているか、部下に現地確認させたことだ。必要な場合は率先して自らも現地に飛び、全国1店舗の対策漏れも許さないという徹底の仕方である。

  その間、殆ど毎日、会社を出るのが深夜2時3時。前島仁と兵頭一樹は家が近いこともあって、連日2人でタクシーに同乗して帰宅した。そのタクシーの中も翌日の作戦会議や、システムに関する前島から兵頭への質疑応答の時間に当てる程逼迫した状況だった。

  必死の対応の結果、事務混乱は約1ヶ月半で収束に向かった。
 

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