海沿いの旅 (恐山)
ブナや杉や松の木が鬱蒼と茂る山道を長い時間掛けて車で登ると、一面に、大きな湖が広がった。この湖は「宇曽利山湖(うそりやまこ)・恐山湖(おそれざんこ)・宇曽利湖(うそりこ)とも言う」(角川日本地名大辞典編纂委員会1985)らしい。
「宇曽利山湖」と言う呼び方は、近くに「宇曽利山」が無い以上、妥当な呼び名ではない、とか、湖に隣接する「恐山円通寺」の地番名が「宇曽利山」なのだから、正しいとか、様々な論争があるようだが、僕は、元々アイヌ人の付けた地名に後から漢字を当てたので、「うそり」山も「おそれ」山も元は同じだろうと勝手に思った。
余談だが、呼び方が一緒で、地名と寺院名や施設名の漢字が異なるのは方々で見られる。例えば「地名:修善寺」「寺院名:修禅寺」、或いは、「地名・寺院名:深大寺」「施設名:神代植物公園」等など。
従って「恐山」のケースは、呼び方が同じで、地名と寺院の山号とで違う漢字を当てたのだと推理した。アイヌの地名に当てた漢字が違うので、後世では、似て非なる呼び方になったと思った。現在は「恐山」(おそれざん)が全国的に有名になった呼び方だから、この湖を「恐山湖(おそれざんこ)」と呼ぶのが最も妥当ではないかと思う。
おっと、そんなことはどうでも良かった。僕が気に入ったのは、「恐山」の頂上の平原全体の景観だ。
ここにこんな大きな湖があるとは、到着するまで全く知らなかった。車道から見る湖は、向こう岸が森と山で覆われ、霧雨だったせいもあり、霧が薄く立ち込めたような、何とも神秘的な湖だった。
観光客用の店も何もなく、開発の魔の手が全く伸びていない大昔のままと思しき風情は、何とも不思議な感覚を与えてくれる。何年か前に見た北海道の摩周湖を思い出した。
さて、車は、前方、湖の右側に見える寺院と、その奥の「地獄」と言われる火山が作り出した白い一帯を目指して進む。その途中、小さな川が流れていて、車道の傍に赤い太鼓橋があった。この川が「三途の川」だそうで、太鼓橋を渡るとあの世になる、と旅行ガイドに書いてあった。
この一年間に死んだ人の霊は、例外なくここにやって来るから、この世の人間が訪ねれば会えるのだという。この一年間に、僕は大事な友人を2人亡くしている。円通寺にお参りして友人の霊を慰めよう。そして賽の河原と言われる「地獄」を、あまり時間が取れないので、急ぎ足で巡ることにしよう。


0 comments
下記のフォームへの入力が必要となります。
コメント欄