プレミアムエイジ ジョインブログ
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Posts from — 9月 2010

コーラス隊とビートルズ

 
  先週の土曜日は、昼と夜に知り合いのライブが2つあり、コンサートのハシゴとなった。

  まずはコーラス隊「TUBASA」。午後3時過ぎから小一時間の発表会だった。おじさんバンドのギターとボーカル担当の斉藤さんがコーラス隊のメンバーでもあり、僕を誘ってくれた。

  毎回新しい試みがされて来ているが、今回は最後に歌った「組曲」が目玉だった。「翼を下さい」を初めとする別々の3曲を、組曲として編曲したものだ。「TUBASA」が「翼を下さい」って言うのが可笑しかったが、なかなか聞き応えのある曲だった。

  編曲は、コーラス隊の指揮者でもある「よし子さん」。音楽家としての才能を感じながらも、ミニスカートで指揮するそのプロポーションは、どう見ても30代半ば。早稲田大学に通う息子さんがいるなんて、とても信じられない人だ。

  終了後、コーラス隊の打ち上げまで2時間ほどあると言うので、暫く近くの中華レストランで彼等と歓談した。僕は1時間半ほどで切り上げ、ビートルズ・バンド「アップルビーツ」のライブが、隣駅のライブハウス「コルコバード」で今夜行なわれることを斉藤さんに告げて、そちらに向かった。

  途中用事を済ませてから、7時半ごろ、「コルコバード」に着いたら、演奏の真っ最中だった。ワニドラが「レディー・マドンナ」を歌っているところだった。ポッツは相変わらずポール・マッカートニーそっくりだ。真ん中にジョージ、舞台に向かって右側にはサム(ジョン役の女性)とZoo(ジョンレノン)。2人は昨年秋に結婚したばかり。懐かしい。

  暫く聞き惚れていたけど、やっぱりビートルズより上手いビートルズだよ。ビートルズ一筋30年とか40年の人ばかりだからね。本物のビートルズだって、ビートルズやってたの高々8年だよ。「アップルビーツ」の方が上手くて当り前だよ。

  何ステージ目かの途中、斉藤さんに率いられて、N夫妻やコーラス隊の「よし子さん」等数人が現れた。打ち上げのあと駆け付けてくれたようだ。

  そのステージの最後は、いつものようにポッツの「ロング・トール・サリー」で締め括った。多分この曲の後は、客も入り乱れてのセッション・タイムとなるのだろう。

  案の定、客席から別のビートルズがステージに上がり、2~3のバンドが次々に演奏した。最後は、通称BJ(ブラックジャック)や、Iさんという「アップルビーツ」のコーチ役他のメンバーによるビートルズだ。さすがに上手い。

  ポッツがやって来て、何かやってくれと言う。ビートルズでなくても良いかと聞いたら全然構わない、と言うので、斉藤さんの歌う「ルート66」をやることにした。

  斉藤さんボーカル&ベース、ポッツがキーボード、僕がドラム、3人で始めた。間奏に近付いたところで、突然、「よし子さん」の旦那様がギターで参戦して来た。エレキギターのアドリブ。凄い。ただ者でない。この人、ギタリストだったなんて全く知らなかった。正にサプライズだ。

  もう1曲。「ジョニー・ビー・グッド」。ポッツがベースに回り、キーボードに「コルコバード」のマスター。ギターは「よし子さん夫」、ドラムは僕、そしてボーカル斉藤さん。

  即席のバンドとしてはなかなかどうして、素晴らしい。僕も久し振りに乗りに乗った。斉藤さんの歌も乗っているのが良く分かる。その斉藤さん、「よし子さん夫」のエレキギターのアドリブ演奏の後、「はい、ドラム!」と僕に振って来た。乗ってる時ってこんなもの。ワンコーラスのドラムソロをやったが、気持ち良かったの何のって。

  ここ2ヵ月ほどは大変重苦しいドラムだったから、余計に気持ち良かった。ドラムの本当の楽しさを思い出した。やはり音楽は楽しくなくちゃ。演奏している5人の乗り方がシンクロした気持ち良さと楽しさは格別だ。ストレスが全部吹き飛んだ。

  後で、「アップルビーツ」コーチ役のIさんが、「神童さんのドラム、歯切れが凄くいいです。素晴らしい。手首のスナップが良く利いているんですかね?」と褒めてくれた。お世辞だとしても、専門家に褒めて貰うと元気が出る。
 

9月 30, 2010   No Comments

栄枯盛衰 10(バンド盛衰記)

                                        8月8日
 
  若くて上手いジャズ・バンドの勢いに乗るように、クーペは来年1月の東京国際フォーラムの会場を抑えた。国際フォーラムは過去2回、単独コンサートを実施した所だ。「過去2回はおじさんバンドに客席埋めて貰ったけど、今度は自分の力で満員にする」と、クーペの鼻息は益々荒い。

  更に、「クーペ&Shifo」に大スポンサーが現れ、東京郊外の今の店から、都心へ打って出る(移転)話が現実味を増していた。場所は四谷だと言う。クーペのモチベーションは最高潮に達して行った。

  この頃から、クーペのブログに、若手プロ・バンドへの熱い思いと反比例するように、おじさんバンドに対しての否定的コメントが度々書かれるようになって行った。

  「おじさんバンドは凭れ合っていてつまらん。飽きた」、「下手だからいけないんじゃない、努力しないのがいけないんだ」、「おじさんバンドには無我夢中がなくなった」、そして、僕に関しては「下手なドラム」といったトーンで。

  店に行くと、クーペは僕に、「ドラム下手だね。ボンゴ買いなよ」とか、盛んに言うようになった。

  ドラムやめてボンゴに移れと言っているのだろうか? 単純に、21歳のソウヘイのドラムと比較して下手だと言っているのだろうか?

  この5年半、小さなステージ含めて50回以上も一緒にやって来て、今更急に、下手だと言われたって困るよ。

  おじさんバンドは下手だから面白いんだと言ったのはクーペだよ。僕もおじさんバンドも、プロのレベルでないのは最初から分かっていたこと。だけど、これでも5年前よりは上達してるんだよ。少しだけだけど。

  それからは、店に行く度に毎回、クーペから「下手だね」と言われる。ソウヘイからバトンタッチを受けて僕がドラムに向かう時など、必ず「ドラムの腕は大分落ちますけど、次は神童さんです。皆さんあまり期待しないように」と、初めての客にまで、そんな紹介をするようになった。

  喫茶店で、ヨッ君から今度の大合併のシステム統合の現状を聞いた時、話がバンドに及んだ。

「あれは如何な何でも、神童さんに対して、クーペ失礼過ぎますよ!」

「でもな、下手なのはその通りなんだからしょうがないよ」

「あんな場面、昔の社員達には絶対に見せられないでしょう。神童さんは、平気なんですか?」
 

9月 29, 2010   No Comments

小説「ラストラン」に寄せられた感想Ⅱ  編集部

 
  40歳代後半と仰る方からお手紙を頂きました。普段本を読まないと言われる方ですが、「ラストラン」をしっかり読んで下さいました。また、読んで頂いたモニターの皆さんのご意見やアドバイスから、取捨選択させて頂き、最終版に仕上げて上梓を目指すという趣旨も良く理解されて、厳しくも温かい忌憚のない感想を送って下さいました。著者に成り代わり感謝申し上げます。以下に、送られた感想文の要約を掲載させて頂きました。

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《 総論 》

①       全体を通して、第一部は展開が面白くて読むのが楽しかった。第二部
    は不自然な点を多く感じた。第三部は読んでいてストレスを感じた
②       学生運動、企業合併の苦悩、政治経済、企業再生など、昭和から平
    成への移り変りを時代背景と共に良く捉えている。一方、時事を追い
    かけるあまり、内容が薄れ説明臭い
③   最後は政治の世界に入り込むが、寧ろ、企業再生・起業で留め、経済
    小説に特化した方が良い

《 各論 》

第一章

①       営業に於ける成功者になる為のヒントが沢山あった。
②       失われた20年で日本全体が沈み込む中、中島取締役みたいな人ば
    かりが増えている
③       保険業法の改定は知らないが、金融庁の考え方は6月に実施された
    貸金業法と同じと思った
④       学生運動の背景に興味を持った。戦争で命を懸けた人が身近にいた
    からこそ本気で生きた時代。今は昔の「戦後」の一面が良く描かれて
    いる
⑤       現在の日本は米国に政界、財界、メディアがコントロールされ国民の
    「財産」は奪われ続ける、という見方に共感

第二部

①       橘はシステム統合前に異動になったのか、システム統合を最後まで
    やり遂げたのか印象が残らない。インパクト弱く残念
②       和馬との決裂は不自然。橘や雅子の子供への接し方で、こんな人物、
    行動になるかな?
③       純太郎のくだりも不自然。40歳2児の父がそんな相談するだろうか?
    自分で判断するだろう
④       常務が3年も方針を見誤って、部下を引っ張り続けたのは不自然。中島
    の方がまともなのも残念
⑤       和馬の京都議定書を巡る発言行動が青臭い考え方過ぎて退屈

第三部

①       減収増益、販売管理費圧縮をベースに企業再生を手掛けるのは橘ら
    しい
②       日本SIS、企業再生、共感ネット会社は興味を引き付けて面白い
③       昭和平成の時事問題を時間経過と共に進めるのは面白いが、その流
    れに合わせて無理やりエピソードや人物の仕事や性格など落とし込ん
    だ印象
④       提言7ヵ条は馬鹿馬鹿しい。野党第一党に政党の根本に関わる提言を
    了承できる筈もなく、PJ5の見識が甘い
⑤       当選しても無所属1人で何が出来る? 選挙活動で体力を失い突然死。
    当選はスタートでゴールではない。橘は結局何も残せなかった
⑥       晩年(PJ5以降?)の橘に魅力がなくなった。ラストランは企業再生ま
    でで留めた方が主題も明確で、味があるのでは?

 「良かった良かった」が感想では失礼と思い、率直な感想を書きました。「ラストラン」が経済ドラマとして「ハゲタカ」「不毛地帯」を越える作品に育つことを期待します!

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  著者のヒロ高村氏から、このお手紙に対してコメントが届いております。

「普段時間がもったいなくて本を読まれないと言う方なのに、わざわざ、じっくりお読み頂いたのが伝わり、感謝の念で一杯です。そして、辛口のご意見・感想が多く、私にとりましては、最終稿に取り組む意欲を強烈に掻き立てられるお手紙でした。
  特に、この方が、不自然・退屈・馬鹿馬鹿しいと指摘されているところは全てフィクションであり、評価して頂いているところは、これまた全て事実に即した記述であるだけに、その眼力の鋭さに感服致しました。一層精進いたします。

                                      ヒロ高村  」

  編集部からも重ねて御礼申し上げます。
 

9月 29, 2010   No Comments

栄枯盛衰 9 (バンド盛衰記)

 
  それから1ヵ月。偶然、前の会社のK専務と昼食のレストランで会った。既にテーブルに着いているK専務は彼の部下と2人だったが、手招きするので僕は彼のテーブルに同席させて貰うことにした。

  K専務は5年前埼玉営業本部長の時、会社行事の一環として地元企業や保険代理店を集めてチャリティー・コンサートの開催を企画した。その時彼は真っ先に僕に、ジャズでも演歌でも、何か面白そうなバンド知らないかと相談があった。

  日比谷野音の10日ほど前のことだったと思う。「丁度良い。おあつらえ向きのバンドがある」と言って、「クーペ&Shifo」のことを伝え、その年の秋、埼玉彩の国芸術劇場での公演が決った。以来、4年連続、同じ場所でコンサートをやらせて貰った。

  実は、おじさんバンドの演奏機会を作ろうと思った時、脳裏に浮かんだのは他ならぬK専務だったのだ。念ずれば通ず。その彼に偶然レストランで遭遇するのだから世の中面白い。今は東京の本部長となっているK専務は、JTが主催した京王プラザでのパーティーにも出席して、乾杯の音頭を取っている。

「神童さんサ、うちの事務局から連絡行ってると思うけど、チャリティー・コンサートを11月11日にやることに最終決定したから、『クーペ&Shifo』宜しくお願いしますよ」

「え?! 前から、コンサートをやることは聞いてたけど、11月11日は初耳だよ」

「あれ、そりゃスイマセン。じゃ、ここで正式にお願いします。場所は四谷公会堂。」

「『クーペ&Shifo』には連絡行ってる?」

「指示はしといたんだけど。神童さんに連絡してないくらいだから、どうだか分かんないけどねぇ。神童さんの方から伝えといてよ。

ところで、この前の京王プラザのミニライブ、凄く良かったよ。おじさん達も大したもんだね。堂に入ってる」

「それって、おじさんバンドも一緒に出ろと言ってる?」

「何よ、それ。当り前じゃん。JTに対してやってやったのと同じように、俺の時もやってよ」

「分かった。ありがとう。実はね、今、『クーペ&Shifo』は若いイキのいいジャズ・バンドと一緒に活動しているからサ、おじさんバンド抜きでも、今は何の支障もないのよ」

「そう言やぁ、埼玉でチャリティー・コンサートを始めた頃は、『クーペ&Shifo』にプロのバック・バンドも出てくれていたよね。そうだよ、今回久し振りにプロにも出て貰ってよ。ギャラは変わらないけど。だけど、おじさんバンドは必須だからね」

  京王プラザのミニコンサートから4ヶ月以上空くけど、おじさんバンドの11月のライブが一つ決った。

  前後して、斉藤さんがやっているコーラス隊と、おじさんバンドとのジョイント・コンサートの話がもたらされた。12月24日のクリスマスイブに地元ホールで開催される。
 

9月 28, 2010   No Comments

栄枯盛衰 8 (バンド盛衰記)

 
  おじさんバンドの、年内ライブ予定なしの状況を打開すべく、何とかおじさんバンドの出演機会を作ろうと、僕は2ヵ月後に行なわれる、JTの立ち上げた保険会社の「開業記念パーティー」に、「クーペ&Shifo」と「おじさんバンド」を呼んで欲しいと頼み、JTから快諾を得た。

  7月2日、僕らおじさんバンドは2ヵ月振りにライブ出演を果たした。場所は新宿京王プラザホテルのパーティー会場である。「開業記念パーティー」の中で、40分間のミニコンサートを行なったのだ。

  以前のパターンの通り、「クーペ&Shifo」とおじさんバンドの共演だ。特にShifoとおじさんバンドで演奏する時は「年取った白雪姫と7人のジジイ達」というバンド名になるのもいつもと同じ。

  おじさんバンドとしては、珍しくメンバー全員が揃った。いつも1人2人都合が付かず欠けるので、全員揃ったライブって、いつ以来だったか殆ど記憶がない。

  演奏の方も、前日まで数日間は、おじさんバンドがクーペの店で、本番の練習をして来たせいで、僕としては満足の行くライブだったと思う。おじさんバンドだけの曲も、「クーペ&Shifo」のバック演奏も、とても気持ち良く出来たから。

  決して、あの若手プロのジャズ・バンドのようなレベルは無理だが、このグループの和みや楽しさ、面白さや味は充分に伝えられたと思う。当日のパーティーの来賓として来てくれた友人の猪瀬直樹副知事も、「おじさん達、やるねー」と言ってくれたし。

  平日のライブにも拘らず、おじさんバンドのフルメンバーが揃ったのも、主催者側の僕のためにみんな無理をしてくれたのが分かるから、とても嬉しかった。

  特に、ちょっとトラブルがあり、「クーペ&Shifo」と一緒のステージは遠慮したいと言っていたメンバーも、僕の呼び掛けに応じてくれたのは感動的ですらあった。これが関係修復の機会になればいい。

  久振りのライブも旨く行って満足だったし、やはり、このメンバー達は、僕にとって、否、僕の人生に於いて、本当に大切な仲間なのだと改めて気付かせてくれたライブだった。やはり彼等と今後もいろいろな音楽にチャレンジして行きたいという、自分の素直な気持ちを再確認したのだった。

  そして、この大切な仲間の関係の維持発展のためには、定期的にライブが必要不可欠なことも確認出来た。そのために、「年取った白雪姫と7人のジジイ達」のステージ機会を増やすため、以前のように、営業活動を再開しようと思った。
 

9月 27, 2010   No Comments

栄枯盛衰 7 (バンド盛衰記)

 
  余談だが、会社の経営が苦しい時に限って、バンド活動になどウツツを抜かしている輩は、愛社精神に欠けるとか、そんなことしている暇があったら、こっちを手伝えとか言われてしまう。会社が好調の時は、そんな台詞は聞こえないものなのだが・・・

  苦しい時はみんなで歯を食いしばることが当然視される。職場をその重い空気が占めるのだ。そして本当の打開策を考えるより、その空気に逆らわず、一生懸命頑張っているフリをすることが身を守ることになるのを学ぶ。こういった空気は、65年以上前の戦時下の日本を覆ったそれと同質なものではないだろうか。

  経験上、僕は会社内のそういう空気のことを凄く良く分かっている。職場のスポーツ選手には理解があっても、バンドとなると遊びと見られるから、よっぽど強い心を持たないと継続出来ない。仕事上、余人に代え難いと思われるレベルにいないと、暗黙的か明示的かは別にして、仕事を取るかバンドを取るかを迫られるからだ。

  しかしながら、我がおじさんバンドのメンバー達は、優秀だからこそ重要なポジションにいるのであるから、一生懸命のフリをするのに忙しいのでは勿論ない。不況の時は、優秀であればあるほど、彼等の肩に乗っかって来る荷物が多くなるのは致し方ないことなのだ。

  しかし、そういう彼らもライブが近付けば、唯一の練習機会である金曜日に、みんな何とか集まろうと努力して集まる。それは日頃誰よりも仕事しているという自負があればこそなのだ。

  そういう日は練習(と言ってもお客さんの前)にも熱が入る。ライブに合わせて新曲の練習も行なうので、ライブ前に新曲に対する客の反応を知ることも出来る。

  当面ライブの予定がないと、どうしても仕事優先になるのは致し方ないところ。

  問題は、たまたまこの空白の時期に、あの若手プロバンドがクーペの店で誕生したことだ。

  若いは、上手いは、ルックスが良いは。店の客も含めてアッという間に、全員この若手プロバンドの大ファンになった。

  彼等の日は火曜日である。以前はおじさんバンドの金曜日が、いつも満員の盛況だったが、それが一気に火曜日にシフトしてしまい、金曜日は誠に淋しいものだ。栄枯盛衰とは正にこのこと。

  僕としては、火曜日に負けないようにしたいのだけれど、ライブ予定がないと、みんな集まって来れないからなぁ・・・。何とかしなければ。
 

9月 24, 2010   No Comments

小説「ラストラン」の感想が寄せられました   編集部より

 
  7月初めに制作した試作本、ヒロ高村(高村比呂希)著「ラストラン」に対する感想文が、ある方を通じて編集部に送られて来ました。これをしたためて頂いた方は、エッセーも書かれる文化人とのことで、早速著者の高村氏にお渡ししました。高村氏は「これを励みに頑張りたい」と感激していましたことを申し添えます。

 感想文概略は以下の通り。

――――――――――――――――――――――――――――――――

ヒロ高村様

          御著「ラストラン」を読んで

【総評】

   面白く読ませて頂きました。僭越な言いぐさですが「上梓の価値あり」と
   思いました。

【各論】

①    生保/損保に無知・無関心の人にも興味を抱かせるシノプシスである
   だけに生損保に関係のある人たちや、環境・境遇・スタンスなどなどの
   似ている人たちには特に関心を持って読まれるに違いありません。

②    主人公・橘の人生観・処世感は「その営為・手段には疑いを持ちつつも、
   戦うことが自他ともに生きることである」ということと私は解しました。

③    橘の、先見性に基づく分析力、想像力、構想力の確かさ、行動に於ける
   判断力、決断力、政治力、推進力、事態収拾力、の迅速さ、強さがよく
   描写されています。

④    エピソードやアネクトードが適切な場所や肝腎な情景のなかに鏤められ
   ているのは見事です。

⑤    橘と早乙女恭子が結ばれるときの描写は極めて自然で、さりげなく、
   透明で美しい。

⑥    ナタで生木をブッタ伐るような小説の結末には、衝撃を受けました。小説
   的には大成功の結末であると思います。

                    駄文深読多謝(だいぶしんどかったでしょ)

 
 
  と、以上、大変勇気付けられるお言葉のあと、幾つかのアドバイスや関連する事柄を頂きました。その幾つかを紹介しますと

①    結末は衝撃的なだけに、記述はよりシンプルに淡々と。勝利演説の後、
   新聞に掲載された死亡記事までの記述は思い切って割愛した方が、
   一層劇的になるかも知れないと思うが如何に。

②    P.34 “意気に感じていた”は、「人生感意気 功名誰復論」(唐詩選
   魏徴≪述懐≫)から出てるが、“意気に感じる”ということが、若い人たち
   に直ちに解釈出来るかどうか疑問なので、他の旨い言い方があればな
   と思う。

③    格調高い叙述の中に、突然、会話体や、体言止め、用言止めの文章が
   入るのは、小説になじまない気がする。

④    登場人物中の「黒川憲章」の名、あれ、私の嫌いだった「黒川紀章」に
   近いので「黒川憲昭」などと改名してくれるとありがたい。(冗談)

⑤    自分の息子が、銀行でなく証券会社に入った時、息子が「これからは
   銀行はダメになる。生き残るのは証券だ」と言っていたが、本書で「バブ
   ルを引き起こした真犯人は銀行だ」「その上、公的資金を投入して、国が
   銀行を救った」と指摘していることに何か通じるものを感じる。

⑥    東都損保の保険代理店主、宇賀神信彦社長。この宇賀神なる姓の人に
   ついて、自分が幼時、甚だしく嫌悪(コテンパンにぶっ叩いてやりたい程、
   憎しみが深かった)した人物がいたことを思い出した。

⑦    小説に貫かれているテーマ曲「サウンド・オブ・サイレンス」は、アメリカの
   黒人の公民権運動に於いて、白人活動家として参加していた大学の親友
   が惨殺された時の、悲しみと怒りと告発から、ポール・サイモンが書いた
   曲。これも良いけど、サイモンとガーファンクルと言えば、「明日に架ける
   橋」。これもいいですよねえ。

⑧    主人公の「橘譲二」という姓名。実は、安部譲二(本名:安部直也)が
   作家でビューする時、講談社が勧めたペンネームが「橘譲二」だった。
   これは三島由紀夫の小説「複雑な彼」の主人公の名前で、そのモデル
   が安部譲二だったことから講談社が勧めた。「橘」は流行歌手みたいで
   ヤダと言って、姓は本名の「安部」にして「譲二」だけ頂いたという。何と
   いう偶然。

  様々なご教示、誠にありがとうございました。著者に成り代わって、厚く御礼申し上げます。

9月 23, 2010   No Comments

栄枯盛衰 6 (バンド盛衰記)

 
  日比谷野音でやったことが、もうどこのホールだろうと怖くないと思わせたのだから怖い。その年の埼玉彩の国芸術劇場、有楽町よみうりホール、翌年の博多イムズ・ホール、そして、遂に、東京国際フォーラムへと続き、その後のNHKホール、オペラシティーなど、「クーペ&Shifo」と共に、夢のような舞台でのライブ・コンサートに繋がって行ったのである。

  東京の大舞台でのリサイタルだけでなく、沖縄・名古屋・福岡・広島・松本・長野など地方から「クーペ&Shifo」が呼ばれるようになり、おじさんバンドも同行して演奏旅行気分を楽しんだ。とは言え、おじさんバンド、旅費等全て自腹だから、家族からは「もの好き」以外の何者でもないと呆れられている。

  一方、「クーペ&Shifo」が地元で知られるようになると、様々な施設から声が掛かり、活動の場はこの1年で急速に広がった。地域の公民館ライブ、老人ホーム・ライブ、病院ライブ、お寺ライブ、霊園ライブと、これまた、暗示のような稀有な経験をさせて貰った。

  だが、それまで、月1~2回のペースで行なって来たライブも、今年の5月1日に江東区の区民会館でやった公演を最後に、おじさんバンドの出番はなくなってしまった。但し、「クーペ&Shifo」はその間も、沖縄公演・秋田公演に加え、地元企業のイベントなど様々なイベントをこなしていたのだけれど。

  僕らは同行したくても、平日だったり遠方での日曜日夜の公演なので、仕事の都合が付かず無理だったこともあるが、5月以降年内、全くライブ予定が入らないのは、バンド結成以来初めてのことである。

  ライブ予定がなくなると、金曜日のおじさんバンドの日でも、店に来れるメンバーは7人中、いつも3~4人位までに落ち込んでしまう。日によっては2人なんてこともある。それには理由がある。

  仕事の関係だ。メンバーは、僕を除いて完全なる現役組(あとの6人は全員50歳代)で、且つ、夫々重要なポスト・立場の人達だからだ。加えて、たまたま、家族の不幸や介護などプライベートの問題も重なって、公私共に人生に於いて最も多忙な時期を迎えていた。

  そもそも、大組織に勤務しながらバンド活動をすることは、今の時代になっても、決して、組織内で快く思われることはない。「みんなが大変な時にバンド活動かよ。気楽なもんだね」といった空気は昔も今も変わらないのだ。

  だから、ライブ予定がなく、バンド活動のために時間の遣り繰りをしなくて良いこの時期、メンバーは人一倍仕事に精を出すことになる。アマチュアがバンド活動を続けるなら、職場の誰よりも仕事を頑張らなくてはいけないのだ。
 

9月 22, 2010   No Comments

栄枯盛衰 5 (バンド盛衰記)

  前回(栄枯盛衰4)、おじさんバンドを心配する沢山のコメントを頂戴してしまい、勝手記述ブログの反響の大きさに戸惑ってしまいました。僕は、例えば解散への道のり(終わりの始まり)を書くつもりでは更々無く、純粋に、「クーペ&Shifo」や若いジャズバンドなど、プロ・ミュージシャン達に囲まれた、素人バンドの苦悶や葛藤を描こうかなと思ったまでなので、軽く受け流して頂けたら幸甚です。 (神童覇道)

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  おじさんバンド結成は今から5年半前。クーペの店に来ていた音楽好きの客が集まってバンドを作った。夫々、仕事も会社も違うオヤジ達が、意気投合したのだ。大学教授や会計士やクーペの店のオーナー、会社の社長さんやら市役所の局長さん達だ。

  最初は、この店の中だけで演奏して楽しもう、と言うくらいの軽い気持ちで始めた。ところが結成から1ヶ月もしない内に、人様の前でいきなりデビューと相成った。

  デビューの場所は、天城高原のリゾートホテルだった。確か2月の猛吹雪の日だったな。「クーペ&Shifo」と一緒にステージに立った。そりゃ緊張しましたよ。大森先生だけは28~29歳頃まで、プロのジャズ・ピアニストとして銀座のクラブで鳴らしていた人だけど、他は全員ド素人なんだから。

  次が4月の川崎市麻生区県民ホール(観客1,000人規模)。5月は有楽町のニッポン放送イマジン・スタジオ(観客150人規模)。僕らもいい度胸してるよね。今思えば恥ずかしい限り。でも、僕らのバンドは、「クーペ&Shifo」の前座の位置付けだから、まぁ、下手でも許してよという位の気持ちでここまではやり抜いた。

  問題は、イマジン・スタジオの「クーペ&Shifo」の公演が好評だったらしく、ニッポン放送が、6月に日比谷野音でやらないかと言って来たことだ。当然クーペ達は喜んでいるが、僕らおじさんバンドは、さすがにメジャーのステージは遠慮すべきだと話していた。

  だが、ここがクーペのクーペたる所以なのだが、「一緒に出ようよ。おじさんバンド、下手だから面白いんじゃん」とのたまう。「ホントに?」「ホントに!」てな具合で出演が決った。僕は当時の親会社の社長との土曜のプライベート・ゴルフをキャンセルまでして、出演させられた。

  会場は2,000名の観客で溢れていた。午後3時開演。室内のホールと違って、客席は暗くなく、陽を浴びて明るいから全員の顔がハッキリ見える。演奏しながら足が震えるという経験は、この時が初めてだった。それでも演奏は、僕らなりに上出来の部類だったと思う。

  日比谷野音。過去に何人ものミュージシャンがここでライブをやったり、ここからスターに巣立って行った。そういう場所で、それも2,000人もの前で、僕ら素人のおじさんバンドが演奏してしまったのだ。ある人は「日比谷野音への冒涜」とか「日比谷野音を素人が制覇」とか、キツイ祝福をしてくれたものだ。
 

9月 21, 2010   No Comments

栄枯盛衰 4 (バンド盛衰記)

 
  この頃から、クーペは自分のブログに、盛んにこのジャズバンドのことを書き始めた。特に、プロのジャズ・バンドの中で最初にクーペの前に現れた21歳のドラマー・ソウヘイに、夢に向かう姿を教えられた、とクーペは書く。

  また、若いミュージシャン達が活動に加わってくれたことで、「クーペ&Shifo」に、長い停滞から抜け出す気力が生まれた。もう一度中央で、こいつらと一緒に勝負しようと。

  そうなると不思議なもので、大きな舞台は向うからやって来る。青山の「マンダラ」という有名なライブハウスからの誘いだ。8月下旬の土曜の夜、「クーペ&Shifo」のライブ・コンサートをやらないかと言って来たのだ。

  クーペは即座に「イエス」と返事したのは言うまでもない。クーペの張り切り方も自信も、傍で見ていて異常なほどの変わりようだ。彼等が現れたお蔭で、クーペに一筋の明るい光が差したのだ。

  その日から、毎週火曜日がプロの日となり、それがまた口コミで広がり、新しいプロ・ミュージシャンが店にやって来る。女性の現役シャンソン歌手、ベースマンのウチダの友人のサックス奏者ミヤザキ、トランペッター、フルート奏者、そして、音大出身の女性コーラス・デュオ等など。

  彼等に共通するのは、単に音楽が好きだからやっているというのではなく、人生の大決断をして、音楽で身を立てようと決意した人々なのだ。正に「クーペ&Shifo」と人生の目的が合致する。だからアッと言う間に仲間となれる。

  おじさんバンドとは、音楽に対する姿勢が全く違うのは当り前だ。僕らはアマチュアだから、何と言っても仕事最優先なのは言うまでもないが、共通するのは、音楽が好きで、演奏することが好きで、お酒がそこにあったら最高と言う人達だが、彼等は音楽に対して物凄く真摯で真面目でストイック、音楽に人生を賭けている。

  若いのに話し方もその内容も浮ついたところがない。雰囲気は静かなのに演奏はパワフル。内面の情熱をどのように楽器で表現するか、それが彼等の追求しているテーマのように見える。正にアーティストなのだ。

  こうなると、もう何年もクーペの店で、ハウスバンドとして大きな顔をして演奏して来た、僕ら素人のオヤジ・バンドが出る幕なくなるのは当然かも知れない。
 

9月 17, 2010   9 Comments