プレミアムエイジ ジョインブログ
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Posts from — 5月 2011

海水注入継続

 
  今朝の朝日新聞に、海水注入を途中で止めたとされて来た問題で、東電の社内調査で、実は止めずに注入し続けていたことが分かったと大きな記事で扱っていた。

  ほらね。東電の本社と現場は意識は全く違うでしょ。本社は政府の空気(海水注入は待て?)を読んで現場に注入中止を指示した。確固たる信念も使命感もなく、ただただ政府に迎合する本社。現場は目の前に差し迫る最悪事態を回避するため、中止が許される状況ではないと海水注入を独断で継続。なのに朝日新聞の取り扱いはなんなんだ・・・

  昨日のテレビで盛んにニュース報道されていた問題だから、既に既知の内容なのだが、朝日新聞のそれは本社の命令に従わない現場、本社も入り込めない原子力村と言ったトーンで貫かれていたのには驚いた。もし注水を中止していたら、もっと酷い格納容器の爆発さえ起こりえた危機を救ったのは現場だ。それを、朝日新聞たるものが平気で無責任に批判しているからだ。

  現場はあの大震災以来、危機回避と事態収拾のため不眠不休の必死の対応をしている。更に原発安定化まで向こう9ヶ月はそれが続く。オーバーに言えば、この現場の人達が日本の命運を握っていると言って良い。彼らに頑張って貰うしか解決出来ないのだということが分からないのか、朝日は。

  うろたえた政府と東電本社に代わり、現場責任者が自分が責任取るからと、海水注入は中止するなと冷静に正しい判断をして、部下に指示していた筈だから、優柔不断な本社とどっちに理があるか、そんなこと普通の記者なら分かるだろう。それとも朝日新聞は、東電本社を擁護しないといけない別の理由でもあるのか?

  それにしても、問題発生から解決までの長い道のり。世論や福島県民・メディアの東電批判に加え、高濃度放射能の現場の作業。おまけに作業員の居住環境はたこ部屋同然という。一方、2千万以上の年俸を得ながら何の役にも立たない東電顧問が十数人(庶民から巻き上げた電力料金を使って厚遇)。現場の士気を維持する責任者の大変さを思う。

  何故、今もって、東電内の対策本部(本社機能)を福島第一原発の現場に移さないのか。対策本部と現場の一体感が出来ていないなら、尚更急ぐべきだろう。政府の原発事故対策本部もさっさと現場に移せと言いたい。それをやらないで、食い違いだの、言った言わないだの官邸の空気だの、本当に危機感があるのか。

  なんとか原子力委員長の「私は何なのか?」には呆れるばかりだ。何もしない出来ない委員長、自分の専門知識を疑われたとか怒っていたが、そんなに自慢したい知識がおありなら、早く解決して見せて下さい。あんたにこそ言いたい。「あなたは一体何なのか?」。

  朝日新聞も、命令に従わない現場が悪いなんてつまらんことを記事にするのではなくて、本質的な問題を考えなさいよ。そして、原発と戦い、放射能と戦い、不眠不休のストレスと戦い、体力の限界と戦い、世論と戦い、そして本社と戦っている現場をこそ応援しなさいよ。

  核燃料のメルトダウンを解決し、日本のメルトダウンを救うのは現場の人々以外いないのだから、今こそ日本中が彼等を擁護し応援し盛り立てなければいけない時だ。

5月 27, 2011   6 Comments

OB会

  
  出身会社に退職者の会が組織されていて、中央組織の下に、全国各地域別に8つの支部がある。その傘下に、歩こう会やゴルフ会、写真や絵画・書道・釣りなどの趣味の会、囲碁将棋クラブなどの同好会があって、OB・OG達が参加して楽しんでいる。

  僕も3年前に退職した時にOB会に入ろうと思えば入れたが、特に関心もなく、また、会社を卒業したら、音楽活動やゴルフや旅行で忙しいだろうから、同じ会社のOB達と付き合う時間もそんなにないだろうと思って、未加入のままだった。

  ところが昨年秋、退職後2年半経ったところで、先輩のIさんから電話が掛かって来た。IさんはOB会の中央組織の常任幹事をされている人だ。「OB会の会報に、君の音楽活動を載せたいので、寄稿して欲しい」とのことだった。

  現役時代、いろいろお世話になった人だから無碍には出来ない。また、OB会に加入していない僕に、常任幹事がそう言って来るのだから、会社のOBには違いないので寄稿する資格に問題はないのだなと勝手に理解してその話を受けた。

  やっと書き上げて、指定された事務局のメール・アドレスに電子原稿用紙を送った。これでIさんに少しばかりの恩返しが出来たと思っていた。

  1ヶ月後、再びIさんから電話が来た。

「神童は、OB会に入っていないんだってなぁ。入会手続き書類を送るから、直ぐ入会しろよ」
「ちょっ、ちょっと待って。OB会に入ってもそんなに顔を出せないと思うんだけど・・・」
「いいの、いいの。君の原稿を会報に載せるには、会員でないといけないからサ」
「そうなんですか。じゃぁ、しょうがないですね」
「入会金3千円と年会費2千円、都合5千円掛かるけど、付き合ってよ」

  結局、原稿料マイナス5千円で原稿を書いたようなものになったが、これもIさんの顔を立てるためだから仕方ないね。

  話はこれで終わらなかった。

  Iさんと入社同期で、一緒にOB会の常任幹事をやっていたMさんから、今年の3月頃、僕にメールが来た。「OB会の会長のSさんが君と是非話をしたいと言っている。電話が行くと思うので、話を聞いてやって欲しい」。

  Mさんは、同じシステム部門の2年先輩の人で、そういう意味では僕はIさん以上にお世話になった人だ。厭な予感。

  案の上、Sさんからの電話は、Mさんが常任幹事を降りるに当って、僕を推薦したので、是非、Mさんの後任として5月から常任幹事を引き受けて欲しい、というものだった。

  先日、OB会の総会があり、新役員の承認採択が行なわれ、僕が今回唯一の新任役員だったためか、挨拶をさせられた。

  「今か今かと、声が掛かるのを毎年待っていましたが、この度やっと声が掛かり、胸打ち震える思いです」。殆どヤケッパチだ。でも、会場にこのジョークが通じない。「というのは全くの冗談ですが、頑張ります。どうぞ宜しくお願い致します」。

  先輩の2人に嵌められたー!!!!!!  嗚呼、この世は未だにままならず。

5月 26, 2011   No Comments

義援金って何?

 
  多くの人が今回の大震災では寄付を行なったのではないだろうか? 街角の募金に協力したり、銀行から振り込んだり。

  特に最初の1ヶ月は、テレビで連日、津波に流された被災地の映像や避難所の模様を放送していたから、少しでも被災者の窮状を救う助けになるなら、という人々の善意だったと思う。

  ところが、2ヵ月以上経っても、被災者に届いた義援金は極僅か、一部の町村の被災者だけだそうだ。

  一方、企業や東京都などが呼び掛け、大勢の人がこれに応じ、善意で持ち寄った生活必需品などの支援物資は数日の内に避難所などに届けられた。3週間も経つと避難所の倉庫も満杯で、衣類はもう要らないと言う避難所が続出する程だった。

  それに比べ、どうして義援金の配布はこうまで遅いのか? 寄付する側は、テレビで見たあの被災者達に速く届けて、という思いで、お金も物も同じ感覚だった筈なのに。

  一つには、配布の公平性と透明性を確保するために、NHKの論説委員だか有識者だかが入って、配布方針やら何やら慎重に決める、所謂、お墨付きに時間が掛かるという点。

  善意の寄付が、公平に透明な使われ方をしないと、次回から国民が寄付をしてくれなくなることから、そんなお墨付き形式を取っているらしい。

  二つ目には、被災者の家屋の被害状況に応じて配布額を変える必要があり、その判定(全壊・半壊・一部壊)に時間が掛かるということ。或いは、被災者自身と連絡が取れないケースも多い。

  しかし、前者について言えば、今回は、被災者に早く届けて貰うために寄付したのだから、スピード最優先で仮払いを急ぐべきだったろう。時間はコストだ。折角の寄付金も時間が経てば運営側の人件費に消える割合が増すだけだ。

  後者についても、僕らは被災者の家屋再建を支援している訳でなく、不便を強いられる生活に少しでも役立てて欲しいからなのに、何故、家屋の被害割合に応じて配布する必要があるのか? 分からない。被害割合で配布額が決る規則が絶対なら、支援物資も同じだろう。そんなことに時間を掛けないで、一刻も早く被災者に届けて貰いたいものだ。

  更に付言すれば、義援金の受け取りには、認印が絶対に必要だというおかしさがある。受け取りに現れた被災者が、係員に、どんな印鑑でも良いが拇印はダメと、冷たく門前払いされ、困惑する映像がテレビに映った。

  津波で全部流され印鑑などある筈もないし、判子屋さんだって流された。拇印でも問題ないだろう(と言うか、拇印の方が三文判よりよっぽど証明能力が高いだろう)。こんな時なのに、何処まで官僚的なんだと怒りを感じた。

  義援金運営側に、今次大震災の被害者には、今何が一番大事か分かっている人がいないということだ。分かっていても英断を下す勇気ある人がいないということだ。

5月 25, 2011   No Comments

盛り上がった(3) 完


     高校同級生のTAKAのブログから拝借した当日の写真
 
 
  第3ステージ、再びおじさんバンドの番。各ステージの間隔を10分間取っているのだが、この辺りで僕は疲労感を覚えていた。2バンド掛け持ちで、且つ、連続出演というのがこんなにしんどかったとは。若くないことを思い知らされた格好だ。

  それにしても、お客さんとして大勢来てくれた。高校の友達、ゴルフ仲間、前の会社の部下や社員達、音楽サークルの仲間や取引先、前に演奏させて貰っていた店で知り合いになった人々、それに、コーラス隊の面々。感謝で一杯である。


         同じくTAKAブログより

  応援してくれる人達の沢山の顔を見れば、嬉しくなって、疲れなんて吹っ飛ぶ。さぁ、もう一丁頑張って楽しんじゃうぞ! 気合を入れ直してステージに向かう。最終ステージの曲目は次の通り。
                                           
①     Miami Beach Rumba
②     On the Sunny Side of the Street
③     Memories of You
④     街のあかり(オリジナル)
⑤     Fry me to the Moon
⑥     Route 66
⑦     Tennessee Waltz
⑧     Diana

  僕は出ずっぱりだから飲む時間はあまりなかったが、他のメンバーは第2ステージの間しっかり飲めたようだ。おじさんバンドの真髄は、結構飲んだ後のステージなのだ。

  大森先生のアドリブもはち切れんばかりとなるし、マンディーも斉藤さんもボーカルの声が良く前に出るようになって、その迫力がいい感じになる。第3ステージ最初のヨッ君のコンガ・ソロも、シラフでは硬くて面白くないが、お酒が入ると情感がこもってこれまた秀逸となるんだ。

  練習の時でさえ、ビールが無いとダメな人達だし(僕も人のことは言えないが)、ステージで演奏していても、みんな飲んだ時の方が良いのだから、このバンドをライブ中を禁酒にすることなど絶対不可能だね。

  でもか、だからか、このステージでは1、2度、歌が一拍ずれて表と裏が逆になったが、バックが瞬時のアイ・コンタクトで何事もなかったかの如く修復する小さい事件もあった。でもそれは、分かった人にしか分からなかったようである。ステージが終わった時、僕は完全に息が上がっていたが、充実感で満たされていた。

  今日来てくれた人達にお礼を言って回った時、僕の高校時代の友人で同窓会バンドの仲間(バンマス)であるTAKAが「神童、1~2曲セッションやろうぜい」と言ってくれたので、大森先生(ピアノ)とY氏(プロ・ベースマン)と僕(ドラム)をバックに、TAKAはギター片手に、「黒いオルフェ」と「イパネマの娘」の2曲歌ってくれた。

  TAKAの歌がおじさんバンドに好評で、打ち上げ会では「いつかコラボ出来るといいね」という声が幾つも上がり、友達としては嬉しい限りだった。

  また来月、第3土曜日恒例ライブ、がんばろう、っと。

                            盛り上がった  ― 完  ―

5月 24, 2011   3 Comments

盛り上がった(2)

 
  第2ステージは「REJAN」という名前の結成間もないバンドの出演だ。この「REJAN」、女性4人と男性4人から成る。女性陣はボーカル2人にピアノとキーボード。男性陣は、ギター2本、ベース、それにドラムスという構成だ。何とそのドラムも僕が担当している。

  メイン・ボーカルは、ジャズを得意とするベテランのREIさん。もう1人は,コーラス隊TSUBASAで活躍するAKIさん。

  ピアノはクラシック分野をずっと歩んで来て、今もピアノ教室で教えているNORIさん。今はジャズ・ピアノが堪らなく好きだと言う。キーボードは、こちらもTH音大出身のJUNさん。

  この女性4人の頭文字をとって「REJAN」(レジャン、アクセントはJANの方)。チョッとお洒落でしょ。

  男性陣の方は、まずギターのWさん。以前、当ブログで紹介した、IT企業の会長さんだ。そもそも今回のライブのキッカケを与えてくれた人でもある。REIさんのご主人。リード・ギターは、この日の特別サポートで入ってくれたXさん。ベースは以前会社のバンドで一緒だったYさん。そしてドラムがZこと神童。

  「REJAN」と、その引き立て役ライン、「WXYZ」の登場だ。

  結成間もないバンドながら、この日の初舞台目指して、この1ヶ月は結構真面目に練習を積んだのだが、このメンバーで人様の前で演奏するのは、何せこれが初めて。みんな緊張気味なのは仕方ない。

  加えて、リハーサルの時から半音高い設定が解消されないままだったキーボードが、やはり本番までに直らず、JUNさんには気の毒な初舞台となってしまった。僕もおじさんバンドでワン・ステージやった後だから平常心で出来る筈なのに、ブレーク・ポイントを間違ったり、打合せと違う叩き方をしてしまったり、正に初舞台のような緊張感があった。

  と言うのも、このバンドの5曲目に僕が「Unchain My Heart」を歌うという、本邦初公開の試みが待っていたからだ。それもドラムを叩きながら英語の歌を歌うのだ。終るまで気は休まらない。歌詞に集中するとリズムが疎かになり、リズムに集中すると英語が出て来ない。その両立が出来ないまま当日を迎えたから落ち着かないことこの上ない。結果はノー・コメントとしておこう。

  AKIさんは、ロコモーションを歌った。バンドでソロを歌うのは初めてとかで緊張したと言うけれど、その割にはどうしてどうして堂に入ったものだった。途中、ショートカットがあったのはご愛嬌だ。

  それでも、落ち着きがあったのは、REIさんの歌とNORIさんのピアノ。頻繁にライブ出演している自信かな。REIさんの「You be so nice to come home to」は、彼女の18番だけのことはあると思った。

  課題は、全体の硬さをどう取り除くかということと、エンディングが合わない(合わせる意識が薄い)ことかな。今後、経験を積む中で阿吽の呼吸が計れればと思う。

  当日、高校時代の友人TAKA(同窓会バンドの仲間)が来てくれた。セッションでボサノバを歌ってくれた彼が、自分のブログに僕等のライブの模様を載せてくれたので、どうぞ覗いてやって下さい。

 http://jovialtaka.blogspot.com/2011/05/blog-post_22.html#links

5月 23, 2011   No Comments

盛り上がった(1)

 
  昨夜のライブ、大変盛り上がった。30~40人入ると満員のライブハウスだ。開場時刻の19時前から僕の友人が来場してくれたし、開演の時(19時半)には満員に近かった。まっ、全てバンド・メンバーの知人友人なのだが、嬉しいものだ。

  第1ステージ。おじさんバンド。曲目は以下の通り。

①    鈴懸の径
②    All of Me
③    コーヒー・ルンバ
④    ソ・ダンソ・サンバ
⑤    Killing Me Softly
⑥    小さな花
⑦    Johnny B Good

  昨年12月24日に、コーラス隊「TSUBASA」のクリスマス・コンサートにゲスト・バンドとして呼ばれて演奏して以来のライブだったから、メンバーの入れ込み方が違った。マッちゃんのクラリネットの音も凄くいい。都合が付かず参加出来ない純次さんに代わって、急遽ベースに回った斉藤さんも違和感を感じさせない。

  マンディーもハンチングにジャケット姿で、完全にボーカリストになり切って歌う。以前はどこか控目に歌っていたが、この日のマンディーは歌える喜びが身体全体に満ち溢れるようだ。「Johnny B Good」の時の彼のツイストは会場全体を大いに沸かせた。

  この日の大森校長先生は、学校の運動会を終えて、日に焼けた赤い顔で開演時間ギリギリに現れ、即、本番ステージとなったが、最初からノリノリのアドリブで観客を引き付ける。

  元々僕等おじさんバンドの特長は「どこよりも楽しげに演奏する」バンドなのだが、特にこの日は最初から、満員の観客の前で演奏出来る嬉しさを目一杯感じて演奏した。ただ僕は、こういう場合、入れ込み過ぎるとリズムが速くなる癖があるから、飽くまでも冷静に冷静に・・・

  第1ステージを終えて、僕等も客席に戻って乾杯。その時タコさん(この店の常連客でセミプロ・ベースマン)とYさん(プロ・ベースマン)が、「おじさんバンド、凄くいいですよ」「みんな夫々凄いです」「やるもんですね」と、口々に言ってくれた。

  演奏の一曲ずつの出来栄えがどうのと言うより、僕等が本当に楽しかったと思える演奏だったから、そんな雰囲気が会場全体に伝わったかなとは思ったが、この店の実力ミュージシャン達に褒められて、このライブをやって本当に良かったなと思えた。

5月 22, 2011   4 Comments

いよいよ明日、初回ライブ

                            
SAX02-01.jpg
  

  ある時は「Oh! 爺 sans」、またある時は「Oh! 爺 Shines」、そして、またの名を「年取った白雪姫と7人のジジイ達」、のおじさんバンドが、明日(21日土曜日の夜)ライブ・コンサートを行います。

  ジャズとお酒が大好きな校長先生や税理士や会社社長などが、偶然集まって出来たおじさんバンド。7人の愉快な仲間です。音楽が目的なのか、お酒が目的なのか。兎に角楽しいライブを目指します。売りは「僕らほど楽しそうなバンドは他にない」です。

  音楽も確かにジャズが多いですけど、懐メロ・ポップスもロックン・ロールも、気に入ったら何でもやってしまいます。心が広いのです。但し、このバンドのモットーは「上手くなり過ぎてはいけない」ですから、どうか宜しくお願い致します。

  このおじさんバンド、結成から6年になりますが、これまで「クーペ&Shifo」のバックバンドとして、日比谷野音、よみうりホール、東京国際フォーラム、NHKホール、オペラシティーなどに出演して来ました。 (立った舞台は) 超一流のおじさんバンドです。

  今回、バンド名を変えました。「ゴールデン・リッチ・のどごし生・バンド」。ビール党には分かる長い名前ですが、どうか宜しく。長過ぎるので、また、変るとは思いますが。

  今後、毎月第3土曜日に定例でライブをして行きます。その記念すべき初回のライブに是非お越し下さい。

                     記

日時   5月21日(土) 19:00開場、19:30開演

場所   ライブハウス「音楽工房コルコバード」地下1F

      多摩センター駅(京王線・小田急線)徒歩5分
      「サンリオ・ピューロランド」と「極楽の湯」の間、奥の階段下りた所

出演   ゴールデンリッチのどごし生バンド、REJAN (女性中心のバンド)

費用   千円 + 通常の飲食代

5月 20, 2011   2 Comments

現場と本部の隔たり

 
  復興構想会議(議長:五百旗頭(いおきべ)真防衛大学校校長)の結論が遅過ぎて話にならんと、現地3県(岩手・宮城・福島)の知事達が苛立っている。今頃になって仮設住宅がどうのなどと言ってる場合ではないだろうと、僕らだって思う。

  義援金にしても個人に渡ったのはほんの一部の町村のみで大多数が、日本赤十字や自治体に止まっているようだ。避難所の被災者達も2ヶ月を過ぎ、現金の持ち合わせも底を突いている人が多くなり、大変困っているというのにだ。

  東電はこれまでも、現場は一日も休みなく、必至の努力で頑張っているのに、本社は国民の感情を逆撫ですることばかり言っている。賠償に上限を付けるべきだとか、想定外の自然災害は電力会社は免責になるとか・・・。

  戦前なら、腹掻っ捌いてお詫びする程の大問題を惹き起こした張本人が言うべきことではない。少なくとも、原発事故が安定化に向かうのか、最悪事態を招くのか予断を許さない今、会社存続を意識した発言などもっての外だ。

  現場は最悪の状況を何としても食い止め、少しでも早く改善しようと必至なのに、本部の方は、そんなこととは関係なく、面子や対面や会社存続が、被災者より重視されたり、机上の空論や結論先送りが平気で行なわれているように見えて仕方ない。

  本部は現場が少しでも働き易いように様々な手を打ち、事態を一刻も早く収束し復旧することを第一に考えなければいけないのに、今の構図では現場のきつさはいや増すばかりではないか。

  不思議なのは、何故本部機能が全部東京にあるのかだ。このことは、震災から丁度1ヶ月目に石巻の惨状を目の当りにして、エイジ氏が呟いたことだ。東京なんかにいては何も分からない。政府の災害対策本部も東電の原発事故対策本部(本社機能)も、災害現場に近い場所に移すべきだ、と。

  現場の逼迫した状況を肌で感じながら対策を打ち、本部と現場との感覚のギャップを無くさなければ、現場が持たないだろう。

  福島第一原発で復旧に当たっている作業員は、居住環境が劣悪で、未だにたこ部屋状態だと聞く。その作業員達は、今正に、日本の命運を握っている人達なのだ。待遇処遇は出来る限りのことをすべきだ。

  原発に次々問題が起こり、なかなか展望が開けない状況だけでも、かなりのストレスなのに、本社の悪評が現場の人達への非難の声にも聞こえ、作業員達の士気維持が現場責任者にとって大変難しいかろうと推察する。

  マスコミも僕らも東電本社への非難と、東電の現場への応援は明確に分けようよ。今一番必要なことは、原発事故現場で命懸けの作業に当っている人々への声援だ。現場の東電社員初めその指揮下にある作業員達に、全国からもっともっと沢山の応援メッセージがあって良い。

  義援金の配布にしても、もし現場にいたら、最も大事なことは義援金を公平に配ることより少々不公平でも素早く仮払いすることだと、当り前に分かる。

  同じ政治家でも、現地の知事達には手の打ち方とその順番・優先順位が見えているのに、中央政府には見えない。何故、対策本部を現地に移さないのだろうか?

5月 19, 2011   1 Comment

原発を巡る感情的対立

 
  原発近接地域住民で避難所生活をしている人達と、同じ福島県内で彼等を迎え入れた地域住民との間で、感情的対立があると産経新聞のオンライン記事にあった。

  同じ県内でも原発から遠く離れ、何の恩恵も受けていないと思っている住民からは、原発立地の経済的恩恵を厚く受けた人達は被災者ぶるなといった感情が湧いている模様。恩恵を受けておいて、避難所で東電の社長に土下座させたことに対しては、正直、大きな違和感と不快な気持ちを抱いたと言う。

  勿論、原発周辺自治体への国からの直接交付金は多い。しかし、それとは別に福島県全体としても、国や電力会社から「電源立地地域対策交付金」「電力移出県等交付金」「核燃料税」など様々な交付金を受けているから、原発から遠い県民は何ら恩恵を受けていないというのは正しくない。

  しかし、福島県民の感情的対立の根本は、原発立地周辺住民が経済的見返りの大きさに負けて原発を迎え入れた結果が、この大事故で、福島県全体の産業経済のダメージに繋がった。従って、原発から避難して来た人達は一番の被害者かも知れないが、加害者に加担した人達でもある、といったところにある。

  原発の恩恵を受けた人達は今回も確実に賠償を受けられるが、福島産は全て売上げが落ちるし、観光客やビジネス客もガタ減り、その被害まで補償される保証はどこにもないことに対する憤りのようなものだから、なかなか解消が難しい。

  そう言えば、GWに実家の会津に帰省した友人が言っていた。会津にはいわき市から避難して来た人が多いそうだ。彼等は日中郊外パチンコ店に繰り出すらしい。連日昼間はいわきナンバーの車で満車だそうだ。やって貰って当り前という態度の彼等と地域住民との摩擦やイザコザも少なくないと言っていた。

  会津の人達も、最初は同情と歓迎ムードに満ちていたが、今や、地域住民にとって避難して来た人は厄介者に近い存在になっていると友人は言っていた。

  しかし、福島県内の感情的対立は大変悲しいことだ。彼等が恨むべきは、絶対安全と県民を騙して原発を設置し運転して来た国であり電力会社である。賠償問題や原発政策全体について堂々と物言う権利を持ち、ハッキリ言うべきは、何と言っても福島県民の皆さん全員なのだから。

5月 18, 2011   No Comments

土佐家

 
  新橋に「土佐家」という美味しい焼肉屋さんがある。その店は、新橋駅西口(日比谷口)のSL広場から歩いて1分の繁華街の真ん中にある。

  僕の出身会社の音楽部でエレキ・ギターをやっている女性Tさんのお姉様のご主人が経営しているお店だそうで、芸能人や政治家もちょくちょく来るという、有名人御用達の店でもあるそうだ。(本店は浅草)

  
  浅草 「本とさや」   http://www.hontosaya.com/
   〒111- 0035 東京都台東区西浅草3-1-9
   TEL 03-3845-0138

  新橋 「土佐家
   〒105-0004 東京都港区新橋2-9-5 中銀ビル2F
   TEL 03-3502-8929

  
  Tさんから、その話は以前から聞いていたが、タイミングがなかなか合わず、伺うことが叶わなかったが、遂に、2月に会社の音楽部関係者、及び、その友人達6人でその店を訪れることが出来たのだった。そして、今回が2回目だ。メンバーも同じ。

  繁華街のビルの2階が「土佐家」だ。2回目だったので今回は現地集合。僕は10分ほど遅れて6時40分を過ぎていたが店は超満員だ。その一角のテーブルだけが僕らのために空けてあったと言った感じだ。そこにTさんだけが座っていた。

  私以外は現役の仕事だから、みんな忙しい。10分遅れるとか20~30分遅れるとかTさんに連絡が入っていると言う。じゃぁ、順番に乾杯していこう、ということで、まずは、Tさんと僕でジョッキで乾杯。

  と、そこにO君。直ぐにビールを追加注文して乾杯のやり直し。と、そこにKoさん。ジョッキが来るのを待って乾杯。やっと飲めた。旨い。料理を注文していたら、Ku君とHさんが現れた。これで全部だ。

  女性陣はTさん、Hさん、Koさん。全員、本社のキャリア・ウーマン。男性陣は当時事務センター(システム部門)勤務の3人。O君、Ku君、それに僕。女3人男3人が向かい合わせに座っているから、何だか雰囲気は合コン。そう思ったら、何か妙に気恥ずかしいものだ。

  会社の音楽部は過去3年ほど、毎年秋に勝手に「音楽祭」と名付けて、都内の大き目のライブハウスを借り切ってライブをやって来た。僕もその時は、事務センターの軽音楽部の一員として出演した。

  彼女達は本社のバンドの出演者かその友達だ。彼女達3人共、それにO君は旧C社出身、Ku君と僕は旧D社出身。合併前は別々の会社の所属だったから、企業文化は全く違う世界で過ごして来た人達だが、音楽と美味しい焼肉は企業文化の相違を簡単に超える。

  この店のタンもハラミも柔らかくて凄く美味しい。特にカルビは絶品だ。分厚いから縦に立つ。ロースも厚いのに柔らかくジューシー、パサパサ感が全くない。いつも満員の理由が良く分かる。2月にここの焼肉を食べてから他の店で食べられなくなった。罪な店だ。

  この6人組、名前が付いている。「Dandy Queen」。3人のダンディーなジェントルマンと3人のクイーンと言う意味だ。僕はこれを「Dirty Queen」と呼び間違えそうで怖い。

土佐家 - 料理写真:上カルビ一人前\1,950                                   
     噂のカルビ

  

5月 17, 2011   No Comments