プレミアムエイジ ジョインブログ
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Posts from — 6月 2012

  第 2 回  Monthly Live IN GRECO (再掲)

                   のどごし生バンド

2012.05.26-11

日時    7月21日(土)、 開場18時、 開演19時、 終了21時半
場所    ミュージック スペース 「グレコ」   
                     http://cocohom.com/sp/greco000/  
       住所:横浜市神奈川区新子安1-30-1
       TEL:045-421-1455
道順    京浜東北線JR新子安駅下車徒歩4分、改札(1つしかない)を
       出ると直ぐ右に階段があり、それを登ると跨線橋となるので、
       左折して線路を渡り切り、跨線橋に繋がっている歩道橋の一番
       先まで進んでから降りる。最初に見える信号(子安小北側)の
       右角が「グレコ」
料金    チャージ・ゼロ 飲み物400円~ 
        昭和の味がお勧め(ナポリタン、オムライス、焼きそば etc.)

 のどごし生バンドのプロフィール 

  004年2月結成。以来8年半が経ちました。校長先生や会社社長や役員、商工会局長に税理士など様々な職業のメンバーが、偶然集まって出来た異業種交流会のような「おじさんバンド」です。

  んなバンドが、あるデュオ(プロ)のバックバンドとして、結成3ヶ月目には日比谷野音に出演し、その後東京国際フォーラムやNHKホールのステージにも立ちました。

  すが、私達のセールス・ポイントは「上手さ」ではありません。客席に遠慮なく、音楽ではち切れ盛り上がってしまう、おじさん達の「楽しいステージ」が売りです。客席を巻き込めた時が一番の幸せ。

  近女性ボーカリスト2名が加わりジャンルも音楽の幅も広がりました。 メンバーは、マエマエ(vo)、アキさん(vo)の女性陣に、アンディー(vo)、浜ちゃん(cl、sx)、パンチョ糟谷(pc)、サンシャイン大木(pf)、38F佐藤(ba、vo)、QP村山(dr)の総勢8名です。

  様どうぞ宜しくお願い致します。そして、是非、私達の2回目のライブにお起し下さい。

6月 28, 2012   No Comments

ライブの夜は更けて

  高校時代の同期のバンド「ザ・タペストリー」が、2度目のライブを行った。場所は新宿御苑近くのインド・レストラン「パペラ」。インド・レストランでライブというのは初めてで、ちょっと不思議な感じ。

  何故、ライブにこのレストランが選ばれたかというと、ちゃんとしたPA設備が備えられておりPA技術者もいること、また、アンプやマイク、ドラムセットや譜面立てなどが揃っているレストランだったからだ。バンド・メンバーのAYAさんからの紹介だった。

  インド料理店なのに、ライブが出来る店として売っているようなのだ。それはそれで特色を出して勝ち残ろうとする戦略だから悪くない。貸切ライブに使って貰えれば、客も付いて来るし、結婚式の二次会会場として音楽入りの宴に使って貰うなど、いろいろな作戦を実行中のように見える。

  さて、この日の催しは、在京の同期同窓生に声を掛け、飲みながら僕らの演奏を聴いて貰おうというもので、謂わば、ミニ同窓会兼ミニライブの趣向だ。25名が参加してくれた。適正規模は30名のようだから、ほぼ満席に近いと言える。

  昼の営業終了後、4時からリハーサル、5時半開場、6時開演の予定。僕は少し早めに行こうと思い、4時30分前に会場に到着した。途中、同じ電車に乗り合わせたヨッシーと出会い、僕等2人が一番乗りかと思ったが、既に、AYAとマッキーは来ていた。

  直ぐに、バンマスのTAKAも到着した。みんな気合が入っているなぁ。スタジオ練習の時は時間ギリギリに来る人が多いのに、この日は20分前に全員揃ってしまった。

  今回のライブは、僕等バンド・メンバー以外に3名のゲスト出演が予定されているので、そのリハーサルを入念に行なった。

  さて、5時半開場。もうその前にかなりの出席者が駆け付けていて、5時半を少し過ぎた頃には数名を除いて殆んどが揃っていた。まぁ、65歳を過ぎて完全にフリーとなった人達が多く、この日を楽しみにしてくれていたのだろう。

  料理は何種類かのカレーにナンのバイキング+飲み放題だ。「乾杯!」で宴が始まった。ナンは焼き立てをテーブルにまで運んでくれる。とても美味しい。

  6時になった。僕らは第一部の演奏を開始した。第一部は、タペストリーの演奏で愉しんで貰う趣向で、二部では、ゲストに登場して頂き、会場のみんなにも歌って貰って大いに盛り上がろうとの趣旨だ。

  第一部は「オール・オブ・ミー」をオープニング曲として軽快に演奏し、「サマー・サンバ」をエンディングとして9曲演奏した。ザ・タペストリーが人前で演奏するのは昨年11月に、メルパルク長野で行なわれた長野高校の同期同窓会で演奏して以来だったが、みんな硬くもならず、心の余裕を持ちながら落ち着いて、と言うより、ノリノリの感じで演奏出来たと思う。

  一部終了後は、ヨッシー(パンジョー&MC)の司会で、出席者1人ずつ前に出て、近況報告やライブの感想などを語った。「正直、あまりバンドには期待していなかったんだけど、上手いんで驚いた」「音楽が出来るってのが羨ましい」「いい老後を迎えているな」とか、辛らつな言い方で褒めてくれる声が多かった。

  第二部は、最初2曲をタペストリーが演奏した後、僕らのバックで、I君のフォークソングを「パフ」など2曲、M君のバリトン熱唱で中国の古い歌、M君にT君のハモニカが加わって「あざみの歌」、T君のハモニカをフィーチャーし、会場のみんなと一緒に歌った「高校三年生」。

  参加型のライブっていいもんだ。出演者としてのタペストリーと観客側の同期生の間には明確な区別のようなものがあったが、客席からゲストが現れて演奏してくれたので、もう完全に一体化した。

  最後の曲は再びタペストリーだけで「A列車で行こう」を演奏した。この曲は長野の時もラストの曲にしたが、2回目の今日の方が、みんながスイングのリズムに良く乗って演奏出来たのではないか。途中のドラム4バースもバンジョー・ソロも結構良かったと思う。終わってかなり気持ち良かったから。

  アンコール曲の後、I君のエール&指揮で長野高校校歌を全員で歌った。勿論、僕らは演奏班に徹して。2次会も大勢が付き合ってくれて、楽しい楽しいタペストリーの2回目の「ライブの夜は更けて」行ったのだった。

 

* ライブの詳しい報告はTAKA(Vo&ギター)のブログを参照下さい。                        http://jovialtaka.blogspot.jp/

6月 28, 2012   No Comments

月影のTOKYO

             http://tc1.search.naver.jp/?/jthumb/http%3A%2F%2Fimg.blogs.yahoo.co.jp%2Fybi%2F1%2F20%2F73%2Frahyale%2Ffolder%2F912730%2Fimg_912730_16336102_0%3F1209642668/r.150x0

  ミュージック・スペース・グレコ。ピアニストの大木さんが4月に開店した店だ。その店のフロアに、今は懐かしいジュークボックスが置いてある。それを最初に見た時、アンティークな置物のつもりかと思った。前の店のオーナーから譲られたものらしい。

  今の若者は、ジュークボックスと言われても何のことか分らないだろうね。ジュークボックスは、僕らがまだ少年だった頃から、青春時代を通じて、憧れのアメリカ的な世界や音楽を身近で感じさせてくれる存在だった。

  昔見たジェームス・ディーンの映画にも若者の溜り場にジュークボックスがあり、音楽が流れジルバを踊る場面があった(ような気がする)。今でもオールディーズを演奏する店などのインテリア・デザインに、ジュークボックスが描かれていたりすると、何となく懐かしさと嬉しさを感じるのは僕だけではないだろう。

  当時、聞きたい曲を10円とか20円投入してよく聴いた。今は、ウォークマン革命以降誰でも音楽を持ち運び出来るようになったが、あの頃は、一旦家から出たら、自分の好きな曲は、ジュークボックスのある場所に行って聴くか、有線でリクエストするしかなかったのだ。

  だから最初、僕に限らず、おじさんバンド(のどごし生バンド)の面々が、大木先生の店の中にジュークボックスが鎮座しているのを目撃した時大変驚き、更に、その機械が単なる飾り物ではなくてちゃんと動くのに2度びっくりしたのだった。

  お金を入れて試しに聴いてみた(100円硬貨投入で3曲聴ける)。沢山のドーナツ盤レコードの束の中から該当のレコードを取り出すアームの動きも当時のままだし、ターンテーブルにセットされたレコードに針のアームが降りて音が鳴り出すのも昔のままだ。

  低音が効いて結構良い音がする。デジタル時代にこのアナログ音楽、音のクリアさには少し欠けるが、腹に響くような音がいいねぇ。そうそう、この感じ、懐かしい。

  当時の懐かしい曲たちの中に、「月影のTOKYO」という曲がある。大木先生が、このジュークボックスで初めて聴いた曲だが、とてもいい曲で大好きになったという。みんなで聴いてみた。アップテンポの8ビート、ラテン系リズムの曲だ。

  先生が言うとおり、昔の曲にしてはメロディー・ラインが、懐かしい中にも新しさが加わって、何ともノリがいい。良く出来ている。僕は一発で気に入った。この曲を是非のどごし生バンドのレパートリーに加えようということになり、前回のライブでその日のリハで始めての音合わせして、本番で披露した。

  まえまえとアキさんの女性ボーカルの声にもピッタリ合う曲で、凄く気持ち良く演奏出来た。これは途中でステージのテンションを高める時にとても有効だと思った。

  ところで、この「月影のTOKYO」、曲のタイトルに「月影の~」と付いているから、きっと森山加代子が歌っていた「月影のナポリ」(1961年)がヒットした頃の隠れた名曲だろうと思っていた。古いジュークボックスに入っていたレコードだったしね。

  バンドメンバーにもこの曲を知っている者はいなかった。家で何気にカミサンに「月影のTOKYO」という昔の曲知っているか聞いてみた。どういうメロディーか口ずさめというから、印象に残っていた箇所を歌った。

  それ、篠塚満由美とかいう、ものまねの女王が昔歌っていた曲じゃない? というので早速ネットで調べたら、何と、1981年の曲だった。60年代じゃなくて80年代の曲だから知らない訳だ。

  70年後半から80年代は、僕自身が完全なる会社人間だった時期で、洋楽にせよ邦楽(邦楽と言っても日本固有の古典音楽のことではない。日本のヒット曲ほどの意味)にせよ、僕の中で完全に音楽事情が抜け落ちている時代なのだ。

  「月影のTOKYO」、作詞は歌手本人の篠塚満由美で、作曲亀井登志夫、編曲馬飼野康二の作品だ。ポリドール・レコードから出ている。ついでながら、「ポリドール・レコード」という響きも懐かしいなぁ。「ユニバーサル・ミュージックKK」に吸収され社名からも完全に「ポリドール」が消えたのは2002年だった(ウィキペディアより)。

6月 22, 2012   6 Comments

朝日新聞の特ダネ

  このところずっとマスコミ批判をして来たが、朝日新聞は独自の取材活動を通じて、特ダネをモノにしたようだ。それは18日朝刊の次の一面記事だ。たまには新聞もいい動きをする。

   kiji11   

 東京電力福島第一原子力発電所の事故直後の昨年3月17~19日、米エネルギー省が米軍機で空から放射線測定(モニタリング)を行って詳細な「汚染地 図」を提供したのに、日本政府はこのデータを公表せず、住民の避難に活用していなかったことがわかった。放射性物質が大量に放出される中、北西方向に帯状 に広がる高濃度地域が一目でわかるデータが死蔵され、大勢の住民が汚染地域を避難先や避難経路に選んだ。

 政府の初動対応では、汚染の広がりを予測する緊急時迅速放射能影響予測システム(SPEEDI)の試算結果の公表遅れが問題となった。同システムの予測値と決定的に違うのは、米エネルギー省のデータが放射能の拡散方向を示す実測値だったことだ。

 米エネルギー省は原発事故直後の昨年3月17~19日、米軍機2機に、地上の放射線量の分布を電子地図に表示する空中測定システム(AMS)と呼ばれる機材を搭載して、福島第一原発から半径約45キロの地域の線量を計測した。

 その結果、福島県の浪江町や飯舘村などを含む福島第一の北西方向に、30キロ超にわたり1時間当たり125マイクロシーベルトを超える高い線量の地域が帯状に広がっていることが判明。この線量は8時間で一般市民の年間被曝(ひばく)線量の限度を超える数値だった。

 外務省によると、測定結果を基に作製された汚染地図は3月18日と20日の計2回、在日米大使館経由で同省に電子メールで提供され、同省が直後にメール を経済産業省原子力安全・保安院と、線量測定の実務を担っていた文部科学省にそれぞれ転送した。文科省科学技術・学術政策局の渡辺格次長ら複数の関係機関 幹部によれば、同省と保安院は、データを公表せず、首相官邸や原子力安全委員会にも伝えなかったという。 』

  朝日新聞によれば、それでも文部省は上記渡辺格次長が重い口を開いてくれたので、アメリカからの重要情報が全く生かされなかったことが事実と確認され公表出来たが、保安院は何度取材を申し入れても応じようとはしなかったと書かれていた。 

  毎日新聞のインタビューには保安院と文部省は次のように答えている。

『 保安院の山本哲也・首席統括安全審査官は今月18日の記者会見で、「放射線測定結果を一元的に管理・公表するのは文科省だが、海外分は明確にしていなかった。(文科省と保安院の)両者の間で(ボールが)落ちないようにすべきだった」と陳謝した。

 文科省科学技術・学術政策局の渡辺格次長は「文科省は避難区域の判断をする役割はないので、避難に役立てるという発想はなかった」と弁明した。 』

  その上、何故死蔵したかについて、山本哲也首席統括安全審査官は、
「当時、外務省から保安院の国際室にメールで情報がきて、放射線班に伝わっていたが、なぜ公表しなかったかについては調査中だ。いま考えれば公開すべきだったと思 う。情報が適切に共有されなかったことは誠に遺憾で、政府の事故調などの検証結果を踏まえて今後の対応に努めていきたい」と、訳の分らない弁解をするに至っては何をか言わんやである。

  ついでながら、昨夜のNHK「クローズアップ現代」では、細野豪志氏が、(正しい情報を与えられないまま)「浪江町の方に避難された方たちにはそこでたくさん被曝して頂いた」と奇妙な敬語を使って陳謝していた。

       NHKの夜のニュースで示された図

       NHKの夜のニュースで示された図

6月 19, 2012   9 Comments

    第 2 回  Monthly Live IN GRECO

のどごし生バンド

無題

日時    7月21日(土)、 開場18時、 開演19時、 終了21時半
場所    ミュージック スペース 「グレコ」   
                     http://cocohom.com/sp/greco000/  
       住所:横浜市神奈川区新子安1-30-1
       TEL:045-421-1455
道順    京浜東北線JR新子安駅下車徒歩4分、改札(1つしかない)を
       出ると直ぐ右に階段があり、それを登ると跨線橋となるので、
       左折して線路を渡り切り、跨線橋に繋がっている歩道橋の一番
       先まで進んでから降りる。最初に見える信号(子安小北側)の
       右角が「グレコ」
料金    チャージ・ゼロ 飲み物400円~ 
        昭和の味がお勧め(ナポリタン、オムライス、焼きそば etc.)

 のどごし生バンドのプロフィール 

  004年2月結成。以来8年半が経ちました。校長先生や会社社長や役員、商工会局長に税理士など様々な職業のメンバーが、偶然集まって出来た異業種交流会のような「おじさんバンド」です。

  んなバンドが、あるデュオ(プロ)のバックバンドとして、結成3ヶ月目には日比谷野音に出演し、その後東京国際フォーラムやNHKホールのステージにも立ちました。

  すが、私達のセールス・ポイントは「上手さ」ではありません。客席に遠慮なく、音楽ではち切れ盛り上がってしまう、おじさん達の「楽しいステージ」が売りです。客席を巻き込めた時が一番の幸せ。

  近女性ボーカリスト2名が加わりジャンルも音楽の幅も広がりました。 メンバーは、マエマエ(vo)、アキさん(vo)の女性陣に、アンディー(vo)、浜ちゃん(cl、sx)、パンチョ糟谷(pc)、サンシャイン大木(pf)、38F佐藤(ba、vo)、QP村山(dr)の総勢8名です。

  様どうぞ宜しくお願い致します。そして、是非、私達の2回目のライブにお起し下さい。

6月 19, 2012   No Comments

K&B の日

        新子安 Music Space GRECO

        新子安 Music Space GRECO

  K&Bというのは、のどごし生バンドと兄妹バンドの関係(年齢的には親子バンド関係?)にある若い女性デュオのことである。

  アコーデオンとピアノという、大変珍しいデュオなのだ。そこに女性のベース奏者と女性ドラマーが見付かって、4人の女性バンドが誕生すると大変面白いと思うのだが、それまでは2人でやって行くとの決意のようだ。

  大木先生が自分のお店のオープンを期に、「K&Bの日」を用意してくれた。その第1回目の「K&Bの日」が、先週金曜日に開催されたのだ。

  大木先生からは、事前に「K&Bはレパートリーが少ないから、途中途中ジャズ演奏で繋ぐ必要があるので、神童さんとヨシミさんにもその日是非来て欲しい」と連絡があり、応援に駆け付けた次第。

  彼女達のレパートリーは、ずっと「リベルタンゴ」と「ブルーボッサ」の2曲しかなかったのに、この日は「ルパンⅢ世」「情熱大陸」「ローズ」など新曲も4~5曲披露してくれた。

  猛練習の跡が伺えるなかなかの出来栄えだった。Kの一番最初のアコーデオン演奏(浜千鳥)を知っているだけに、その違いに改めて驚かされる。Bのピアノもリズム感が頗る良いことが特徴だ。

  その日、初めて恋人を連れて来たBは、いつもより張り切って演奏したように見えた。彼氏に聞いてみた。

「Bのライブはもう何回か見てますか?」
「いえ、初めてです」
「彼女、どうですか?」
「素晴らしいと思います」
「でしょう? 惚れ直しましたね?」
「ハイ(笑)」、だって。

  ところで、僕はこの日まで、何週間かお店(ミュージック・スペース・グレコ)にご無沙汰していたので、先生に、開店以来の客の入りはどうか聞いてみた。先生曰く、「お蔭様で、連日、お客さんがほど良い感じに埋まってくれて、嬉しい誤算でした。これだったら、校長なんかやっている場合じゃなかったって嫁さんに言ってるんですよ」。

  確かに、その証拠のカケラがネットにあった。全国のライブハウスのページ・アクセス数ランキングというのがあって、「ミュージック・スペース・グレコ」が堂々トップ10入り(9位)しているのだ。書き込まれたコメントもふるっている。

  ランキング http://www.livebu.com/ranking.php

  コメント  http://www.livebu.com/hall/1221

  川崎と横浜の中間地点にある新子安。駅前にも繁華街がある訳ではないし、飲み屋街もない、どちらかと言えば家路を急ぐ人が多い、住宅街のような場所に出来たライブハウスだからだろうか、地元の人達や地元企業の人達には大歓迎されているようだ。それもこれも、先生の人柄とピアノ・アドリブによるところ大なのだろう。

(参考)

  グレコのホームページ  http://cocohom.com/sp/greco000/

  のどごし生バンドのHP http://cocohom.com/sp/ojisanband/index.html

6月 18, 2012   No Comments

終わりの始まり

野田首相

  何を考えているのだろう。遂に、野田首相が脱原発から原発継続に大きく舵を切った。それも、東電福島第一原発を襲ったような強い地震にも大きな津波にも、大飯原発は事故を防止出来るから安全だと保証したのだ。

  防潮堤や免震重要棟工事は今後の予定だし、ベント時に放射性物質を除去するフィルターもこれからなのだ。万が一の時の「司令塔」になるオフサイトセンターも、現在の海に近い所から高台に移さないといけない。それも今後3年間で実現することになっている。

  それでも、大飯原発は安全だと断言する野田首相。安全なら今後予定している安全対策工事は全て不要な筈。小学生にもバレるこれほどの論理矛盾を、国民に対して平気で、且つ、堂々と語る首相は、最早、理性的な判断が出来ない人間と言うしかなく、日本にとってこれほど危険なことはないのではないか? 

  「国民の生活を守るために原発を再稼働させる」し、「国民の生活を守るために夏だけの限定稼働にはしない」と言い放った。

  国民とは原子力ムラの人々のことか? そう読めば「なるほど」なのだ。東日本大震災は、千年に一度の大規模地震をもって我々日本人に、「地震の巣の上に立つ日本に原発は無理」(直下型大地震に耐える原発はない)を教えてくれた筈なのに、全く学ばないのが原子力ムラの住民だ。結局、野田さんもその住民だった!

  あれだけの事故(ヒロシマ級原爆の180個分?の放射能を世界に撒き散らした原発事故)を起こした日本で、全原子炉停止は極めて自然な成り行きだった。それなのに、野田首相は再稼働を堂々と宣言した。

  今も苦しむ福島の人々の、国と電力会社に対する鋭い眼差しを全く理解せず、またぞろ、安全対策も完了していない原発を動かすという野田首相。そもそも、各原発敷地内の核燃料廃棄物の貯蔵能力が限界に近付いていることに対する明確な対策も方針も無い中で、再稼働させ核廃棄物を増やす愚は、とても国に責任を持つ首相の器ではない。

  消費税の問題は、世界でダントツの一位にある借金まみれの日本の財政を何とかしないといけないという、首相の責任感から発したものと信じて来た。

  小沢氏にせよ野党にせよ、「消費増税は経済が好転するまでするべきでない」と言う人々には、自分達が無責任に放置して来た問題なのに未だに無責任を貫くつもりか、と怒りを込めて思って来た。

  15%~20%の消費税が当り前の欧米から見れば、日本は消費税5%で財政危機と言っていることが滑稽に映る。「何言ってるんだか」である。そんなことを含めて、不評な消費税増税を進める野田政権だが、それが、決定的な致命傷にはならないだろうと思っていた。

  だが、今回の「原発再稼働」は、どう考えても、野田首相に賛成出来ない。消費税では消極的ながら、野田さん支持が多かったと思うが、今回の原発再稼働で裏切られた思いの人は半端な数ではないだろう。僕はこれが、民主党の終わりの始まりと見る。

  あたかも、野田首相の「再稼働」宣言を間接支援するように、国会の事故調査委員会(黒川委員長)が、電力会社を庇い当時の菅政権叩きに重心を置いたような論点整理(菅前首相の過剰介入、東電が原発からの全面撤去を決めた形跡は見受けられない)を出したのは偶然だろうか?

6月 11, 2012   1 Comment

厭なことが目に付く

       福島第一原発   ネットから転載

       福島第一原発   ネットから転載

  橋下大阪市長を初めとする関西広域連合が、大飯原発の再稼働容認の方向を打ち出したことから、どうやら再稼働しそうな雲行きとなって来た。

  あれだけ再稼働を強固に拒否し、民主党に宣戦布告までした橋下氏の転向には何があったのか? 彼は今の政治家に珍しい「有限実行の政治家」と思っていたから、本当にびっくりした。

  彼は「事実上の敗北です」と認めたのも、真夏の電力不足も関電が言うほど(15%)不足しないと読んでいたのが、政府に正式に16%以上の不足を表明されてしまったことが敗北理由みたいなことを述べていた。

  それが事実だとしたら、少々情けない。16%電力不足に対して何の戦略も無しに突っ張ってたことを、いみじくも晒してしまったのだから。

  市民の生活を預かる市長としては、本当に16%も不足したら、昨年東京で起きた計画停電の混乱が大阪で起きてしまう、或いは、それまで散々「電力が足りなくなれば、企業が関西から他に逃げていく」と脅されたことが、俄かに現実味をもって彼を追い詰めたということだろうか? 

  敗北を認めながらも、「再稼働を認めると言っても、夏の3ヶ月間だけだ。期間を限定すべきだ」と条件闘争みたいなことを言っているが、最早、ツッパリ切れなかった橋下市長の声は虚しい。

  ところが、福井県知事が「首相本人が、原発は安全で、今後も基幹エネルギーだと国民に向かって述べよ」とか、「福井県以外を『地元』に入れるな」とかいろいろゴネるので、すんなり再稼働にはならないらしい。

  勿論前者は責任転嫁と、今後も原発頼りの地元経済の保証を求めるもので、脱原発から再び元に戻し、原発継続方針を国民の前で首相に言わせようとする意図だろう。後者などは、福井県が原発設置の代わりに貰う国からの補助金を、他県に奪われたくないという意図からだ。

  1つの県の(いや、1人の県知事の)都合で今後の日本のエネルギー政策が決められてたまるか。福井県知事はフクシマを訪れてよくよく考えるべきだ。

  元々強烈な利権で結びついている原子力村。一朝事故が起これば県知事として県民を守れないのに、そういう立場の人も、やはり、金・金・金だ。

  フクシマがあれだけ世界に不名誉を撒き散らし、あれだけ県民の故郷や生活基盤を奪い、今後は深刻な健康被害が心配される事態が起きているというのに学ばない。それが原子力村だ。

  昨日は、またもや、原子力村の隠蔽体質が発覚した。原子力安全委員会の作業部会で、長時間の全電源喪失への対策が議題に上った平成4年、その必要性なしとする電力業界に対して、作業部会は不要な理由を文書で作成するよう指示し、東電が作成した文章をほぼ丸写しした報告書をまとめ、安全指針の改定を見送っていたことが判明した・・・・・

6月 5, 2012   5 Comments

NETWORK OPEN

ゴルフ場

  損保業界のシステム部門出身者が年2回集ってゴルフ・コンペを行なっている。歴史は古く、かれこれ30年ほどの続いている。

  その頃、損保業界が会社を超えて、共通のネットワークを構築し、損保代理店の端末から、自ら扱った保険契約はどこの会社のものでもアクセス可能にして、全体の生産性向上を図った。

  そんな損保共通ネットワーク完成後、それを共同開発した各社の代表者達によって行われた親睦ゴルフが、このコンペの発端だ。以降今日まで、人は入れ替わったが、続々と定年を迎えた損保システムマンが新加入し拡大を続けている。

  実は、僕もこのコンペに何度も誘われながら現役時代はパスしていたので、退職後初めて参加した口である。参加してみると、対象者が拡大されていて、各損保のシステム開発に協力したメーカーやSI事業者・ソフトハウスなどもゲストの資格で参加していた。

  各社のシステム部門OBも僕らと同じ時代の人や、当時のIT業界の営業やSEも顔見知りも多く、毎回、和気藹々の1日となる楽しみなコンペなのだ。

  だが、前々回初参加し以降毎回参加している元IBMの役員だった人がいるのだが、どうにも頂けないのだ。

  その人は、現役時代、東京海上に出入りして、そのシステム構築などの大きな商談を纏めたり、かなり活躍したのだろう。それはいい。ただ、彼の態度や行動を見ていると、恰も、このコンペは東京海上が主催したもので、そこに縁あって自分も招かれた、と思っているのではないかとしか思えない態度をとるのだ。

  朝の集合前など、東京海上出身者を見付けると、腰を低く、「××さん、おはようございます」と大きな声で挨拶。その彼に僕が「おはようございます」と声を掛けると、「あんた誰?」みたいな表情を浮かべて、おざなりの挨拶を返す。

  僕は、彼がこのコンペのデビューの時と、その次の2回続けて同じ組で回っているのにだよ。もの覚えの悪い僕でも流石に、2回連続同じ組で1日過ごせば、顔も名前も出身会社も覚えるよ。

  僕より少し若そうだし、僕より物覚えも悪くない筈だから、多分、彼の眼中には、損保の雄(リーディング・カンパニー)東京海上しか映っていないのだろう。それが証拠にコンペに出ている東京海上の人の名前は1人残らず記憶しているし、その時だけ特に腰が低い。(もう現役でもないのに、まだ当時の癖が抜けないようだ)

  雑談の時も、東京海上以外の出身者が多くいるのに、「東京海上さんには大変お世話になりました」みたいなことを平気で言う。IBMの社長候補にも目された人だというけど、どうなんだろうね。もう少し全体が見えていないと・・・

  とか言ってる僕も、ついに僻み根性が出て来たのかな。やだね。注意せねば。

  『 自己を律するには厳正責任! 』

6月 4, 2012   No Comments

5月最後の行事

 ザ・タペストリー ライブ イン ナガノ  Photo  by  Satou

ザ・タペストリー ライブ イン ナガノ  Photo by Satou

   行事がすし詰め状態の5月を締めくくったのが、「ザ・タペストリー」の練習だった。小田急梅が丘駅前にある貸しスタジオで行なう音楽練習のことだ。この月1度の定例会は発足以降ずっと続けており、もう1年半近くになる。

  だが、5月はいつもと違い月2回の練習となり、その2回目が一昨日行なわれたのだ。6月も2回予定している。何故、急に2回になったかというと、実は、6月24日(日)に、「ザ・タペストリー」のライブがあるからなのだ。

  ライブと言っても一般公開のライブではなく、高校同期の者達30人程を集めて、ミニ同窓会のようなライブにしようとしているのだ。場所は新宿御苑前のインド料理のお店だ。一度、TAKAとAYAの3人で下見に行ったが、不思議な店だった。

  レストランなのにライブ設備が整っている店なのだ。名前は「レストラン パペラ」。僕らがお邪魔した時は、あるプロダクションが企画した、これからデビューするかも知れない新人歌手やグループのレビュー・ライブのようだった。

  店からは普通に通りが見えたりする、ライブハウスの作りでは全くないのだけれど、音響はそんなに悪くない。30~50人位一杯の広さだから、僕らが同期会を兼ねてライブで盛り上がるには持って来いの場所だろうということで、即、予約を入れたのだった。

  高校は長野高校。昨年、「ザ・タペストリー」は長野市の同期同窓会で、初めて演奏し、みんなに喜んで貰った。今度は東京に住む人達に聞いて貰いたいのだ。

  この企画が少しずつ知られるようなると、「俺にもやらせろ」とばかりに演奏希望者が次々名乗りを上げ、面白いことになって来た。地元の楽団でハーモニカをやっているT君。彼は2曲演奏することになった。「高校3年生」と「あざみの歌」だ。

  それを一昨日、初めて音合わせをした。2曲とも哀愁を帯びたハーモニカがとても合うんだ。T君素晴らしいよ。

  また、前回の練習から参加してくれているのは、実践女子大の理事長のI君だ。3月の飲み会の時、彼が僕に「俺、ボーカルで参加したいんだけど」と言うから、まさか本気とも思わず、「君の歌だけは勘弁」と返した。

  そしたら彼、結構マジな表情で、「大学の時、フォーク・グループ作ってPPM歌ってたんだ。ホントだよ」「嘘だろう?」「本当だってば。大学祭なんかでやってったんだって」「へー」と言うことで、練習に参加して貰った。

  自己申告どおり上手い。声がいい。大学の理事長がねぇ。大変失礼しました! 「パフ・ザ・マジック・ドラゴン」と「コットン・フィールズ」と決まった。学長がCEOだとすれば、理事長は経営責任者のトップのCOO(社長)に当るから仕事が結構忙しそうだ。

  それでも、「ライブ以後も、たまにこうして楽しい練習に参加させて欲しい」と仰る。勿論ウェルカムですよ。正式のボーカリストでどう?

  次回はもう1人、地元のコーラス隊で活躍しているM君が練習参加して、彼の歌う2曲音合わせを行なう予定だ。こういう参加型ライブはミニ同期同窓会の雰囲気にぴったりな気がする。当日は大変盛り上がりそうだ。
(余談)

  実践女子大は日野市にある。僕のもう1つのバンド「のどごし生バンド」のベース&ボーカル担当の38F佐藤さんは、日野市商工会の執行部の人だから、彼に理事長を知っているか聞いてみた。先生方は何かと関係があるので知っているが、理事長なんて偉い人は面識が無いと言う。「じゃぁ、いずれ飲み会でもセットするからどう?」と聞くと「是非お願いします」との答え。一昨日、I君に伝えたら「いつでもいいよ」とのこと。2人の共通点はフォーク・ソングだ。必ず実現するからね。

6月 1, 2012   No Comments