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Posts from — 4月 2013

不思議な縁、不思議な飲み会

   大隈講堂   ネットより拝借

   大隈講堂   ネットより拝借

  昨夜、SさんとⅠ君と僕の3人で新宿で飲んだ。実は、僕が前からSさんとⅠさんの両方に会食をセットして欲しいと言われていたのだ。それが遂に昨日実現したという訳だ。Sさんとは、僕の出身会社(保険会社)の元社長で、その後会長を経て、現在も特別顧問をされている人で、業界では有名人の一人だ。

  一方のⅠ君は、W大学の事務方のトップを務めた後、現在はJ女子大の理事長になっている、僕の高校時代の同級生だ。「タペストリー」という高校同期バンドの仲間の一人でもある。

  Sさんが専務の時にシステム部門の担当役員となり、部長だった僕が始めてSさんに仕えることになったのだ。Sさんにとってもシステムを考えるのは初めてだった筈だったが、好奇心旺盛というか興味津々で、いろいろなことを僕に聞いて来る。

  その質問の時期が過ぎると、今度は会社の運営や保険代理店の業務の仕方を、システムでこう変えたいが可能か、という具体ビジョンを僕にぶつけて来る。コンピュータ・システムを通して会社運営を考えるなどという経験は全く無い筈なのに、その柔軟な発想というか、ボーダーレスの思考センスは大したものという強い印象を持った。

  そんな遣り取りを経て、いよいよ次期システム計画を取締役会に諮る時が来た。前日まで徹夜に次ぐ徹夜で、S氏がプレゼンする資料作成に追われた。原案は僕が作るのだが、どうもSさんのイメージと合わず、僕も自分の主張を取り下げなかったために論争になることも度々だった。何度となく修正が加えられた。

  難産だった提出議案も取締役会直前に一応の完成をみて、いざ、本番。僕は事務局席にオブザーバーとして出席させて貰った。

  Sさんが議題に沿ってシステム計画を説明しながら、補足として、あれだけ退けようとした僕の意見をそのまま引用するのには驚いた。食えぬ人とは、正にこの人のことだと思った。

  プレゼン終了後の質疑の冒頭、時の大社長(皆が恐れるような大権力者)が「S君の言うとおりに、そんなに素晴らしい計画なら、リーディング・カンパニーは既にやっている筈。何故やらないのだろう?」と発言した。

  これにはSさん、カチンと来た。「私は自社のシステム戦略を諮っているのです。今後の業界動向を評論しているのではありません。私達は遊びでやっているんじゃありませんから」と大社長に向かって吼えたのだった。僕は心の中で拍手喝采をしたのは言うまでもない。

  そんなことがあり、以降、彼が社長になっても、この型破りで規格外の人物に仕えるのはとても面白かった。何と言っても新しいことに取り組める楽しさがあった。僕の提案を聞きGOサインを出してくれたSさんには今でも感謝している。

  そのSさんが会長になってから、母校W大学のOB会会長に就任した。W大ではOB会会長は自動的に「理事会」の理事(一般企業の「取締役会」の取締役)を兼務する決まりだった。その頃、W大卒業後のW大の職員となっていたⅠ君が、事務方のトップとして同じ理事に就任していた。

  Ⅰ君も大学改革には熱心で、喩え総長の発言でも是は是、非は非と直言出来る人物だったから、最初の理事会で、ズケズケものを言うSさんに同じ匂いを感じ取ったらしい。その後、任期終了で理事会を去ったSさんと、W大からJ女子大に転じたⅠ君は長く会っていないということだった。

  昨夜は新宿で6時から飲み始め、気が付いたら9時だった。その間、話が多いに盛り上がった。2人はW大の先輩後輩だし理事会メンバーだったから、部外者の僕(僕は仙台の大学)としては、その当時のエピソードをいろいろ聞けて面白かった。

  何と言っても、Sさんが高校時代にアルバイトで家を建てたという話(僕はずっと大学時代にアルバイトで建てたのだと思っていた)にはビックリし、あの型破りな人格形成の原点を見た思いだった。

  また、僕が関連会社の社長に転出して1年経ったところで、戻って来いと言うSさんの命令に背いて、そのままシステム会社に居続けたことに対しては、「最高責任者の命令に背くってのは、ねえⅠさん、打ち首に値する大罪だよね」と同意を求めていた。唯一、思い通りにいかなかった社長人事だったそうだ。Sさんゴメンナサイ。

4月 25, 2013   No Comments

結婚式

  おめでとう   Photo  by   Makino

  おめでとう   Photo by Makino

  7年振りで結婚式に出席した。現役時代は主賓を務める結婚式が年間7~8件はあったが、引退後はパッタリなくなり、代わりに多くなったのは葬式だった。これだけ長い空白があると、最近の結婚式事情には全く疎くなっていたので、ある種好奇心一杯の参加となった。

  新郎新婦は30歳前後の若いカップルだ。新婦は「K&B」という女性デュオのKの方。「K&B」は、大木さんの「グレコ」がオープンしてからこの一年、2ヶ月に1度くらいのペースでライブを行なって来た。

  僕がドラム、大木さんがベースで彼女達をサポートして来た縁で、結婚式には店の料理人兼マスターの万ちゃんを含めて3人が呼ばれた。

  場所は、お台場の結婚式専門の教会「アニベルセル」。そこは不思議な一角だった。平らで広大な敷地の真ん中に、小さな丘が作られその上に白い教会が立っている。その周りに幾つもの披露宴会場がある。

  そのまた周囲に、これが不思議なのだが、レストランやブティーク・アクセサリーの店などが並んでいるのだ。結婚式の客以外の人も買い物や食事を楽しめるような、多目的なスペースということだろうか?

  KはフィアンセのTと共に、都内20ヶ所の式場を巡って決めたというだけあって、そこはハイセンスな雰囲気の外とは別の世界だった。

  最初に教会での結婚式。青い目の牧師さんが流暢な日本語で一切を取り仕切った。Kとお父上のバージンロード行進・ミサ斉唱・誓いの言葉・リング交換・キスなど順調に進み、最後は、丘の上の教会から2人が階段を降りて来るのを両サイドで来賓や友人達がフラワー・シャワーで祝福した。

  2人が階段を下りて来るのを下から見上げていたら、何故か、シチリアを舞台にしたギャング映画の中の1シーンを思い出していた。修羅場の多い映画の中で唯一ホッとする、ボスの娘の結婚式の場面だ。

  さて、係りに促され披露宴会場に入った。幾つかある披露宴会場の一つだそうで名前は「イギリス館」。他に「フランス館」「イタリア館」とかいろいろあるらしい。なかなかシックで落ち着いた洋館の趣だ。

  仲人は置かないみたいだ。もうこれは20年前から定番だな。双方の主賓挨拶に続き、司会者から2人の略歴が紹介されて、ケーキ入刀。いよいよ僕の乾杯の番だ。

  乾杯の前に、一言挨拶。僕がKと知り合ってから6~7年間、本人はずっと21歳だと主張し続けていたので、新郎が年下だと聞いた時は高校生かと思った(21-α)と話したら結構受けた。そして最後に乾杯。

  僕が驚いたのは、その次だ。「Last Bite」(ラスト・バイト)「First Bite」(ファースト・バイト)ってご存知だろうか。この「Last」「First」の順番はこれでなくてはダメなのだ。

  まず、「Last Bite」が始まった。これは新郎新婦をこれまで育ててくれた夫々のお母様が、わが子に口を「あーん」と開けさせて、スプーンでケーキ(先程入刀したケーキ)を食べさせるのだ。母親への最後の甘えの儀式だという。

  次に「First Bite」。今度は新郎新婦が互いにケーキを食べさせるのだ。だから順番はこういう順でなくてはいけないのだ。こんなイベントは初めて見たが、周囲の若い人に聞くと最近の披露宴に多い儀式だという。知らなかった。

  その後は、肩の凝らない友人挨拶や、当日の教会結婚式以降の模様を撮ったビデオの速攻編集画像が会場に流れたりと和やかな宴が進んだ。終盤は、Kからご両親及び新郎のご両親に宛てた感謝の言葉が述べられ、会場はシンミリとなった。花束贈呈に続き、新郎のお父様のご挨拶、最後は新郎から来賓への挨拶がなされて披露宴はお開きとなった。

  新婦から両親に送る言葉は昔からの定番だが、いつも涙がこぼれそうになる。親として実の娘からあんな風に言われたら、堪らないだろうなといつも思う。さぞやKのお父さんも涙を堪えるのが大変だろうなと思いながら聞いていた。

     結婚式集合写真(新感覚)    Photo by   Makino    

     結婚式集合写真(新感覚)    Photo by Makino    

4月 23, 2013   2 Comments

グレコの一周年記念

無題2 

  大木先生のお店「グレコ」が丁度1周年を迎えた。決して楽とは言えないだろうが、経営的にもトントンと言うからまずまずなのだと思う。昨年の秋口くらいから多くのジャズメンやプロ歌手がフリーで来て、その後ライブを開催してくれるようになり、京浜地区のレベルの高いミュージシャン達のお気に入りの店になって来たようだ。

  昨年の4月14日(土)、盛大に開店祝いのパーティーをやろうと、僕が企画して、10組以上のバンドやミュージシャンを呼んでお祝いのパーティーを行なった。開店後各バンドに「グレコ」でライブなどをやって貰って、盛り立てて貰おうとの意図だったのだが、呼び過ぎて、何が何だか分からない大騒ぎのイベントになってしまった。

  そこで、今回はバンドを3組に限定して、各バンド40分のステージとして、皆さんにじっくり聴いて貰うことに重点を置いた。またゲスト・シンガーも出て頂くので、それは「ゲスト・ステージ」としてしっかり時間を取って歌って貰うことにした。

  いつもライブは夜なのだが、遠くからも参加し易いように、この日は午後の4時間という設定だ。席も丁度全部が埋まる絶妙な観客数だった。さぁ、出演側も観客側も思いっ切り楽しもう。

  最初に我等「のどごし生バンド」が景気付けの前座として3曲演奏して、「漢組(おとこぐみ)」にバトンタッチ。以前多摩地区のライブハウスで、また昨年「グレコ」で彼等とは過去3回ジョイント・ライブを行なって来ている。

  彼等はユーミンの曲しかやらないユーミン・トリビュート・バンドだ。しかも、ボーカルのダチョウさんは男なのにユーミンと全く同じキーで歌うのだから凄い。世に、ユーミンバンドは星の数ほどあるらしいが、ユーミン本人から絶賛されたのは、唯一この「漢組(おとこぐみ)」だけだ。

    ユーミン専門の 漢組(おとこぐみ)   Photo by Maemae

    漢組(おとこぐみ)   Photo by Maemae

  バンドのメンバーも夫々レベルが高く、いつ聴いても上手いと思ってしまう。彼等は毎月第1火曜日にここ「グレコ」で、「ユーミン・ナイト」という企画を打ってくれている。地元で人気だ。「漢組(おとこぐみ)」がこの地に根付き始めた。

  続いて、「アップルビーツ」。彼等はそのキャリア30年・40年のビートルズ・マニア・バンドだ。本物のビートルズはたったの8年だったから、「アップルビーツ」の方がその何倍もの期間ビートルズを演奏して来ているのだから、ビートルズより上手いビートルズなのは当然なのだ。

       アップルビーツ   サムのブログより拝借

       アップルビーツ   サムのブログより拝借

  コスチュームも初期のビートルズのものをお揃いで着ているし、ポッツは顔も体形も歌も英語のMCも、当時のポールに瓜二つだし左利きのベースだからどこから見てもポール・マッカートニーだ。

  ズー・ジョンも雰囲気はジョン・レノンそっくり。歌声もジョンのままのように聞こえる。そして彼の歌に癒しを覚えるのは僕だけだろうか。ドラムのワニドラはあまりリンゴには似てないが、歌う声はやはりリンゴ・スターだ。ドラミングも完璧にリンゴ・スターのドラムをコピーしているし。

  この日ジョージ役のキャップの代わりピンチ・ヒッターで入ったアニーは彼等の大先輩格のビートルズ・マニアなので、年齢的にかなり上の方だから、無理に被ったマシュルーム・カットの桂が、洒落にならずに、本当に桂で薄いのを隠しているように見えてしまってた。しかし、そのことも含めて会場の盛り上がりは最高潮に達した。

 アップルビーツ イン グレコ   Photo   by   Maemae

 アップルビーツ イン グレコ   Photo by Maemae

  その後、ゲスト・ステージ前半はN夫妻がデュオで3曲歌ってくれた。特に奥様の「人生の扉」「ハナミズキ」は秀逸だった。お母様の介護などで大変な中を駆け付けてくれて、美しい歌声を聞かせてくれたのだった。感謝!

  もう一組のゲストは、ジャズ・シンガーのKeiさんとピアニストのマコリンだ。彼等のサポートとして、ベースを「漢組(おとこぐみ)」のイタさん、ドラムを僕が務めた。さすがはプロ、最初のMCだけで観客を引き付け、3曲のジャズを歌って拍手喝采を浴びていた。

  実は5月の下旬に、経堂の「クレージー・ラブ」というライブハウスで、ベースはプロに代わるが、このメンバーでライブを行なうのだ。一晩のライブ・ステージを「のどごし生バンド」以外で務めるのは初めてとなる。初めての他流試合、どうなることか。

  最後に、「のどごし生バンド」が6曲演奏した。途中、大木先生の挨拶があり、やっとこの日が何の日か思い出し、アンコールはいつものように、「ジョニー・B・グッド」で締めくくった。

   のどごし生バンド  大木さんの髪?  Photo by Maemae

   のどごし生バンド  大木さんの髪?  Photo Maemae

 大木さんお礼の挨拶 (のどごし生バンド)  Photo   Y.Hara

 大木さん、お礼の挨拶 (のどごし生バンド)  Photo Y.Hara

 全体としては4時間の長丁場ではあったが、観客の皆さんをお見送りした時、皆さんが口々に「楽しかったよ。4時間なんてアッという間だった」「ユーミンにビートルズにジャズにオヤジバンド、もう最高!」とか、ほろ酔い気分も手伝って大喜びで帰ってくれたのが嬉しかった。

  大木さん、2周年に向けて頑張ろうね。昨年のオープニング・ライブでは、「のどごし生バンド」8人全員が出演出来たのに、今年はフッ君と亜希さんが体調不良で参加出来なかったのが心残りだった。早く体調が戻りライブに戻って来てくれることを祈り願っている。

     演奏中の大木さん、楽しそう   Photo  by   Y.Hara

     演奏中の大木さん、楽しそう   Photo by Y.Hara

4月 15, 2013   2 Comments

あの原発事故がもたらした問い

          ネットから借用した写真

          ネットから借用した写真

  しかし、かく言う僕は「原発再稼働絶対反対!」ではないのだ。今全て止めることは愚策だと言っている。

  一国で背負い切れないくらいの巨大リスクのある原発、その上狭い日本では、原発廃棄物を埋める場所も手当て出来ず、そろそろ飽和状態に近づいている。原発をいつまでも続けられないのは明白だ。

  一方、原発再稼働反対として、この先ずっと今のような高い石油や天然ガスに頼る発電一辺倒では、産業競争力上も地球環境上も良い筈がない。

  福島第一原発の大事故がもたらした日本人に対する問いとは、即ち、「原発を今後はどうしますか? 今後の電力確保はどうしますか?」であった。その答えは上記から、誰が考えても「自然再生可能エネルギー」に尽るだろう。

  だが、再生可能エネルギーが安定供給電力源となるには、それを強力に推し進める巨額な資金が必要になるから無理と思ったり、今の技術では無理なのではと懐疑的になる人が多い。

  確かに、技術開発をもっともっと加速させないといけないし、普及には設備が廉価でなければいけない。これらの研究投資や実用化投資の原資をどう捻出するのか、誰が負担するのかが大きな課題だ。

  僕は、原発分を火力発電へ全面的に切り替えた結果値上げされた現在の電気料金を据え置き、今後出される厳しい「安全基準」をクリアした原発を再稼働させ、余裕の出た分を再生可能エネルギーの開発資金に回すことを考えるべきだと思っている。

  言い換えれば、火力発電中心の政策を続け、高い石化エネルギーと引き換えに、日本の富の多くを産油国や天然ガス産出国に奪われるくらいなら、安全な原発を稼働させて、失う筈の富を再生可能エネルギーの開発普及資金に回せと言いたいのだ。

  電力会社が再生可能エネルギーを真剣に開発するとは思えないなら、国家プロジェクトとしてこれを行なうべきだ。僕が、「原発再稼働絶対反対!」ではない、と言うのはそういう意味だ。

  再稼働に向けては、世界で尤も過酷な自然災害(大地震・大津波)に遭遇しても生き延びた「女川原発に学べ」とも以前このブログで書いた。

  ともすれば、新たな安全基準が技術的側面や地質学的側面に偏る可能性が高いので、それらに加えて、人間組織としての危機対応やリスク分析と対策、非常時の電力会社トップの行動、現場従業員の行動、士気の維持などを盛り込んで貰いたかったからである。

  「原発再稼働反対!」(世論・市民運動)とか「原発再稼働推進!」(自民党・財界)とか叫ぶだけでは、何も解決出来ない。再生可能エネルギーの主力電力化推進の具体プログラムこそ大事だ。それも大規模な研究開発資金の調達戦略の裏付けがあって、初めて画餅でなくなると思う。

  このような考え方をする政治家も経産省の役人も評論家もいない(誌紙上でそのような議論にお目に掛かったことがない)のが残念で、敢えて提起させて貰った。

4月 11, 2013   3 Comments

原発、今も続発する事故に思う

      ネットから拝借した写真  福島第一原発

      ネットから拝借した写真  福島第一原発

  福島第一原発の大惨事以来、コントロール不能に陥っていた原発の冷却や、バックアップ電源の確保などに一定の目途を付け、廃炉に向かって事態は進んでいたかに思われた。

  ところが、先月、長時間の停電が起き復旧に30時間を要するという事故が起きた。そもそも、福島第一原発の爆発事故は、バックアップ電源が津波で機能しなかったのが原因だ。今度はネズミが配電盤に侵入してショートしたのが原因だった。

  東電はあの大事故から何も学んでいない。東電の責任者は記者会見で、「ケーブルの引き込み口はシートで覆っていたが、ネズミがすき間から侵入した可能性がある。小さなところにも目を配って小動物対策を検討したい」と滑稽とも言える表明をした。

  あのねー、対策はそういうことじゃないでしょ。応急措置でトラックの荷台にバックアップ電源を置いて配線している架設状況を早く本格的な最終設備に切り替える事でしょう。

  案の定、今月に入って、3号機の使用済み核燃料プールの冷却が約3時間にわたって停止した。上記のネズミなど小動物の侵入対策として金網を設置したが、その針金が配電盤の端子部分に触れたことで停電し、冷却が停止したという。ブラック・ユーモアか。

  更に、今度は汚染水を貯めていた貯蔵施設から大量(150トン)の汚染水が漏れ出していたという事故。水の重さで防水シートが引っ張られて、水量センサーの挿入口に穴が開きそこから水が漏れたとの発表だ。そんなこと(水の重さ)中学生でも分かっていることだよ。しかもその発表は水漏れに気付いてから何日も経ってからだった。

  笑えない喜劇を何度も見せ付けられて、東電に当事者能力があると信じる人は最早いないだろう。マイナス情報はなるべく出したくないという変わらぬ東電の隠蔽体質まで見せられては。廃炉まで40年も掛かるのだ。この先何が起きても可笑しくない状況を物語っている。

  東電ではなく、国の責任で(特に自民党には積極推進して来た責任がある)、国の陣頭指揮で安全な廃炉計画推進を行なうべきである。財界の声に押され、原発再稼働を目論む自民党も、もし、国にもその能力がないと言うなら、最悪事態に備えられない日本では、原発再稼働は有り得ないということになる。

4月 9, 2013   No Comments

ある疑問 その2

     ネットより拝借の写真

     ネットより拝借の写真

  国民栄誉賞に長嶋と松井の受賞が発表された。このことに関して、ネット上では様々な反応があったが、多かった意見は「二人は同格?」「何故松井が?」「松井は辞退すべき」とかだった。評論家の意見でも「松井は早過ぎるのでは?」というものが目立った。

  今朝の朝日新聞には、昨年秋の松井引退報道に接した時、安部首相が彼の国民栄誉賞授与を検討するように指示した、とあった。その後意見聴取の中で長嶋への授与の声も出て、ダブル受賞となったらしい。

  規程上は、明確な基準はなく首相の一存で決められるようだ。それにしても松井が先に検討対象になった経緯が、朝日新聞の報道の通りだったとしたら、益々唐突感は否めなくなるのではないか。

  スポーツ選手の受賞者は、これまで前人未到の記録や日本人初の偉業に限られていた。王貞治のホームラン数世界記録、山下康裕の前人未到の連続勝利数、高橋尚子の女子陸上史初のオリンピック金メダル獲得、なでしこジャパンの女子サッカー史上初のワールド・カップ優勝などである。

  従って、国民的スーパースターだった長嶋も、記録的にはそういう前人未到の記録を持っていないから受賞は出来ないのだと、一般人は納得していた。

  だが、同じように何の前人未到の記録も持たない松井が、いきなり受賞の対象者になったことに違和感を持つ人が多いだろう。僕も受賞に相応しいのは年間最多安打の世界記録を100年振りに塗り変えたイチローだと思う(過去2度の受賞打診があり本人が断ったという)。

  そして、もし松井が受賞するなら師匠の長嶋が貰えないのはおかしいとなり、ダブル受賞となったのだろうことは容易に想像がつく。

  疑問点は、安部さんは、昨年秋引退表明したスポーツ選手が多い中で、何故松井引退を捉えて、即、国民栄誉賞を与えたいと思ったのか? どんな政治的判断だったのか? アベノミックスが色褪せる頃の明るい話題を探していたからか?

  評論家の言う「松井は早過ぎるのではないか」というコメントも訳分からない。早い遅いじゃないだろう。高橋尚子やなでしこ達は受賞時20代だったし、吉田沙保里も30歳になったばかりだった。国民栄誉賞に相応しいかどうか、否、そもそも国民栄誉賞とは何かを一般人に提起すべきではないのか。

無題4

4月 3, 2013   5 Comments

ある疑問

無題2 

  高校以来の友人の猪瀬が都知事になって、まず最初に全力投球しているのはオリンピック招致だ。今年の9月に2020年夏季オリンピックの開催地が決まるのから、選挙公約に挙げていた彼としては、これに全力を挙げるのは当然だ。

  だが、不思議なのは、今回の東京へのオリンピック招致運動が、最初から大きなハンディキャップを負っていることを、マスコミも都知事も招致委員会も一切触れないのは何故なのだろう。

  この点は久米宏がラジオで触れていたそうであるが、僕も前から心配していた点なのだ。だが、友人が絶対に招致を成功させると頑張っている姿を見ると、その情熱に水を差すのが憚られて、彼にも訊ねてはいないことだ。

  それは、2018年の冬季オリンピック(2014年ソチ開催の次)が、韓国の平昌で開催されることが決まっている点なのだ(2011年7月のIOC総会で決定された)。

  これまでの例でも、冬季と夏季のオリンピックが連続して同じ地域で行なわれたケースは無いのではないか? 更に、オリンピック委員が沢山いるヨーロッパも、また公式スポンサーの多いアメリカも、夜昼が逆転するアジアのオリンピックは歓迎ではないのが本音だ。それが2回続くのは絶対に避けたいと思っているだろう。

  オリンピック招致委員会が、他の候補地に比べて招致賛成の世論割合が低いことをどう立て直すか必死だった時に、マイナス情報を出して更に賛成割合を落とすことは出来なかったにせよ、マスコミがこのことを指摘しない理由が分からない。

  猪瀬知事やオリンピック招致委員会は、これを先刻承知の上で作戦を練り、成算ありとして闘っているのだと信じたいが・・・

4月 2, 2013   No Comments