プレミアムエイジ ジョインブログ
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Posts from — 5月 2013

他流試合デビュー

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      ジャズシンガー Kei さんとライブ     Photo by Hara

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  来てくれた友人達 (経堂クレイジーラブにて)  Photo by Hara

  僕はこの数年、3つのバンドに入ってドラムを担当させて貰っている。バンド結成から10年目を向かえた「のどごし生バンド」、1月の出身会社の音楽祭(於、目黒ブルースアレイ)に照準を合わせて秋口から練習を開始する「ダンディー・クイーン」、それと、高校同期のバンド「ザ・タペストリー」の3つだ。

この3つのバンドのライブやコンサートが、同じ日に重ならないように旨く日程調整しながらここまでやって来た。それでも毎年11月から1月に掛けては、3バンドともイベントを構えるので、練習日の調整含めその時期が最も大変だ。

  大変さはもう一つある。3つのバンドで同じ曲が取り上げられる時があり、夫々に曲の構成やリズム・編曲が違うのでややもすると頭の中が混乱するのだ。

  何故そんな大変なこと(3つのバンドの掛け持ち)をやるのだと、良く質問されるが自分でも良く分からない。多分暇だからだろう。現役引退に際して、今後は何を中心に置いて生きて行こうかなと考えた時、下手でも好きな音楽がいいと思ったのは事実だ。

  だから、誘われたら原則断らない主義で行こうと思った、ような気がする。それから5年が経った。一時は「REJAN」というR&Bのバンドにも属して4バンド掛け持ちの時もあったが、女性ボーカリストが天国に移転してしまい、このバンドは自然消滅したのだった。

  そして、今回は何と、プロのジャズ・シンガーから声が掛かり、彼女のバックを他のプロ達と3ステージ全20曲を演奏することになったのだった。そのシンガーはKeiさんと言う。大木先生のお店「グレコ」で開店1周年記念パーティーの時にゲストで歌って貰ったのだが、その時に、声が掛かったのだ。

  実は、僕は彼女とは以前からの知り合いで、彼女のライブには何回か聞きに行っていて、ステージの合間のセッション・タイムに1~2曲ドラムを叩かせて貰うことはこれまでもあった。なので、「ライブでドラムをやって」と言われた時は、そのイメージで、簡単に「OK」と言ってしまった。

  その後、メールで曲目とか楽譜が送られて来たり、参考音源のCDを渡されたりして、これはどうもセッションで1~2曲やれということではないなと分かっても、引き受けてしまった以上何とかしなくてはと、GW返上でCDを必死に聞いて練習を始めた。だが、知らない曲や知っていても演奏したことのない曲が多く、若い時と違ってメロディーを覚えるだけでも大変だった。不安が募った。

  そこで、Keiさんに電話してセッション参加(2曲)だけにして貰うよう申し出た。しかし、Keiさんは、「『グレコ』の時みたいに、いつもの神童さんのドラムで良いので、是非やって下さい。楽しみましょうよ」と全然聞いてくれない。

  当日を迎えた。場所は世田谷区の経堂(小田急経堂駅の直ぐ近く)のライブ・バー「クレイジーラブ」だ。18時からリハ、19時開店、20時から演奏というスケジュールだった。僕はプロ達と3ステージ全てを演奏するというプレッシャーに加え、ミュージック・チャージが1人4千円もするのと、この店が、連日プロのライブが行なわれるレベルの高い店ということにも圧迫感を覚えていた。

  ゲストの浜ちゃん 「鈴懸の径」演奏中  Photo  by  Hara
  ゲストの浜ちゃん 「鈴懸の径」演奏中  Photo by Hara

  何とか冷や汗混じりのリハを終え、半ば開き直りの気分で、まっ、兎に角、「金返せ!」と言われないよう一生懸命やろうと心に誓った。プロのミュージシャンにもいろいろいるが、ピアノのMさんもベースのKさんも親切な人で、僕の緊張感を解してくれたのも手伝って、僕はいつもの感じで演奏出来た。

  Keiさんの曲は彼女のCDのドラムを忠実にコピーして演奏したから、MCの中で「私の記念すべきCDのドラムを完全にコピーしてくれたのが嬉しい」とか言って貰えた。

  「のどごし生バンド」の浜ちゃん(クラリネット)もこの日僕に付き合ってくれて、途中2曲ゲストとして演奏してくれた。「鈴懸の径」と「メモリーズ・オブ・ユー」だ。浜ちゃんもいつもの僕等のライブと同じように、リラックスして楽しそうに吹いてくれた。

  ライブが終わって直ぐにKeiさんから、9月予定の銀座タクトでの彼女のコンサートへのゲスト出演を打診された。浜ちゃんと一緒に。これって、初めての他流試合デビューに合格したってことだろうか?

  ライブが終わって店を出る前に、Keiさんが僕にギャラを渡してくれた。深夜0時を過ぎていたので、僕と浜ちゃんは小田急で途中まで行き、そこからタクシーで自分達の町に戻った。頂いたギャラとタクシー代が同額だったのには笑えた。

  この日、何名かの僕の友人が応援に掛け付けてくれた。特に、横浜からはNさんとHさん、それに何と長野市からも小学校の同級生だったK君が遠路はるばる来てくれた。友人達には心から感謝したい。でも、本当はどうだったんだろう? 遠くから来た甲斐があった、なのか、わざわざ遠くから来たのに、だったのか。友達に聞くのが怖い・・・

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5月 29, 2013   2 Comments

第7回 のどごし生バンド ライブ イン グレコ

  昨年4月のグレコ開店から定期的にライブを重ね、この度7回目のライブを開催する運びとなりました。

  この「のどごし生バンド」、結成から満9年を超え、10年目に突入しております。来春の10周年記念コンサートに向けて、演奏にトークに一層精進を重ねて参りたいと思います。今年度初めてのライブは、そのための試金石として、メンバー全員気合を入れ直して臨みます。

  皆様のお越しをお待ち致しております。

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5月 22, 2013   No Comments

ザ・ニュースペーパー

      ザ・ニュースペーパーのホームページよりの転載

      ザ・ニュースペーパーのホームページよりの転載

  「ザ・ニュースペーパー」と言うコント集団(リーダーは渡部又兵衛)をご存知だろうか。全員が政治家や有名人に姿かたちを似せて、政治ネタを演じる風刺劇で人気を博している劇団だ。先日、地元のホールで行なわれた公演を、カミサンに連れられて見に行って来た。

  全部で9人ほどの男ばかりの俳優達が一人何役もこなし、その役も男だけでなく女も演じるから、それが頗る可笑しいのだ。感心したのは、つい2~3日前の出来事を直ぐに寸劇に取り入れるなどの、時宜に叶った話題で観客を楽しませる彼等のサービス精神だ。

  それは、直前の橋下大阪市長の慰安婦を巡る発言だった。「僕は今慰安婦制度が必要だなんて、一言も言っていない。フーゾクは必要だけど・・・」そこに、猪瀬東京都知事が登場して、「橋下君、一言言いたいんだよね。失言はダメだよ」。場内大爆笑、といった連続なのだ。

  それにしても、友人の猪瀬の失言が、ギャグのネタにされるのは些か忸怩たるものがあったが、已むを得まい。副知事の時と違って都知事ともなれば、世界でも日本の有力政治家の一人と見做されるのだから、特に外国では慎重を期さねばならないだろう。

  多分、自由人(作家)猪瀬と、政治家猪瀬とが同居している状況にまだ慣れていないのかも知れない。あの失言は自由人猪瀬が顔を出したのだろう。しかし、ニューズウィークにすっぱ抜かれた当初は、「真意と違う」と突っ張っていたが、数日後直ぐに非を認めて事態収拾に動き、トルコ大使館にお詫びに行ったのに比べ、橋下は慰安婦問題でどこまで突っ張るのだろう。

  どれだけ頑張っても、或いは、頑張れば頑張るほど、より一層とんでもない人と見られるだけと思うが。彼は一体なんの勝算があって慰安婦問題を取り上げ主張し続けるのだろうか?

  どの国の軍隊も慰安婦を活用をしてたのに、日本だけが何故レイプ国家のように言われなければいけないのかと言いたいのかも知れないが、いくら昔のことでもそれを是とする論を主張すれば、今日の世界の人道的常識から益々懸け離れ、とても下劣な政治家・とても奇妙な国日本と見られるだけだろう。

  そんなことを思い浮かべながら風刺劇を見たが、深刻な話を可笑しさに変える脚本はなかなかのもの。オバマ大統領と安倍首相の会談の場面などは、どちらも話し方や顔付きが本当に良く似てて、通訳を介しての英語と日本語の会話は臨場感があったし、遣り取りの面白さはとても良く考えられている。

  コントと言えば、昔コント55が一世を風靡していたが、能天気に笑わせるだけのものと思い、僕は嫌いだった。だが、この「ザ・ニュースペーパー」を観て、コントの笑いの中に寧ろ深刻な日本の政治の真実が見えるように感じた。そして腹を抱えて笑った。お勧め。

5月 22, 2013   No Comments

Fさんを囲む会

     Fさんを囲む会 (ゴルフ)   Photo by Morikawa

     Fさんを囲む会 (ゴルフ)   Photo by Morikawa

  毎年5月頃、その昔Fさんから薫陶を受けた者達が集まり、Fさんと一緒にゴルフ一泊旅行を行なっている。今年も1年振りに9名が集い、初日、栃木市でゴルフに興じた後、日光のホテルに移動して、夜遅くまで語り明かした。

  Fさんは、40年ほど前から(課長として)出身会社のシステム部門を実質的に仕切り、常務取締役を退任するまでの約20年間、僕等を徹底的に鍛えてくれた仕事上の師匠である。同時に、Fさんはいろいろな意味で僕等にとって人生の師そのものでもあるのだ。

  彼の語る様々な事柄に、いつもハッと気付かされることが多かった。システム部門の揺籃期(昭和46~47年頃まで)、優秀なSEとは、ユーザー部門からの依頼事項を、誰よりも早く誰よりも精確にプログラムを組んで、目的のアウトプットを届けることとされていた。

  そのスピードを争っていた時期に、Fさんは課長として現れ、当初は何も言わず僕等の仕事振りを見ていただけだったが、ある時、僕はFさんに呼ばれ、「君の仕事は御用聞きなのか?」と聞かれた。当時、僕は正確で早く仕上げることに最大の価値観を置いていたので、「このオヤジ、何を言うか」と、かなりムッとしたのを覚えている。

  しかし、彼が説くのは、「優秀なSEが何人いたって、今の仕事の仕方をしていたのでは、絶対に間に合わなくなる。何故なら、今後SEのこなせる量の何倍ものシステム・ニーズが出て来るからだ」。更に言う。「SEが御用聞きをやるのではなく、コンピューターにやらせることを考えたことはあるか?」と。

  当時SEであることにプライドを持っていた僕としては、SEの存在を否定するような投げ掛けに、コンピューターが自分達の代わりを務められる筈はないと思いながらも、一方で、確かにそんなとんでもない発想はしたことがなかったとも認めざるを得なかった。

  以来、Fさんが提起する幾つもの実験システムの開発に参加させて貰い、少しずつシステムの可能性の広がりを実感し、会社の単なる効率化や生産性向上を越え、最後は、システムでどう会社業務を改革するか、会社の機能をどう高め広げられるかということを、いつもいつも考えるようになって行った。

  仕事以外でも、Fさんの熱く語る哲学論・政治論・経済論・芸術論・スポーツ論などは、弟子達にとってとても楽しみであり知的刺激剤となっていた。Fさんと話をしていると、仕事もそのホンの一部と思われるほど広いF氏ワールドは、兎に角僕ら若者には魅力一杯の世界だった。

  5月1日がFさんの誕生日だから、毎年5月に開催しているのだが、御年81歳のFさん、容貌も話す内容も声のハリも、また、力一杯スイングするFさんのゴルフも20年前のままだった。

   手前Fさん  右はH君    Photo  by   Morikawa

   手前Fさん  右はH君    Photo by Morikawa

  くじ引きのようなルール(新ペリア)で図らずも僕が優勝したが、それよりも嬉しかったのは、とても元気なFさんに、今年もまたお会い出来たことだった。この会が始まった20年ほど前は、お世話になったFさんにはずっと元気でいて下さい、との趣旨で開催した「Fさんを囲む会」だったが、今や、Fさんから僕らが元気を貰う会になった。

  今回の弟子達の合言葉。「これで、全員81歳までは元気にゴルフをやらないといけなくなったな」。

      翌朝 ホテル前    Photo  by  Morikawa   

      翌朝 ホテル前    Photo by Morikawa   

5月 21, 2013   No Comments