プレミアムエイジ ジョインブログ
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Posts from — 8月 2013

祝 イチロー4000本

      その瞬間      (写真はネットより拝借)

      その瞬間      (写真はネットより拝借)

  凄いことだ。日本のプロ野球史上では張本の3,085本が最高だから、どれだけ凄いことか分かる。実働期間21年で4,000本は、毎年200本近く打たないと達成出来ない数字だからその偉大さが分かる。

  けれども彼の凄いところは、「年齢への偏見がなければ、5,000本も全く可能性がゼロではない」と言ったこと。普通に試合に出られれば5年では難しいかも知れないが、6~7年で達成してみせると言っているのだ。

  今年10月で40歳を迎えるイチローが46歳か47歳で5,000本安打を記録するところを是非見てみたい。まっ、その前にピートローズの4,256本、大リーグ通算3,000本(あと278本)という目標がある。

  その時のイチロー・フィーバーが今から楽しみである。40歳を目前にして相変わらず内野安打が多く盗塁の成功率も高い。打席から一塁まで4秒という俊足は未だに健在だ。特別に厳格な自己管理なくしてはその維持は大変難しいことだ。

  ところで、アメリカという国は、素晴らしいことは素晴らしいと、本当に素直に認める国なんだなぁと改めて感心した。というのも、2ヶ月前ほど迄はイチローの4,000本安打達成になど全く無関心だったと思う。

  それが、あと数本のヒット数となったら、途端にマスコミも注目し始め、3,999本打った次の打席ではヤンキー・スタジアムの観客も、イチローに敬意を表するため立ち上がり、記録達成を応援したのだから。

  プライドの高いアメリカ人は、メジャーリーグ以外の価値を認めず、日本での記録との通算など意味がないという扱いかと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。4,000本安打達成の偉業をテレビ各局が伝えているのだから驚きである。

  これが、日本のプロ野球だったらどうかと思ってしまった。韓国や台湾での安打数を加えて称えるだろうかと。但し、アメリカのテレビ局も、イチローが殿堂入りするには3,000本安打達成(超一流の証明)が条件という見解を表明してはいたが。

8月 22, 2013   3 Comments

第8回 ライブ イン グレコ

  「のどごし生バンド」の8回目の定例ライブを、来る9月7日(土)に開催致します。

  今回は、7月8月のお休み期間を沢山の新曲練習に当てています。特にジャズの名曲「テイク・ファイブ」を、浜ちゃんのサックスに加えマエマエのボーカルで 勝負致します。

  この曲はドラムにとって、とても厄介な変則5拍子なので、なかなか難しい曲ですが、あと数週間ドラム練習を重ねて、是非皆様にご披露したいと意気込んでおります。

  そのほかの新曲は、皆さん良くご存知の「ラバーズ・コンチェルト」「雨に濡れても」「クロス・トゥ・ユー」「カラーに口紅」「朝日のようにさわやかに」などなど、盛り沢山です。

  また、ステージの合間には、オールディーズ専門バンド「Juke Box」のメンバーが何人か八王子から駆け付けてくれます。そう、ニールセダカ、ポールアンカ、プレスリー、デルシャノン、ジーンピットニー、あの時代の懐かしい曲を何曲か演奏してくれます。僕(ドラム)と大木先生(ピアノ)がサポートで入る予定です。どうぞお楽しみに。

  まだまだ暑い日が続くようです。皆様、是非、暑気払いを兼ねてお越しください。 

2013.9.7ライブチラシ

8月 15, 2013   No Comments

友人からのメール

東電

  友人が、福島第一原発の爆発当時東電の役員だった人達が、今どうしているか調べて、それを一覧表にした上で、僕に「どう思うか?」と聞いて来た。メールには他の言葉が書かれていないだけに逆に彼の怒りの強さをヒシヒシと感じた。

  彼のメールを引用すれば当時の東電の重役達の今は下記の如しとなる。(友人からのメールは実名であるが、私自身これを事実と証明出来ないのでイニシャルで表記する)

★K会長
 →日本原子力発電の社外取締役に再任(現在家族と共に海外在住)
 
★S社長
 →関連会社・富士石油の社外取締役に天下り (現在家族と共に海外在住 ※退職金5億円、ドバイの億ションで貴族生活)
 
★T副社長
 →関連会社・アラビア石油の社外監査役に天下り(現在家族と共に海外在住)
 
★M常務
 →関連会社・日本フィールドエンジニアリングの社長に天下り(現在家族と共に海外在住)
 
★K取締役
 →関連会社・電気事業連合会の副会長に再任(現在家族と共に海外在住)
 
★F監査役
 →関連会社・関電工の社外監査役に再任(現在家族と共に海外在住)

  これが事実かどうかの裏を取る時間も費用も僕にはないので、もしこれが事実だと仮定した場合であるが、彼等は正常な感覚を持った人間ではないとなる。「ひとでなし」とは正にこのこと。

  あれだけ沢山の福島の人々の土地や財産、仕事、そして生命を奪った張本人たちが、退任後、べらぼうな退職金を手にして、誰にも益して贅沢な生活を送っている図はどう考えても有り得ない。

  原発の直接の被害者でない僕が、これほど腹が立つのだから、原発周辺の故郷を追われた人々の怒りはどれ程のものになるのか想像も付かない。

  ただ彼等に共通しているのは、財産をしこたま持って海外に移住していることだ。これは、多分、流石に厚顔無恥の彼等も、日本では人々の非難の目が気になるので、海外に逃げたとも思える。

  だが本当にそうか? 彼等自身が撒き散らした放射能の中で子供や孫達を生活させたくない、という理由で海外移住したのではないのか? 

  ところで、今回の未曾有の事件で東電に逮捕者が出ていないのは何故? 東電は誰か責任(個人資産の全てを賠償に差し出す等)取ったか? 長いこと原発推進の旗を振って来た政治家や官僚は、誰か責任取ったか? 失脚したか?

  原発加害者達の贅沢な生活と、例えばもっと小さいこと(虚偽の決算及びそのことで株購入者に損失を与えたこと)で9ヶ月間収監されたホリエモンとを対比すれば、その異常さは明らかだ。

  必ず誰かを血祭りに上げるマスコミも、原発事故に関しては、責任追及しない。何故か? マスコミ自信も原発推進に加担して来たからだ。

  この国は本当におかしい。

8月 14, 2013   3 Comments

健康には気をつけましょう (完)

  今回は入院の必要はないが、代わりに厳しいことを伝えられた。「傷跡が治るのに1週間掛かるので、その間はアルコール厳禁です。食事もお粥とかうどんのような柔らかいものだけにして下さい」って。

  確か前回の1cmの時は、3泊4日の入院の後は何食べても良いと言われた筈だけど、今回は4mmなのに食事制限が1週間っておかしいよ。と思ったけど、先生が違うから仕方ない、寧ろ、ダイエットに良いチャンスと思うことにした。

  渡された紙に書いてある食事の注意書きを読むと、食べられるものは、お粥・うどん・食パン(耳は除く)・豆腐・厚焼き玉子・味噌汁の汁のみ・温めた牛乳くらいしかない。お粥は家では食べられるが、勤務先では無理。

  会社の昼食はうどんか食パンになるが、うどん屋が会社の近くにあまりない。どうしてもコンビニで玉子サンドを買って食べるしかなくなる。ハムや野菜の入ったサンドイッチは禁止なのだ。

  いつも昼は会社の同僚達と一緒に外に食べに行くのだが、この一週間は一人淋しく会社の机で玉子サンドとコールド・コーン・ポタージュ(これもコンビニ)を食べていた。因みに、朝はバナナに暖めた牛乳、夜はうどんかお粥だから、ダイエット効果は抜群だ。まっ、それでも4kgしか瘠せないのは前回と同じだったけどね。

  それにしても、素晴らしきかな我がスケジュール。神の差配を感じる。ポリープを摘出した日から数えて丁度8日目から、予め決まっていた飲み会3連チャンが待っていた。なのにその前の1週間は、偶然にも、何の予定も入っていなかった。1週間の食事制限・アルコール禁止を織り込んでいた訳では決してないのに。

  そんな訳で、飲み会3連チャンは、折角の4kgのダイエット効果を完全に元に戻してしまった。

  美味しいお酒の後で思い出した。僕は先生に質問したのだった。「ポリープって、一体何が原因で出来るんですか?」「人によっても違うし、ストレス初めいろんな要因があって一概には言えませんが、腸の虐め方次第というところはあると思いますねぇ」。

  「虐め方?」「腸が炎症を起こすようなことですねぇ。例えば、お酒を沢山飲まれる方とか、辛いものが大好きだという方や、コーヒーなどのカフェインとかも影響あるかも知れませんね」

  僕の場合、辛いものは嫌いではないが大好きと言うほどでもないし、コーヒーも飲むが1週間で4~5杯だ。従って、医者の言うことが正しければ、僕の場合はお酒が原因ということになる。

  しかしである。この2年間にポリープが出来、その前の4年間は毎年検査で見つからなかった。お酒はこの2年間急に飲み始めた訳ではない。その前の4年間も変わらず飲んでいたのだから、アルコールが理由のようで理由でない。

  とは言え、年々無理が利かなくなるのは胃腸も同じ。お酒は程々がよろしいようで。

  そして、今日、摘出したポリープの細胞検査の結果が出た。冷や汗ものの前の1cmに比べれば今回のは4mmだから、勿論良性だったが、先生からは、また毎年検査に戻すことを宣言されてしまった。素直に従おう。僕のポリープは、毎年検査していれば現れない「だるまさんが転んだ」だから。

                   健康には気をつけましょう  ― 完 ―

8月 5, 2013   No Comments

健康には気をつけましょう(2)

  「ポリープですね」「先生、これヤバくないですか?」「1cm程ですから小さくはないですが、この形や色からするとよくあるポリープですね。全く問題ないですよ。」

  そして先生は僕に訊く。「1cm以上のポリープの場合、切除すると術後ケアのために3~4日入院して貰うことになりますが、どうします今日切りますか?」「見付かったからには切っちゃって下さい」。

  医者は内視鏡と同じ管を通して2つの針金状の物で該当箇所を挟んで摘み取るような按配で焼き切りポリープを摘出した。それをかざして僕に言った。「これを調査機関に出しますから1週間後に結果が分かります」。

  それから、3泊4日の入院生活を送った。大した傷跡とも思わないのに、病院食は最初の3回は重湯、次の3回は米粒が少しだけ入った一部粥、その後は米粒が少しずつ増えたが、それでも退院当日の朝食も五部粥だった。

  当然ながら、空腹状態・飢餓状態で退院した。4日間の入院で4kgも瘠せたのだから辛いものがある。帰宅した日の昼食は、カミサンに通常の和定食の如き食事にして貰った。これが涙が出るほど美味しかった。でも後で思った。折角瘠せたんだから、空腹を我慢してその体重を維持すれば良かったと。

  1週間後、病院に行って検査結果を聞いた。「神童さん・・・、セーフでした。運が良い人ですねぇ。良性です」。そんなぁ、「先生も全く問題ないって言ってたじゃないですか?」。

  「そうは言いながらも、直径が1cmにもなると、5分5分以上の確率で癌の場合が多いですからね、内心はチョッと拙いケースかなとも思ってたんですけど。良かった、良かった」と仰る。僕はポリープ摘出当日の先生の言葉を信じてたから、全く心配していなかったのに、妙に冷や汗が出た。

  それから年1回の大腸検査を受けるようになったのだが、毎年、異常無しだったので医者も次回は2年後で良いでしょうと言うので、先日2年振りの検査に行った。そしたら、4mmのポリープが見付かり、即、切除して貰った。

  毎年検査してるとポリープは出て来ないで、1回とばすと現れるって、何だか「だるまさんが転んだ」みたいだな。

8月 2, 2013   No Comments

健康には気をつけましょう(1)

  60歳になるまでの20年間で、僕が人間ドック受診したのは3回しかない。特に最後の10年間は一度も受けていない。皆受診を目指す会社の人事部などから度々督促されたが、子供じゃないんだ、自分のことは自分で判断出来るよ、余計なお世話と思ってしまう。が、そうとは言わず無視し続けたのだった。

  まぁそれでも還暦を迎えた時(今から6年前)、これからの人生を考えて流石に点検が必要かなと思い、10年振りにドック検査を受けた。

  本人は何も問題ないと思っていたが、その人間ドックでオプションとして申し込んでおいた大腸内視鏡検査でポリープが見付かったのだった。お尻から内視鏡をいれる検査なんて初めてだったから、それはそれは大変だった。

  前日20時以降、当日の朝も食べ物禁止は通常の検査と同じだが、朝から2リットルの水に下剤を溶かしたものを何回も分けて飲み干さなくてはならない。誕生日月にドック検査を受けるように仕向けられたから、僕の場合は3月だった。

  まだ、朝の寒さが残る時に、2リットルの水を飲むのってかなり辛いものがある。何度も何度もトイレに駆け込んで腸を綺麗にしてから、病院に行って腸内を診て貰うのだが、家から車で病院に行く途中が不安だ。トイレに行きたくなったらどうしようと思ってしまう。

  結果は大丈夫だったが、かなりスリリングな朝のドライブだった。しかし、受付してから、呼ばれるまでやはり2回トイレに行かざるを得なかったけれど。

  余談だが、内視鏡検査のために最初に看護婦から渡された紙製の特殊デカパンツに佩き換えさせられたのだが、普通に佩いて診察台に。看護婦が横を向いて「くの字」になれというのでそれに従った。彼女はお尻の辺りをまさぐって「あら!」と声を上げた。

  パンツの佩き方が前後ろ反対なのだそうだ。前開きの紙製デカパンツを普通に佩いたつもりが、この場合は後ろ開きパンツが正解なのだ。お尻から内視鏡を入れるために。確かに理屈はそうだけど、何せ初めてだから・・・

  僕も先生と同じテレビ画面で内視鏡がドンドン中に入っていく様を見ていた。

  先生は「ここまでは綺麗なもんです」と言っていたが、「さぁ、もう一寸で小腸との境目になりますよ」と言った途端に、何か白い塊(富士山のような形)が見えた、と同時に先生も「オッ!」と声を上げたのだった。正に小腸と大腸の境目にそれはあった。

8月 1, 2013   No Comments