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10周年記念ライブ 第一弾

             Photo  by  Hara

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  僕等「のどごし生バンド」の始まりは10年前の12月か1月だったとは思うが、定かでないため、天城高原のリゾート・ホテルで行なった初めてのライブの日を記念日としている。それは2月だったので、当初「のどごし生バンド 10周年記念ライブ」は2月15日に構えた。

  ところが、普段は僕等の本拠地である新子安の「グレコ」までは遠くて行けないという人達も、10年に一度のことなので今回は行くよ、と大勢の人から連絡を頂戴し、直ぐに定員一杯になってしまったので、1月25日にも記念ライブを行うことにしたのだ。

  普通追加公演というのは、当初予定の公演が大変評判が良く、ファンの要望に応えて行うものだが、2月の本番よりも随分前に決める、前倒しの追加公演なんて聞いたことない。正月前に記念ライブを2回に分けて行うことを決めたは良いが、果たして、1月の方は何人来てくれるか大きな不安を抱えた。

  それでも店のオーナーの大木さんは「喩え10人でも集まってくれたら、それはそれでいいじゃないですか」と言ってくれたので、ライブ開催を決めたのだった。ところが、蓋を開けてみれば、座席は1つ余っただけで後は全部埋まったのだから分からないものだ。

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  遠いところを、また、お忙しい中を大勢の皆様にお越し頂きまして誠にありがとうございました。この場を借りて御礼申上げます。お蔭様で、演奏する側も満員の会場でテンションも高まり、気持ち良く演奏することが出来ました。「10周年記念ライブ」の第一弾は大成功だったと言いたいと思います。重ねて厚く厚く御礼申上げます。

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   演奏した曲目は凡そ下記の通り。

【第1部】 ヤーヤーヤー、おじさんバンドに女子がやって来た

    1.恋のバンカンス
    2.恋の季節
    3.セイビング・オールマイラブ・フォー・ユー
    4.真夜中のボサノバ
    5.月影のTOKYO
    6.アンチェイン・マイ・ハート
    7.江戸ポルカ

【第2部】 あの頃はおじさん達にも髪あった

    1.オール・オブ・ミー
    2.ルート66
    3.マイアミ・ビーチ・ルンバ
    4.キリング・ミー・ソフトリー
    5.街の灯り(38階の歌)
    6.鈴懸の径

【第3部】 おじさん達の新たな挑戦

    1.ファイブ・スポット・アフター・ダーク
    2.ララバイ・オブ・バードランド
    3.カラーに口紅
    4.Love
    5.悲しき片想い
    6.テイク・ファイブ

【アンコール】

    1.恋のフーガ
    2.若いって素晴らしい
    3.ジョニー・B・グッド

                  Photo  by  Hara

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     グレコ        Photo  by  Hara 

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1月 30, 2014   No Comments

つまされる話

      ネットから拝借

            ネットから拝借

  昨夜、ある新年会に出席した。そこにA君が出席していた。彼とはもう何年も会っていなかった。それまでは、結構この会の忘年会とか新年会などの飲み会にはちょくちょく顔を見せていたのだが。

  事情は分かっていた。奥様が長い間体調を崩されていて、彼は55歳で会社を退職すると同時に、奥様のためにオーストラリアに移住したのだった。但し、奥様の体調を考え、夏を避けるため、南半球の夏の間は日本に帰って住むという、2箇所生活を何年も続けていた。

  しかし昨年、その奥様が遂に黄泉の国に旅立たれてしまった。彼より6歳年下の奥様で丁度60歳になった直後だったと言う。

  新年会は夫々が昔話に花が咲く大宴会の様相を呈して来た時、幹事が「1人当り2分あげるので、順番に近況報告をお願い致します」と告げ、順番に今年の抱負を含め近況を語り始めた。

  孫の話をする者もいれば、病気克服談や仕事の内容、趣味の話など、夫々に興味深い話が続き、最後にA君の番が来た。新年会出席者は全員、彼が昨年奥様を亡くしたことを知っている。誰も言わないが、不謹慎ながら全員が、A君は何を語るのかを最大の関心事として待ち構えていた。

  「昨年3月に女房を亡くして、10ヶ月が経ちました。実は今でも彼女が死んでしまったということが信じられないのです。正直、何もする気力もなく、外の世界が空々しく感じるようになって、引き篭もるような毎日を送っていました。

  「やはり何年か前にご主人を亡くされた、近所の奥様がおります。生前女房と付き合いのあった方ですけど。その奥様が心配して、『私の場合も2年くらい普通の精神状態ではなかったけど、次第に友達と食事したりしながら抜け出すことが出来た』と、もっと外の人達と会った方がいいと勧めてくれるのです。今日は気の置けない人達の集まりなので、勇気を振り絞ってやって来ました。

  「以前、女房はテレビの旅番組を見るのが好きでね、良く2人で一緒に見たもんです。今もBS放送で頻繁にやっていますよね。思い出すんですよ。彼女が『いつか、あそこに行ってみたいね』とか、『こんど行くなら、絶対ここ』とか言っていたのを。

  「今は、旅番組を見ないようにしているんです。彼女が行きたかった所にどうして、連れて行ってやらなかったのか、もっと女房の希望を叶えてやるんだったと、悔やまれてならないから。

  「長い間体調が良くなかったので、とっくに覚悟は出来ていた筈ですがダメでした。皆さんもいずれは同じようなことを経験するか、皆さんが先に逝くかどちらかでしょうけど、その時の覚悟は今から決めておいた方が良いと思います」

  A君の話は凡そこのような内容だったと思う。語りながらA君の目が幾分潤んでいたのを僕は見逃さなかった。彼が奥様をこれほど迄に深く愛していたということが、ダイレクトに聞く者の心に響く感動のスピーチだった。

  しかし同時に、彼には申し訳ないが、正直言うと映画や小説だけでなく、現実世界に結婚から約40年経っても、これほどまで深い夫婦愛が存在するって有り得るのか、と思ってしまったことも偽らざる事実だ。勿論自分との対比に於いてなのだが。残念ながら僕には、綾小路きみまろの「あれから40年・・・」の方が何かシックリ来てしまう。

1月 22, 2014   No Comments

ドリームガールズ

     ドリームガールズ  ネットより借用         

    ドリームガールズ  ネットより借用         

  日本で映画「スイング・ガールズ」(2004年公開)が話題を呼んだ直ぐ後くらいに、アメリカでは「ドリームガールズ」という映画が公開され(2006年公開)世界的な大ヒットとなっていた。このビデオを最近友人が貸してくれたので、僕はやっと見ることが出来た。

  「ドリームガールズ」は、日本のヒット作品にヒントを得て、アメリカでも似たような名前で音楽映画を作ったのかと言うとそれは全く違う。

  元々は、代表曲「Stop! In the Name of Love」で知られる「ザ・シュープリームス/The Supremes」(黒人女性シンガーの3人組。最近は米発音に順じてスプリームスと表記されるようだが)のメンバーの一人、メアリー・ウィルソンが書いた自伝「Dreamgirl -My Life As a Supreme-」が大ヒットし、それを1981年にブロードウェイ・ミュージカルとして上演して大成功を収めた物語だった。

  前身のグループは4人だったが、「ザ・シュープリームス」として世に出た時は、ダイアナ・ロス、フローレンス・バラード、メアリー・ウィルソンの3人になっていた。映画では夫々別名となっているが、ここでは混乱を避けるため、「シュープリームス」の時の実名を使わせて頂く。

  物語は、3人の女性ボーカル・グループが夢に向かって、あるオーデションを受けたが落選する。だが、そこに中古車販売を本職としながら音楽プロデュースも手掛けるベリー・ゴーディ・ジュニア(実名)に拾われ、男性シンガーのバック・コーラスを務める。

  これをキッカケにショー・ビジネス界で次第に注目されるようになって行く。しかし、3人の中でセンターを務め、自分勝手で自己主張の激しいフローレンス・バラードは、プロデューサーのベリーによって、センターをダイアナ・ロスに変えられてしまう。不本意なフローレンスは荒れに荒れる。「シュープリームス」の他の2人のシンガーもベリーも作曲家も全員がフローレンスに嫌気が指し、遂に彼女は居場所を失う。

                 ネットより拝借  

                 ネットより拝借  

  フローレンス・バラード脱退後は、センターのダイアナ・ロスの左右にはメアリーと新たに入ったシンディー・バードソングを配する形が出来る。一方のフローレンスは失意の中、酒に溺れその日の生活にも窮するようになるが、決意して再び歌を取り戻す。

  華やかな表の世界の裏では、嫉妬・酒・麻薬・男女など、どろどろした世界が同時進行で描かれている映画だが、配役の実際の3人のシンガーが素晴らしく、ストーリーよりも彼女達のステージを観ているだけでメッケモンの映画だと思った。

  フローレンス・バラード役を演じたジェニファー・ハドソン。彼女の声量と歌唱力は抜群だ。YOUTUBE で彼女の曲を幾つか聞いてみたがどれも素晴らしい。僕が知らないだけかも知らないが、アメリカには、世界に知られていない彼女のような超弩級のシンガーがまだまだ大勢いるのだろうなと思わせるに充分な存在感だった。

  そして何と言っても、ダイアナ・ロス役のビヨンセが僕の注目の的だった。とても綺麗だった。主演の一人には違いないが、どちらかと言えばフローレンス・バーバラ役のジェニファー・ハドソンの方が主人公扱いに見える映画に、良くぞビヨンセが出演したものだと思った。そのくらい贅沢な映画なのだ。それにしてもビヨンセは美しい。DVDを貸してくれた友人に感謝せねばなるまい。

         ビヨンセ        ネットより拝借

         ビヨンセ        ネットより拝借

1月 16, 2014   No Comments

打合せという名の新年会

  生保会社の音楽祭と終了後の打上げ会に出て、開放されたのが午後7時半頃だった。いつもライブの後は、何となく達成感があり気分はとても良いものなのだが、この日のライブは、目立つ程のミスもやらかしたし、ぶっつけ本番でとても上手く行くとは思えなかった曲が、思いの外気持ち良く出来て、何とも複雑な気分で帰路に着いた。

  ミスった曲は、リハでは完璧だったのに、本番で間違えたのだった。その間に何があったか。出番まで1時間近く間が開いていた。飲み放題のパーティーだったことを良いことに、ジョッキの生ビールを3杯程飲んでいた。

  「のどごし生バンド」のライブでは、その名の通り普通のことなのだが、アリスの曲は不慣れなジャンル。そういう時は慎重を期さなければいけなかった。反省。

  今月と来月は僕等「のどごし生バンド」の10周年記念ライブが控えている。今回の失敗を教訓に、心して掛からねばいけない。と考えながら帰り道を急いでいたら、あることを思い出した。

  丁度今頃、その10周年記念ライブに向けて、「のどごし生バンド」のボーカル・グループ(亜希さん、マエマエ、アンディー、38F佐藤)が、カラオケ店で新曲の練習を行なっており、練習後は記念ライブの持ち方について打合せをすることになっていた。僕自身はライブの後の打上げ含めてどうなるか分からないので欠席としていたのだが。

  電話をしたら、もう直ぐカラオケ店を出て居酒屋に移って打合せに入ると言う。急遽僕もその打合せに参加することにした。お酒が効いたのか、僕は彼等のいる最寄り駅を一駅乗り過ごしてしまい、やっとの思いで戻って合流した。直ぐ後にフッ君も駆け付け、店の営業がある大木先生と都合が悪い浜ちゃんを除いて6人が集結。

  ライブの全体構成は、第1部「ヤーヤーヤー、おじさんバンドに女子がやって来た」とのタイトルで、亜希さんとマエマエが加わってくれてからの比較的新しいレパートリーから7曲。第2部「あの頃のおじさんバンド」として、初期の頃良く演奏していた6曲。そして第3部「おじさん達の新たな挑戦」と題して、新曲やチャレンジ曲の6曲と決まった。

  当日のドレス・コードはセミ・フォーマルという声も出たが、あまり固苦しいしのは如何か? という意見もあり、前日までに決めることになった。最大の問題は、10周年記念ライブ用に考えた新曲が間に合うかだ。そのためにボーカル・グループは本日カラオケで猛特訓を行なったのだった。

  新曲の候補曲のうち何曲かはOKとのことなので、寧ろ問題はバンド側、特にピアノ・ベース・ドラムのトリオの出来如何に掛かる。みんなが揃って楽器練習出来るのは、ライブ当日(1月25日)のリハの時しかない。個人練習で備えることにしよう。

  その後は恒例の新年会と相成り、深夜まで宴は続いたのであった。僕には生保会社のパーティーから続く長い長い飲み会の一日だ。だが、最後は、ミスのことも忘れて、とても楽しい日となったので良しとしよう。

 

1月 15, 2014   No Comments

ある音楽祭

        SUBWAY

                     SUBWAY

   毎年、目黒のブルースアレイで開催して来たAD音楽祭は、今年、バンドの現役組が忙しくて練習もままならず、来年に延期となってしまった。その代わりと言う訳ではないが、同じ企業グループの生保会社の軽音部主催の音楽祭が催され、僕はSUBWAYとしてゲスト出演した。

  SUBWAYとは、大学時代、京都では少々知られていた4人組のフォークソングのバンド「みずすまし」から、メイン・ボーカルのK君とMさんを抽出し、僕がドラム、生保会社社員でベース・ピアノ・ギター何でもこなすMi君がベースを担当する4人で昨年9月に始めてライブ・デビューしたバンドのことだ。

  SUBWAYのライブの時は、いつもMさんは京都から朝一番の新幹線で上京する。1番から3番まで全部の歌詞を覚えている曲は200~300曲、1番だけなら1000曲は下らないと言う彼のギター弾き語りは殆んどプロの領域だ。だから、彼が来てくれないとSUBWAYが構成出来ない。

  私の友人にKu君という男がいる。2年前のブルースアレイで「みずすまし」が村下孝蔵の「初恋」を歌ってくれた。その時Kuが「村下孝蔵の『初恋』も悪くはないけど、Mさんの方が断然いいです」と言ったくらいMさんの歌には魅力があるのだ。

  さて、生保社の音楽祭。土曜日の2時から6時まで4時間の長丁場だった。まぁ、それだけセミプロ級の社員ミュージシャンが多いということなのだ。定期的に新宿のブルース・バーに弾き語りで出演している人や、ライブハウスでのセッションの常連の者が何人もいて、兎に角出演者が多いのだ。

  そこに、損保側から3組のゲスト(セブンス・ウェスト、ブルーグラス奏者、SUBWAY)まで出演し、更にプロ歌手の特別出演などもあり、あっという間に4時間が経過した。

  そのプロ歌手について。リハの時、男性ギタリストだけのバックで、女性シンガーが歌ったのがとても素晴らしく、且つ、物凄い美人だったから、プロのシンガーだとはつゆ知らず、ついつい声を掛けてしまった。「素晴らしい歌声ですね。本当に生保社の社員なんですか?」と。そしたら彼女少し困ったような顔をして、「社員だったら良いんですけど、違うんです」との答え。

  本番の時、司会からの説明で分かった。名前は「ふくい舞」という。2011年の有線大賞を受賞した本格派の歌手だった。そういう人に僕は随分失礼なことを言ってしまったのだ。

  大賞受賞曲は「いくたびの櫻」。3曲目の最後にその曲を歌ってくれた。セミプロ級の多いステージだったが、やはり音楽賞を受賞するようなシンガーは、歌い始めの何小節かで一気に会場全員を引き付ける力を持っている。

  さて、その次が僕等SUBWAYの出番だ。少々やりにくい。最初の曲は、対抗上Mさんの歌をぶつけることにした。歌うはピアノ(Mi君)だけのバックで「さくら」(森山直太朗)。大したものだよ。桜繋がりの歌をわざわざ選曲した上に、Mさんの歌唱力も「ふくい舞」に全く引けを取らないのだから。何とも贅沢な気分を味合わせてくれた舞さんとMさんだった。

  2曲目はK君と僕が加わって「冬の稲妻」。僕は、かなり凝っているこの曲のエンディングが苦手だったが、この日はバッチリ合った。が、逆に、いつもピッタリ合っていた、ブレーク箇所のリズムが狂ってしまった。過去何度か演奏しているのに、何故かこの「冬の稲妻」なかなか完璧に行かない。皆さんどうもスイマセン。

  2曲目以降はほぼノーミスだったと思うが少し残念。SUBUWAYの演奏が終了した後も、次々にステージは続き、最後は「みんなで歌おう」という趣旨のステージで、そこで僕は始めての曲「落陽」(吉田卓郎)のドラムを演奏した。

  原曲はかなり激しいロックのドラムである。更に、ロックなのに、ドラムは「おかず」を3連符で強烈に叩くなど少し慣れが必要でもある。3日前から予習はしたものの、ぶっつけ本番に不安はあったが、思いの外楽しく、激しく叩くことが出来て、自分自身、やっと満足感を得て音楽祭を終えることが出来たのだった。

 

1月 14, 2014   No Comments