プレミアムエイジ ジョインブログ
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Posts from — 2月 2014

川柳入門

僕の出身会社のOB・OG会のホームページに、会員の自由投稿欄がある。そこに、ある女性が、川柳について書いていた。彼女は今朝の通勤電車の中で見た「車内川柳」は車内マナーがテーマだったとかで、その入選作品をメモしてホームページで紹介してくれたのだ。

最優秀作品賞   『 ぱっと立ち  さっと譲って  凛と立つ 』

優秀作品賞 ①  『 乗車マナー 大人が見せて 子に教え 』

優秀作品賞 ②  『 さりげなく  座席を譲る  おもてなし 』

優秀作品賞 ③  『 優先席    車列の中の  おもてなし 』

優秀作品賞 ④  『 席譲る   あなたもいつか ゆずられる 』

なるほど、である。しかしながら、何か今一つ面白さとインパクトイに欠けるなぁ、というのが僕の感想だ。

毎年、第一生命が主催している「サラリーマン川柳」は、思わず笑ったり、頷いたりする面白い作品が沢山発表されるのに比べれば、この「車内川柳」は標語みたいで面白くない。

第1回「サラリーマン川柳」の中で、今でも覚えている傑作がある。

『 無理させて  無理をするなと  無理を言い 』

昨年が27回目だったというから、それは僕が丁度部長になった頃だったろうか。良くこれと同じように部下に「あんまり無理するなよ」と言いながら、「その資料明日の午前中までに作ってくれ」とか言ってたから、これには苦笑させられた覚えがある。

その後もサラリーマンの悲哀や家庭を面白可笑しく描いた傑作が続々登場するから人気イベントなのだろう。

『 父帰る    一番喜ぶ   犬のポチ 』

『 いい夫婦  今じゃどうでも いい夫婦 』

『 久々の  化粧に子ども  あとずさり 』

さて「車内川柳」、もっとインパクトのある川柳にならないかと頭を捻ってみた。

『 嘘だろう?  席を譲られ  歳を知る 』

『 お年寄り   羽生結弦が  席ゆずる 』

『 猛ダッシュ  おばちゃん達が 席奪取 』

どうだろう?

2月 27, 2014   No Comments

最後のマイウェイ

      フランク・シナトラ  マイウェイ

      フランク・シナトラ  マイウェイ

  僕がフランク・シナトラの「マイウェイ」を初めて聴いたのは、ゴルフ帰りの先輩の車の中だった。カー・ラジオから、この曲が流れて来た瞬間に聞き惚れてしまった。既に布施明が日本語で歌っているのは知っていたが、僕はあまり好きではなかった。

  多分、シナトラの声と曲が凄くマッチしていたのと、歌詞がシナトラ自身の人生を歌ったものに聞こえたからからだろう。何とも言えぬ深い味わいを感じたのだった。

  シナトラの曲は、学生時代に「夜のストレンジャー」が大ヒットしたが、僕等はローリング・ストーンズやアニマルズなど、当時はロックが大好きで、学生バンドで演奏してた時期だから、知ってはいても関心はなかった。だから、カー・ラジオから流れたシナトラを、一発で好きになる自分に驚いた。

  それは多分、僕が社会人になって4~5年目の頃だったような気がする。学生時代とは気持ちが随分変わった証拠なのだろうかと自問した。

  ウィキペディアで調べるとこの曲の原作は、クロード・フランソワ他の作詞・作曲で、フランソワ自身が歌っているシャンソンだ。1967年の曲。「ダイアナ」でお馴染みのポール・アンカが、英語の詩を書いてシナトラに頼み込んで歌って貰ったのが1969年だった。僕が大学を卒業した年だ。

  この「マイウェイ」という曲をメイン・テーマにした「最後のマイウェイ」という映画がDVDになったと、当プレミアムエイジの大屋地爵士氏がブログに書かれていたので、僕も早速蔦屋に借りに行った。

無題2

  詳しい内容は大屋地爵士氏のブログに譲るが、主人公のクロード・フランソワは、僕もそうだが日本で殆んど知られていないのではないかと思う。当時僕にとって男性シャンソン歌手と言えば、「ブルージーンに革ジャンパー」「雪が降る」のサルバトーレ・アダモだけだった。

  クロード・フランソワは、フランス国内では超売れっ子のアイドル歌手だったが、アメリカ公演を控えいよいよ世界デビューを果たそうとする直前、点滅する電灯を直そうとして風呂場で感電死してしまった(享年39歳)。人は一生の間で輝ける時間に限りがあるのかも知れない。

  映画の中では、フランス・ギャルと別れた後、プール・サイドでクロード・フランソワが曲に詩を即興で付け、曲の盛り上がり部分など曲を大幅に変更して歌う場面がある。それが「Comme d’habitude(いつものように)」。フランス・ギャルとの愛の終わりを歌った曲で、これが「マイウェイ」の原曲となる。

無題3

  因みに、フランス・ギャルとは、あの「夢見るシャンソン人形」で一躍世界的スターになった女性シンガーだ。彼女がこの曲でイタリアの音楽祭でグランプリを獲得するまで、クロード・フランソワとは恋人関係にあった。

  ところで、僕が大学入試のために仙台入りした時、街で盛んに流れていたフランス語の歌がある。僕はそれが「夢見るシャンソン人形」だとずっと思い込んでいた。今回、調べてみたら、この曲の発売は1965年9月、日本で人気になるのはもっと後だから、僕は既に大学1年生の終わりに近い頃である。

  じゃ、その1年前の受験の頃聞いた曲はなんだったのか。思い当った。1964年大ヒットの「アイドルを探せ」(シルビー・バルタン)だったのだ。いつの間にか僕の中ではフランス・ギャルとシルビー・バルタンがゴッチャになっていたようだ。

無題4

  まぁ、兎も角、1960年代後半の僕達の青春の日々と重なる時代が舞台だから、僕にとってはどこか懐かしさを感じる興味深い音楽映画だった。大屋地爵士さん、良い映画を紹介してくれてありがとう。

 

2月 26, 2014   2 Comments

閑話休題

   ソチ・オリンピックが終わろうとしている。出場選手の数だけ感動のドラマを残して。

① 日本人メダル第一号はスノーボードの平野歩夢15歳。

   ― 41歳の父親、息子を叱るの巻 ―

   「少しは平野歩夢を見習え。同い年だと言うのに、お前は何やってもいい
    加減で、これから一体どうするつもりなんだ。爪の垢でも煎じて飲ませて
    貰らえ」。      

    それから数日後、41歳の葛西紀明がジャンプで銀メダルに輝いた。
   以来、父親は何故か無口になった。

② スピード・スケート500m、加藤・長島メダルならず

   ― 2人は同着一位になって貰いたい(所属先の壮行会にて社長談) ―

   加藤「それはないです」
   長島「考えたこともありません」 

   結果は有言実行だった。2人は偉い。

   加藤「一位はないです」
   長島「一位は考えたこともありません」

 ③ 浅田真央、フリーで完璧のジャンプ 

   ― 中国人のアイドル浅田真央の巻 ―

   浅田真央が完璧な演技を終えて涙した場面を世界中が見ていた。
   直後からインターネットでは、感動の声の書き込みが沢山上がった。
   中でも中国の書込みサイトが凄いことになっている。

   「私も泣いちゃった。。彼女は自分に勝ったんだよ」
   「彼女がもっと安全な演技を選ぶべきだという人がいるけれど、いつでも
    彼女は最高を求めている。だから人を感動させることが出来るんだ」
   「キムヨナの生意気そうなツラ見てるとマジいらつく。やっぱり真央が最高」

   など、ホンの一例。反日など何処にも見当たらない。オリンピックは政治を
   超える例かも知れない。

   参考までに中国でのアンケート結果を掲載しておく。

   ソチオリンピック女子フィギュアシングルをどのように評価しますか?

         1位:37.5% 浅田真央の涙を見て感動した
         2位:25.0% 採点に問題があってうんざりした
         3位:15.6% ロシアの少女の演技に驚いた

2月 25, 2014   2 Comments

10周年記念ライブ 第2弾 (7) ― 完 ―

     いよいよ浜ちゃんの出番

♡          いよいよ浜ちゃんの出番

アンコール曲は3曲用意したが、この日、Aさん(ギター)やSさん(ブルースハープ)が駆け付けてくれているので彼等に参加して貰い、ベースは勿論Nさんにお願いして、急遽、最初の曲は「枯葉」を演奏することになった。

何の打合せもしないで、ぶっつけ本番だったので、曲全体の構成が分からず、お互いの顔色を伺いながらのセッションとなった。途中の4バースも徹底されず、纏まりのない「枯葉」になってしまったが、客席参加型アンコールだからお許し頂こう。

アンコール2曲目はお耳直しに、亜希さんとマエマエにザ・ピーナッツの「恋のフーガ」を歌って貰った。この曲、原曲はティンパニーが随所に入り、アクセントを付けている名曲だが、それを僕がフロアー・タムを叩いて同様の感じを出さなくてはいけない。

途中の、ティンパニーとそれに続く間奏のピアノの息が合わないとリズムが崩れて可笑しな間奏となってしまうので、要注意なのだが、このところ、僕か大木先生のどちらかがミスってしまうことが多く、鬼門の曲と言って良い。

♡        ホイットニー・ヒューストンを歌う マエマエ

♡        ホイットニー・ヒューストンを歌う マエマエ

亜希さんとマエマエの歌は、発声・音程・ハモリのどれをとっても素晴らしいのだが、間奏に近付くと2人とも不安げに僕を見る。それには気が付かない振りをするが、本人も不安な分、結構プレッシャーなのだ。浅田真央が最初のトリプル・アクセルを跳ぶ直前はこんな感じなのだろうか? 全然レベルが違い過ぎて喩えるのがそもそも間違いでしょ、という声が聞こえる(笑)。

でも、今回は無事通過した。久し振り。成功率がかなり低いこの曲(率は言わない)が成功して確率を少し上げることが出来た。ミスなく終ってみると良い曲なのが分かるし、彼女達の歌がザ・ピーナッツを彷彿とさせるから、曲が終った瞬間、何とも言えない満足感が生まれる。

   この日のサプライズ 亜希さんの復帰         Photo by Hara

♡               恋のフーガを歌う マエマエと亜希さん

最後は、「のどごし生バンド」定番のアンコール曲「ジョニー・B・グッド」だ。この時本当は、Nさんに、またベースをお願いすることになっていたが、バンド・メンバーから「Nさんのタンバリンを見たい」と声が掛かり、彼はそれに従った。

実は、「Nさんのタンバリン」とは、「のどごし生バンド」の初期の頃、ニワトリが歩く時のような、身体と頭の動かし方でタンバリンを演奏するNさんのパフォーマンスのこと。当時それが人気を博したのだ。この日参加してくれた観客の多くはそのことを良く知っているから、その再現に腹を抱えて笑ってくれた。

僕も可笑しさを堪えて、そのパフォーマンスをしっかり見ながら演奏していた。他のメンバーも、僕と同じように、可笑しくも懐かしいあの頃に、一瞬戻ったように思ったに違いない。

「のどごし生バンド」の売りは何か。おじさん達の可笑しさと楽しさだと言って来た。だが、何か足りないような気がしていたが、今、それが何か分かった。Nさんの駄洒落とニワトリ・タンバリンだ。Nさん、今後は僕等のライブにたまに来て、ベースとタンバリン・パフォーマンスをやってくれないかなぁ。

こうして、10周年記念ライブの第2弾も無事終了したのだが、大雪の翌日にも拘わらず遠方より来られて、8割方の客席を埋めて下さった皆様には心から感謝致します。10年後には20周年ライブを、やはりここ「グレコ」で行ないますので、その時はまた是非お越し下さい。只今、入場料無料にて予約受付中です!

10周年記念ライブ 第2弾  ― 完 ―

 

♡          雪道の中集まってくれた観客の皆さん

♡          雪道の中集まってくれた観客の皆さん

 

2月 23, 2014   12 Comments

10周年記念ライブ 第2弾 (6)

 

 Take Five  のどごし生バンド   Photo  by  Hara

♡           Take Five  のどごし生バンド   Photo by Hara

第3部は、「おじさん達の新たな挑戦」と題して、新分野であったり難易度の高い曲など6曲を演奏する。まだレパートリーに加えて日が浅い曲や、この日初めて披露する曲もあり、結構、緊張感の溢れるステージだ。

オープニングは「テイク・ファイブ」。まだ日の浅い曲だが、今や、マエマエ、亜希さん、アンディーのボーカル・トリオの勝負曲となっている。彼らのリズム感は一体どうなっているのか。変則5拍子にも拘わらず、違和感を全く感じていないらしく、ノリ良く歌う3人には正直驚く。

それでいて、ハモリがとても正確だから、観客も気持ち良さそうに、そして、驚きをもって聴いてくれている。リズムもそうだが、音程の取り方が大変難しい曲だから、とても僕には歌えないのだが、彼女達はいたって簡単に歌ってしまう。

2~3ヶ月前、この曲を練習し始めた時、僕はこの5拍子に結構苦労した。5拍子を分解すれば、3拍子と2拍子なので、最初「1・2・3、 1・2」と数えながらリズムを刻んでいたが、曲の最初から最後まで数え続けるだけの集中力を維持できない。

数えるのは直ぐやめて、ピアノのメロディーを口ずさみながらリズムを刻むようにしてみた。「ツチャンツチャ ツッチャー」。 これも「ツ」「チャ」の繰り返しだから途中でどこの「ツ」か「チャ」か分からなくなる。

        ジャズ・ピアニスト サンシャイン大木

♡            ジャズ・ピアニスト サンシャイン大木

辿り着いた答えは、「タンタカタン ツッチャー」だった。「タンタカタン」が3拍子、「ツッチャー」が2拍子だ。因みに「タンタカタン」は僕の好きな旭川の焼酎の名前だ。シソの香りがとても心地良いお酒。

この答えを見付けてからは、僕のドラムも安定して不安が消えた。これを一寸したコツと言うのだろうな。1週間前の練習では、エンディングの大事なところで僕のドラムが決まらなかったが、この日の本番ではピタッと決まった。途中、客の足にマエマエのマイク・シールドが引っ掛かり、マイクを取り落とすハプニングがあったが、これはご愛嬌としておこう。

第3部の1曲目「テイク・ファイブ」が大成功だったので緊張も解けて、以降は楽しく演奏出来た。2曲目のアンディーの「ララバイ・オブ・バードランド」に続き、マエマエの「カラーに口紅」、マエマエ&アンディーの「Love」、亜希さんの「悲しき片想い」、そして遂にこの日のラスト・ナンバー「キャラバン」となった。

正しく、本邦初公開、人前で初めて披露する曲だ。この曲も「テイク・ファイブ」同様、一般的にはインストゥルメンタルで演奏するのが多いのだが、僕等は敢えてボーカルをメインにした構成にした。

ボーカルの「キャラバン」は、昔、ナット・キング・コールが歌っていたが、アンディーはヘレン・シャピロ(「悲しき片想い」の歌手)のバージョンで練習したと言う。

    熱唱するアンディー  隣はNさんと亜希さん

♡             熱唱するアンディー  隣はNさんと亜希さん

この日のボーカルはアンディーのソロだったが、何とか亜希さんとマエマエにも加わって貰って変化に富んだ「キャラバン」に育てられればなと思う。この曲が「テイク・ファイブ」に次ぐ勝負曲になることを願う。

2コーラス目は、浜ちゃんのサックス。その後のコンガとドラムのフリー・ソロも、重要なポイントだが、初めての披露だったから、全体的にこなれていなかったかなと思う。

それでも、演奏終了後「アンコール!」と声が上がった。と言うより、お客様のご厚意で声を上げて頂いた。

           コンガ  フッ君の挨拶

♡           コンガ  フッ君の挨拶

 

2月 22, 2014   No Comments

10周年記念ライブ 第2弾 (5)

  ルート66 を歌う38F佐藤さん  Aさん、Nさん、Sさん特別参加

  ルート66 を歌う38F佐藤さん  Aさん、Nさん、Sさん特別参加

  こういう記念ライブはやはり特別だと思う。いつもの定例ライブに来て頂く方々とは異なり、懐かしい人達が駆け付けてくれるから、演奏する僕等もその時代に戻って演奏している気分になる。

  Kさん、Nさん、コーラス隊の他にも、大学・高校の友人が駆け付けてくれたり、会社の後輩が夫婦で来てくれたりと、グレコに初めて来てくれた人が大多数だ。10年に1度のことだからと、積雪で歩くのも大変な中を、遠くからお起し頂いた人達だ。このことに主催側として感激しない方が難しい。

            積雪の中をお越し頂いたお客様

            積雪の中をお越し頂いたお客様

  また、この日、あるご夫妻が横浜緑区から来てくださった。彼等とは、実は昨秋、スペイン旅行をした時、同じツアーでご一緒したのだが、食事の時など僕等夫婦と同席する機会が多く、自然と親しくなったご夫妻なのだ。

  ある時、趣味の話になり、僕が音楽を少しかじっている、と言ったら、実は旦那様(SKさん)もバンドをやっておられるとのことで、一気に話が盛り上がったのだった。彼は「緑ベンチャーズ」(緑は横浜市緑区の緑とのこと)というベンチャーズ・トリビュート・バンドのバンマス兼リード・ギタリストだった。

無題

  4月19日に「グレコ」で「緑ベンチャーズ」と僕等「のどごし生バンド」、並びに、「GSニャンキース」(グループ・サウンド中心のバンド)の3バンドで、ジョイント・ライブを行なうことになっている。

  この日SKさんは、僕からの誘いに応えてくれたのと、4月のジョイント・ライブに向けて、店に設置されているアンプや楽器などの確認を目的としてご夫妻で来てくれたのである。

  奥様が僕に聞く。「今日、奥様は来られないのですか?」。「はい、絶対に来ませんね。最初の頃は来たことがあったんですが、会社の部下が一杯来てたので、大勢に挨拶させられたのと、下手なドラムにハラハラしたり恥ずかしかったりで、もう2度と行かないとなっていまして・・・」。「あっ、それ同じ立場ですから良~く分かります(笑)」。

  第3部が始る前に、僕はご来場の皆様へ感謝の意を表した後、ある報告を行なった。「本日が10周年記念ライブ第2弾、これが記念ライブの最後だったのですが、実は今日、雪で来れなかった人が何人もいまして、その方々からもう一度記念ライブをやって欲しいと嬉しい要望が上がっていますので、4月12日に第3弾を行うことに致しました」。

  「それともう一つ。6月22日ですが、『銀座タクト』という老舗の有名ライブハウスへの出演のお話を頂きました。僕等アマチュア・バンドには有り得ないことが起きました」。

  当ブログをご覧頂いている皆様にも、スケジュール表に6月22日「銀座タクト」と書き込んで貰えると誠に幸甚です。

無題2

                       銀座タクト

 

2月 21, 2014   No Comments

10周年記念ライブ 第2弾 (4)

           MCは38F佐藤さん

           MCは38F佐藤さん

  第2部は、「あの頃はおじさん達も若かった」と題して、結成当時から5~6年間、よく演奏していた曲を6曲集めた。僕等にとっては、思い出深い曲たち。

  この日駆け付けてくれた観客の中に、当時バンド・メンバーだったNさん(ベース担当)もいるし、大変お世話になったKさんも来てくれている。また、国際フォーラムやNHKホールで一緒にステージに立ったコーラス隊の皆さんも集まってくれた。故郷の友達に会えたような、何とも言いようのない幸せな気持ち。嬉しいもんだ。

  こういう方々に、感謝の気持ちを込めて、当時のおじさんバンドを再現したかった。そして、折角、Nさんが来てくれているので、このステージの全曲ベースをお願いした。

  Nさんも、僕等のバンドで演奏するのは3~4年振りなのに、ぶっつけ本番で(当日ホンの少しだけリハは行なったが)6曲全て出来てしまうのだから大したものだ。本来はウッド・ベースだが、それは暫く触っていないとかで、エレキ・ベースで演奏してくれたのだが、リズムがしっかりしているから僕等も安心して演奏出来た。

  最初の曲は「マイアミ・ビーチ・ルンバ」。フッ君のコンガ・ソロから入る。続いてピアノ・ソロ。そして全員が入る。いやー、それにしても懐かしい。そうそう、いつもこんな感じでやってたんだよねぇ。一瞬にして「あの頃」が蘇った。

  そして、このバンドのデビュー曲「オール・オブ・ミー」。アンディーと38F佐藤さんが2人で歌う曲だ。佐藤さんもベースをNさんに任せ本来のギターに持ち変えて、何か伸び伸び歌っている印象だ。やはり彼もNさんと久し振りに一緒に演奏出来たことがとても嬉しそう。

  浜ちゃんのオハコ「鈴懸の径」、アンディーの「キリング・ミー・ソフトリー」、佐藤さんの「ルート66」と続き、最後は、Nさんを含めておじさんバンドが出合った東京郊外のライブ・バーと同じ名前の曲「スタンド・バイ・ミー」だ。佐藤さんが歌う。

  Nさんは最初1~2年、ウクレレを演奏していたが、ベースに転向して最初に覚えた曲が確か「スタンド・バイ・ミー」だったと思う。イントロはベースから始る。Nさんのベースの音がとても懐かしい。あの頃の様々なシーンが蘇る。

  Nさんと言えば駄洒落と面白話術が大得意の人。第1部の「アン・チェイン・マイ・ハート」の時、僕がこの曲の聞き方として、「まず目を閉じて下さい。詩がとても良いと思えます。更に耳を塞いで下さい。曲がとても良いと思えます」と言ってすべった件で、早速アドバイスがあった。

  「神童さんね、2段でオチに持って行くのはプロでも難しいので、3段にしましょう。例えば、『最後に鼻をつまみましょう。それで聴きたくないポーズの完成です』とかね。「あぁ、なるほど」と僕。

2月 20, 2014   No Comments

10周年記念ライブ 第2弾 (3)

            グレコ

                   グレコ

  それにしても、僕等は雪に縁がある。10年前の最初のライブが、伊豆は天城高原のリゾート・ホテル・ロビーでの、吹雪の日のライブだった。10周年記念ライブが首都圏では78年振りという大雪の翌日なのだから。余談ながら、78年前の大雪というのは、あの雪の日のクーデター、226事件の起きた日だという。

  こちらはクーデターではなくてコンサートだから、悲壮感はないものの、当時お世話になった方々や、多くの音楽仲間が多く駆け付けてくれているので、いつものライブとは違う緊張感がある。会場の空気を和らげるため、いつもと違う時間を取った。

  第2部の開始前に、10周年に際し、メンバー紹介を兼ねて、「のどごし生バンド」のメンバー1人ずつ、これまで大変お世話になった皆様に感謝の言葉を述べた。ここでは当日会場で配布したメンバー紹介のチラシから転載させて頂く。(若い順)

 

亜希さん(vo)
1
  3年前にマエマエと共に「のどごし生バンド」に参加。それまでのジャズ中心のおじさんバンドが、オールディーズからJポップスにまで幅が大きく広がった。ハーモニーの魅力を持ち込んだ功績も大きい。しかし、昨年2度に亘る入院を経験し復活。今、ライブで歌えることの喜びを身体中で感じて歌う。バンド最年少。コーラス隊出身

マエマエ(vo)
2 
  亜希さんと共に歌うザ・ピーナッツは人気曲となり、アンディーとのデュエット曲も当バンドの代表曲になった。歌唱力で聞かせる彼女のソロ曲も売り。マエマエのコーラス隊仕込みの厳しい特訓により、アンディーを、主旋律以外のパートを歌えるように鍛え上げた功績は極めて大。亜希さん入院中は当バンド最年少。コーラス隊出身

アンディー(vo)
3
  甘い歌声とツイストは「のどごし生バンド」のセールス・ポイント。男性唯一のボーカリスト。何故「アンディー」なのか。それは歌声が「アンディー・ウィリアムス」のように甘いから。彼のツイストは、トム・ジョーンズのようにセクシー・・・という声はまず聞かない。が、今も人気赤丸上昇中。ソフトハウス社長

38F佐藤(ba)
4
  元々は、ギター片手に自作の曲を歌うのが彼のスタイル。「のどごし生バンド」では無理やりベースをやって貰っている。38Fの高層ビルで働く友人を歌った「街の灯り」というオリジナル曲をいつもいつでも歌っていたことから、38F佐藤という名前が付いた。当バンドの男性陣の中で最も髪が多いことに悩む? 商工会局長

フッ君(co)
5 
 以前「パンチョ糟谷」という名前で人気を博していたが、今は親しみを込めて、「フッ君」と呼ばれる(本名、糟谷富士雄)。 今、コンガを叩かせたら、右に出る人は多いが、左に出る人はまずいない。昨年、生涯初めての長期入院を経験して、コンガの音が抜群に良くなった。某損保システム会社執行役員

浜ちゃん(cl・sx)
6 
  学生時代にジャズ・サックスに目覚め、社会人となって、それまで高額で手の届かなかった念願の楽器をゲット。一時はプロミュージシャンを目指そうと思ったこともあったという。当バンドでは、クラリネットとサックスの二刀流。その音色は女性の心を鷲づかみして、ライブではいつも最後に全部持って行くことで有名。税理士

サンシャイン大木(pf)
7
  20代の頃は銀座界隈でジャズ・ピアニストとして大活躍。その後教師に転身。副校長時代にメイン・プレーヤーとして当バンドに参加。校長退職後、直ぐにライブバー「グレコ」を開店し2度目の華麗なる転身。店のオーナー兼ピアニストとして連日ファンキーなジャズ・ピアノを聞かせる。サンシャインは自ら命名。意味は省略。現在は大学非常勤講師

QP神童(dr)
8
  最年長だが、他のメンバーにもっと髪の少ない者が多いので、その分若く見えて居心地いいらしい。学生時代、ブルー・コメッツの前座を務めたと言っても、誰も信じない。ジャッキー吉川の当時200万円もするドラムで演奏したと言っても、信じない。QP神童でなく本名はジェームス神童だと言っても、信じない。元某損保システム会社社長

 

2月 19, 2014   1 Comment

10周年記念ライブ 第2弾 (2)

     「のどごし生バンド」 亜希さんとマエマエ

     「のどごし生バンド」 亜希さんとマエマエ

  第1部は「ヤーヤーヤー、おじさんバンドに女子がやって来た」と題して、3年前から「のどごし生バンド」に参加してくれた、亜希さんとマエマエの歌やコーラスを中心のステージとして、7曲演奏した。基本がジャズだったおじさんバンドも、彼女達が加わってくれたお蔭で、ポップスやハーモニーの曲などジャンルがかなり拡がった。

  オープニング・ナンバーの「恋のバカンス」は、知らない人がいない「ザ・ピーナッツ」の大ヒット曲だ。ここのところ毎回歌って貰っているナンバーだが、この日の亜希さんとマエマエのハモリとリズム感は抜群だったと思う。ドラムをやっていてとても気持ち良かった。

  最初の曲として、この「恋のバカンス」を持って来たのは大成功だったと思う。2曲目は亜希さんメインの「恋の季節」。この日のために亜希さん、ピンキー(とキラーズ)のような黒いハットをどこからか調達して来て、仕草も含めピンキーになり切って歌った。

  だから、バッキングの僕等もキラーズになり切った。が、メンバーの多くは、ハットでなくハンチングで、且つ、髭がないので雰囲気はまるで違った。ただフッ君と38F佐藤さんだけががハットを被っていたから、チラッとそれ的な雰囲気も。なので、キラーズと言うよりピンキーとチラーズだったな。まっ、いいか。

  亜希さんの黒のハットは、店の在庫一掃セールで超破格値の300円だったと紹介があったが、フッ君のそれは1万円を超えるらしい。おじさんの目にはその違いが分からない。1万円だと亜希さんハットなら33個も買えちゃう。う~ん、日本経済が分からん。

  3曲目はマエマエの歌う「セイビング・オール・マイ・ラブ・フォー・ユー」。ホイットニー・ヒューストンの曲で、かなり難易度が高い曲だ。この1年何回か歌って貰っている歌だが、この日かなり出来が良かったと思った。ドラムの音を抑え気味に、且つ、重めのリズムでと、ある女性のお客様から事前に注文があり、僕も心して最後までやり切った。

  でも後から聞くと、マエマエ本人は満足していなかった。高い声が裏声になってしまったからだという。ホイットニーだって裏声(ファルセット)を駆使して歌うのだから、自分の意図とは違う箇所でファルセットになっても全然問題ないと思うんだけど。

  その後、マエマエとアンディーがデュエットで、「真夜中のボサノバ」(由紀さおり&ピンク・マルティーニ)を歌い、また、亜希さんとマエマエの2人のハモリで「月影のTOKYO」(篠塚満由美)と続けた。

  6曲目は、亜希さんとマエマエに僕の歌「アン・チェイン・マイ・ハート」(ジョー・コッカー)のバック・コーラスを務めて貰った。この曲が始る前に、マイク・スタンドを僕に向けてセットして貰わないと歌えないのだが、それを、優しい優しいアンディーがやってくれた。

  が、結局、彼はマイク・スタンドのネジを回し過ぎて、スタンドを分解しただけだった。その間佐藤さんはMCで延ばすだけ延ばしてくれていたが、ネタがなくなり「まだですか?」。仕方無しに、オーナーの大木さんがピアノから立ち上がって、マイク・スタンドの修理に当る。

  さすがオーナー。数分で復旧した。さて僕が歌わないと、と思ったが、少々じれ気味の観客の何本もの視線が僕を射抜く。そこでいつもの口上。「この曲は、お聞き頂くルールがございます。先ず目を閉じて頂きます。そうするとこの曲の詩が素晴らしいものに聞こえる筈です。そして更に耳を閉じて頂くと、最高の曲に聴こえます」。いつもは受けるのに、だれも笑ってくれない。滑ったのは、待たせ過ぎか、大雪のせいか?

  最後はマエマエが「江戸ポルカ」(一青窈)でこのステージをビシッと締めてくれた。

      観客にプログラムを配る  Photo by Murayama’s Friend

      観客にプログラムを配る  Photo by Murayama’s Friend

2月 18, 2014   No Comments

10周年記念ライブ 第2弾 (1)

 

    「のどごし生バンド」  Photo by Murayama’s friends

    「のどごし生バンド」     Photo by Murayama’s friends

  2月15日(土)は、「のどごし生バンド」10周年記念ライブ第2弾の日だった。その1週間前に首都圏に大雪が降ったが、あろうことか、今回は前日の金曜日に大雪になっってしまった。

  僕は金曜日の午後、前の会社のOB会の常任幹事会というのがあって、日本橋にいた。雪は降り出していたが、細かい雪で積もっても大したことないだろうと、常任幹事会終了後午後8時くらいまで飲んでいた。外に出た時は、雪が積もってはいたが数cmだったし、車や人通りの多い所は歩くに支障はなかったから、先週ほどではないと思った。

  都心の雪景色  by 日経新聞

  都心の雪景色  by 日経新聞

  だが東京駅に着くと、JR中央線は止まっていて、中野までの方は総武線(各駅)に乗るようにとの案内があったのでそれに従ったが、東京の西の方は凄いことになっているんだなと思った。新宿で京王線に乗り換えたが、人身事故やポイント故障その他でダイヤが乱れることが多い京王線にしては割りと順調で、いつもより10分程度の遅れで地元の駅に着いた。

  そこは、積雪40cmの雪国だった。雪明りってこんなに明るいものかと思った。いろいろな音が雪に吸収されて、いつもの場所が物凄く静かなのだ。新雪を踏み歩くと、キュッキュッ、と心地良い音がする。18歳まで済んでいた長野の冬を思い出した。

     東京郊外の雪景色   Photo by Aki-elephant

         東京郊外の雪景色   Photo by Aki-elephant

  しかし、明日は横浜(新子安)でライブだ。もし中止にするなら、来てくれるお客様にその旨を伝えなければいけないが、連絡が付かない人も何人かいる。まぁ、翌朝の状況で判断するしかないと腹を固めた。

  朝、38F佐藤さんと、グレコのオーナーの大木さんから夫々メールが来た。「雪は止んでいるし、気温が上がって雨になるそうだから、雪も夕方までにかなり融けるとおもいます。交通機関も回復するので、ライブやりましょう」との意見だ。

  自宅の外を見ても、曇っているが雪は止んでいる。気掛かりは、中止か決行かという時に、参加予約者の中に連絡が付かない人がいるということ。なので、一も二もなくライブ決行に賛成し、参加予定者にはメールで「酷い雪道なので、どうか無理をされないように」とのメッセージ送った。

  最悪の場面は、ライブを中止し、バンド・メンバーが誰も来ないのに、その通知が来なかった人達が、遠くからわざわざライブを見に来ることだった。だから、当日の朝、雪が止んでいたことはとても重要だった。

  しかし、お昼頃予約客からのキャンセルの電話が相次ぎ、一時は35人予定(適正満席規模)の観客数が10数名になるかと思われた。何せ千葉・埼玉などの遠方からの参加者もいて、彼等にはとても無理なのは分かる。

  しかし、夕方迄には不通だった交通機関も運転再開された所が多く、キャンセルのキャンセルなどもあったり、また、当日地元のお客様も来てくれたりで、座席の3/4ほどが埋まる、予想外の盛況となった。

2014.02.15    10周年ライブ チラシ 

2月 17, 2014   No Comments