プレミアムエイジ ジョインブログ
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Posts from — 5月 2014

新旧社長とゴルフ

 

  今年に入ってからは、2月、前日の雨と翌日のあの大雪に挟まれた奇跡的快晴の日のゴルフが1回目で、2回目は、3月は僕の誕生日月ということでビジターも会員料金でプレー出来る特典を生かして、元の同僚を集めてホームコースで行なった。

  と、GWが終わるまでは今年僅か2回のゴルフだったのが、今月9日~26日までの2週間一寸で、6ラウンドも行なったのは過去最高ではないか。

  その最後のラウンドを今週月曜日に行なった、「新旧社長と顧問のゴルフ」だ。新旧社長というのは、現在、僕が顧問を務める(株)FISという少額短期保険会社の前社長の河田氏(66歳)と現社長の渡邊氏(31歳)である。

  顧問はもう一人、前の会社のシステム部門で入社以来40年の付き合いの藤田氏(66歳)で、入社は僕(67歳)の1年後輩である。

  前社長の河田氏は、現在、千葉県で有機農業(農)に参画し、その作物を様々な商品に加工(工)、販売(商)する「農工商連携プロジェクト」を推進中である。その中心は、美味しいお米と有機野菜を使ったオムスビの売り出しだ。また、生協に関する仕事を通じて以前知り合った、駒形氏の作るチーズの販売権を取得し販売する。

  駒形氏が一人で作るチーズは、月間500個が限界というが、知る人ぞ知る逸品で、半数はJALのファースト・クラスに供されるので、大変貴重なチーズなのである。僕も試食してみたが、確かにとても美味しいし、チーズ好きの友人は絶賛していた。

  また、数年前、外国の農業視察団を河田氏が案内した縁で今も親交がある、三元豚で有名な平田牧場(山形県)からは、とび切りの豚肉をデリバリーして貰い、それを食材にした商品開発なども行なっている。

  この4月と5月に千葉に相次いでオムスビと惣菜の店を2軒開店させ、いよいよ、「農工商連携プロジェクト」は実業段階に突入したのだった。今後の動向を期待を込めて注視して行きたい。

  新社長の渡邊氏は、ある大手損保の出身で、2年連続全国ナンバー1営業マンに輝いた実績(2年連続増収額1億円を達成)を持つバイタリティー溢れる若者である。河田氏が見込んで後任社長に招いた人物だけのことはある。この1年で、収入保険料は前年の4倍を達成したのだから。

  しかし、彼の本当の素晴らしさは、ベンチャー企業の若い経営者にありがちな、良くも悪くも「俺、主役」の絶対権力者志向でない点なのだ。「神童さんねぇ、僕はこの会社を大きくして、絶対に成功させますよ。でも、本当は、今働いてくれている社員が、自分の子や親戚の子に対して、就職するならこの会社が一番と勧められる会社にしたいんです!」。

  彼は、僕等ロートルが自然と応援したくなる不思議な力を持っている。

  さてゴルフの方。このメンバーでプレーするのは1年振り2回目だ。場所は、河田氏がメンバーの埼玉県にあるオリムピック・カントリークラブ・レイクつぶらだコース。僕以外は3人とも、体格も良く元野球部の飛ばし屋揃いなので、遣り難い限りだ。

  それでも先週のOB会ゴルフ・コンペでは何年振りかでドライバーが絶好調だったから、飛距離で及ばないと言っても、その差は15~16ヤード以内だろうと踏んでいた。

  思い通りに行かないのがゴルフ。先週あんなに当たってたドライバーが影を潜め、殆どが真芯に当たらない。長距離砲の藤田氏とは50ヤード以上差を付けられてしまう有様だ。30代の頃、彼も僕も両方ともナイスショットした時の差は、僅か1~3ヤードだったのに。

  河田氏は、前述の「農工商連携プロジェクト」に忙殺されて、1年近くゴルフから遠ざかっていたというが、以前のフェードだったドライバー・ショットが、真っ直ぐな素直な球筋に変わっていたのだ。その分、距離も伸びていた。彼自身の性格が素直になった表れか?

  新社長の渡邊氏、60代後半の爺さん達に囲まれたせいか、はたまた、社長業の忙しさのせいか、気持ち良い打球を打っていた前回より調子は悪そうだったが、どっこい、4人の中でベストスコアだったのは立派。社長は仕事でも遊びでも勝たなければならいから大変だ。

  2位は藤田氏、3位河田氏、そして堂々の4位は神童選手。最終ホール(パー4)で僕はダブルパーを叩き、河田氏に1打負けてしまったのだ。今月ゴルフ6回目の僕が、1年振りの河田氏に敗れてしまった。ゴルフの遣り過ぎは正に「過ぎたるは及ばざるが如し」、否、「過ぎたるは及ばざるに及ばず」だぁー。

5月 30, 2014   3 Comments

銀座タクト出演決定


.  6月22日(日)、銀座タクトに出演します。

  銀座タクトと言えば、老舗中の老舗のライブハウス。過去多くの有名ミュージシャンを輩出しました。そんな場所に「のどごし生バンド」が出演することになったのです。

  種を明かせば、Keiさんというプロ歌手がその日「懐かしのアメリカン・ポップス」というライブを行いますが、彼女から僕等は、そのライブの途中30分1ステージをやるように要請されたという訳です。

  ですが、銀座タクトは格式が高く、僕等の様な素人バンドが簡単に立てるステージでないことは間違いないのですが、図々しくやっちゃいます。

  更に、これを言うとあまり行きたくなくなるかも知れませんが、Keiさんのバック・バンドのドラムも僕が頼まれてしまいましたので、この日のドラムは僕が全曲(32曲)担当します。

  バックバンドは、その昔、一昨年亡くなった安岡力也が若い頃組んでいたコーラス・グループ「シャープ・ホークス」のバックバンドだった「シャープ・ファイブ」の面々なのです。勿論、全員プロのミュージシャン達。その日。ドラマーが別件で参加出来ず、Keiさんから「代わりに神童さん、お願い」と言われて、安請け合いしてしまった次第。

  4月から月1回のスタジオ練習が始まりましたが、プロと一緒に演奏するのは、変な緊張感がありますが、練習を2回やった経験で言うと、彼らのリズム感が、完全に一致しているので、僕(ドラム)は彼らのリズム感に合わせれば良いだけだから、不思議な安心感があるという事実です。

  大変なのは、聞いたことのある曲でも、エンディングをどうするか、とか、間奏をどこで入れるかなど、自分達で決める箇所が多く、それを覚えなければいけないこと。

  それも30曲を超える記憶力は、とてもではないけど持ち合わせていない(或いは年齢と共に減退?)ので、メモを作って対応しようとしています。ですが、自分で書いたその文字を自分で読めないという災難に襲われ、前途多難の予感がしますねぇ。

  そんな状態だから、あまり入場者はないだろうと思っていましたが、Keiさんから割り当てられた観客動員数20名に対し役60名が「行くよ」と言ってくれて、既にチケットはソルド・アウトになってしまいました。

  押し売りに近い形でも快く、1枚5千円もするチケットを買ってくれた多くの先輩・同期・後輩・友人・知人の皆さん、本当にありがとうございました。

2014.06.22 銀座タクト ライブ チラシ

5月 23, 2014   No Comments

OB会 (後半)


.  それから数か月掛けて議論し検討を進めて、2年前の6月1日、遂に最初のHPが完成しカットオーバーされた。そこから会報やクチコミなどあらゆる手を使って広報に努め、当初月1,000アクセス程度だったものが秋口には倍増した。

  HP委員会でメンバーと話し合った。どの程度の数字だったら、まずまず会員の中に定着したと言えるのか。内々の目標は、1ヶ月のアクセス数=10,000(同一人が何度かアクセスしても全部カウントされる)、1ヶ月のユーザー数(何回アクセスしても同一人物なら1人とカウントされる)=1200人(会員の半分がHPを利用)となった。

  なかなか数値が上がらない。そこで、HPの1年稼働の反省を踏まえて、大改訂を実施し同じく昨年の6月1日にリリースした。もっと会員からの自由投稿の欄を増やし、会員の積極参加を促す。また、HPのどれかの記事が必ず毎日更新されるよう、「万華鏡」というコラムをスタートさせもした。

  この甲斐あって、秋口にはアクセス数が10,000を超えた。しかし、それ以降は残念ながら9,000台で推移している。ユーザー数の方はなかなか1,200を超えることがなかったが、やっと先月(4月)になって初めて1,200を僅かだが超えたのだった。

  そこで、現在、6月1日に向けて更なるHP改定に邁進中なのだ。全国に8支部あるので、各支部専用の掲示板を用意して、各地区の同好会の様子などが頻繁に書き込まれることを狙いに大幅改訂作業を実施中だ。6月1日にカットオーバーされるこの3世代目のHPが、遂に目標を達成してくれることを期待している。

  僕自身の腹は、HPが安定的に、月10,000アクセス&月1,200ユーザーを達成するのはこの1年以内と見ており、約束通り、来年の5月の総会で退任させて貰おうと思っている。一応、常任幹事の任期は2年なので、来年5月で丁度4年だからキリが良い。

  ところがだ。本当に世の中思った通りには行かないものだ。4月の常任幹事会で、S会長以下、僕をOB会に無理やり引っ張り込んだI 副会長、それともう一人の先輩、W常任幹事が辞めることが報告された。

  このOB会は、合併会社であるため、旧C社と旧D社の夫々のOB会が合併して今日がある。その名残りで双方から会長を出し会長2人体制、常任幹事も同数でやって来た。なので、旧D社側でSさん、I さん、Wさんに辞められると、旧D側で残っているのは3人でその筆頭に躍り出てしまう。

  ヤバイ!!! 僕は副会長のI さんに、「僕を騙して常任幹事にした上に、サッサと辞めてしまうのは認められない」とか「頼むから、もう1年やってよ」と抗議とも懇願ともつかぬ言葉を発したが、もうS会長の了解を得ているから、I さんは全く留まるつもりはない。

  案の定、悪い予感は当たるもので、もう一人の会長さんのK氏から副会長就任を依頼されてしまった。因みに、今回のSさん退任を機に会長一人体制で行くことは決まっている。

  しかし、「あっそうですか。分かりました」となる訳がない。なんで僕がそんな責任を負わなければいけないのか。HPを作るという計画にはシステム出身以外の人には難しいから、已む無く常任幹事を引き受けただけでしょ。

  「私は、他の常任幹事と違って、会社の採用で言えば目的採用ですからね。総合職じゃないんですよ。HPを仕上げたら役割終わりという約束です」とか「来年の総会で辞めさせて貰うつもりなので、今度常任幹事になる予定者の中から副会長を選ぶ方が先に繋がりますよ」とか、ありとあらゆる抵抗を試みた。

  ノーを2週間粘ったが、S会長にも説得されていよいよ窮地に追い込まれた。そこで、両会長に2つの条件を出した。

  一つは、来年辞めるのは譲れないので、この1年、次の人に引き継ぐまでの繋ぎとしてなら副会長を引き受けること。これに関して、S会長には、今度新任の常任幹事になるXに、1年後必ず副会長を引き継ぐよう説得しておいて貰うこと。

  二つ目は、僕の只今の関心事、即ち、6月に行う銀座タクトでのライブのチケットを奥様の分と合わせて2枚ずつ買うこと(1枚5千円)。

  どちらもあっさり飲まれて、これ以上の抵抗の術を失い、已む無く副会長を引受けざるを得なくなった。それにしても買収されるにはチケット2枚は安過ぎた。そして、先週の土曜日、OB会総会の日に正式に就任した。現役を引退した後は好きなことだけをやろうと思っていたのに、周囲の力に負けて已む無くある役割を果たさねばならぬことのあるを知った。

  OB会のホームページ(僕の作品)を覗いてみて下さい。

http://www.ioikai.com/

5月 21, 2014   No Comments

OB会 (前半)

.  3年前の5月、僕は出身会社の先輩達の策略に見事引っ掛かり、OB会の常任幹事とやらにさせられてしまった。

  その経緯はこうである。僕は退職後OB会に入りたいとも思わず、入会の仕方も分からなかったので、退職後3年ほどは会員ではなかった。そんな折、何かとお世話になった先輩のⅠさんから、「OB会の会報に、貴君のバンド活動について載せたいので、写真入りで投稿して貰えないか」との連絡があった。

  「それはいいですが、私はOB会の会員ではないけどそれでも良いのですか?」と質問した。先輩は「会社のOBには違いないんだから、何の問題もないよ」とのことだった。

  NHKホールやオペラシティーでのライブやって来たし、また、地元でのマンスリー・ライブも始めていたから、そんなことを楽しげに書けば良いのだろうと思って、殴り書きした原稿を彼に送った。

  暫くして彼から、「事務局がOB会の会員でないと掲載出来ないと言うんだよ。会員になってくれない?」と連絡して来た。折角書いたものが没になるのも面白くない、と思ってしまったのがいけなかった。

「会員になるにはどうすれば良いんですか?」
「入会申込書を送るから、それを送り返してくれればいいから」
「なんか不本意ですけど、分かりました」
「あっ、それから入会金3千円と年会費2千円の計5千円の振込用紙送るから宜しく」

  結局、原稿料マイナス5千円で執筆させられたようなもの。今思えば敵もさる者、ただ、OB会に入いれ、では僕がその気になる筈ないのを心得ている。バンドに関する記事を書かせた上て、没にしたくなければOB会に入るしかないと諭す手の込んだ策略だった(と僕は今でも思っている)。

  そしてその策略の最終目的が明らかになった。数か月後、今度は我がシステム部門出身の先輩Mさんから電話があった。

「俺、今度常任幹事を降りるので、後任に君を推薦しておいた。S会長から電話行くと思うので宜しく」
「ちょっと待ってよ。OB会だって入ったばかりで何も分かっていないんだから無理ですよ」
「大丈夫。S会長としてはOB会のホームページを作りたいので、君にやって貰いたいと思ってる。Sさんも、それ以外のことを君にやって貰うつもりはないと思うよ」
「じゃ、なんでMさんは降りちゃうのよ。Mさんもシステム出身だし、常任幹事だったのだからニーズを分かっている分、僕より遥かに適任でしょ?」
「仕事の方がいろいろあって、常任幹事会に出席するのもままならないのよ。俺には無理だから君にお願いしたいの」

  てな訳で常任幹事にさせられてしまった。全国8支部2400名の組織を束ねるOB会の執行部入りだ。会長を初めとする常任幹事10数名、会計幹事2名、それに事務局員からなる組織だ。

  OB会自体に入りたいとも思わなかった僕が、常任幹事になるなど、本来はあってはならないことだと思う。が、ことホームページ(HP)作成となると、システム部門出身者以外が担当するのは無理がある。HPが出来たらサッサと辞めようと決めて入閣した。

5月 20, 2014   No Comments

師匠を囲む会

              Photo by Morikawa

.                       Photo by Morikawa

毎年5月に行なっている「師匠を囲む会」を今年も実施した。師匠とは出身会社のシステム部門を長く率い、僕等を公私に亘り厳しく鍛えてくれた人生の大先輩のFさんのことである。

  当ブログでも過去に何度かFさんについて書いたが、僕等弟子達にとっては何歳になっても父親のような存在である。他でどんなに偉そうにしていても、彼の前ではみんな子供の様に素直になってしまう。

  それは、誰もがFさんの薫陶を受け、Fさんの厳しさと優しさに触れ、いつかはあの人のようになりたいと願っても、結局、それは叶わなかったということによるのかも知れない。

  当時もそうであったが、今でもFさんの関心の対象は極めて広く、世界の哲学思想の潮流から、科学・医学に及び、音楽や芸術への理解・関心も深い。それもクラシックだけでなくビートルズの大ファンだから驚く。スポーツにもかなり詳しい。

  それも単なる評論ではないのだ。ご自身の琴線に触れた選手について熱く熱く語られる姿に思わず引き込まれる。Fさんの話を聞いていて飽きるということがない。

  僕は入社3年目から新任課長だったFさんの部下になったのが始まりだから、かれこれ40年以上のお付き合いとなるが、この辺りはあの頃も今も全く変わらない。

  これまで、15年以上続いている「師匠を囲む会」だが、集まるのは、全員システム部門出身者だった。何年か前から僕に「毎年Fさんと一緒に一泊旅行をやっているんですよね? 私も参加させて貰いたいけど、部外者はダメですか?」というような質問を受けるようになったが、「残念ながら」とお断りしていた。

  ところが、今回、準備段階で、他のメンバーにも別の人から同様の要請が出ていることが分かった。今までは断って来たが、Fさんも御年82歳だ。彼等もFさんから別の場所で薫陶を受けた弟子には違いなく、Fさんがお元気な内にお越し頂くべきだと思い直し、オープンにすることにした。

  その結果、今回は2人が初参加してくれた。一人は、我がシステム部門のパートナー会社である野村総研OBのIさん、もう一人は、Fさんが長野ブロック(長野県全域を管轄する営業組織体)の担当役員だった時の松本支店長のK君だ。

  Fさんは僕に「(この会が)年々参加者が減ってるので、無理やり外の人を引っ張って来たんじゃないのか?」みたいな憎まれ口をきいたが、2人と会った瞬間は本当に嬉しそうだった。また、IさんもK君も、何年振りかの再会に熱いものが胸に去来しているようだった。

.     プレー前のルール説明    Photo by Morikawa                     

.     プレー前のルール説明    Photo by Morikawa

  今回は日光に一泊したが、初日はいつものようにゴルフ・コンペだ。僕は2組目だったから、1組目のFさんのスイングは何度となく見ていた。82歳のスイングではない。力一杯に背中までクラブを振り切っている。

  今年もFさんと一緒にゴルフが出来た喜びが、ジワーッと胸に広がった。

.        師匠の元気溢れるショット   Photo by Morikawa

.        師匠の元気溢れるショット   Photo by Morikawa

5月 18, 2014   No Comments