プレミアムエイジ ジョインブログ
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Posts from — 10月 2014

マドンナ達の再会

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  僕が入社した翌年・翌々年に、美人の新入社員が何人も同じ部門に配属された。当時の女子社員採用は短大か高校卒と決まっていたから、年齢は僕より3歳から5歳若い。僕ら職場の同世代の男性陣とは直ぐに仲良くなって、仕事帰りには、度々飲み会で盛り上がったりしていた。

  彼女達は僕らの職場だけでなく、他部門の独身男性達の関心の的でもあった。僕はその頃独身寮に入っていたから、いろんな奴らから、彼女達の動向を尋ねられて些か閉口したものだ。

  本社の違うフロアーの同期などは用もないのに仕事中に僕の所に来て油を売って行く始末だ。僕に話し掛けながらも目だけはお目当ての女性を追っているのが見え見えだ。こっちも忙しいのだ。「悪いな」と言って僕は席を立って他の部屋に行く。用事が終わって戻って来ても、まだ僕の席の横に座って待っていた、なんてことは日常茶飯事だった。

  本社中に知れ渡った彼女達は正に一世を風靡した存在だった。このマドンナ達のことは過去に何度も当ブログで書いている。そんなマドンナ達が先日銀座のレストランで昼食会を開いた。3年振りだと言う。

  僕にもその直前に連絡が来た。それもバンクーバー在住のOさんが一時帰国しているから是非来てとのEさんからの連絡だった。Oさんの帰国理由を知っているだけに僕も取るものも取り敢えず駆け付けた。

  集まったのは、Oさん、Eさん、Iさんは、Tさん、そして僕の5人。以前はこの会にHやYが来ていたのに、今回は急なこともあり、男は僕だけだった。AKBではないが、もし当時総選挙をやってたら、票は確実に4つに割れていた筈のいずれ劣らぬ美人の中で男一人は、両手に花どころか、花々の中に僕一人の一寸した満足感があった。

  早速Oさんから報告があった。以前患った箇所が再発の恐れがあったのだが、今回の精密検査で全く問題ないことが判明したとのこと。一同その報告にホッと胸を撫で下ろすと同時に、この昼食会は急遽Oさんの快気祝いの席に変わった。

  Oさんは、旦那様がバンクーバーで経営するラーメン店が軌道に乗っていること、2人の娘さんは日本に住んでいること、60を過ぎて旦那様は、いずれは日本に帰りたいと言うようになったこと、しかし彼女自身は、時間がゆっくり流れるバンクーバーが自分にはぴったり合っているので、東京の目が回るようなスピードになかなか付いて行けないことなどを面白可笑しく話してくれた。

  彼女はとても元気そうで、久し振りに会った友達を前に心から楽しんでいる姿が見て取れた。良かった。今回検査のために一時帰国するまでの間、身辺整理をして来たそうだから、その覚悟の程を知った。そして、その心配が完全に消えた今、解放感に満ちたOさんの表情には一片の曇りも無い。そこには、当時ナタリー・ウッド似の少女が良き年齢を重ねた大人の美しさがあった。

  多分、こういう検査結果でなければ、皆病気の話題は避けたと思うのだが、次々に自分の患った病気の話題に花が咲いたのだった。Iさんは20年近く前乳がんを患い、片方を切除したが、その2年後再生手術を受けた時の話を微に入り細に入り語ってくれた。

  元々梶芽衣子か江波杏子を思わせる美貌の持ち主だったIさんが、自分の胸を触りながら事細かに説明するから、僕は女子会の中に一人だけ紛れ込んだ闖入者のような気分になって下を向いて黙って聞くしかなかった(笑)。それにしてもIさん、良くしゃべる。この会の大半は彼女の独演会の様相だったが、話がとても面白い。なかなかの話術だ。昔もそんなだったかなぁ。思い出せない。

  そしてEさん。現在右目を患い経過観察中だと言う。緑内障かと聞いたがそうではなく、視神経系統のトラブルらしい。今までも何度か骨折をしたり大変だったが、今度は目だから少し心配。

  何年か前にEさんは僕らのライブに来てくれたのだが、昔の優しいお姉さんのような印象がガラッと変わって、アスリートのようなカッコいい大人の女性になっていた。旦那様の影響らしいがジムでかなり鍛えているようだった。この会の幹事役である。

  そしてTさん。当時は良家の子女、深窓の令嬢と言った雰囲気の女性だったが(事実そういう家の生まれ)、現在もそれは変わらず、彼女を指すのにフランス語の「Madame T」がぴったりだ。メガネ一つをとっても100万円を下らないらしい。旦那様は、かなりの規模の保険代理店だったが、ある時舞台俳優に転身を遂げ、今は彼女がマネージャー役をやっているようだ。彼女だけが大病もせず今日まで無事過ごしている。

  こうして40年の時空を超えてマドンナ達と再会すると、当時の友達感覚にすぐ戻れることを喜び、夫々幸せな家庭を築いていることを喜び、しかし、あのはち切れるような若きアイドルだった彼女達も60を過ぎて、様々な病気と闘い克服しこの会があることが改めて素晴らしいと思った。

  最後に、Eさんに聞かれた。「神童さんは何処か持病はありますか?」。僕は自分の胸を指差した。冗談で恋の病と表現したつもりだが、「え? 乳癌? あぁ、金欠病ね。それは私も同じよ」だって(笑)。

  4人とも当時とは別次元の、大人の美しさと若さを身に着けていた。50歳前後と言っても誰も疑わないだろう。マドンナ達よ永遠なれ!

 

10月 14, 2014   No Comments

お寿司屋さん

無題

京王線に桜上水という駅がある。友人が美味しい寿司屋があると言うので、会社の帰りに駅で待ち合わせることになった。僕は、現役時代この駅で降りて経堂にある会社の研修所まで徒歩で通うことが多かった。

その帰りも桜上水の駅近くで、食事や飲み会を結構行なった方だが、美味しい寿司屋の話は聞いたことがなかったから何処だろうと興味津々で向かった。

駅の改刷で待つという友人のメールに、僕は北口改刷か南口改刷かと尋ねた。その返事は「改刷は一つしかない」とのこと。以前は南口改刷で降りて研修所に向かったし、帰りは食事のため北口方面に出て、北口改刷から入ったものだから、半信半疑だった。

だが、行ってみたら、桜上水駅は以前とは全く違う新しい駅に生まれ変わっていて驚いた。ホームから階段を上がった広い場所に、新しい改刷が出来ていて、そこを出ると左右に広い通路があって北口と南口に行けるように変わっていた。

友人が待ってくれていたから良いものの、一人で来ていたら降りる駅を間違えたかと思ったに違いない。様変わりとは正にこのこと。田舎駅の雰囲気があったのが、今や超モダンな駅に変わっていたのだから。確かに、僕がこの駅を使ったのは1年ほど前だから、その間に大変貌を遂げていても何の不思議はないのだが。

そう言えば、調布駅も小田急線の下北沢駅もこの1~2年のうちに線路の地下化が進み、まるで違う近代的な駅に生まれ変わっている。

さて、目的の寿司屋さんのこと。「だんらん」という。その名前通り、地元の人の行き付けの寿司屋さんと言った風情でアットホームなお店だった。南口の商店街にある。

友人からここの一押しの土瓶蒸しを勧められ注文した。それが出来上がるまでと刺身を注文。「刺身のお勧めは?」と聞くと大将が「生きのいい秋刀魚が入ったよ」と言う。秋刀魚としめ鯖を含めて刺身の盛り合わせにして貰う。

早速、食べてみた。行ける。友人が言うには、この寿司屋はネタの良さで地元で評判なのだそうだ。食通の友人は秋刀魚の刺身でその店のネタのレベルが分かるそうだ。寿司屋で飲むのが大好きな友人は隣駅に住むが、この「だんらん」まで来ることが多いと言う。

小田急沿線の梅ヶ丘に美登利寿司本店があり、何度か行ったことがあるが、夕方の6時半や7時なんて入店はまず無理。入れたとしても1時間半くらいで追い出される。何せ外に列をなして客が並んでいるのだから。都内各地に支店があるほど有名になっているが、梅ヶ丘の美登利寿司だけはいつもこうだ。

それに比べたら、ネタが頗る良くて美味しいのに、7時過ぎても空席の方が多いから、落ち着いて食べ飲み語らうことが出来る。

土瓶蒸しが来た。まず汁をお猪口に2杯飲む。う~む。唸るしかない。松茸の香り、何と言えないダシの利いた味。これを絶品と言わずして何を言えば良いのか? お猪口に3倍目を注ぐ。すだち(だと思う)を一滴絞る。角の取れた一味違う味。これまた絶品。

おもむろに中蓋を取る。うわっ! 松茸の茶色、海老の赤、新銀杏の青、鱧の白。土瓶の中はとても美しい。そして、それらをその順番でたいらげる。確かに友人がこれを食べないで「だんらん」に来た意味がないと言うだけのことはある。最後に残った汁を飲む。堪能! この食べ方、実は店の大将の受け売りだ。

値段もとてもリーズナブルだった。美登利寿司のように行列の店になって欲しくない。地元の人に愛され、知る人ぞ知る隠れ家のような美味しい寿司屋さんのままでいて貰いたい。絶対にまた行くから。こういう美味しさと「だんらん」を味わえる「町のお寿司屋さん」を探してた。友人に感謝。

 

10月 7, 2014   No Comments

ブルースアレイで打合せ

10月1日、夕方、「みずすまし」のK君と2人で目黒のブルースアレイに出向いて、係りの人(Sさん)と「みずすましライブ」当日の打合せを行なって来た。担当のSさんは、過去2回「AD音楽祭」を行なった時もやってくれた人だから、こちらのバンド編成も曲のジャンルも知っていてくれるので話は早かった。

但し、「ダンディー・クイーン」の方は、前回、ディスコ・ダンス・ミュージックに特化していたから、「今回はジャズとブルースが中心」と伝えたらびっくりされてしまった。前回のメンバー7人中3人が今回出られないため、メンバーが入れ替わった。メンバーが変わると曲調も変わる。

料理・飲み物は過去2回、とても評判が良かったので、全く同じにして貰い、借りる楽器も前回と一緒。違うのは消費税が上った分だけ少し高くなった程度なので、話はとんとん拍子で進み、打合せは30分で終了した。

タイム・スケジュールはおよそ下記の通り決まった。

 

2月8日(日)

10:00~11:40  リハーサル
11:40        開場
12:10        開演

12:10~12:50  みずすまし
13:10~13:55  ダンディー・クイーン
14:00~14:40  みずすまし

15:00        撤収

 

会場は詰めれば120人は入る(第1回目は120名だった)が、全く余裕がないので、前回同様95~100人の規模で集客することにした。チケット代も前回同様6千円(料理+飲み放題+会場費)に決定。

打合せ終了後は、K君とブルースアレイ近くの居酒屋で久し振りに音楽談義に大いに盛り上がったのだった。中でも、彼が最近FBにアップした入社して2・3年目の頃の若き日の写真が話題の中心だった。

.   ギター弾いているのが若きK君   K君のFBより

.        ギター弾いているのが若きK君   K君のFBより

僕がK君と初めて会ったのは、約20年前、仙台の業務部長だった時に、新宿支店長だったK君が 出張で仙台にやって来た時だった。20年前だから当然今より若かったが、印象はそんなに変わらない。

だが、その若かった時の写真は、とても同一人物とは見えないのだ。僕だけでなく今の彼しか知らない人は10人が10人、その写真の人物とK君が同一人物とは絶対に、絶対に思えない筈だ。今度のライブではこのことをネタにMCやると言っていた。

K君とは、いつか「みずすまし」と「のどごし生バンド」でジョイント・ライブをやりたいねという話になると、いろんな試みが次から次に浮かぶものだ。

「みずすまし」のメイン・ボーカルの宮原氏(プロ)とK君が、1~2曲ギターを持たないで「のどごし生バンド」で歌うとか、この2人と「のどごし」のボーカル4人組が一緒になってアカペラでコーラスをやるとか、いろんなことが出来そうだという話で勝手に盛り上がった。K君はホントに歌が好きなんだなぁと改めて感じた夜だった。

10月 2, 2014   No Comments

高校同期のゴルフ・コンペ

.   Ko君の華麗なショット    軽井沢72ゴルフ西コース

.   Ko君の華麗なショット    軽井沢72ゴルフ西コース

  高校同期の連中でもう何年も続いているゴルフ・コンペに初参加して来た。一泊二日2ラウンド。1日目は中軽井沢カントリー・クラブ。2日目は有名な軽井沢72ゴルフの西コース。宿泊は東急ハーベストだった。参加者は9人。

  余談だが、東急ハーベストは、10年前僕等おじさんバンド(現のどごし生バンド)が、あるデュオのバックバンドとして人様の前で初めて演奏をしたリゾート・ホテルだ。尤もその場所は軽井沢でなく天城高原だったが、雰囲気は似ていて懐かしい感じがした。

  タペストリーで一緒のAYAちゃんや武ちゃんに3年も前から、この高校同期のゴルフ会に誘われていたのだが、皆半端でなく上手いらしいから、ずっと躊躇していたのだが、躊躇している分だけ残り時間が少なくなって行くのと、気分転換の必要があり覚悟を決めて参加することにしたのだった。

  一大決心の理由はもう一つあった。最近の1~2年、車はゴルフに行く時くらいしか乗らなくなったが、そういう時も必ず他のメンバーと相乗りして、行き帰り運転を交代しながらと決めている(相棒がいないと長距離ゴルフには行かないことにしている)。今回は、軽井沢まで往復一人なので長距離運転に不安があった(往復約400km)。だが、実際に行ってみると、片道2時間強で着いてしまうほどの近さだったのでノー・プローブレム。

  昔、車で軽井沢に行った時は高速道路が関越道しかなく、後は一般道だったから物凄く時間が掛かった記憶がある。今は、家から15分の中央道府中国立ICで乗り、圏央道・関越道・上信越道の碓氷・軽井沢ICまで全部高速で繋がっているから便利だ。道路も平日ですいているし、9年目の車検を済ませた愛車(RX-8)も快調そのもので、久し振りにドライブの爽快感を味わった。

  さて、肝心のゴルフだが、あまり自分のことは書きたくないくらい酷い出来だった。何せ事前の予想通り、上手い連中の集まりだったから、僕は一人蚊帳の外で、何とか皆さんに迷惑掛けないようにという意識が大半を占めた2日間だった。

  僕自身は6月以来のゴルフだったから、全くのノー感で、ナイスショットは10発に1~2発程度だった。とてもスコアにならない。タペストリーではハモニカ担当の武ちゃんにドラムの僕が「スイングはリズム感だよ」と言われる始末。

  彼らは普通、80代前半で回るらしいし、調子が良ければ80を切ることもそんなに珍しいことではないと言う。現役引退後は、週1~2回はラウンドしていると言う。何か、初心者が上級者のゴルフ・コンペに間違ってエントリーしてしまったような違和感を覚えながらの2ラウンドだった。

  それでも、9人の中で第一人者らしいK君には、「神童、来てくれてありがとう。嬉しかったよ」と言ってくれた。尤も、「たまに見せる良いショットがあるのだから、一寸頑張れば直ぐ上手くなるよ」と付け加えられてしまった。「今度は100を切れるように練習して来る」と言うしかなかった。僕自身で言えば、ここ数年で最悪のゴルフを披露してしまった。

  それでも、女性に負ける訳には行かない。2日ともAYAちゃんとブービー争いを演じ、1日目はグロスで1打差、2日目は3打差で辛うじて負けないで済んだが、ホント危なかった(笑)。

  ゴルフはストレスが溜まるだけの結果になったが、同期の連中と大いに飲み語らった2日間は、この上なく楽しかった。1日目の夜は、軽井沢在住のS君が前庭のある洒落た洋館のレストランを借り切ってくれて、特別料理とビール・ワイン・焼酎飲み放題の席を用意してくれたので大変盛り上がったし、高校卒業以来50年振りに再会した奴もいて、やはり参加して良かったと思った。

  来年は北海道でゴルフ・コンペだそうだ。参加資格を得るには、もう20打縮める努力が必要だ。さぁ、どうする?

.            M君のナイスショット直前

.            Mo君のナイスショット直前

10月 2, 2014   No Comments