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気の病(2)

  「Xが何をやったのでしょうか?」。僕の質問に秘書室長が答えた。「今朝、Xから社長宛ての手紙が送られて来て、1億円用意しろと書いている。これがその現物だ!」と言って怒りに満ちた表情で僕にその手紙を突き付けた。「さもないと過去の様々な問題を大蔵省にばらすと言っているんだぞ」。

  僕はさっと目を通した。確かに中国業務部時代・九州業務部時代から現在の東北業務部時代に亘って彼が関わった様々な会計処理上の問題点が克明に述べられている。仙台では10日ほど前まで約1週間、財務局検査が入った直後だった。彼はその検査の対応窓口を務めた後、出社しなくなったのだった。

  人事部長が「神童が東北業務部長になった途端、こんなとんでもないことが起きた。おかしいだろう。君の見解を聞きたい」と仰る。「1億円の恐喝なんて信じられません。見解と言われましても・・・」と言い淀んだが、私が理由だみたいなことを言われたのでは黙ってはいられない。

  「確かに私の部下が引き起こしたことではありますが、彼は病気なのです」と、僕が赴任前から休んでいて、都合4か月半休んで出て来たのが9月中旬、そこから半年は真面目に仕事したが、またぞろ先週から勝手に休んでいることなどを伝えた。

  「これでは会計課長不在もいいところなので、営業本部長とも話して、次の定期人事では後任の会計課長を頂くことを決めたところです」と僕。「そんな話を聞くために君を呼んだのではない。この恐喝事件に君はどう対応するつもりかを聞いているんだ!」と人事部長。

  「まず、彼の担当医師の見解を聞きます。それを持って、仙台財務局に行きます。彼があることないこと話に来ても事前に彼の病気のことを伝えておけば、真に受けることはないと思いますので」。何となく空気が緩んだ。「月曜日に医師と話し、その日か翌日には財務局や他の役所に行きますので、それまで旨く引き延ばしてください」とお願いした。

  引き延ばすとは、次に彼が何か言って来ても、1億円の支払について準備中とか、もう少し待てとか言って、彼が要求を拒否されたと思って役所にたれ込むのを遅らせてくれという意味だ。

  人事部長は「良し、それでいいだろう。こちらも顧問弁護士と相談しながら進めることとする」という言葉をもってその臨時会議は終了した。いやはや、とんだトバッチリだと思いながらも、何とか解決しなければと覚悟を決めて仙台に戻った。

  まず前回の医師を訪ねた。そしたら「1億円の恐喝ですか。アハハ。彼は重度の鬱病患者、と言うか、統合失調症かも知れませんが、今、一時的に好戦的になっているだけで、時期が来たら何の執着もなく忘れてしまいますよ」と、前回同様何とも能天気なお答え。

  こちらは、会社中大騒ぎの大事件発生の渦中にいるのだ。「先生、これから財務局やら法務局やら労基署に事情説明に行かないといけないので、彼の診断書を作って貰えませんか?」「いいですよ」てな具合で、兎も角書いて貰った診断書を持って僕はその日のうちに、回れるだけ役所を回った。

  人事部に電話して、役所への説明を終えた旨伝えた。人事部長は「今日また督促の手紙が来た。弁護士の指示で、これから本人に、一切の支払は拒否する旨の内容証明付き郵便を送る」とのこと。

  それを見て、Xは本当に役所に向かうのだろうか。医師の言う通りに早く興味を失って欲しいものだが・・・。希望的観測は裏切られた。数日後、財務局・法務局・人権委員会・労基署など7つの役所から1週間に亘って呼び出しを受けた。役所としては、彼から内容証明付き郵便で訴え出られた以上、会社の責任者に事情を聞かないといけないのでと、申し訳なさそうに言ってから、ヒヤリングに入った。

  事前に医師の診断書や、彼の勤務実態を表す資料等を説明していたので、真に受けている係官はいなかったが、僕は通常業務とは全く違うところで大きなロードを強いられた。それから、役所が何か言って来るかと待ち構えていたが、結局は2度目のヒヤリングもなく終息に向かったようだ。

  親しくなった財務局の係官にこっそり聞いたところでは、「貴方はこんなこと(1億円恐喝)しているよりご病気を早く治して社会復帰することが先決ではないですか」と諭したら、素直に「はい。ご迷惑をお掛けしました」と言って静かに去って行ったということだった。あの医師、名医だったんだ。

  暫くして、彼の奥様が会社に現れて、「この度は会社に大変ご迷惑をお掛けしました。主人にも良く言って聞かせ、会社を辞めさせて頂くことにしました」と、僕に対して大粒の涙を流しながら深々と頭を下げたのであった。実家の九州に帰って家業を手伝うことにしたそうだ。

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