プレミアムエイジ ジョインブログ
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Posts from — 2月 2015

の坂

  昨夜、元野村総研のKさんのお誘いで、恵比寿の「の坂」というこじんまりとした品の良いお店で会食をした。Kさんは昨年8月に60歳定年退職し、今は別のIT企業に勤務している。そして、恵比寿は出身損保の本社がある懐かしい街だ。

  店主は富山の人で、食材は魚にしろ野菜にしろ富山からの直送品だという。それがとても新鮮で美味しい。カウンターと入口手前のテーブル2席の小規模な割烹料理店だが、木材を多く使った店内は雰囲気が頗る宜しい。

  Kさんとは僕が課長の頃からの仕事上の同士だったから、もう30年近くの付き合いになるだろうか。こうして誘って貰って2人で飲めるのは大変嬉しいものである。

  野村証券の日本初の商用オンラインを成功させた野村総研と僕の出身損保のシステム部門がタッグを組んで、1976年、損保業界11位の会社が、リーディング・カンパニーの東京海上を出し抜き、損保初の全国オンライン・システムを稼働させて以来のパートナー関係にある。

  Kさんは第2次オンラインの後、野村総研の他部門から移動して来た人物だ。僕は彼と一緒に、高度自動車損調システムや第3次オンラインなどの共同開発を指揮した、正に僕の相棒と言える存在だった。

  彼からのお誘いは、丁度ブルース・アレイ・ライブの翌日だったから、体調最悪で、断ることも頭を過ったが、1週間後なら這ってでも行けるだろうと踏んで快諾し、昨夜の会食と相成った次第だ。

  ショック療法のつもりで、金曜土曜の飲み会に敢えて挑戦し、「膝の抜ける感じ」は遂に克服したように思う。もう一つのショック療法、毎朝のスクワット100回を始めた効果も出て来たのかも?

  料理は旨いし、日本酒も厳選されたものが置かれているので、かなり舌もスムーズに回って、それぞれの会社の人の消息や昔話に花が咲いた。

  「神童さんは夢を語れる人でしたよね」とKさんが唐突に言う。「え? 俺ほど現実主義者はいないと思ってたけど」。「いえ、神童さんの作られる新システム計画は、野村総研の連中みんなに、是非やってみたいとか、やらせて欲しいと思わせる夢がありました」。お世辞だが、苦難を共にしたKさんに言われると悪い気はしなかった。

  また、「神童さんがいつも言われていた『主観的勤勉=客観的怠惰』、あれは今でも我々の戒めの言葉になっていますよ」。これは少々訂正しておかなくてはいけない。「あれは俺が言った言葉ではなくて、師匠のFさんに俺が叱られた時の言葉だよ」。

  僕が入社3年目の頃、当時のシステム部門の仕事は、商品開発部門や営業本部からの依頼を聞いて如何に早く、如何に趣旨に沿ったコンピューター・アウトプットを作るかというものだった。それをずっと観察していてFさんは僕を呼んだ。

  「お前はいつまで御用聞きをやってるんだ」。当時僕は誰よりも丁寧な仕事をしている自負があったから「今の仕事は意味ないと仰るのですか?」と食って掛かった。

  「その通り。注文を全部無視してやらなかったらどうなると思うか? 会社は潰れるか? 潰れないよ。本部の担当者が少し困るだけだ」「・・・」「そういうのを仕事と思って一生懸命やることを主観的勤勉と言う。が、それは客観的に見れば怠惰だ。コンピューターを使って会社の仕組みを変えて、会社の効率性をアップしたり、会社の成長に寄与したりするのがお前たちの本来の仕事だ。それをやるのが客観的勤勉というものだ!」。

  懐かしいことがいろいろ思い出され、Kさんと飲みながら話すのは大変楽しかった。当然割り勘と思っていたら、彼が強く拒否し、結局僕は全部ご馳走になってしまった。Kさんありがとう。次は僕がご馳走するからね。もう一寸安い所で(笑)。

  帰り掛け、カウンターの中で働いていた店主が出て来て、挨拶に加えて名刺をくれと言う。今のベンチャー損保の名刺を差し出した時、Kさんが「神童さんは、ドラマーなんですよ。先週も一流のライブハウスで演奏したばかり。ドラムのむーさんです」と変な紹介をしてくれた。まっ、とても良い店だから、もう一度来た時覚えていてくれたら嬉しいからそれもいいか。

  そして、今朝(翌朝)、会社のメールに「の坂」の親父からのメッセージが入っていた。「聖なるお2人の酔っ払いが来て下さって、大変楽しく営業出来ました。是非またお越しください。ドラムのむーさんへ」だと。こういうクイック・レスポンスには驚くよね。今度必ず誰か連れて行くよ。その時は宜しくね。

 

2月 18, 2015   No Comments

TSUBASA

先週金曜日の朝に、38階佐藤さんからメールを貰った。そこには、お姉様の旦那様が亡くなり、明後日のコーラス隊のコンサートに出られなくなったと書いてあった。何歳だったのだろう。僕は佐藤さんと10歳違うから、お姉さまのご主人は、きっと僕より若かったのだろうと思った。

若過ぎる死だ。でも、僕もいつそうなっても不思議でない年回りになっていることは自覚している。一年に例えれば晩秋に近づきつつあるのだから。しかし、人の死は早い遅いが問題ではなく、死期を迎えて悔いのない人生だったと思えるかどうかだ。それには、邪念を捨てて、やるべきことを真面目にコツコツやり続けることだ。やりたいことをトコトンやることだ。

ブルース・アレイのライブを主催した責任者として、僕が一番のリスクと懸念してたのは、1年前の同じ日(2月8日)の大雪(都内で27cmの積雪で、午前中交通機関がマヒ)の再現だった。そうなればバンド・メンバーさえ来られなくなるから中止せざるを得なくなる。

しかしリスクは直ぐそこにあった。結果論だが、佐藤さんのお義兄様のご逝去が1週間前だったら、佐藤さんはライブに出演出来なかった。マエマエの娘さんがインフルエンザに罹ったのが分かったのは正に当日のライブ終了後だった。これが1日でも前だったら、やはり出演は無理だったろう。

そんなことを思いながら、正に、あのライブはギリギリのタイミングで成立したのだと改めて思う。物事が旨く行くか行かないかなんて実は紙一重なのだ。即ち、その一瞬一瞬がとても大切なこと、普通のことが実は奇跡なんだと改めて思った。

そんな思いの中で、佐藤さんが出演出来なくなったコーラス隊(TSUBASA)のサロン・コンサートに、応援団として出席しようと思った。丁度日曜日は何の予定もないから。いつも「のどごし生バンド」から何人か応援のために参加するが、今回は皆さん都合が悪いらしいから、僕が代表して参加するのも悪くないだろうと思って。

コンサートの時間を、元コーラス隊のアキさんに確認したら、日曜日ではなくて土曜日だと言う。でも佐藤さんの金曜日のメールでは明後日となっている。でも、TSUBASAのホームページも土曜日となっているから佐藤さんの間違いだとのこと。

土曜日だと僕もカミサンに言われている用事がいろいろあって難しい。が、一念発起して早起きして、3つほどあった仕事をやり切って、午後2時開始のコンサートに何とか間に合わせることが出来た。会場は、もう座る席が一つも空いていないほど大勢が詰め掛けていた。僕は後ろの方で暫く立って聴いていたが、係員が折りたたみの椅子を出してくれたので座ることが出来た。

何回もTSUBASAのコンサートは聞いているが、一回ごと大きく進化している。今回は最初から硬さが全くなく、全員の笑顔もジェスチャーも堂に入っている。ぎこちなさは全くない。歌える喜びを身体全体で表している。自分達が目一杯楽しんでいるから客席も引き込まれる。

その上、サユリさんのMCがまた素晴らしい。客席から声が飛ぶと台本にないアドリブの遣り取りになる。僕もライブでは慣れない総合司会を務めたから、まだ硬さのある客席を和ませるのは簡単でないことを知っている。しかし、彼女のMCで一気に会場の空気が一体となったから見事だ。

曲は、ザ・ピーナッツの「恋のバカンス」やカーペンターズ・メロディーなどがあり、1週間前の僕らのステージとも被り、興味深く聞けた。特に「恋のバカンス」は昔、おじさんバンドとコーラス隊で一緒にやった曲だからそれを聞けて懐かしかった。途中で転調するところなど、ニクイ編曲だ。

「恋のバカンス」をポップスと思う人が多いが、リズムは4ビートのれっきとしたスイング・ジャズなのだ。「シング・シング・シング」と共に、リズム感や軽やかさが要求される曲である。TSUBASAはその点、実に楽しく歌ってくれたのだった。

コンサート終了後の飲み会で、ヨシコさんというピアノ兼編曲を務めるコーラス隊のリーダーが僕に感想を求めたので、上記のことを伝えたら、「もっと辛口のコメントが欲しい」と仰る。「じゃぁ、1つだけ。『シング・シング・シング』は軽やかさを出すために、テンポはもう少し速めの方が良い」と指摘した。「そうですよね。あれでも直前の練習で、速くしたんですけど、もっとですよね」。

そのコンサートにはいつものように、N夫妻やサユリさんの旦那様が来ていて、飲み会ではブルース・アレイに来てくれたお礼を言うことが出来てとても良かった。

永山からの帰り、僕はN夫妻を誘って、僕の隠れ家(飲み屋さん)に誘ってかなり盛り上がったのだった。驚いたことにNご夫妻はその店は初めてではなかった。流石、地元の「食べログ」を自称するお2人だった。僕もかなり酔って、ライブ後の体調不良は完全に忘れて飲んでいた。

 

2月 17, 2015   2 Comments

ライブを終えて

総合司会だった僕は最初のトークで、ある先輩から、褒め言葉の「デコにバカ無し」を間違えて「ハゲにバカ無し」と言われてしまった話をして、まだ固かった座の雰囲気を一気に和ませようとしたことは既にブログで書いた。

ライブが終って、僕の若い時を知っている友達が、「神童は、オデコであってハゲではないと思っているみたいだけど、当時に比べると随分髪が後退しているよ」と言うんだよね。からかっているのは分かるので、僕も言い返した。「それは髪が後退したんじゃなくて、オデコが前に出たの!」。

3時から「ブルース・アレイ」の直ぐ近くの居酒屋で「のどごし生バンド」と「ダンディー・クイーン」合同の打上げ会を開いた。「サブウェイ」の2人も出てくれたし、SBM時代以来の仲間だった中保さんや西さんも参加してくれた。またグレコの常連客で「のどごし生バンド」の応援団になってくれているトオルさんや岡田さんも快く参加してくれた。総勢20名での打上げ会だった。

僕は今回のイベント準備を一人で全部やってやろうと思って、2ヶ月間、それに集中した。プロモーター・準備委員・集金係・参加者への連絡係・店との折衝係・ステージ上のプレーヤーの配置や機材の配置窓口・総合司会等など、初めてのことが多くて戸惑いながらだったが、何とかこの日のライブに辿り着くことが出来た。正直、やる前はこんなに沢山のことがあるとは思いもしなかった

僕が一人実行委員会で進める決意をしたのは、「のどごし生バンド」のメンバー一人一人に、最年長の僕に10年も付き合ってくれた感謝の意を表すためと、12年前、僕を33年振りに音楽の世界に引き込んでくれたOとY(「ダンディー・クイーン」の前身「オー・G・サウンズ」の主力メンバー)への感謝だった。

僕がこうして好きな音楽に携わっていられるのも、世代を超えたメンバーと一緒にステージを作る掛けがえのない時間を持てるのも、みんな彼らのお蔭だ。同期から「輝いてたよ」(オデコでなく)と言って貰えたのも、普通、もう僕らの世代にあり得ないことをやれているんだなぁと思う。感謝以外にない。望むらくは喜寿まであと10年、付き合って貰えればと切に思う。

打上げ会の後、僕は目黒駅に向かう横断歩道の途中で突然転倒しそうになった。身体が急に倍の重さになったように感じた。膝から下も鉛にでもなったかのようで上手く歩けない。それでも、信号が点滅を始めたから足を引きずるようにして何とか渡り切ったのだった。

僕は、信号を渡った所で、車で帰ろうとタクシーを待った。だが、なかなかタクシーが来ない。5分くらいは待ったと思うが、その内に身体の重さは徐々に消えて来たような気がした。目黒から自宅までだとタクシー代は1万6~7千円はする。これが深夜ならまだしも、まだ夕方5時か。勿体ないなと思い直した。ゆっくりゆっくりでいいから電車で帰ろう。

以来、1週間、腰が抜けるのに似た「膝が抜ける」ような感覚は軽くはなったが未だ治ってはいない。身体のだるさもまだ少しある。精も魂も尽き果てるとはこういうことか。

燃え尽き症候群だろうと言う人もいるが、若い時は頑張り過ぎの反動を身体が受け止められたのが、年齢的にその反動を受け止められなかったのだと思う。残念だがそれは認めざるを得ない。

それにしても、今回一大イベントを成し遂げたのに、そういう満足感も達成感も全くない。体調不良のせいだが、もう少しで体調は戻りそうにも思う。誰か僕の慰労会をやってくれる人はいませんかぁ?(笑) 何バカなこと言ってんだか。そういう時、カッコいい男は、一人燗酒を手酌で飲んで秘かに喜びを噛み締めるもんだよ、健さんのように。2人の神童がいる・・・

2月 16, 2015   4 Comments

ブルース・アレイ・ライブ(6) ― 完 ―

.   「テイク・ファイブ」 神童君のドラムソロ   Photo by Bella

.      「テイク・ファイブ」 神童君のドラムソロ   Photo   by Bella

ドラムソロが始まった。5拍子のドラムソロはベースを聞きながらドラムを叩かないと、迷子になってしまう。4拍子のドラムソロはドラムだけでも良いが、5拍子の時はベースが必需品だ。

スネア・ドラムを連打するとベース音は全く聞こえないことが分かった。なので、前半はスネアを多用せず、タムタムを弱めに叩くことで迷子にならないように心掛けた。でもドラムソロ後半の盛り上げではスネアを使わない訳に行かないし、目一杯シンバルも叩く。僕は覚悟を決めてドラムソロ後半に突入した。

その覚悟とは、ベース音もピアノ音も聞こえないので、自分で「タンタカタン ツチャ」を歌いながらスネア&シンバル+バスドラの乱打をする覚悟のことだ。つまり、ベース・ピアノに頼れないので、自分でリズムを取りながらドラムソロを行うことに決めたのだ。

なんとか大崩れせずにソロを終えることが出来たが、5拍子はどの程度キープ出来たのか、録音を聞いてみないと分からないが、全く聞こえないのだから、ピアノやベースとピッタリ合っている筈はないと思う。ドラムソロ終了時の最後の音は小節の1拍目に当たる。それがピタリ合ったから、それまでの5拍子のドラムソロもそれほど酷いズレはなかったと期待したい。

そして、「テイク・ファイブ」の最後の関門だ。スキャットのエンディングの「Just Take Five」を受けて、「タンタカタン ツチャ ツチャッ ツチャ」とドラム。「Just Take Five」とコーラスが締める。終り方は完璧だった。

佐藤さんが「皆様、今日は本当にありがとうございました」と終了を宣言するが、客席から「アンコール」の声が合唱になる。僕は時計を見た。2時33分。店との約束は2時40分までに演奏を終了させることになっていた。アンコール1曲は大丈夫だが、用意した2曲が大丈夫かどうかである。

マエマエがステージ上で僕に聞く。「『恋のフーガ』はカットですか?」。アキさんとマエマエがこの曲を振り付きで練習して来たらしい。7分で2曲はギリギリだが、「2曲やる!」と答えた。僕は先生に「2曲連続で」と伝えた。

「ありがとうございます。それでは2曲、演奏させて頂きます」と佐藤さん。「アキ&マエマエの『恋のフーガ』と『ジョニー・B・グッド』を2曲連続でお送りします」。いつもと違い会場が広くて大木先生のカウントの声が聞こえない。いきなりピアノの「タラ タラタラ」が聞こえたが、僕が反応できない。

やり直し。今度はカウントが聞こえた。全て順調。アキさんとマエマエが振り入りで歌っている。見事なショー・アップだと思った。その真後ろで僕は2人を見ながらドラムを叩く幸せを感じる。

.    アキ&マエマエの振り入り「恋のフーガ」   Photo by Endou

.    アキ&マエマエの振り入り「恋のフーガ」   Photo by Endou

「恋のフーガ」もフロアータムをティンパニー代わりに打たなくてはいけない。その箇所がイントロ、中間、エンディングと3ヶ所ある。3年前はこれらが僕の難所だったが、今はノー・プローブレム。

間奏に入った。それまで気持ち良くドラム演奏してたのだが、急にアキさんだけ後ろ向きになって僕を見た。僕はドキッとした。あっ、そういう意味じゃなくてぇ、僕がドラムで何かミスしたのかと思ったんだ。でも違った、そういう間奏の時の踊り方だった。ホッ。

「恋のフーガ」が終り間髪入れずに「ジョニー・B・グッド」。佐藤さんがボーカルでアンディーのツイストが売りの正真正銘のラスト・ナンバーだ。会場のあちこちで立ち上がって踊ってくれている。いつもの「のどごし生バンド」の最後の光景だ。「ブルース・アレイ」でも再現できたことが嬉しい。

.    ラストナンバー、「ジョニー・B・グッド」 アンディーに注目  By Hara

.    ラストナンバー、「ジョニー・B・グッド」 アンディーに注目  By Hara

大木先生もスタンウェイのピアノで気持ち良さそう。間奏では、遂に片足上げて右手を股の間から伸ばしてアドリブ演奏したようだ。ドラム側からは見えないのだが、観客の騒ぎで分かる。先生にステージでこのアクロバット奏法をやって貰いたくて、スタンウェイのピアノを用意したのだが、それだけのことはあった。

2曲終って僕は前に出てマイクを取る。その瞬間またまた「アンコール」の声。「いやー、もうエナジー・エンプティーです」。「もうフラフラです。今日は大勢の皆さんにお越し頂き大変嬉しかったです。次回また機会がありましたら、是非お越し下さい。本日は誠にありがとうございました」と締めくくった。

その後、店との精算を済ませて、打ち上げ会場に向かったのだが、その精算の時「ブルース・アレイ」側の責任者を務めてくれたSさんが、「神童さん、凄いですねぇ」「いやー、ありがとうございます」「終演時刻の14:40ピッタリでした」。なんだ、凄いのはそこかい。

Sさんは更に「私の時計で、神童さんの最後の挨拶終った時が14:40の5秒前でしたからね」。はいはい、Sさん、今日はありがとうね。

.                      ブルース・アレイ・ライブ  ― 完 ―

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2月 15, 2015   16 Comments

ブルース・アレイ・ライブ(5)

.   マエマエが「クロス・トゥ・ユー」を歌う    Photo by Masuda

.       マエマエが「クロス・トゥ・ユー」を歌う    Photo by Masuda

さて、いよいよラスト・ステージ第3部の始まりだ。最初の曲は趣向を変えて、「さくら」(森山直太朗)である。「のどごし生バンド」のコーラス・グループ4人組が大木先生のピアノに乗せて歌うのだ。4人組とは、アキ・マエマエ・アンディー・佐藤のこと。「のどごし」が誇る4人のボーカリストだ。

アンディーを除く3人は、元々地元のコーラス隊「TSUBASA」のメンバーだったから、謂わば専門分野だ。ハーモニーの美しさ、歌う表情の豊かさ。心が洗われる。個人的にはずっと出ずっぱりの僕が休めるのがとても良い。観客がどう思ったかは知らないが、「ダンディー・クイーン」のロックやジャズのあと、こういう4人によるコーラスは、一服の清涼飲料水のように感じたのでないか。

2曲目も僕は休みを頂きたくて、ドラムなしでと佐藤さんにお願いしておいた。「サウンド・オブ・サイレンス」。サイモンとガーファンクルの大ヒット曲である。佐藤さんのギター1本で、佐藤さんとアンディーが歌った。ジャンルは先に3曲歌った「サブウェイ」と被るが、これもなかなかのものだ。フォーク好きの女子大の理事長さんは「のどごしの中で、サウンド・オブ・サイレンスが一番良かった」らしい。

3曲目から僕もドラムに復帰した。カーペンターズのクロス・トゥ・ユー」。この曲もバンドのフルメンバーでなく、ボーカル=マエマエ、ピアノ&ハモリ=アキ、ベース=大木、ドラム=QP神童の4人で演奏した。

マエマエの一番好きな歌と聞いていたが、確かにマエマエの声にピッタリ。彼女の声がとても柔らかくて綺麗に伸びているので、ドラムを叩きながら思わず聞き入ってしまった。

ただ、この曲も僕にとって関所が一ヶ所ある。マエマエの歌に聞き惚れて注意散漫になってはいけない。エンディングに近いところで、歌とピアノとドラムが変則のリズムに合わせないといけない箇所がある。エイヤ! 上手く行った。普段でもこれがピッタリ合うのは5分5分だったから、心の中で「やったぜ!」。

第3部の最初の3曲が終り、ここからは再び全員で演奏する。ここから最後までは、やり慣れた曲の連続にして、自分達が心から乗りまくって楽しんでしまおうぜ、と僕が考えた曲順だ。

4曲目「真夜中のボサノバ」。この曲は、由紀さおりがピンク・マルティーニのバンドで歌ってヒットした曲だが、元はヒデとロザンナのナンバーである。僕の友人がそのLPを持っていて、このことを知っていたのには驚いた。マエマエとアンディーのコンビネーションは定評のあるところ。安心してバックの演奏が出来る。アキさんのギロも良い。

「ファイブ・スポット・アフター・ダーク」は、かなり以前からレパートリーにしていたが、この1年ほどライブでは遠ざかっていた曲だ。だが流石浜ちゃん。いい乗りしてたねぇ。グルーブしてたよ。僕の大学時代のダンモ・ナンバーだから、お客さんも懐かしく感じてくれたのでなないだろうか。途中の大木さんのピアノがまた、凄いはち切れ方で、ドラムやってて、なんかウキウキしてしまった。

.    浜ちゃんの「5スポット・アフター・ダーク」   Photo by Bella

.    浜ちゃんの「5スポット・アフター・ダーク」   Photo by Bella

続く佐藤さんの「ルート66」は、いつものように日本語で国道20号と国道1号線を歌うのだが、いつも感心するのは、この曲のイントロのベースを正確に弾きながら、MCを普通に話すことだ。あまり知られていないことだが、これは曲芸に近い。正確なリズムを刻みながら普通に喋るのがどれだけ難しいか、ちょっとやってみて欲しい。

ラス前はアキさんとアンディーのデュエット曲「おもて寒いよね」。デートの夜、もう帰らなくちゃ、という彼女と、その彼女を必死に留めようとする彼氏との掛け合いのコミカルな歌だ。それにしてもアキさんのファルセットは可愛い過ぎる。対照的にアンディーの低い声がこの歌の状況に打って付けである。この2人の表現は、もう殆どショーのレベルと言って良いだろう。

そして、ラスト・ソングはいよいよ「テイク・ファイブ」である。

いつものようにドラムから入る。「タンタカタン ツチャ」こう歌いながら5拍子を刻むと全く間違わない。僕が編み出した「テイク・ファイブ」の叩き方なのである。例のピアノが入り、コーラス・チームがメロディーを歌う。この一年、ライブでは毎回必ずラストに演奏して来た曲だから、何の不安もない。

しかし、返しのモニターから殆どベース音が聞こえないことに気付いた。アンプから出ている直接音が頼りだが、僕の大勝負であるドラムソロの時に聞こえるのだろうかという不安がよぎる。

.    アキさんの手のパー(5)で、「テイク・ファイブ」と判明  Photo by Bella

.  アキさんの手のパー(5)で「テイク・ファイブ」と判明  Photo by Bella

 

2月 15, 2015   No Comments

ブルース・アレイ・ライブ(4)

.   ダンディー・クイーン 「スリル・イズ・ゴーン」  Photo by Hara

.   ダンディー・クイーン 「スリル・イズ・ゴーン」  Photo by Hara

1曲目は「スリル・イズ・ゴーン」。BBキングの曲だ。Koが歌う。途中の間奏もKoのサックスだ。僕にとっては安心して乗れる好きな8ビートのR&B。彼の歌は本当に大したものだ。日本人離れした実にバタ臭く黒人ぽい歌い方だ。これがいい。「スリル」と言うのは、一緒に暮らしていたおっかない女のことだ。その女とやっと別れられた喜びの歌だという。

R&Bなんて、大した歌詞でないものが多い。そんなことはどうでも良いのだろう。このフィーリングが大事なんだろうな。「ダンディー・クイーン」の最初の曲だったから、僕も緊張はしたが、ドラムに自信のある曲は直ぐに乗れた。

問題は2曲目だ。Yちゃんの選曲したオフ・コースの「一億の夜を超えて」。やたらとリズムが変り、ポイントの箇所ではシンバルを各小節の頭ではなく、その前に食う様に叩かなければいけない。

それにしても日本人の作るロックの曲は何でこうも凝るんだろう。ドラムだけで言えば、5段階の難易度は、「スリル・イズ・ゴーン」が2とすれば、「一億の夜を超えて」は間違いなく5だ。だが、高音の声が良く伸びるYちゃんの歌を聞きながら、本番ステージで初めてこの歌いい、と思った。

10月から練習でやっているのに、ほぼ完璧にドラムが出来たのは、前日の2回目のリハだったから不安が一杯だ。

でも、僕としては1ヶ所ミスったが、後は全部旨く行ったと思っている。奇跡的。練習と違って本番の緊張感が良かったのかもね。でも、これを後でDVDで確認すると飛んでもないことを確認するから、軽々に言ってはいけないのだが・・・

3曲目。Oが歌う「ゲット・アロング・トゥゲザー」。昔、山根康弘という歌手がヒットさせた曲らしい。今回のレパートリーになるまで、この曲を全然知らなかった。知らなかったのは1曲目も2曲目も同じだが。結構Oの声は訴えるものがあるんだよね。ただ、この日は少々高音がかすれていたようだ。

何とか、この曲も大過なく遣りおおせた。続いてHさんのジャズ・ナンバー2曲。「ララバイ・オブ・バードランド」と「ユービーソーナイス・トゥ・カムホーム・トゥ」だ。彼女、練習の最初の頃は、高い声が少しフラット気味になっていたものが、この日は完璧に声が出せていたし、声のボリュームも満点に近かったのではないかと思う。

PAの人達もいつもプロ相手だから、相当な腕前なのは分かっているが、それは飽く迄も客席側に心地良く聞こえるようにする技術だ。ステージの返しのモニターで良く声が出ていると感じるのだから出来栄えがかなり良かったのだと思う。現に、彼女を良く知る前副社長(僕の出身損保の)も、「カラオケで彼女の演歌はいいなぁと思ってたけど、ジャズもいいねぇ。驚いた」と僕に言っていた。

その後、Oの「ロング・トレイン・ラニング」。この曲は過去何回も演奏しているので不安なくやれた。そしてKoの「横浜ホンキー・トンク・ブルース」と続く。僕のもう一つの苦手は、この「横浜ホンキー・トンク・ブルース」なのだ。何が難しいかと言えば、ブルースなのでゆっくりな3連のリズムだが、それが、今まで僕が経験した曲(例えば「朝日の当る家」)に比べれば1.5倍遅いのだ。その超ゆっくりの3連リズムを最初から最後までキープすることが極めて難しい。

普通は、ハイハットを3連で打つ場合、左膝は4拍子を刻むが、集中練習で左足も3連でリズムを取るようにした。要するに右手と左足を同じリズムにして、テンポをキープしようと訓練を重ねて来た。

これも後でDVDをチェックしないと分からないが、自分としては1か月前まで全然ダメだったのが、この日は最後までキープ出来た実感があった。錯覚かも知れないが。Koのこの歌は本当にいい。彼に合っている。オーバーに言えば、松田優作や原田芳雄が歌うよりKoの歌の方が遥かに心に沁みるものがある。

そして第2部のラスト・ナンバー「アンチェイン・マイ・ハート」。学生時代にレイ・チャールスの歌で大ヒットし、いろんなミュージシャンがカバーしている。当時学生バンドで僕はアストロノーツ・バージョンで歌っていたが、55歳過ぎてジョー・コッカーが歌うこの曲が大好きになった。

それで最近4年間、どのバンドでもどのライブでもバカの一つ覚えのようにこの歌だけ歌って来た。歌詞も「レット・ミー・ゴー」「ベイビー・セット・ミー・フリー」とか言うから、きっともてる男の歌だろうと思って粋がって歌って来た。

だが、ジョー・コッカーが昨年暮れに亡くなった時の記事に「振られた男の未練を歌った彼の『アンチェイン・マイ・ハート』はいつまでの人々の心に残るだろう」と書かれていたのだ。あれ!? そういう曲だった? 改めて歌詞を見た。確かに。

「惨めったらしい歌なので、この曲、今日で歌い収めにします」と言って歌い始めた。最後だと思うと、自然と思い入れが強くなる。アキさんからは「かなり練習しました? いつもと歌い回しが違うように思いました」と言われたが(違うのが良かったのか悪かったのか分らないけれど)、特に練習した訳ではない。練習はドラムの苦手曲の克服に一生懸命だったから。

ただ、思い残すことの無いように歌おうとは思った。この日のライブで歌った人の中で、僕が一番下手なのは分かっている。これまで余興のつもりで歌って来たが、もうそんな必要もないくらい皆凄く歌が上達しているのも、これをラスト・ソングとして区切りを付けたかった理由だ。

第2部が終ってから、3名の先輩から「アンチェイン・マイ・ハート、絶対やめちゃぁダメだ」と言われた。とても有難かったが、「でも、これでお終いにします」と答えるのが辛かった。

.          ダンディー・クイーン  Tama Kodama のサックス アドリブ        Photo by Bella  

.    ダンディー・クイーン  曲は「アンチェイン・マイ・ハート」  Tama Kodama のサックス  Photo by Bella

 

2月 12, 2015   2 Comments

ブルース・アレイ・ライブ(3)

 

.    サブウェイ  「グリーン・フィールズ」   Photo by Bella

.    サブウェイ  「グリーン・フィールズ」   Photo by Bella

彼らは最初にブラザーズ・フォーの「グリーン・フィールズ」を、2曲目にビートルズの「イン・マイ・ライフ」を歌ってくれた。2人のハーモニーはいつ聞いても沁みる。声に艶があるのを感じるのだ。この日も息の合ったところを如何なく発揮してくれた。宮原さんはプロとして、毎日のようにステージに立っているからいいが、Ka君は事情が事情だから、そんな機会はないし、自宅練習の時間もままならない筈なのに、とても綺麗なハーモニーになるのが凄い。

でも、それもその筈かも知れない。何せ「みずすまし」は高校時代の同級生のバンドで、大学卒業するまでずっと一緒に活動していたらしい。社会人になって長いブランクがあったとは言え、「のどごし生バンド」同様、再結成して10年近くになるので、息も合う筈だと思った。

実は、Ka君も僕もここブルース・アレイで「みずすまし」&「のどごし生バンド」のジョイント・コンサートを行いたいのだ。その心は「のどごし生バンド」のファンに是非「みずすまし」の歌を聴いて貰いたいと思うのだ。団塊の世代前後の人達には「のどごし」のレパートリー以外にも、絶対に「アリス」や「かぐや姫」「ガロ」など聴きたい筈だとの思いからだ。

どちらも楽しんで貰えること間違いないと思っている。宮原さん、Ka君、いつか是非とも実現しようね。勿論、「ダンディー・クイーン」も入れて。

2曲目の「イン・マイ・ライフ」が終ったら、期せずして会場からアンコールの声が渦巻いた。僕から2曲と言われていたから、Kaが戸惑っている。僕は客席の前の方に行ってもう一曲いいよとサインで示しているが気付かない。そうなのだ。ステージからは客席が暗くて良く見えないのだった。

「Ka!」と大きな声で呼んでやっと気づいた。指を一本立てながらOKサインを送った。「では、もう1曲、アリスを歌わせて頂きます。『秋止符』」。静かな曲だが名曲だ。僕の好きな歌だ。「アリス」は多分「みずすまし」の最も得意なジャンルなのだろうな。歌う側の思い入れが伝わって来る。

,           ダンディー・クイーン    Photo by Hara

,           ダンディー・クイーン    Photo by Hara

さて、次はいよいよ第2部「ダンディー・クイーン」の番だ。このバンドは、かれこれ4~5年続いているが、とは言え、2年に一度くらいの会社の「音楽祭」のためにテンポラリーに結成されるバンドなので、転勤などのためメンバーはいつもと違い、本番までの数か月間、バンドとしての一体感を生み出すため、貸しスタジオで数多く練習を重ねないといけない。

今回は、夏過ぎに、「みずすまし・ライブ」のゲスト・バンドとして指名されたので、早めにスタートしようと昨年10月から月1~2回の練習を重ねて来た。ライブ直前には、僕も苦手な曲克服のために木曜・金曜とスタジオで個人練習、ライブ前日の土曜日は「ダンディー・クイーン」の最終リハを行い、当日(日曜日)を迎えた。

余談だが、サックスのKo君から「前日リハは、本番想定として一回だけ全曲通しを行ってさっと終わりましょう。リハ後も翌日に備えて飲み会はやめときましょう」と言われていたが、実際やってみて一回だけでは、満足行かず結局2回の通しになった。2回目は、僕(ドラム)の苦手な曲も、初めてまずまずと思えるドラムだったので、そこでリハを終えた。

スタジオを出て、新宿駅に向かって歩きながら、誰ともなく「軽く一杯やってサッと引き上げませんか?」「いいね、まだ4時だもんね。チョッとだけ」ってな具合で、急ぎの用事がない人だけでも寄って行こうとなった。歌姫のHさんは、これからエステに行って女を磨くそうなので、病気のお袋さんを抱えるO君と2人を除く4人で串揚げ屋に入った。

前日の飲み会は止めときましょう、と言っていたKo君も、しっかり付いて来るから可笑しい。「元々、お酒大好きだからしょうがないよね」とか言いながら。「本当は、今飲むと火が着いちゃって、家に帰っても深酒しちゃうのを心配して、飲まないで帰りましょ、と言ったんですよ」。

軽くとか言いながら、皆結構飲んだ。冬の熱燗大好きのKuさんと僕は、ビールの後、2人で2合徳利3本を空けてしまった。早めに引き上げるため(?)2時間後には明日の健闘を誓い合って解散した。

火が着いてしまったのは僕の方だった。地元に帰って、真っ直ぐ帰れば良いものを、いつもの飲み屋に行ってしまった。偶然、明日のライブに来てくれるお客さんもいたので、またぞろそこで飲んでしまった。家に帰ったのは夜11時過ぎだった。

翌朝、案の上二日酔い現象だ。目覚ましが鳴って、「えぇ、もう朝かよ。頭痛えー。今日は会社休もう」と思った。「ん? 確か昨日土曜日だったから、今日は日曜日か。何だ、もっと寝ようっと」。暫くして、思い出した。「うわ、いっけねー! 今日ライブだった」。飛び起きた。そして何とか会場入りに間に合ったのだった。危ねー、危ねー。

 

.    場内の大型スクリーンに映るO君   Photo by Hara

.    場内の大型スクリーンに映るO君   Photo by Hara

2月 12, 2015   No Comments

ブルース・アレイ・ライブ(2)

 

.    のどごし生バンド「恋のバカンス」  Photo by Bella

.     のどごし生バンド「恋のバカンス」   Photo by Bella

第1部は「のどごし生バンド」だ。フッ君のコンガ・ソロが始まる。今日のフッ君、物凄く気合が入っているのが分かる。いつもより長目のカッコいいコンガ・ソロ。「ア~、ウゥッ!」。アンディーの掛け声で演奏が始まるいつものオープニング・ナンバー「マイアミ・ビーチ・ルンバ」だ。

この日の1曲目なのに皆リラックスしているなぁ。いい感じでスタートが切れた。続いてザ・ピーナツの「恋のバカンス」。今回の曲順を考えたのは僕だ。その中で2曲目のこの曲で完全に僕らのペースに持ち込もうと考えたポイントの曲だ。元々乗りの良い曲だし会場の皆さんも良く知っている曲だから、この曲で会場を巻き込んでしまいたかった。

問題はイントロ。最初の僕のドラムが4小節入るのだが、そのテンポが実は難しい。早過ぎると、最後までそのスピードで行ってしまうから、それを歌うアキ&マエマエに不評になる。リハの時は、やはり早過ぎて彼女達から「ゆっくり目で」と注文が付いていた。

慎重にテンポを図ってスタートした。皆には確認してないが、テンポとしてはまずまずではなかったと思っている。彼女達も良く通る声で綺麗にハモっている。間奏。二人の振りが素晴らしい。これも、この日に向けて二人で練習してくれたのだろうと思うととても嬉しかった。

身内が言うのも何だが、彼女達完璧だったと思う。もう大丈夫だ。さぁ、「のどごし生バンド」よ、いつものように自分達が思いっ切り楽しんでしまおうぜ!

続くアンディーの「キリング・ミー・ソフトリー」、浜ちゃんの「鈴懸の道」、38F佐藤さんとアンディーの「オール・オブ・ミー」と普段着の「のどごし」で楽しく第1部を終えた。いや、正しくは、皆いつもより声も音も良く出ているし、後ろでドラム叩きながら、皆上手くなったなぁ、と思ったことも付け加えておこう。

大舞台になればなるほど力が出せるって凄いこと。アマチュア・バンドと雖も結成10年の歴史は伊達じゃない。夫々がどんな大舞台であろうと、ステージで心から楽しむことが出来る人達になっていた証しだ。

第1部が終って、再び総合司会の僕がマイクを握る。

.     この日総合司会はQP神童 大型スクリーン22つも  Photo by Masuda

.     この日総合司会はQP神童 大型スクリーン2つも  Photo by Masuda

「いやー、これほど多くの紳士の皆さんと、これほどミメ麗しいご婦人方を前に演奏出来るって、正にバンド冥利に尽きます。尤も、ステージからは客席が良く見えないんですが・・・」。笑いが起きた。良し良し。

「第2部まで15分の休憩を頂きますが、ここで、皆様に突然のご提案です。実は今日、客席にご存知『みずすまし』のリード・ボーカルのお2人が見えています。『みずすまし』は4人組のフォーク・バンドですが、2人の場合は『サブウェイ』と名前が変わりますが、折角ですのでここで2曲ほど歌って貰おうかと思うのですが如何でしょうか?」

大きな拍手が起きた。「みずすまし」は、このブログでも過去何回も取り上げている。本当はこの日のライブは「みずすまし」のライブだったのが、リード・ボーカルのKa君の奥様が長期入院になってしまい、急遽「のどごし生バンド」のライブに切り替えた経緯がある。

もう一人のリード・ボーカル宮原さんは、関西地区で有名なフォーク歌手だ。彼は京都から東北の被災地での復興ライブに向かう途中、僕らのライブに立ち寄ってくれたものだ。この日は、Ka君も来てくれたので「サブウェイ」が成立したのだった。

早速、僕は二人をステージに呼んだ。

.   サブウェイの2人 ギターの宮原氏は京都から来てくれた  Photo by Hara

.   サブウェイ ギターの宮原氏は京都から来てくれた  Photo by Hara

 

2月 11, 2015   No Comments

ブルース・アレイ・ライブ(1)

.   目黒「ブルース・アレイ」入り口   Photo by Hara

.    目黒「ブルース・アレイ」入り口 階段下りて直ぐ右   Photo by Hara

2月8日の昼間、目黒の「ブルース・アレイ」で僕らの主催ライブを行なった。アマチュア・バンドのライブなのに、食事付き飲み放題とは言え、入場料6千円もするので観客が入るのか大きな不安があったが、蓋を開けてみれば、用意した客席103席が全て埋まったのだからこれは奇跡だ。

ただ、おじさんバンドが集客したので、年齢層が高いのは止むを得ないところだが、そういう皆さんに、心から楽しんで貰えればという一心で事前準備に最大限注力し当日を迎えた。

出演は、いつもの「のどごし生バンド」と「ダンディー・クイーン」だ。「ダンディー・クイーン」は私が現役時代に会社の連中と始めたバンドだが、2年に一度くらいのペースで行われる会社の「音楽祭」に出演するためにテンポラリーに編成されるので、みっちりスタジオ練習を重ねて本番に臨むのが通例である。

毎回、バンド・メンバーは変わる。転勤等があるからだ。現に一度として全員同じメンバーということがなかった。今回も、ボーカル・サックス・ギター・ドラムの4人は前回(2年前)と同じだが、ピアノとベースは今回初参加だ。尤も、ピアノのYちゃんは「ダンディー・クイーン」の前身の「オー・G・サウンズ」の頃のレギュラー・メンバーではあるが。

ベースのKuさんは、ギターのO君の友人で、会社とは関係ない人だが、今回ベースマンが見付からなかったので、無理やりお願いした経緯がある。彼は、プロ級の腕前のメンバーを擁するロック・バンドのベースマンだから、その実力も人間性も大変素晴らしい人物だった。因みにKuさんは、ピンクレディーの増田ケイコさんの旦那様なのだ。

さて、いよいよ開演だ。僕はこの日の総合司会を務めることになった。実は総合司会をお願いしていたK君が急遽入院となってしまい、代わりを立てる時間もなく、主催側の僕が総合司会をせざるを得なかったのだ。

「 こんにちわ! ブルース・アレイにようこそ! 本日は凄いんですよ。北は北海道から、南は九州・沖縄からと、全国各地のご出身の方々が、103名もここブルース・アレイに駆け付けてくれました。なにせ103名の皆さんですから、空席以外は超満員です(笑)。誠にありがとうございます。

申し遅れましたが、本日の総合司会を務めますQP神童です。どうぞ宜しくお願い致します。

何ででしょうかね? 皆がQP、QPと呼ぶんです。きっとこのオデコのせいでしょうかね。話は逸れますが、ある先輩が私を指して、多分『デコにバカ無し』と言うつもりだったんでしょうね、褒め言葉のつもりで。それを『ハゲにバカ無し』と間違えましてねぇ。こう見えましても私のは禿ではなくてオデコですから、そこのところ宜しく。

皆がそう呼ぶので、仕方なしQP神童と名乗ってはいますが、ちゃんと本名があるんです。ジェームス神童、って」

お客様も大笑いしてくれたから、この最初の喋りでツカミはまずまず成功かなと思った。でも、後で聞くと、客席にかなりの割合で髪の毛が少ない方もおられ、必ずしも相応しい内容ではなかったとご注意を頂いてしまった。いやー、司会って難しい。

「開演に先立ちまして、私から少々ご案内をさせて頂きます。まず、このブルース・アレイですが、元々ワシントンDCにある老舗の有名ジャズ・クラブでして、あのジャズの大御所、マイルス・デービスが当時大変気に入って何度も出演した所だそうです。ここはその日本版と言ったところでしょうか。このホールにも3か所、マイルス・デービスの自筆の絵が飾られていますので、後ほどどうぞご覧下さい。店の自慢の一つだそうです」

「次に本日のライブですが、3部構成で演奏させて貰おうと思っております。最初に「のどごし生バンド」、第2部は「ダンディー・クイーン」、そして第3部は再び「のどごし生バンド」と言う順で進めさせて頂きます。経費節減の折、3ステージとも、ドラムはQP神童が務めさせて頂きますのでご了承下さい」

いよいよ開演だ。

.   ブルース・アレイのシンボル。マーク   Photo by Hara

.   ブルース・アレイのシンボルマーク   Photo by Hara

 

2月 11, 2015   No Comments

我がベンチャー損保(下)

.  W社長が自分の会社をどういう会社にして行きたいのか。2年ほど彼と付き合うと明確に分かる。大会社然とした社員像が、まず大嫌いなのだろう。金融業の前に、サービス業の基本を社員に徹底しようとしている。挨拶は明るく大きな声で。自分達の職場は自分達で綺麗にし、常に整理整頓することを社員に求める。

  毎日各自が朝10分、自分の机やPC電話機などをピカピカに磨くことを、全員がやっている。家の掃除もしたことない僕も、皆の手前やらない訳に行かないから毎朝やっている。

  知らなかったが、普通の洗剤では落ちない汚れも、「水ピカキューブ」(激落ち君)というスポンジに水を浸しただけの物で磨くと、あら不思議、全部綺麗に落ちるではないか。こうなると、達成感があるから楽しいので、一生懸命磨く。近くの女性から「神童さん、もう10分経ちましたよ」と注意されるまでやる(笑)。  

  リスク・コンプラ委員会という会議が月一度、夜7時から2時間の予定で行われる。監査役の出席を求められているので僕も毎回参加しているが、お客様からの苦情(お客様カード)を全件精査し、その場で対策と期日を決めて実行に移すことを実践している。

  ここまでお客様の苦情を社長自らが知り対応策を考える損保は、ここFIS以外ないのではないか。更に、保険金支払いに関し、支払い事由が約款に照らして適正かのチェックを行い、免責事案にしたものは、不当に免責扱いにしたものはないかを、充分時間を掛けて確認するのだ。

  W社長の、不当な支払はキッパリ拒否、不当な免責処理は許さないという思想が、今や社員(少なくとも部長以上の執行部)に徹底された状況にあると言って良い。口で「適正支払」と言っても、契約数の急増に伴い、支払い事案も増える中、ここまで一事案ごと厳格に審議するのは並大抵のことではない。

  顧客にとっても、社員にとっても「日本一良い少額短期保険会社にする」と言うことが単なるお題目ではなく、日々の仕事の中で嘘偽りなく実践されていて、その本気度が伝わって来る。

  リスク・コンプライアンス委員会の中で、重視している項目がある。それは、同一の賃貸物件(例えば、あるアパートの一室)に対し、当社の異なる契約者が重複して保険付保しているような状況がたまに存在するのだ。

  その多くの場合は、既に退去した契約者が保険を解約しないまま、新たな入居者が当社の保険に加入したような場合に発生する。そういう重複契約を、コンピューター・データから洗い出して対策を打つのだ。対策は、以前の契約者を探し出して、解約手続きを促すこと。このことを重要なテーマとしているので、委員会としては、その進捗を定例確認しているのだ。

  この重複契約は、少額短期保険会社への入検(財務局検査)で必ずチェックされ、対策が施されていない会社は罰点マークを頂き、強い指導を受ける。当社としてもその撲滅に一生懸命なのだ。

  先日の委員会で、W君はこのことを陣頭指揮しながらも、「神童さん、このことは顧客が忘れていた解約返戻金を受取れるのだから、サービス業を標榜する当社にとっては凄く大事なことですが、お上が指導するのは変ですよねぇ?」と僕に言う。

  「私もそう思うね。本来民間企業がサービス競争で競うべきことだよね。それに、保険は飽く迄も保険者と契約者・被保険者間の契約なのだから、契約の解除・解約は当事者同士の申し入れが基本。契約社会の欧米でこういう指導を行政が行う国はないと思う」と僕は答えた。

  W社長は「まっ、検査で指摘されないように対策を打つ、と言うのではなくて、当社は飽く迄も、お客様のためにという観点から、不要になった保険の保険料は速やかにお客様にお返しするために解約漏れ対策を徹底したいので、皆さんよろしく」と宣言した。

  こんなところにも、W君のこの会社を本当に良い会社にしたいという強い思いが現れる。ついつい自分の息子(34歳)と比べてしまうが、この32歳、本当に大したものだ。今後のFISが大変楽しみである。

                  我がベンチャー損保   ― 完 ―

2月 3, 2015   No Comments