プレミアムエイジ ジョインブログ
Random header image... Refresh for more!

Posts from — 4月 2015

温泉一人旅

 

         小豆島行きフェリーの航跡

.         小豆島行きフェリーの航跡

小豆島・淡路島巡りの小旅行に行って来た。2月のブルース・アレイ・ライブの後、張り詰めていた気持ちが一気に解放されたせいか、酷い脱力感と倦怠感が襲い、両膝に力が入らない状態が続いていた時、ある先輩が、「本人は若いつもりでも、年齢は正直に身体に出るからな。温泉にでも行ってのんびりするのが一番だよ」と変なアドバイスをしてくれた。

確かに、温泉なんて随分行ってないなと思い、無性に行きたくなったのだが、会社も年度末に向かい、賃貸用の保険を扱う我がベンチャー損保の大繁忙期に入ることもあり、大量処理のためのシステムの整備も佳境を迎えていて、なかなか連続休暇を取る訳にも行かなかった。

繁忙期を乗り越え、4月後半になってやっと、小旅行に出ることが出来たのだ。温泉に浸かって、上手いお酒と新鮮な魚を食べてのんびり過ごせれば、場所は何処でも良かったのだが、たまたま、会社の連中と昼食の時の雑談で、「二十四の瞳」が話題になり、急に小豆島に行ってみようかと思い立ったのだった。

カミサンには、島に行っても退屈なだけと断られてしまったので、今回は久振りに一人旅となった。考えてみれば昭和50年の新婚旅行以来、家族旅行や夫婦の旅行は何回もして来たが、一人旅は独身時代以来かも知れない。それもまた良しだ。

面倒くさがり屋の僕は、例によってツアーに乗っかって二泊三日の旅に出た。東京駅から新幹線「のぞみ」で岡山に向かい、岡山からは瀬戸大橋を電車で高松に行き、そこからフェリーで小豆島に渡った。小豆島は生憎雨だった。それだけで当日の行程は終了し、夕方温泉宿に到着したのだった。

僕の目的は温泉に浸かることだから、ノー・プロブレムである。ツアーなので食べ物は美味しいとは言えなかったが、温泉には充分満足出来た。到着後直ぐに温泉に浸かり、寝る前にもう一度、そして、翌朝朝食前と都合3回入浴した。気持ち良かった。確かに温泉の力は凄い。心身共にリラックス出来て日頃の疲れやコリは見事に解消して行くのが実感出来る。

次の日は島内をバスで巡ったが、島は島でもかなり広く、道路も大型バス二台が余裕で対面交通出来る広い道路が整備されていた。若い時、式根島や三宅島に行っているので、小豆島も似たようなものだろうと思っていたが、本州の海岸沿いの国道を走っているのと全く変わらない。

  「二十瞳四の瞳」の舞台になった分教場

.  「二十瞳四の瞳」の舞台になった分教場

「二十四の瞳」の舞台になった小学校の分教場(分校)は、観光用パンフレットなどでは、広々とした校庭の先に小さな木造校舎が建っている写真が載っているが、行ってみると古い木造の校舎はあったが直ぐ近くまで民家が迫っており、校庭などない。

       当時の教室に座って懐かしむ

.       当時の教室に座って懐かしむ

             分教場の廊下

.             分教場の廊下

  「二十四の瞳」の作者 壺井栄の額が飾られていた

.  「二十四の瞳」の作者 壺井栄の額が飾られていた

ガイドに尋ねたら、写真はこの本物の分教場ではなく、別の場所にある映画のセット跡の方(高峰秀子主演の最初の映画でなく、後の田中裕子主演映画のセット)だと言う。何だか騙されたような気分になったが、それでも中に入ると古い教室に小さな木の机と椅子が20個くらい並べられていて、僕の通った小学校(松代小)の教室が蘇り懐しかった。

その後オリーブ園や寒霞渓という景勝地を巡ってから、一旦フェリーで高松に戻り、バスで徳島まで行き、そこから鳴門大橋を渡って淡路島に入った。

   小豆島はオリーブで有名 90数年前に持ち込まれた原木

. 小豆島はオリーブで有名 90数年前に持ち込まれた原木

           寒霞渓の頂上  

.           寒霞渓の頂上

瀬戸内海最大のこの島は何故「淡路島」という名前になったのか。ガイドの説明では、昔神戸から徳島に渡るのに途中船で乗り次いで、「淡路島」に着いてからは陸路を南下するルートが一般的だった。徳島は阿波の国(阿波踊りで知られる)と言ったから、「阿波に行く道」という意味で後年「淡路」島となったとのことだった。成る程である。

宿泊先は「ロイヤルホテル」(ダイワハウス)だった。かなり大きい豪華なホテルだ。中国人や韓国人のツアー客が一杯、駐車場には大型バスが何台も止まっているような所だ。僕としては、もっと静かな温泉情緒のある場所が良かったが、淡路島に温泉があるなんて関西の人でも知っている人は少ない。

           淡路島の宿泊ホテル

.           淡路島の宿泊ホテル

それもその筈で、近年1000m掘って温泉ホテルにした場所だそうだから、このホテル以外周囲には何もない。それでもここの料理は旨かった。大浴場も露天風呂もかなり広く、温泉気分を味わうには充分だった。

翌日は、船で鳴門海峡の渦潮を間近で見てから高松に戻り、ツアー・コースの最後は金毘羅さんお参りだった。何年か前にも来ているので、またあの長い階段(785段)を登るのは気が進まなかったが、ツアーの中で、一人だけ断念したように思われるのも癪だったので付き合うことにした。

              鳴門大橋

.              鳴門大橋

             鳴門海峡のうず潮

.             鳴門海峡のうず潮

階段がきつかった記憶だけはあるが、2回目ともなると新しい発見もあるもので、階段を上り切った辺りには白と黒の2頭の馬が我々を迎えてくれた。前回見たのかも知れないが全く記憶にない。この馬は神馬ということで、神様がのる馬として奉納されたのだという。そして、どういう訳か近くに子象の銅像があった。これも奉納されたものだ。この象も神象と言うのだろうか?

              神馬  目が可愛い

.              神馬  目が可愛い

           子象の銅像  神象?

.           子象の銅像  神象?

「金刀比羅宮」は最初「琴平神社」と称していたらしいが、仏教の金毘羅と習合して「金毘羅宮」(コンピラグウ)となり、明治元年の神仏分離令で「金刀比羅宮」(コトヒラグウ)となったという。ガイドは最初から最後まで「コトヒラグウ」と発音していた。

              金刀比羅宮

.              金刀比羅宮

              JR琴平駅

.              JR琴平駅

町のはずれにJR「琴平駅」がある。「金毘羅」「金刀比羅」「琴平」は文字は違うが全部同じことだと理解した。岡山への帰りは「琴平駅」から電車で高松手前の「坂出駅」で乗り換え、再び瀬戸大橋を渡って岡山に戻った。岡山からは新幹線「のぞみ」で3時間半、無事帰京した。

心は解き放たれたか?         Yea!
心身ともリフレッシュ出来たか? Yea!
やる気は充満したか?       Yea!

さぁ、音楽に、ゴルフに、仕事に、OB会、パワー全開で頑張るぞー!!! 温泉効果が楽しみである。

       金刀比羅宮から讃岐富士を望む

.       金刀比羅宮から讃岐富士を望む

4月 27, 2015   3 Comments

若い人の人気作家(2) ― 完 ―

誉田哲也の出世作は、警視庁特殊犯捜査係を描いた「ジウⅠ」「ジウⅡ」「ジウⅢ」のシリーズだろう。また、警視庁捜査一課・殺人犯捜査係の主任警部補・姫川玲子の活躍を描いたシリーズものも、テレビドラマや映画化がされて有名なった。「ストロベリーナイト」を始め「ソウルケイジ」「シンメトリー」などがそれで、6~7冊の文庫本がある。

彼の本で興味深かったのは、「疾走ガール」という、女性ロック・ギタリスト兼ボーカリストの物語だ。姫川玲子もそうだが、個性的で強い女性を描くことでは誉田哲也の右に出る者はいないのではないかと思える冴えを見せる。

「疾風ガール」の主人公は19歳の柏木夏美。男の目を釘付けにする美貌の持ち主で、天才的なギターの腕前の持ち主だ。だが、彼女は遠回しな言い方や、社交辞令的な常識的言い回しをする人間にはイライラするタイプなのだ。我が儘で直截的な物言いで周囲を翻弄するのが面白い。

そういう自由奔放な彼女が、憧れていた同じバンドのロック歌手(男)の自殺の謎を追いながら、彼のいない世界で音楽を続ける気持ちが無くなったり、自殺の真相が分かって、再び上を目指してパワー全開で頑張るといったストーリーだ。彼女を自分のプロダクションから世に出そうとする担当者も、バンド・メンバーも、彼女に振り回される場面が随所にあり笑える。

ただ、誉田哲也は、昔バンド活動をしていたのかと思うほど、プレーヤーの力量に関する記述がやけに詳しいのが驚きだ。例えば、普段は人格が壊れていると見做されているベースマンが、ステージに立つと見違えるような演奏をする。正にプロフェッショナル。高速のロック曲の時、サビの盛り上げではコンマ何秒か微妙に先行してベースを弾く。

逆に、バラードではコンマ何秒か後ろにずらして弾いて、聴く人の心に重くズシリと響く曲に仕上げるし、ドラムのビートを前面に出す時やドラムの遊びが必要な時は、正確無比なリズムを奏でる、などと専門的に詳しく書かれているのだ。僕は小説とは別に、こういうことが分かる小説家が存在することに、従来の作家のイメージを払拭しないといけないという気分になってしまう。

どうやら、この続編があるらしい。「ガール・ミーツ・ガール」がそれらしい。多分、それも読むだろうなと思っている。

ということで、最近はとんと小難しい本を読まなくなってしまった。多分、考えながら最後まで読むだけの集中力がなくなって来たのだろうと思う。エンタテイメント専門になったが、その分、若い人達と少し話が合うようになって来た、気がする。

.                                         若い人の人気作家  ― 完 ―

4月 15, 2015   No Comments

Days go by

また、一曲出来た、愚作が。やはり没になった。詩はその道の才能のない者には本当に難しい。どなたかこれを見違えるように改変してくれる人はいませんか(笑)?

 

  Days go by   (過ぎ去りし日々)

.                         Words by 神童覇道
.                         Music  by 神童覇道

街行く人の流れに あの人と良く似てる
人を見掛けて思わず 立ち止まり
見詰めていたの

忘れていた筈なのに あの頃が蘇り
並んで歩いた街並みも 公園も
最初のキスも

Woh Oh Oh !  Days go by

忘れ物に 気付くように
二度と帰らぬ あの時が
トキメキ輝く 青春


.                      (間奏)


愛する人との日々が 幸せ過ぎて怖かった

いつの日か終りが 来ることは
分かっていたの

迷路に迷い込んでは 出口求めてもがいてた
さよならと言った時 あの人は
俯いていた

Woh Oh Oh !  Days go by

私は大人に なり切れなくて
貴方に全てを 求め過ぎたのね

他人のそら似と 知りながら
後ろ姿に あの人の
隠したつもりの 淋しさが・・・

Woh Oh Oh !  Days go by

 

4月 13, 2015   No Comments

厳しいプロの道

  会社の後輩が電話をくれた。今日都合良ければ飲みましょうと。彼は奥様と2人でブルース・アレイに僕のドラマー振りを初めて見に来てくれたのだった。過去に何回も声を掛けたが、「素人のライブなんて絶対に行きませんよ。でも、頑張って下さい」とか言っていた奴だ。

  何の風の吹き回しか、ライブのお知らせを一斉配信したら、彼から「女房と2人でお邪魔します」と返信が入ったから驚いた。何度か奥様とお会いしているから、きっと彼が奥様にライブ通知を見せたら「行きたい」と言われてそうなったのだと想像している。

  その日の放課後は何も予定が入っていなかったから、即OKして6時半から、新宿で飲んだ。指定された店に行くと既に彼は来ていて、「いやー、この前は楽しかったです!」と満面の笑みで迎えてくれたのだった。

  乾杯もそこそこに、「神童さん、ビックリしましたよ。あんなに皆さん上手いとは思ってもいませんでした。女房も凄く喜んでいました。神童さんいつもよりカッコ良かったって」。

  「いや、内心、来場者から6千円(入場料)返せって言われるんじゃないかと、あの日は緊張しっぱなしだったんだ」「えー、とてもそんな風には見えませんでしたよ。堂に入ってると言うか、プロのミュージシャンみたいだったですよ」

  「からかうなよ。俺たちの実力レベルは自分達が一番分かってるからね。ブルース・アレイに連日出演している有名人のレベルが10だとすりゃぁ、俺たちは3とか4が精々だよ」「はい。でもとっても楽しかったです。次回また是非誘ってください。女房がまた行きたいって」。

  嬉しいもんだね。お世辞も嘘も下手な奴がここまで言うのは本心かなと思ってしまう。「ところで、ライブの感想を言うために俺を呼んだんじゃないんだろ?」「いや、それが第一目的ですよ。一度くらい神童さんのライブに行っとかなきゃ、嫌われると思ってしょうがなしに行ったら、何と何と素晴らしいじゃないですか。本当にビックリです」「ありがとね」。

  「それで第2の目的は?」と先を促した。「実はうちの息子がですねぇ、今、就職浪人中なんですけど、プロのミュージシャンを目指したいなんて言い張って、親子喧嘩になってるんですよ。全くそっちの世界知らないから実態はどうなんだろうって神童さんに聞きたかったんです」「楽器は何やってるの?」「神童さんと同じですよ」。おう、そういうことか。難しい質問だな。

  息子の実力レベルも何も分からない中で、彼は息子に断念させたくて実態を聞きたいということだろう。僕は無責任なことは言えないので、僕が知っている範囲で実際のプロと言われているドラマー達のことを話した。

   「正直言って、プロと言われる人達で、音楽だけで食っていけている人は物凄く少ない。日本でジャズ・ドラマーとして5本の指に入ると言われている人を知っているが、音楽の仕事が入らない時は、別の仕事している。彼は、モントルー・ジャズ・フェスティバルに2回も呼ばれた天才ドラマーだけど、そういう人でもそうなのよ」。

  「また、東中野にあるライブハウスの主で75歳のドラマーがいてね、僕の先生なんだけど、昔は皇族のパーティーに良く呼ばれて演奏してた有名人なんだ。でも、今は経営もトントンで大変みたい」。

  「また、現在27~28歳くらいかなぁ、赤坂・六本木のクラブで曜日交代で演奏している今を時めくドラマーと目されている人がいるけど、やっぱりアルバイトしないと苦しいのよ。プロを目指している若手ドラマーも知ってるけど、ニート同然だしね」。

  「ミュージシャンの中でも、ドラマーは一番厳しいんじゃないかなぁ。成功してるのは、名の売れているバンドのドラマーくらいじゃないの。サザンとかトキオとかね。だけどプロダクションや芸能事務所なんて決してキレイな世界じゃないし」。

  彼は言った。「神童さん、その話直接息子に話して貰えませんか?」と。会ったこともない息子さんの人生に、無責任な第三者が口出し出来ないしすべきでない。「ダメですかぁ」。「俺の知っていることを君に伝えたんだから、後は親子の話し合いだよ」「そうですね。分かりました」。

  彼の息子がどのような人生の選択をするのか分からないが、いいよねぇ、いろんな可能性が一杯あるし、この先の時間も僕らに比べりゃ無限にあるんだから。

  この話はそれでお終いにして、後はゴルフ談義に花が咲いたのであった。

 

4月 11, 2015   No Comments

若い人の人気作家(1)

前にも書いたが、浅田次郎の文庫本を殆ど読んでしまい、通勤で気楽に読める面白い本はないかと思っていたところ、1年ほど前、職場の若い人に教わった東野圭吾とか誉田哲也を、浅田次郎の次の文庫本が出るまでの場繋ぎに読んでいる。

東野圭吾は、未だそれ程多く読んではいないが、2006年に直木賞を取った「容疑者Xの献身」や「白夜行」、「鳥人計画」などは読んだ。彼は今一番売れている作家のようだが、作品の数も半端でない。

よくもまぁ、これほど次から次にアイデアが湧き出るものだと感心すると同時に、こんなにも凄まじい勢いで小説を書く作家のバイタリティーに圧倒される。若い社員に教えて貰った作家なので、若いと思っていたがネットで調べると57歳だという。ちっとも若くない。

今、東野圭吾の「あの頃僕等はアホでした」というエッセー集(と言うより回顧録)を読んでいる。まだ前半も前半、初めの方なのだが、中学高校時代の体験談が面白い。彼の通った公立中学は、荒れに荒れていた。中でも彼の学年にワルが大勢いて、教師も手を焼いていた。

3年になる時クラス替えがあった。普通の中学生だった彼の願いは、「どうか可愛い子のいるクラスになりますように」ではなく、「どうかワルの少ないクラスになりますように」だった。それがどうした訳か8クラス中の8組となり、学年中のワルが集められたようなクラスだった。

教師も匙を投げるようなそのクラスで、ワルのグループでなく、一番背が高いという理由だけでクラス委員に選ばれた東野君。統率力も何もあったものではない。その悪戦苦闘振りが面白い。

そして、中3ともなれば身体は大人で心は子供と言うようなアンバランスが目立つ時期だ。特に不良グループは自制が効かない分、童貞を捨てる機会も多い。そんな中では相対的に真面目な東野君、彼らの女に関する自慢話が羨ましくて仕方なかったと告白している。それ以来彼の頭の中は女のことばかりで一杯なったと正直に書いている。

僕にも、中3の終わりの頃の思い出がある。親友に誘われて彼の家に遊びに行った時、1枚の写真を見せてくれた。私服姿の清楚な女性が写っている。女子高の1年生だという。同じ中学の1年上のテニス部の先輩だったらしい。僕は年上に興味が無かったから、彼女は全く記憶にない。

もう一度写真を見る。1歳年上と聞いたからからか、綺麗なお姉さんといった感じに見えた。小学校の時一緒に野球をやっていた彼が、中学生になると何故かテニス部に入ってしまったのだ。その疑問が解けたような気がした。

彼はつい最近、その彼女と男女の関係になってしまったと告白した。場所は、今僕が彼と話しているこの部屋だと言う。両親がたまたま帰宅が遅くなる日の夕方だった。そこに至るまでの顛末を含めて、その日の情景の一部始終を僕に話すのだ。僕は全く現実感覚では聞くことが出来なかった。全くの未知の世界、遠い先の世界と思っていたから。

聞いていてもどう相槌を打っていいものか。勿論知ったかぶりでコメントを差し挟むことも出来ない。そんな経験も材料も何も持ち合わせていないのだから、ただただ驚いて黙って聞くしかなかった。

そうは言っても、僕も前期思春期に入っていたから、彼の描写がえらくリアルなので、聞いていてやたらと身体が熱くなるのを感じたし、意志に反して分身が石のように硬くなるのを抑えることが出来なかった。羨ましいと思ったことは言うまでもない。

「所詮この世は男と女しかいないからな」。話し終わった時の15歳の彼の言葉だ。友達だと思っていた奴が、凄く大人になってしまったように思えた。僕だけ子供のまま置いて行かれたような、焦りにも似た気分になったのを覚えている。

神童だけには話して置きたかったと言ったが、自慢話というのでもなければ、悩みの告白でもない。益して、相談でもなかった。一人心に留めて置くには重過ぎて、誰かに話して楽になりたかったということか?

その後は別々の高校・大学になったこともあって、再会したのは20年も後のことだが、僕の質問に、奥様は勿論その時の彼女ではないと答えた。

東野圭吾の回顧録「あの頃僕等はアホでした」は、そんな大昔のことを思い出させてくれたのだが、実のところ、僕は彼の小説よりこの回顧録の方が何倍も面白いと思うのだ。

 

4月 9, 2015   No Comments

川柳一年

.  出身会社のOB会の中に、昨年4月に新たに立ち上がった同好会がある。それは川柳同好会で名前は「川柳句楽部」という。毎月1回の定例開催で、各自10作を持ち寄りメンバー全員で審議して、夫々の佳作をOB会のホームページにアップする形で進めて来た。3月で12回目、丁度1年が経過した。

  当初メンバーは7~8人でスタートしたが、OB会の正規の同好会として認められるには、最低10名の会員がいないといけない。10名になれば同好会に2万円の補助金(月2万円でなく年間で2万円)が支給されるので、必死に勧誘して、昨秋、遂に10名となった。

  最初の頃に比べれば会員の力量もかなり上がり、秀作が多くなって来ているが、第一生命の主催する「サラリーマン川柳」などの入賞作をみると、ひねり方や言葉の妙、深刻なことを笑に変える術はまだまだである。

  だが、継続は力なり。会員の成長曲線は目を見張るものがあるので、いずれは、そういう公募川柳に応募して、大賞を狙える会になって行くのを楽しみにしている。

  さて、丁度1年経ったので、僕も120首作ったことになる。恥かしながらその中から自分で選ぶ昨年度のベスト10を披露したい。どうか温かい目で見守って下さい。

 

  ★  2014年度  むーさん川柳  ベスト10  

.                                   (注)むーさんは雅号

1位    人生は         あの世までの      暇つぶし
2位    北朝鮮         調査はこれから?   ラチ開かぬ
3位    台風は         フック回転         何故右に?
4位    孫娘            帰らないでと        涙溜め
5位    ばあちゃん家(ち)   苦手先食べ         追加され
6位    枕銭            1ドル2ドルで        妻と揉め
7位    孫が聞く         空車タクシー        空飛ぶの?
8位    禁煙を          今年も誓う         吸いながら
9位    こう直せ         それって僕の        最初の案
10位    髪後退?        オデコが前に        出ただけじゃ

 

  ★  3月例会  他の会員の秀作

.      食卓に          薬も並ぶ          朝ごはん
       CMの          そうだ京都が       金沢へ
.      色男           昔ダンディー        今ダーティー
.      ホットする        かみさん出かけた    家の中
.      我が夫婦       早寝早起き         会話なし

4月 6, 2015   No Comments

円形脱毛症

21


.
  地元に「ラ・ポール」という理髪店がある。ここの主のYさんは、なかなかのやり手で、市内に10店を超える理髪店を構える会社の社長さんなのである。彼は50歳前に、生死をさまような大病を経験し生還した人でもある。年齢は僕より2つ年上だ。

  健康を取り戻してからは、一度は死んだ人間という意識が、彼をして強く突き動かし、商売への入れ込み方が半端でなくなったと、ご本人から以前聞いた。生かされた命、残りの人生は悔いのないよう全力で頑張ろうと思ったとも言っていた。

  僕は同じ町に住みながら、職場が新宿だったり、東村山の事務センターだったりしたので、床屋は職場近くで済ませていたから「ラ・ポール」は馴染みがなかった。彼の店に初めて行ったのは、僕の勤め先の保険会社が別の保険会社と合併し、僕の勤め先が地元にある合併相手の事務センターに変ってからである。

  以前からの社員に近く床屋さんを教えて貰って行ったのが最初だ。駅近くの路地を入った目立たない場所に「ラ・ポール」はあった。合併新会社は2001年4月発足だから、それ以来、僕はここにお世話になっているので、かれこれ14年の付き合いになる。

  ある時、「神童さん、お宅の会社の社員に特別割引の制度を適用したいけどどうですか?」と提案された。これは社員のためになると、この申し出には即飛び付いたのである。

  通常2,200円のところ、社員証を呈示してくれれば1,700円にするという有難い申し出だった。400名ほどの社員(うち男子は70%)がいるから、その後、かなりの社員が利用した筈だ。Y社長はなかなかの商売人だ。

  彼が数年前に駅前の表通りに、何店目かの新しい店を出した。この店の料金システムは昨年の消費税増税までは、平日1,000円、土日休日1,200円だった。現在は夫々200円アップしてはいるが。

  これも彼流の戦略だ。世の中1,000円のスピード理髪店(チェーン店)がいたる所に進出していて、既存の理髪店の大きな脅威になっている。Y社長は、駅前の一等地に構えたこの店をスピード理髪店に対抗する戦略店として位置付けた。

  スピード理髪チェーン店は、散髪だけで洗髪も何もなく、終わったら掃除機のようなバキューム式の筒で、髪の間に残った毛を吸い取ってお終いだ。その間10分~15分というもの。客としては何だか人間扱いされていないようで好きになれない。

  しかし、同じ1,000円の料金でも、「ラ・ポール」は、髭を剃ることだけ除いて、後は全て従前通りなのだ。即ち、最初にまずシャンプー、そして散髪。もみあげから耳の上・後ろと首に沿っては剃刀で生え際を整え、鏡で後頭部の散髪具合を本人に確認させて、またシャンプー。

  シャンプーが終ると、熱いおしぼりを渡してくれるので、それで顔を拭いてリフレッシュ。その後肩まで揉んでくれる。最後にドライヤー、そして、リキッドかヘヤクリームか選択させて終了となる。時間も30分は掛けて丁寧にやってくれる。

  こんなんで、儲かるのかと心配になるが、もう数年続いているし、この店のお蔭でスピード理髪店チェーンが進出を諦めているのだとしたら、「ラ・ポール」防衛戦略は大成功と言えるかも知れない。

  さて、先週、その駅前店に行った。いつもはY社長がいることは稀だが、この日は彼がいて、僕を見ると社長自ら散髪してくれた。彼は作業をしながらいろいろな話をするのだった。

  彼の息子さんが、後を継いでくれなかった。仕方ないからそのお嫁さんに店を継いで貰おうと、なだめつ、すかしつ、数年教えてみたが、この前、遂に「ゴメンナサイ。私にはとても無理です」と言われてしまったとか。

  手広く商売を拡げたはいいが(ビジネスとして大成功したが)、「後継者がいないってのは、淋しいもんだね」としみじみ語った。行く行くは頑張ってくれた従業員に夫々の店を譲るつもりとも言っていた。全てが思い通りには行かないのが人生。

  そんなY社長の声のトーンが変った。「神童さん、うちの従業員から言われたかも知れないけど、右耳の後ろに小さな円形脱毛症がありますねぇ。前はなかったから、新しいんですかね?」。「えっ?! 嘘!」。

  鏡を持って来てくれた。うーん、成る程。耳の直ぐ後ろ、耳の上から斜め後ろの生え際の直線の一部が欠けている。周囲の髪を退けてみると半円状に禿げていた。直径1cm程度の大きさか。

  「大丈夫、大丈夫。今はいい薬があるから、この程度大きさなら直ぐ生えてくよ」と言って、幾つかの薬の名前を教えてくれた。が、そんなものを使うつもりもない。「悪いこと言っちゃったかな。あんまり気にすると大きくなっちゃうから気にしない方がいいですよ」だって。じゃぁ、余計なこと教えるなよ(笑)。

  別名、台湾禿げ。台湾の形に似ていることに由来するらしい。こんなどうでも良いことまでY社長は教えてくれる。

  でも何で? 悩み事でもある? ストレス? 2月のライブに神経を集中し過ぎたのか? 鈍感なことでは人後に落ちない筈の神童も、実はガラス細工のように繊細な神経の持ち主だった? うん、絶対そうだ。この円形脱毛症はそのことの鑑定書だ。大事にしよう。

 

4月 3, 2015   No Comments

トラブルの連鎖

.  久し振りのゴルフ。4人で埼玉のゴルフ場に行く朝を迎えた。僕と相模原のSuが、夫々の車で6時に町田市に住むKの家に集合して、Kの車で3人一緒に八王子のSiの家に行き、彼のセルシオに乗り換えて4人で埼玉に向かうことになっていた。

  僕は4時50分に起きて、5時半に出発しようとした。だが、愛車RX-8のイグニッション・キーを幾ら回してもカチカチと言うだけでエンジンが掛からない。バッテリー切れかと思うが、妙なのは車内灯も全部つくし、オーディオもちゃんと聞けるのだ。

  暫く間を置いて、もう一度試してみる。カチカチ、カチカチ。ダメだ。どうしよう。咄嗟の判断で、Kに連絡して集合場所を僕の家に変えて貰おうと思いKに電話した。

  これが全く繋がらない。否、呼び出しているが出てくれないのだ。何回も電話してもダメだった。仕方ない、6時集合だから如何何でもその頃には電話も通じるだろうからその頃もう一度電話しようと思った。

  5分後(5時40分頃)Kから電話が来た。トイレに入っていて電話に出られなかったとのこと。僕は「エンジンが掛からないから2人で我が家に来て欲しい」と伝えた。到着が予定より30分遅くなるからスタート時刻に間に合わないかもしれないが、平日だから大丈夫だろう。

  我が家への到着は6時20分から6時半くらいと予想した。1台の車が家の方に近づいて来る。まだ6時5分だから、違う車だろうと思っていたら車内から手を振っているのが見える。嘘~、えらく早い。

  聞けば、Suが20分も前にKの家に到着したのだそうだ。この事態を予測したかのようなSuの行動に感謝して、7分遅れで八王子に向かう。Si宅に到着。Siは彼のセルシオのタイヤがパンクしたので、Kの車でゴルフ場に向かいたいと言う。今日は朝から2台も車がトラブった。何か嫌な一日の始まりだ。

  Kには兎に角、くれぐれも安全運転をお願いした。それにしても、高速道路走行中のパンクでなくて良かった。

  さてゴルフ。1番ホールで素振りをするためドライバーを取り出そうとしたら、無い! あれ! 46インチのドライバーをゴルフバッグに入れたままでは、車のトランクに入らないため(RX-8は、流線型のためトランクの幅が広くない)、いつもバッグからドライバーを抜いて、バッグを積んだ後ドライバーを抜き身でトランクに入れている。

  そう言えば、今朝、車からバッグを降ろす時、最初にドライバーを取り出さないとバッグを出せない筈なのが、そんな記憶がない。ヒョッとしたら、先月ゴルフ場からの帰りに、駐車場でゴルフバッグから抜いたドライバーを車に立て掛けたまま、バックだけを積んで帰って来てしまったのかも知れない。

  1ヶ月前のゴルフは、町田にあるKのホームコース東京国際カントリーだった。Kは、もしそうなら、2日後に行くのでゴルフ場に聞いてみると言ってくれた。3年前に買ったゼクシオだが決して安い買い物ではなかった。それにしてもこの日の朝は、悪いことが続き過ぎる。

  Suが「2度あることは3度あると言うけど、3度あったから、もう大丈夫ですよ」と変な慰めを言ってくれた。

  僕のドライバーのシャフトはR(柔らかい)だが、他の3人は飛ばし屋だけあってS(硬い)かSRだ。この日はKのSシャフトを借りてラウンドするしかなかった。いつものように振ると、硬い分少し右に出る。フェアウェイの左サイドを狙っても右サイドか右ラフに行ってしまう。

  でも、芯を食った時の打球の勢いは流石S。勢いが違う。午後のラウンドでは、ゆったりしたスイングに心掛けるようになり、狙い通りの方向に飛ぶようになった。午前中は4人中一番飛ばない僕が、ラウンドの後半ではSシャフトにも慣れ、一番の長距離打者のSiに飛距離で1~2度並ぶまでになった。

  こうなると、Kのドライバーが欲しくなるもの。「Kさぁ、それ1万円で下取りするから譲らない?」「ダメですよ。7万円ならいいですけど」「じゃぁ買った。但し30年月賦で」「・・・。月200円じゃないですか? それに30年後なんて生きていませんよ」「だめか(笑)」。

  後日談。結局僕のドライバーは出てこなかった。その知らせを送って来たKのメールには、「あの日、自分のシューズと着替えの入ったバッグをゴルフ場に置いて来てしまいました。3度あることは4度ありました。トホホ」とあった。お互い物忘れや置忘れが多くなって来たから、今後は指差し確認が必須だな。

  RX-8の方は結局バッテリーの電圧低下だったので、新品に取り換えて2万円強、ドライバーを買い直すため5万円程度の出費を覚悟したので、当日のゴルフ代含めて、あの日は8万円超のバカ高なゴルフとなったのでありました。トホホ。

 

4月 2, 2015   No Comments