プレミアムエイジ ジョインブログ
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Posts from — 2月 2016

ライブのお知らせ

春が近そうでなかなか来ない。そんな春待ち遠しい時期ですねぇ。
皆様お変わりありませんでしょうか?

正月明けから痛めておりました右膝は、暖かい日は痛みが退いて、寒い日は痛みが戻るを繰り返していますが、桜の咲く頃には何とかゴルフを再開出来るよう、頑張って通院しております。

不思議なもので、膝痛はあっても、座って演奏するドラムには全く支障なく、変な幸運を感じております(笑)。

という訳で、「のどごし生バンド」の隔月ライブは予定通り行ないます。一気に春突入となって欲しいとの願いを込めて、3月12日(土)に決めました。詳細は下記の通りです。是非、お越し下さいますようお願い申し上げます。

新曲に挑戦すべく気合を入れて練習に励んでおります。乞うご期待であります。

2016.03.12 グレコ ライブ チラシ

2月 23, 2016   No Comments

エッセイ

僕の高校時代の親友Ⅰのことは、このブログで過去に何度か書いた。彼はW大卒業と同時に同大の職員として採用され、以降、一貫して大学職員の道を進んだ。

今から10年ほど前になると思うが、Ⅰはその道を極め、遂に大学の理事に上り詰めたのである。勿論、理事会(一般企業の取締役会)は教授達が幅を利かせる場であることは言うまでもない。そこに事務方トップの彼が名を連ねたのは、友人として大変嬉しかったことを覚えている。

昔を知る僕は、彼が社会人になっても直言実行の士であったのは想像に難くないのだが、であればこそ、幾つもの壁や摩擦にぶつかり、もがき苦しみながらそれを突破して遂にボードに名を連ねたのだろうと思った。

直言の士と書くと、いかにも尖った奴という印象を持つかもしれないが、170cm台後半の大男の醸し出す優しさと包容力のようなものは、オーバーに言えば西郷隆盛に通ずるものがあると、僕は勝手に思っている。

そんなⅠは、今、ある女子大の理事長を務めている。そして、大学関係の出版社から頼まれて、月刊誌に毎月エッセイを投稿している。彼のエッセイは、自らの経験を通して語る全国の大学職員に向けた応援メッセージである。僕にも原稿を送って来てくれるのでその全てを読んでいる。

ところが、今日送ってくれた原稿には、「この前の貴君の話を全面的にパクって原稿にしました。理解や主旨が違っていたら自由に書き変えて下さい」と添え書きがされていた。その話と言うのはこうである。

僕が係長の頃、師匠(当時課長)に予想外の叱られ方をしたエピソードだ。

僕が係長時代、仕事の師匠から「お前の仕事ぶりは、主観的勤勉、客観的怠惰だ」と叱られたのである。当時僕はシステム部門のSEだった。システム開発の仕事は、他部門からの要請に応えることがどうしても多くなるので、僕はそうした要請に全力で応えていたつもりなのだが、それを見ていた師匠から「お前は他部門相手の御用聞きか」と、どやされたのだった。

僕は、他の先輩や同僚の誰よりも一所懸命に、他部門から要請されたシステム作りをしているという自負があったので、「私の仕事のどこがいけないのですか」と食って掛かった。すると、師匠は「他部門からお前が頼まれていることを全部断ったら、会社は潰れるのか?」と逆質問。

答に窮して黙っているとその師匠は「潰れないよ。いまお前がやるべき仕事は、御用聞きじゃない。システムを使って、会社をどう変えるかを考えることだ。それがお前の仕事だ。御用聞きはもっと若いやつでもできる」と言った。

それからは、師匠の指導で、会社の仕組みや構造を変え、会社全体の効率化や、会社のビジネス・モデルそのものをシステムで変える仕事を徐々に行うようになった。そういうシステムを検討して、経営陣に提案し、そのためのプロジェクトを率いて行った。

僕がその過程で分かったことは、「自分の得意と思うことだけをやっていた時は、確かに時間的には厳しくとも、精神的には悩まず、且つ、他部門から感謝され評価されるのだから、楽しかったし、楽だった。しかし今になって考えれば、何も新しい価値を生み出す仕事にはなっていなかった」ということだった。

それに対して、会社を変える仕組み=システムを考えて作ることは、海図のない航海のようなもので様々な難題に直面し、深刻に悩み、つらいことが多かったが、やり切ったときの達成感と成果の大きさは、桁違いに大きかった。

師匠の言葉「主観的勤勉、客観的怠惰」とは、このことだったのだと気付いた。自分としては(=主観的には)、勤勉のつもりだったが、会社にとっては(=客観的には)、怠惰だったのである。

Ⅰは、このエピソードを紹介しながら、「出来れば視点を一段上げて、この仕事が組織や大学をより発展させるものか、現状の単なる問題解決なのか、といった問いを考えてみることが必要だという教訓でもある」と述べている。

そして、「一所懸命はいかなる理由をもっても否定すべきことではないが、その上で出来得れば、その血と汗との流れる先が、組織の発展・隆盛であれば、その努力はもっともっと報われる。

友人のように仕事の師匠から『お前の仕事ぶりは、主観的勤勉、客観的怠惰だ』と叱ってくれる人が周りにいることを祈る」と結んでいる。

Iは僕の言った趣旨を200%正しく受け止めていてくれた。友達とは有難いものである。僕の極々個人的なエピソードを名文で一般論にまで高めてくれたのだから。ただ、自分的には彼のエッセイ原稿を読みながら、何とも気恥ずかしい限りではあった・・・

 

2月 11, 2016   5 Comments

20回目のライブ(6) ― 完 ―

 

.          38階佐藤さん

.          38階佐藤さん

38階佐藤さんは、「K&B」の演奏中に現れた。この時ほどホッとしたことはない。若し、何らかの事情で彼が来れなかったりしたら、第2部は全く成り立たないからだ。良かった。これで思いっ切り自分達が楽しめるライブが出来る。

第2部は、アンディーの「ラバーズ・コンチェルト」でオープニング。これはリハでやったので何の心配もない。浜ちゃんがいないのは残念だが、佐藤さんとアンディーのボーカル中心にいつものメンバーで演奏出来る安心感が大きい。

.            アンディー

.            アンディー

2曲目は僕の「アンチェイン・マイ・ハート」。Sさんという大先輩が来ている。彼はいつも僕のこの曲を所望されるのだ。「今日もあの曲、絶対に歌えよ」「Sさんがいるんじゃやらない訳に行きませんねぇ」とは、休憩時間のSさんと僕の遣り取り。

もう4年もこの曲だけを毎回歌うのに飽きて、一度はブルースアレイのステージ上で、100人を前に「歌い収め」と宣言してラスト・ソングにしたつもりが、再び「アンチェイン・マイ・ハート」を歌わざるを得なくなった理由は別にある。

.         アンチェイン・マイ・ハート

.         アンチェイン・マイ・ハート

「のどごし生バンド」の女性ボーカル2人が事情により出演出来なくなってしまい、この4年彼女達が歌う曲中心にレパートリーが増えたので、彼女達がいないとレパートリーがかなり不足するのだ。その上、今回のように浜ちゃんが欠場だと益々レパートリー不足は深刻になる。

以前は「のごし生バンド」だけで3ステージ(各7~8曲)こなし、且つ、観客を飽きさせない自信があったが今はとても無理。そこで、昨年の秋からは、ミノル&ヨーコやK&Bにお願いして第2ステージを担当して貰うようにした。

.    ミノル&ヨーコ  調布GINZのライブから  by QP

.    ミノル&ヨーコ  調布ライブから

こういう構成でやってみると、寧ろ、「のどごし」だけの3ステージより、観客の受けは良いということが分かったので、彼等彼女等に今後も是非お願いしようと思っている。

さはさりながら、「のどごし生バンド」として今後頑張って、少し新曲を増やそうと皆なで相談しているところだ。僕は候補にシカゴの「素直になれなくて」を挙げて歌の練習を始めた。まだ、ものになるかどうか分らない段階。アンディーにはプレスリー・ナンバーを、佐藤さんにはサイモンとガーファンクルの3曲目を(僕から「スカボロフェア」をリクエスト中)、浜ちゃんにはジャズの新曲を検討して貰っている。

.            ミセス・ロビンソンを歌い終わって

.            ミセス・ロビンソンを歌い終わって

話が横道に逸れた。ライブに戻る。3曲目は佐藤さんの「ルート66」。次がアンディーと佐藤さんのデュオで「ミセス・ロビンソン」だ。それが終った瞬間、会場から「38階の歌!」と声が掛かった。声の主は、この日(僕等のために?)、長崎からやって来てくれたYさんだった。

.           Yさん

.              Yさん

Yさんには、11年前のおじさんバンド結成当時から僕らを応援して貰っている。「38階の歌!」とYさんが言うのは、佐藤さんのオリジナル曲「街の灯り」のことだが、38階建のマンションの建設現場で働く友達を歌った曲で、サビ部分の歌詞が「38階の~」を繰り返すので聞く者の記憶に強く残るのだ。

.   「38階の歌」 こと 「街の灯り」 を歌う佐藤さん

.       「38階の歌」 こと 「街の灯り」 を歌う佐藤さん

佐藤さんのMCで、彼は「サウンド・オブ・サイレンス」の予定を変えて「街の灯り」を歌うつもりになったのが分かる。僕と大木先生は「どういうリズムだったっけ?」「最初の佐藤さんのギターに合わせましょう」とか小さな声で対策会議をした。

それをドラムの直ぐ隣のお客さん(K&Bが呼んでくれた若夫婦の奥様)にしっかり聞かれてしまって、「予定外の曲なんですか?」と質問された。僕は小さな声で「そうなんです」と答えた。何とかスローな8ビートだったことを思い出して事なきを得た。

その後はアンディーの曲、再び佐藤さんの曲。このステージも中保さんと佐藤さんが交互にベースを担当してくれた。ベースを中保さんに任せて佐藤さんがギターを抱えて歌う時は何かとても楽しそうだ、これが4年前までの姿だったから。

そしてラスト・ナンバー「ダイアナ」で思いっ切り盛り上がってライブを締めくくった。アンコールが来た。来たのだが、先生が「チョッとビール飲みたいので5分休憩してからアンコール曲にしましょう」と変な提案をする。

.        途中、サンシャイン大木もベース弾く

.        途中、サンシャイン大木もベース弾く

しかし、その思いはメンバー全員共通だったから、すかさず佐藤さんが「アンコールの前にアルコール・タイムを取らせて下さい」とMC。アンコール前に休憩に入るライブと言うのも珍しいが、どうやら観客も同じように飲みたい思いを共有していたらしく、寧ろ待ってましたの状況だったから面白い。

アンコールは、まず、「K&B」の「リベルタンゴ」、「のどごし生バンド」の「サニーサイド・オブ・ザ・ストリート」、そして、最後にいつもの「ジョニー・B・グッド」でこの日のライブを終えた。

.    アンコールじゃなくてアルコール・タイムね

.          アンコールじゃなくてアルコール・タイムね

ライブ終了後は、グレコで、久し振りの中保さんを中心に打上げ模様の飲み会となった。「K&B」も加わり、万ちゃん(グレコの料理人)の奥様から、札幌を馴れ初めとする19歳の時に始まる万ちゃんとの時空を超えた壮大なる恋愛物語を聞いてこれまた大いなる盛り上り。まぁ、聞いたと言うより皆んなで聞き出したという方が正しいのだが。

次回ライブを3月12日とすることを決めて解散した。

さて、足の痛い僕は、これから長旅で自宅に戻ることに気が重かったが、佐藤さんが、「今日は車で来ているので送って行きます」と言ってくれた。僕には佐藤さんがまるで救世主のように思えた。中保さんとフッ君と僕は佐藤さんの車に同乗させて貰って地元に戻った。佐藤さん、ありがとね。

ドラム演奏には全く支障がなかったものの、移動が大変では活動範囲が狭まってしまう。早く膝を治さなければ・・・・・

20回目のライブ  ― 完 ―

.           良く来てくれる高校時代の同級生

.           良く来てくれる高校時代の同級生 ありがとね

 

2月 7, 2016   No Comments

20回目のライブ(5)

.         K&Bの紹介中

.         K&Bの紹介中

さて、いよいよ「K&B」の出番である。僕が彼女達を紹介した。「今から6年ほど前になりますか、『K&B』は僕らのバンドで一緒に演奏したりしてたのが始まりなんです。なので僕らの兄弟バンドと言うか、妹バンドと言うか、娘バンドです。今日がライブ本格デビューなので、是非応援してやって下さい」。

「K&B」のKとはアコーデオン担当の「くっちん」のことであり、Bはピアノの「ビーバー」のBである。女性2人組のバンドだ。当時は20代半ばだった彼女達も、今は、くっちんがアパレル系のお店の店長さんだし、ビーバーは大手ソフトハウスのSE達を纏める課長さんなのだ。なので、ここ2~3年は多忙を極め2人で演奏する機会もめっきり減っていたらしい。だから、この日のために2人で特訓を重ねたと言う。

.            くっちん  

.            くっちん

彼女達は「アマポーラ」「ブルーボッサ」「情熱大陸」「リベルタンゴ」の4曲を演奏した。僕は彼女達の一番最初を知っているから、その急成長ぶりと言うかレベルアップぶりが驚きである。最初に聞いたのは童謡の「浜千鳥」で、しかもつっかえつっかえだったから、同じ2人組とは思えない出来栄えだった。

.                    ビーバー

.                    ビーバー

観客は殆ど彼女らのお父さんお母さんの世代なので、彼女達に暖かい眼差しを注ぎ、大きな拍手を送る、何とも微笑ましいライブとなった。彼女達の旦那様達や友人夫妻も嬉しそうだった。

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今回は、彼女達2人だけの演奏だったが、出来ればドラムとベースでバックアップしてやるともっと良くなる。丁度その日にグレコに来てくれていたOさんというジャズ・ドラマーに、今後の彼女達のライブでドラムをやってあげて欲しいとお願いしたら、直ぐにOKしてくれた。

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ベースの方はOさんのバンドの人でも、大木先生でも良いし、佐藤さんも中保さんもいるから何とでもなる。何故、神童がドラムをやらないのかって? 彼女達のレパートリーは、兎に角、おじさん(お爺さん?)には難しいのです。他にも「ルパン3世」だとか、テレビの「ニュース・ステーションのテーマ」だの厄介な曲ばかりなのだ。そこはジャズ専門のOさんにお任せして、僕は聞く側に回りたい。

4曲終ってステージから降りようとする(と言ってもステージはないが)彼女達を僕は呼び止めて、「『K&B』にいま一度大きな拍手をお願いします」。盛大な拍手。「このお2人、ここグレコに恋人とやって来たことが目出度く結婚に結び付きましてね。そうなんです。この店の常連さん達に背中を押されて結婚に至った訳です」。

.                2組みの夫婦

.                2組みの夫婦

「今日も夫々の旦那様が来られていますので、序でですからご紹介しちゃいましょう」と言って、2人の旦那様に前に出て貰った。夫々自己紹介してくれた。僕は再びマイクを持って「皆さんのお子様達で、まだ結婚をしていない人はいませんか?」。何人かが「ハイ」と手を挙げたようだ。「是非グレコにお連れ下さい。ここグレコは縁結びの店ですから」。会場がドッと沸いた。

無事第1部が終った。いろいろあって第1ステージを切り抜けるのも容易でないと心配していたが、Wさんに加わって貰ったり、「K&B」の予想以上の出来栄えに、大成功の第1部となったと言えると思う。

.         フッ君、中保さん、アンディーの休憩時間

.         フッ君、中保さん、アンディーの休憩時間

 

2月 6, 2016   No Comments

20回目のライブ(4)

.         僕らの助っ人 名サックス奏者 Wさん

.       僕らの助っ人 名サックス奏者 Wさん

先ずは「枯葉」から。Wさんのスイングするサックスはさすがだ。一気にジャズの世界に会場全員を引き付ける。それまでの飲み食いの時間は、どちらかと言うと居酒屋風だったのが、一瞬で店の雰囲気が高級ジャズ・クラブのように変わるから不思議だ。

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Wさんの次は大木先生のピアノ・アドリブ。先生も今日はいつもより凄く弾けている。2人とも自由自在で16分音符か32分音符かと言うような細かい音の連続ながら、どこか哀愁を帯びたフィーリングが良い。これぞジャズだと思いながら僕もリズムを刻んだ。

何ものにも縛られない自由な表現。ドラムと違い音階のある楽器でこういう演奏が出来るのがとても羨ましい。画家が真っ白なキャンバスに向かい、筆を自在に使って心の内に感ずるものを描き出していく抽象画のようだ。

.       ピアノ サンシャイン大木

.       ピアノ サンシャイン大木

続いて、中保さんのベースソロ。中保さんはリハが終った後、「枯葉のベース・アドリブはカットして欲しいんだけど」とか言っていたが、コード進行に忠実な遠慮深いアドリブながら、どうしてどうしてリズムがしっかりしていて、4年間のブランクは全く感じさせない。カムバック初日としては充分のレベルだ。

.        4年ぶり ベース 中保さん

.        4年ぶり ベース 中保さん

最後にサックスとドラム、ピアノとドラムの掛け合い4バース。僕は「枯葉」は何回もやっているもののこの4バースが苦手なのだ。4小節メロディー、4小節ドラムソロを繰り返すのだが、メロディーを口ずさみながらドラムを叩くことが未だに出来ないのだ。

4バースは要するに、「枯葉」なら「枯葉」を歌いながら掛け合いをやるものなのだ。そうしないと行方不明になる(今メロディーのどこをやっているのか分らなくなる)。その「歌いながら」が出来ないから、どうしても小節をカウントしながらのドラムソロにならざるを得ないのだ。

.            ドラム QP神童 こと ジェームス神童

.            ドラム QP神童 こと ジェームス神童

このことは、東中野「DRUM」の店のオーナー兼ドラマーに何度も指摘されて来たこと。彼は、僕が初めてその店で4バースをやった時、それを聞いて直ぐに「神童さん、4バースで小節数をカウントしながらドラム・アドリブやっているでしょう」と簡単に見抜いた。

そして、「ドラムを打楽器と思ったら間違いで、メロディーをドラムでどう奏でるかが大事」と言う。「だから、4バースでも、1コーラス分のドラムソロでも、歌いながらドラムを叩くことをマスターしないとダメなんです」。もう5年も前のことだが、これが僕には大変難しい。1コーラスの前半くらいは歌いながら出来ても、途中でメロディーが飛んでしまうのだ。

だから、この日も4小節の各小節の頭で「1、2、3、4」と数えながらやるしかなかった。そして、4バースの4回目のドラム・アドリブは4小節目の先頭1拍目を打ってブレークしなければならない。そうしないと皆が最後のテーマに入り難いからだ。

一応、邪道ながら尺はピッタリ合ったが、何年やってもジャズ・ドラムは難しい。

2曲目の「酒とバラの日々」もWさんに入って貰った。リズムはボサノバ。ジャズ・ボサノバで4バースはあまりやらないから気が楽だ。そして、ボサは2小節1セットながら、基本が8ビートなのでそれが得意な僕としては何の不安もなく楽しめる。ボサの曲は何故か洗練された感じが出るのでその点も良い。

3曲目は、ピアノをメインに、コンガ(フッ君)の乱打アクセントを効かせて予定の3曲を終えた。中保さん、もうこれで完全復帰だね。「のどごし生バンド」の第1ステージの役割はここまで。

.        コンガ  フッ君

.        コンガ  フッ君

 

2月 5, 2016   No Comments

20回目のライブ(3)

.           リハーサル中の K&B

.             リハーサル中の K&B

.      リハで真剣な表情の中保さん

.              リハで真剣な表情の中保さん

6時開場、7時開演の予定だが、極端に寒いこの日果たして何名のお客様が来てくれるのか。こういう日だから多くはないだろうがゼロということもないだろう。喩え数人でも来てくれた人のために頑張るのだ。

客の出足は鈍かったが6時半頃から次々と客が集まり、出席予定者は1人も欠けずに全員揃った。その上、当日気が向いたからと女性2人組が来てくれたり、地元の常連客も集まり席はほぼ埋まった状況になった。

.     開演前の 居酒屋グレコ

.             開演前の 居酒屋グレコ

今期一番の冷え込みの中、「のどごし生バンド」のために大勢に集まって頂いたのに、メンバーの方が勢揃いとは行かないので、ライブの最初に僕から事情説明をしないといけない。

と、そこに、更に、予期せぬ人が現れた。地元のセミプロ・サックス奏者のWさんが登場したのだ。後で聞いたら大木先生が、浜ちゃんの代わりに「のどごし」でジャズを吹いてとお願いしたらしい。

午後7時、開演の時間になった。「こんばんわ。寒い中をこれ程多くの皆様にお越し頂き、誠にありがとうございます」と僕がマイクで切り出す。「なのに、のどごし生バンドのメンバーの方が揃わない状況になってしまいました」。なんだよ、みたいな表情を何人か見掛ける。

.         メンバーが揃わないことの説明中

.                メンバーが揃わないことの説明中

「実は、浜ちゃんが先週の雪の日に滑って転んで、右手首を骨折してしましてね。サックスも持てない状況になってしまいまして。僕らはおじさんバンドと言われていますが、本当は爺さんバンドですからね。何が起きても不思議じゃないんですね」。ここでやっと座が和んだ。

「私奴もですねぇ、正月から右膝が痛くなりましてね。医者に行ったら加齢現象ですとあっさり言われてしまいました」。そしたら大向こうから、多分高校同期の奴だと思うが「加齢臭か!」と大声で返したから場内は大爆笑に包まれた。

「浜ちゃんの代わりと言っては何ですが、地元では世界的に有名なサックス奏者のWさんをお呼びしていますから、乞うご期待であります」。「地元では」が受けたのか、観客は微笑みながらも、興味や期待の表情を浮かべたように感じた。まだ言うことがある。

「そして、もう一つ、38階佐藤さんはお家の方で今日法事がありまして、ここには8時前に駆け付けることになっていまして・・・。その代りに、第1部は僕等にとって特別なベースマンにお願いしています。紹介します。中保さんです。実は中保さんは、11年前の『のどごし生バンド』結成時のメンバーで6年間一緒に活動して来た仲間なのです」。

「第1部は佐藤さんと浜ちゃんがいませんが、こういうメンバーでジャズを3曲、その後、若い女性ユニット2人組、若いと言っても30を過ぎておりますが(笑)、『K&B』に4曲演奏して貰いますので、ご期待ください。

そして、多分第2部には佐藤さんが間に会うと思いますので、いつものメンバーで大いに盛り上げたいと思います。どうぞ宜しく」と挨拶を終え、いよいよ演奏開始。

.         始まる前に食料確保しよ!

.                 始まる前に食料確保しよ!

2月 4, 2016   No Comments

20回目のライブ(2)

ところがである。ライブの10日前に、今度は浜ちゃん(クラリネット、サックス)から、「雪で滑って転倒し右手首を骨折したためライブを欠席させて欲しい」との連絡が来た。困った。第2のピンチだ。4曲は、浜ちゃんのクラやサックスをメインに、中保さんにベースをやって貰うことにしていたからだ。

そこで大木先生と話をして、ピアノ・トリオのジャズ3曲で行くことに決めた。K&Bの4曲と合わせて、第1部は7曲となった。その代りに第2部はアンコール3曲を入れて、多めの10曲とした。但し、38階佐藤さんが間に合ってくれればだが。

そして、そして、悪いことは続くもの。第3のピンチが発生した。ライブ前日、今度は天気予報が最悪となったのだった。夜半から雪となり、都心でも積雪5cmと言っている。2週間前同じような積雪でも交通網が大混乱したことが頭をよぎる。更に拙いのは、当日の夕方から、再び雨または雪の予報だ。

もし本当にそうなれば、ライブは中止せざるを得ない。中止となれば出席予定のお客様にライブ中止の連絡をしなければならないので、少なくても当日の正午に実施か中止かの判断をする必要がある。メンバー全員にそのことを伝えて翌日を迎えた。

朝起きて外を見る。当然外は雪景色だと思って見たら、何と全く雪がない。小雨模様だが雪さえ降っていなければ大丈夫だ。一応確認のためテレビを付けた。丁度JR新宿駅南口からの中継の最中だった。雪は全くないが1.5度の寒さを伝えている。そして交通網はほぼ正常運行とのこと。

スマホで天気予報を確認。午後は曇りで夜ところにより雨(降雨確率30%)となっていて、雪の予報は消えていた。よし、予定通りライブ実施だ。昼前に全員に連絡メールを出した。悪いことが続いたが、これでもう悪いことは起きないと確信した。

おっと、忘れてた。僕の膝痛は横浜までの往復に耐えるのか、ドラムはやれるのか、そんな不安が頭を擡げたが、これは気力で突破するのみ。

「グレコ」集合は夕方5時。いつものように5分前くらいに「グレコ」に着くよう川崎駅近くの喫茶店で時間調整してから向かう。1時頃飲んだ薬が効いて家からここ川崎まではそれ程膝の痛みはきつくなかったが、喫茶店を出て川崎駅での階段の上り下り辺りから痛みが増して来た。

だが、次に薬を飲めるのは夕食後だからそれまでは我慢だ。自ずと歩き方はゆっくりゆっくりとなる。新子安駅からは普通だと徒歩3~4分なのだが、階段があるため、いつもよりかなり時間が掛かって、店に着いたのは5時を5分以上回っていた。

「グレコ」には今日の出演者は皆揃っていた。遅刻を詫びて早速中保さんベースの3曲のリハに入る。「枯葉」、「酒バラ」そして「コーヒールンバ」だ。ピアノ・大木さん、コンガ・フッ君、ドラム・僕の4人の構成だ。中保さんは4年振りと言うが全くノープローブレムだった。リハは一回で終了。

続いて、K&Bのリハ4曲。彼女達はこの日に向けて練習を重ねて来たらしく、ほぼ完璧だった。ただ、ピアノの音量に対してアコーデオンの音が小さく、マイクのボリュームを調整してもう1回。良し、これで準備は整った。

.         いつも来てくれるお客様達

.                   いつも来てくれるお客様達

2月 3, 2016   No Comments

20回目のライブ(1)

.     のどごし生バンド グレコ20回目のライブ   All Photo by Hara

.     のどごし生バンド グレコ20回目のライブ   All Photo by Hara

土曜日に横浜新子安「グレコ」での20回目のライブを行った。2012年の4月に第1回目のライブを行ったから、以降今日まで3年10ヵ月、即ち、46ヵ月間に20回ということは2ヶ月強に1回のペースでライブを行なって来たことになる。

その間、いつも会場を埋めてくれた観客の皆さんには感謝の言葉もない。遠くから2時間掛けて毎回来て下さる方もいる。毎回楽しみにご夫婦で来て下さる人もいる。バンド結成当時から変わらず応援してくれている人もいる。

そういう方々に応援して貰って20回ものライブをやって来られたのだ。とても有難く僕らはつくづくは幸せなバンドだなと思う。

しかしながら、そういう観客の皆さんも、僕らの知人友人が殆どだから、僕等と同じペースで年齢を重ねられるので、11年前は50代のお客様も皆さん60代になられたので、一般のライブ風景からすれば平均年齢が際立って高くなったのも事実である(笑)。

そこで、数年前までたまに僕らのバンドに混じって演奏してくれた若い女性2人組のデュオに声を掛けた。ゲスト・バンドとして1ステージやって貰い、彼女達の友達に聞きに来て貰って観客の平均年齢を少しでも下げて貰おうと考えた。

KもBも今や会社の管理職となっており、かなり多忙だが、元々音楽好きな彼女達だ。おじさんバンドのライブにゲスト出演することをこの上なく喜んでくれた。 と、ここまでは20回目の記念ライブに向けて順調に推移していたのだが・・・。事態は暗転する。

ライブまで1ヶ月を切ったところで、ベース・ボーカル・MC担当の38階佐藤さんが、ライブ当日が、昨年亡くなったお兄様の法事になってしまい、「グレコ」に駆け付けられるのは7時半過ぎるとの連絡が入った。

それでは第1ステージに間に合わない。佐藤さんは第1部のベースを中保さんにお願い出来ないかと代替案を伝えてくれた。ナイス・アイデアである。中保さんというのは、11年前のバンド結成の時からのメンバーで、6年間一緒に活動して来たベースマンなのだ。

ある事情でバンドを離れていたが、まずはピンチ・ヒッターとして、そして、事情が許すならこれをキッカケとして本格的にカムバックして貰いたいと僕も思った。電話で話すと、最初は4年のブランクがあるので、とてもとてもと躊躇していたが、僕らのピンチを救ってくれるようにお願いした結果、4曲で勘弁してくれるならとの条件で了解を取り付けた。

ただ、それでは、1ステージ分の曲数には程遠いので、3部制の第2部のステージをお願いしたK&Bに、第1部で「のどごし生バンド」4曲の後に続けて演奏して貰い、何とか第1部を凌ごうと思った。

 

2月 2, 2016   No Comments