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ムッシュ逝く

無題

ムッシュ・カマヤツが逝ってしまった。彼がスパイダースで「フリフリ」や「バン・バン・バン」「ノー・ノー・ボーイ」を作り、自ら歌って大ヒットさせた頃、僕も19~20歳青春真っ只中だった。学生バンドをやってたこともあり、ビートルズ・ローリングストーンズ・アニマルズに夢中になったが、日本ではGS創成期で、ブルーコメッツとスパイダースが人気・実力で双璧だった。

GSのメンバーは、例外なく、若くて痩身でハンサムが条件かと思わせるくらい、カッコ良かったが、そんな中で年齢不詳のオジサンがいた。ビートルズ以来、マッシュルームカットは一般化したが、彼のそれは、他のものよりも大きくて長く、独特の存在感を放っていた(と言うか、化け物に近かった)。

ステージ上でも、かまやつ・ひろしの動きは予測不能で、何とも自由な表現者といった強烈な印象を僕は持った。要はそんな彼が好きだったのだ。オジサンとは言ったが、享年78歳と言うから、当時は27~28歳だったのかと思う。堺正章と僕は同い年だから8歳上なのだ。

その頃の印象が、その後50年間ずっと変わらぬままの人だった。歳を取らないと言うのか、元々酷い老け顔だったと言うのか、こんな人も珍しい。

スパイダースのステージで、「バン・バン・バン」や「フリフリ」を歌う時のムッシュは、ステージ上を所狭しと動き回るのに、可笑しかったのは、あのミリオンセラーの「夕陽が泣いている」の時、マチアキと井上順の後ろで神妙な顔してギターを弾いているムッシュの姿があった。

大ヒット曲ではあったけど、その曲は偉い作曲家の先生(浜口庫之助)が作った曲だったから、彼としては気が進まなかったり、ノレなかったりしたのかななどと勝手なことを思ったものだ。

ムッシュ・カマヤツの予測不能な行動は、何もステー上だけではない。1989年のベルリンの壁崩壊の世界的ニュース映像の中で、彼がその壁の上で、ギターを抱えて「バン・バン・バン」を歌って姿ほど驚かされたものはない。たまたまその映像を自宅のテレビで目撃したのだが、その時はビックリしたの何のって。僕の予測不能の人がまたまたやってくれました。

でも、なんでわざわざベルリンまで行って「バン・バン・バン」? いいんです、そんなことは。久し振りにムッシュ・カマヤツの予測不能を目の当たりに出来て、僕は嬉しくなって一人喝采を送ってた。

そして、今日、やはり予想不能の死を遂げたのだった。今日の夜は僕の大好きだった「我が良き友よ」をしんみりと聴くことにしよう。 アーメン。

 

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