プレミアムエイジ ジョインブログ
Random header image... Refresh for more!

最後の車(前編)

1

  この5月末で乗って丁度満12年を迎えるRX-8を手放し、新車に乗り替えることを決断したのはGWの頃だった。勿論、今でも好きな車だし、ずっと乗り続けたい車であったが、已む無く別の新車に乗り換えることにしたのだ。

  それは、購入して10年経った頃から、あちこちのパーツが経年劣化しその交換が相次いだからだ。例えば、マウントというエンジンの振動を座席にそのまま伝わらないようにする緩衝パーツが劣化して取換えたり、走行中発電装置からバッテリーへ充電する機能も低下したので発電装置も交換した。

  更に更に、冷却装置のサーモスタットが機能しなくなったり、車の底のパイプが錆びてしまったりして交換せざるを得なかった。要は購入から10年たったら申し合わせたように、あちこちのパーツが経年劣化し始めたのだった。

  この3月末までは、会社勤めだったので頻繁に車に乗る方ではなかったが、退職したら、RX-8でのんびり日本海側にでも車の旅に出ようと思っていた。だが、いざそうなってみると、年金生活の身には、このRX-8の維持費と言うかメンテナンス費用がバカにならないことを痛感したのだ。旅行費用がメンテナンス費に化けてしまう。

  そうは言っても、問題発生の個所は全て新品に取り換えたから、これで一段落と言うなら、もう8年(購入から20年くらいまでは)乗りたいものだ。だけど、そんな保証は誰もしてくれない。それに比べれば、今の新車は510年パーツ交換の問題は起きない。さあどうする、と迷った挙句「手放す」という苦渋の決断をした。

  58歳の時に、RX-8を買ったのだが、その当時、口の悪い仲間の多くが、「神童さん、こりゃまた、年齢に似合わない車にしましたねぇ」とか、「車は確かにカッコいいけど、神童さんが乗るべき車かどうかは別問題ですよ」「神童さん、若いんですねぇ」などと言って、盛んにからかってくれたものだ。

  いつかのブログに書いたかも知れないが、僕がRX-8を気に入ったのには、全く別の理由があるのだ。

  当時親会社だったフォード社からロータリー・エンジンの生産や研究を一切禁じられたマツダの技術陣は、それでもロータリー・エンジンを諦められず、秘かに研究を続けていた。

  そして、遂に最新鋭のロータリー・エンジンが開発された。しかし、それを搭載した車を世に出せない。何とか道はないものかと悶々としていたところに、フォードの副社長(技術分野の最高責任者)が広島にやって来るとの情報が入った。

  マツダの技術長は、この機会をものにする以外、ロータリー・エンジンを再び世に出すチャンスはないと腹を括り、フォード社副社長の来日に合わせて一台のスポーツ・カーを作り上げ、到着を待った。

  マツダ社の技術長は、未発表の新車があるので、是非試乗して欲しいと副社長にお願いした。副社長は快く引き受けてくれた。そして、マツダのテスト・サーキット。技術陣が見守る中、副社長が一人で乗車して快音とともに走り去って行く。そして数分後、快調に飛ばして元の場所に戻って来た。

  技術陣は皆んな固唾を飲んで、副社長の言葉を待った。「とても良い車だ。エンジンも静かだが力強い。コーナリングも滑らかで素晴らしい。是非、世に出そう」。皆んな快哉を叫びたいところをぐっと堪える。肝心なことが決着していないからだ。

  技術長は、「お褒めに預かり光栄です。しかしながら、副社長にお伝えしなければならないことがあります。この車のエンジンは実はロータリーです。ここにいる彼らが業務終了後毎日研究を重ねたエンジンです」と伝えた。

  このフォードの副社長こそが、マツダのロータリー・エンジンの生産中止を命じたその人だった。技術長は、その決定に背いて研究を続けて来たことを咎められた時は、その責任を一人で取るつもりで副社長の答えを待った。「OKだ。良くぞこんな素晴らしい車を作り上げてくれた」。それが満面の笑みを浮かべた副社長の答えだった。

  僕は、こんなドラマを、NHKの「プロジェクトX」で観て、1か月後にはRX-8を買っていたのだった。ハードとソフトの違いはあるが、僕も会社合併のためのシステム統合などで悪戦苦闘した技術者の一人だ。マツダの技術チームをリスペクトすると同時に、大いに共感覚えたのだ。

 

0 comments

コメンはありません。

下記のフォームへの入力が必要となります。

コメント欄