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平尾昌晃逝く

  (ネットより拝借)

(ネットより拝借)

  小学校から中学に変わる頃、「星はなんでも知っている」「ミヨちゃん」とか言う歌がよくラジオに流れていた。女の子達にはかなり人気だったが、運動部(野球部)の僕等にはナヨナヨとした印象で、男らしさから程遠いという理由で、好きな奴は稀だった。ロッカビリーとかいう訳分かんない、遠い世界の存在だった。

  その印象が変わったのは、アメリカのテレビ・ドラマ「幌馬車隊」が始まった時だった。アメリカ西部開拓時代のそのドラマの最初と最後に日本語の主題歌が流れるのだ。僕は一発でその曲が好きになった。歌っているのは何とあの平尾昌晃だったから、えらく驚いたのを覚えている。

  僕はテレビで流れるその主題歌の歌詞を書き取って、直ぐに空で歌えるようになった。学校の休み時間にチョッと歌ったりすると女子が「歌詞を教えて」とか言うので、その場でノートに書いてページを破って渡したりして、少し鼻が高かった。

  それから時代は移って大学1年生の終わりの頃。我が大学の軽音楽部にベンチャーズ・バンドがあって、彼等が小樽商大のバンドを招待して大学の記念講堂でジョイント・コンサートを開催したことがある。僕も入場券を買って聞きに行った。

  我が大学のベンチャーズ・バンドは、それこそベンチャーズのレコードのまま忠実に再現した演奏だった。曲の最後のフェードアウトまでレコードと同じなのだ。それに引変え小樽商大のそれは、同じベンチャーズでもライブ・バージョンだから、様々なショー・アップが施されていて、躍動感が違った。残念乍らどう贔屓目に見ても小樽商大の方が何枚も上手だった。

   そして、更に憎いのが、ラスト・ナンバーの1曲前と断わりながら、ドラマーが「今、北海道だけで流行ってる曲を歌わせて頂きます。曲は僕が大好きな平尾昌晃が作曲し布施明が歌っている『おもいで』」と言ってドラムを叩きながら歌ったのだ。

  正直しびれた。それまで僕はドラマーが歌う場面など見たことがなかったし、歌が上手かった。後のグループ・サウンズでは歌うドラマーも珍しくなくなったが、ベンチャーズ全盛期では有り得なかった。「おもいで」という曲も青春時代の僕等には凄くピッタリ来るロマンティックなメロディーで、僕も仲間も直ぐに覚えたのだった。

  平尾昌晃に感心した2回目の瞬間だった。その直後に出した「霧の摩周湖」はミリオンセラーとなったが、確かに「おもいで」はマイナー・ヒットの部類だったようだ。

  因みに、小樽商大のバンドのラスト・ナンバーは「キャラバン」である。それも、ベンチャーズのライブ・バージョンだ。そう、ドラマーがドラムソロを終え、シンバルを叩きながら前に移動して、エレキベースの弦をスティックで細かく叩くあれである。そこに自分たちのアレンジを加えて迫力満点に演奏したのだった。

   そして3度目。社会人になってカラオケというものが流行り始めた頃、僕が初めて歌った曲が「よこはま たそがれ」だった。実は当時、この曲の作曲家が平尾昌晃とは知らずに歌っていたのだが、後で何かのテレビ番組で知った次第。

   若い頃の何度かの「おもいで」のある平尾昌晃が79歳で逝った。黙祷・・・

2 comments

1 エイジ { 07.25.17 at 9:29 pm }

野球小僧の中学時代は同じでも、既に「星は何でも知っている」とみよちゃん」は口ずさんでいたように…大きな声で歌っていたのが「王将」でしたが。。。歌詞は今でも諳んじてます。ロカビリーは遠すぎましたが…やはり1時代が去り、去ろうとしているのは寂しい限りですね。合掌

2 シンドバッド { 07.30.17 at 11:56 am }

僕らのチョッと前の有名人がどんどんいなくなりますね。
ロッカビリーの3人組では、平尾昌晃と山下敬二郎が他界し、ミッキー・カーティスだけになってしまったし・・・

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