プレミアムエイジ ジョインブログ
Random header image... Refresh for more!

Posts from — 6月 2018

恐る恐る

6月に入ってからは、膝に力が入らず階段の下りが少々怖かった症状も今は問題なく、全く痛みも出ないので、椎間板ヘルニア発症前の状態にほぼ戻った感覚がある。

医者からは、普通、3ヶ月~6ヶ月で治る人が多いので、それ以前に痛みが無くなっても最低3カ月(=6月末)はスポーツ禁止を言い渡れていたのだが、自覚症状としては完治したように思える今、せめてゴルフの軽い練習くらいはしてみたくなった。

それと言うのも、3年ほど前、僕の住む地域で同世代の友人4人(同じ会社のOB)で、ゴルフ愛好会TGAという会を作り、月に1度のゴルフを楽しんで来た。ところが、その会のことを聞き付けた人達が続々TGAに入会して来て、今や14~15名の大きな愛好会となっている。

集まって来る連中は、押しなべて腕に自信のあるメンバーだ。こういう定例ゴルフ会を開催していると、練習場には殆ど行かなかった人も、上達目指して練習に励むようになるものらしい。

僕はどちらかと言えば、スコアに執着せず(執着してもスコアは良くならない)、何発か良い当たりがあれば満足というゴルフだ。だから、練習にも真面目に熱心に取り組んでいる他のメンバーにはとても敵わない。

僕は、TGAコンペではいつも100前後のスコアで最下位争いを演じている。最下位争いの2人を除けば総じて70代80代のスコアだ。こういう僕でも、若い頃(30代40代の頃)は、平均スコア80代後半で回っていたし、ドラコンも結構獲得していた。

それが、年齢と共に飛距離がガタ落ちして、それをカバーしようと力んで打つと今度は方向が滅茶苦茶になる、と言った悪循環に陥り、いつしか自分のスイング・フォームを見失って行ったのだと思う。

それでも、ゴルフは自然の中で友人達と楽しく1日を過ごせれば良いと割り切ってこの15~16年はやって来た。しかし、TGA発起人の一人として、皆とあまりに掛け離れたゴルフは恥ずかしく、他の発起人に申し訳ないと思うようになった。せめて90前後のスコアを取り戻したいと思うようになったのだ。

そこで、今年の年明けくらいから、結構、練習場にも足を運び、ゴルフの基礎から鍛え直しを始めたのだった。今はWebでレッスンプロの動画が無料で公開されているので、ゴルフ・スクールに通う代わりに独学で学ぶことが出来る良い時代だ。

過去に一度もプロに教わったこともなく、見様見真似の自己流でやって来た僕としては、今更息子か孫のような世代の人に教わるのもなあというところなのだが、先生はWebにいてくれる。それを見ながら練習すると「成る程、なるほど」が沢山見つかるのだった。

ところが、週2~3回の練習場通いを3か月続けた4月の上旬、僕はあの椎間板ヘルニアを発症したのだ。そう思いたくないが、多分、練習のし過ぎで腰がやられたのだろう。診て貰った最初の日、医者が「ゴルフはされますか?」と聞くので「はい」と答えたが、原因にゴルフということも珍しくはないのかなと勝手に思った記憶がある。

先週3週間振りに通院した時、まだ禁じられているゴルフ練習について、勇気を持って尋ねてみた。「まだ6月末ではないですけど、そろそろ軽いゴルフ練習などしてみたのですが、どうなんでしょうね?」と。

医者は「椎間板ヘルニアは、30代をピークに年齢と共に発症率が急速に落ちて行きます。70代の神童さんが発症するのということは、若い証拠ですかねぇ」とか妙な誉め方をする。

続けて、「でも普通、痛みが消えるのに、最低でも3ヶ月は掛かりますから、仮令2ヶ月で痛みが取れても、再発の因子は抱えていることを良ーく理解して下さい。その上で、ハーフ・ショットなら良いですが、くれぐれもフルスイングは来月以降にしてくださいね」との条件付き許可を出してくれたのだった。

早速練習場にゴー。1月~3月に習ったWeb動画の基礎レッスンの各課程をやってみた。約3か月ぶりだと、上手く行かない。マスターしていたと思っていたものが難しい。何より、ゴルフ・クラブってこんなに重いのかと感じた。2ヶ月間基本的に家に籠り、運動も出来なかったツケだな。

それでも30分ほど「腰から腰」のスイングでボールを打つと、徐々に慣れて行って、芯で捉えることが出来るようになった。更に、「肩から肩」のスイングで発症前は、僕の「バックスイングで右にスウェーする」欠点の克服が出来たと思っていたのに、スウェーしないテイクバックを完全に忘れていることに気付く。

その点をレッスン動画を再確認して、何球も練習ショット。漸く思い出した。腰痛再発を考えて、休み休みの練習だったが、あっと言う間に2時間近くが経っていた。最後に、ドライバーのフルショットをやってみたくなった。

今月中は医者から禁止されているスイングだ。だから5球でやめた。それこそ恐る恐る6割の力でのスイングだ。だからだろうか、飛距離は兎も角、結構芯を食う良い当たりだった。腰に変調を来すこともなかった。

ゴルフ・スイングは、2ヶ月で身体の記憶力は完全に消えるが、レッスン動画を見ながらだと、それを反復練習すれば必ず思い出すということが分かった良い練習日だった。フルショットを思い切りやれる日が待ち遠しい。

音楽活動の方は、会社のバンドで6月末に地元でミニライブがあり、それが復帰第一戦の予定だ。少しずつ、以前に戻って行こうと思う。

6月 20, 2018   2 Comments

激痛

当ブログへの投稿も随分久し振りになってしまった。

実は4月の上旬ごろ、夜中にとんでもない激痛に襲われ、朝まで一睡も出来ない事態に襲われたのだった。何せ、寝ても立っても座っても、どんな姿勢をとっても腰や腿や足に激痛が走って、どうにもならない。

それでも救急車を呼ぼうとは思わなかった。このような腰痛は30代の頃経験済みで、命に関わることではないと分かっていたし、我が家から50mほどの所に整形外科があるので朝になって開業時間前に行けば良いと思った。但し、若い頃の何倍も痛かった。

早速MRIを撮って貰った。椎間板ヘルニアと判明。どうりで尋常な痛さじゃなかった訳だ。30数年前の激痛では、自分も遂に椎間板ヘルニアになってしまったかと、恐る恐る診察結果を待ったが、そうではなくてホッとしたことを覚えている。。

と言うのも、友人や後輩は即入院、即手術となったからだ。彼らは退院後、幸運にも普通に社会に復帰したが、腰の手術は怖い。下手すると下半身麻痺で車椅子生活を余儀なくされるリスクがあるからだ。

今度こそは手術を宣告されるのかと覚悟した。椎間板が物理的に飛び出して脊椎の中を走る神経の動脈に触れて激痛を引き起こしている以上、手術して突起部を取り除かない限り解決策はないと思う。

また、一方では、この我慢の限界を超える凄まじい痛さから解放されるなら、寧ろ、即刻手術して貰いたいと願う自分がいる。

ところが医者は、鎮痛剤を飲んで様子を見ましょうと暢気なことを言う。

「先生、様子を見るって、痛み止め飲んで椎間板ヘルニアが治るんですか?」、思わず僕は医者に問い質すように聞いてしまった。

「3〜6ヶ月で痛みがとれる人がかなり多いですから。それでもダメなら最終的には手術もあり得ますが、そういうケースは10〜15%くらいでしょうか」との答えだった。

それから1ヶ月強程経つと、確かに痛みはかなり軽くなった。これは、どうやら免疫細胞「マクロファージ」が椎間板(軟骨)から飛び出した髄核(硬めのゼリー)を異物・敵と認識して攻撃して食べてくれて、突起部を小さくしてくれるかららしい。

味方を敵と認識するのは変と言えば変なのだが、母体の中で赤ん坊が育つ時、髄核は免疫機構が構成される前に軟骨の中に隠れてしまうので、免疫細胞はそれを味方とは認識できないのだと言う。

整形外科で診察を受けた日から、多分10日間くらいはベッドで過ごしたと思う。一応痛み止めを一日に4回(朝・昼・晩・就寝前)飲むが、激痛が2割程度薄らぐ程度だから、とてもではないが外出は不可能だった。

こんな時、なかなか前向きな思考にはならず、このまま歩けなくなるのではないか、要介護老人になってしまうのではないかとか、最悪のことばかりが脳裏を駆け巡った。尤も、危機管理は最悪を考えて対処することだというから、悪いことではないのかも知れないが。

2週間経った。痛みが幾分減って来た。思い切って外に出て川沿いを散歩してみることにした。300m程度の散歩だが何とか歩けた。勿論、杖をつきながら。

杖が何故我が家にあったかと言えば、15年も前になるが、のどごし生バンド(メンバーは7人)は「C&S」というプロのユニットと大ホールで演劇を行ったことがあり、その劇中で必要だった杖を大事にとってあったのだ。因みにその演劇の題名は「年取った白雪姫と7人のジジイたち」。

杖は必需品となった。何とか数百mでも毎日散歩に出掛け筋肉の衰えを防止しようと思ったのだが、それは、数日後、いつもの「グレコ」(横浜新子安)で のどごし生バンド のライブが予定されていたから、それに備えたかったのが本音だ。

実際に、無茶を承知で「グレコ」まで、発症後初めて遠出をして、何とかライブをこなしたが、やはり無茶は無茶だった。帰路は痛みがぶり返し、足を引きずりながらの難行苦行。K君の肩を借りての復路となった。K君は途中奥様に電話して、最寄り駅まで車で迎えに来て貰ってくれた。そして夜中の零時、奥様は僕を自宅まで送り届けてくれたのであった。

やはり、無茶をすると誰かに迷惑が掛かる。医者からは快復までに最低でも3ヶ月(7月上旬まで)は掛かると言われていたっけ。6月にまたライブがあるが、今度はドラムを「グレコ」のハウスバンドのドラマーOさんに代わって貰い、僕は欠席させて貰うことにした。

4月のライブで再び激痛を経験したが、その夜と翌日、薬の量を倍にした結果、激痛は治まった。その後は、痛さもどんどん軽くなり、当初、日に4回飲んでいた痛み止めを2回に減らし、その後1日1回とし、遂にここ10日間は薬の服用をせずに痛みも出ない状況となった。杖も不要となった。

6月に入ってから、腰痛防止の体操を毎朝行っている。ゴルフの帝王と言われたあのジャック・ニクラウスが腰痛で1年間ゴルフが出来なくなり、アメリカ・ヨーロッパの腰の権威という権威、名医と言う名医を訪ねて治療したが一向に効き目がなかった。ところが、この体操と出会って1週間で腰痛が消えたという優れものだ。

ニクラウスは以来30年に亘って毎日実践しており、以来一度も腰痛にならずに済んでいるとのこと。早速そのDVDとマニュアルを入手して僕も日課にし始めたという次第だ。

医者からは、ゴルフは勿論、遠出も禁止されていて、このまま順調に行けば6月末に全て解禁となる予定だ。いろんな人に心配や迷惑を掛けてしまったが、あと1ヶ月、油断せず養生して、元気に音楽活動にゴルフに復帰を期す所存だ。

こんな事情のため、当ブログに投稿する気分にもなれず、今日まで放置したことを深くお詫びしたい。

6月 8, 2018   2 Comments