プレミアムエイジ ジョインブログ
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Posts from — 7月 2019

久し振りの旅行(下)

. 新倉山浅間公園   富士が見えない(涙)

さて、この日の行程は2ヶ所を巡ることにしている。天気予報では曇り時々晴れ間ということで、昨日よりはマシなのだが、相変わらず部屋から富士山は見えない。梅雨時だから見える方が奇跡と思うことにした。

最初に訪れたのは新倉山浅間公園。前にテレビでここを紹介していたのだ。タイ人観光客がSNSに投稿したところ、瞬く間に外国人旅行者に知れ渡り、今や中国人観光客の超人気スポットになったという番組の解説だった。

駐車場から398段のかなり急な階段を登らなければならない。朝食の腹ごなしには丁度良いと思ったが、かなりキツイ。途中で小休止。カミサンは週3~4回のジム通いで身体を鍛えているから全く息が乱れない。こっちはハ~ハ~、ゼ~ゼ~だ。齢はたった1歳半しか違わないのに。

悔しいが背に腹は代えられず、5分だけ休憩時間を貰って後半戦に挑む。最後はかなりペースダウンしたが何とか休まず最後まで登り切った。そこは広場になっていて正面奥に五重塔が建っていた。戦没者慰霊のための忠霊塔だ。

この塔を右に置いて富士山を望む構図の観光写真が気に入ってここに来てみたかったのだ。中国人観光客に、京都(忠霊塔)と富士山を同時に見られると評判になった写真だ。

そのためには、もう一つ階段を登らなくてはいけないが、その前にベンチで小休止。カミサンはあきれ顔だが仕方ないだろう。足が棒なんだから。汗を拭い水分を補給して、さあもう一頑張りだ。そこは決して広くない場所で大勢の人が佇んでいた。富士山の方角を見ているが、薄曇りの中両サイドの裾野の稜線は微かに見えるだけで、全貌は霞の中で全く見えない。

人々の言葉に日本語は殆ど聞かれない。1割くらいは英語(白人客)だが、それ以外はほぼ中国語・台湾語・韓国語と言ったところか。皆んな雲が晴れて富士山が姿を現すのを待っているらしい。上空は薄日が差しているから、諦め切れないのだろう、引き返す人が殆どいないので、新しく来た人で高台はどんどん混んで行く。僕らも、見えない富士山を何枚か撮りながら20分ほど頑張ったが、今日は無理と判断して下山した。

次に車で30分くらい掛ったところに目的地があった。忍野八海(おしのはっかい)である。田舎の民家が立ち並ぶ一角にその家の庭を観光客用の駐車場にしているらしい場所に車を止めさせて貰った。完全に無人みたいなので、料金支払いはどうするのだろうと、キョロキョロしていると、駐車場の壁に「駐車料金300円」と書かれた貯金箱様の箱が掲げられているのを発見した。帰りにここにお金を入れれば良いらしい。

カミサンは以前、ここに友達と来たことがあると言う。僕は初めてだったので、カミサンの案内で現場に向った。途中は畑やあぜ道のある極々普通の田舎の光景だ。故郷を思い出す。「忍野八海入口」の看板を見て少し行くと、急に大勢の観光客が目に入った。ここが押野八海の中心地らしい。そこは深そうな池があり、周囲の柵越しに人々が鈴なりなって池を見下ろしている。

富士山からの地下水がこの押野村に湧き出ているのだという。僕も早速、この池、否、湧泉を覗き込んだ。底まで透き通って見える。但し、水の色が青いのだ。青と言うより紺に近い。青空を映しているからかと空を見上げたが、今にも振り出しそうな曇り空だからそうではなさそうだ。下流に流れ出て行く水は特に青くはないから、きっと、湧泉の中の壁や底が長い間に出来た藻や苔の色を映しているのだと勝手に推察した。そのためか、とても神秘的で、ジッと見ていると吸い込まれそうな雰囲気を醸し出している。

この様な湧泉がこの一帯に8つあり、泉たちを海に見立てて「八海」と名付けたということだ。この湧泉が一番大きく忍野八海の中心なのだろう。その周囲には大きな土産物店や蕎麦屋などが建ち並んでいて、一大観光地となっている。忍野八海は、勿論外国人客も多いが、どちらかと言えば圧倒的に日本人が多いみたいだ。直ぐ近くの駐車場には大型観光バスが何台も駐車しているのが見える。

蕎麦屋に入って昼食を取った後、僕らは一路東京の自宅に向けて車を走らせた。姿を見ることは叶わなかったが、至る所で富士山の気配を感じた旅を終えたのだった。

.        天気が良いとこう見えるらしい

7月 29, 2019   No Comments

久し振りの旅行(中)

夕食は部屋食だった。かなり豪勢な和食のコース料理だった。コース順にその都度係が運んで来てくれるのだが、こちらの食べるペースが速すぎるのか、係の人の数が足りないのか、次の料理が出るまでの時間が長く、仕方ないからその間お酒を飲むしか仕方ない。カミサンはお酒がさっぱりダメだから、ジンジャーエールとお茶で間を繋いでた。これだったら、でかいテーブルに全部並べられていた方が待たなくて良いのに。

翌朝は広いダイニング・ルームでバイキングだ。朝7時~9時の間に来るように言われていたので8時ごろに行った。ほぼ満員の盛況だ。辛うじて空いていた2人席に案内された時、見渡したら、100人ほどが食事していたが、殆ど中国語の会話のようである。たまたま隣席のご夫婦も日本人のようなので話し掛けた。「どちらからですか?」「埼玉から来ました」「それにしても中国人ばかりですねぇ」「本当ですね。些か驚いています」。といった遣り取りだった。

観光立国を謳う日本は、来年には4千万人の外国人観光客を目指すそうだが、この光景はそういうことなんだと、つぶさに悟った次第だ。何年か前までカミサンと何回かツアーで海外旅行をしたが、頻繁に中国人観光客とホテルの食堂で出くわしたものだ。日本人の団体は食事の時もぼそぼそと話すくらいで静かなものだが、中国人の団体は、まぁ騒がしい。お酒のせいなのか、外国に来た高揚感ではしゃいでいるのか分からないが耳を覆いたくなるほどだった。彼らと一緒になるのは御免被りたいと何度も思った記憶がある。

しかし、このホテルでのバイキングでは、あちこちで会話は聞こえるものの、それほど騒がしくはない。昨夜の部屋食の係の女性が近くを通り掛かったので聞いてみた。「中国人が多いみたいだけど、皆さん団体客ではないの?」「はい、このホテルは所謂ツアーのお客様はいらっしゃいません」「へー、それはどうして?」「コスト的に通常のツアー料金では無理なんだと思います。なので、外国からのお客様は少人数の個人旅行の方々です」「あぁ、成る程。日本旅行をし慣れている人や、アッパークラスの人達という訳ですか?」「そうだと思います。マナーもそれほど悪くないですし、当館のリピーターの方も結構いますので」。

このホテルは河口湖畔の旅館街から離れて、湖の対岸に独り佇む静かな宿と思って予約したので、まさか中国人がこんなにやって来るホテルとは想像もしていなかった。正直、参ったなぁと思ったものだが、彼女の説明に、外国旅行で味わったあの騒がしい中国人達とは違う人達なんだと分かり少し気分が落ち着いたのだった。

7月 23, 2019   No Comments

久し振りの旅行(上)

 

.    北口本宮浅間神社

久し振りにカミサンと一泊旅行した。河口湖畔のホテルで全室から湖と富士山が正面にみえるという触れ込みにつられて予約した。予約したのは1ヶ月も前で、その頃は、梅雨は梅雨でもこれ程連日雨や曇り空が続くと思っていなかったし、運が良ければ富士山も見えるかも知れないと期待もしていた。

丁度買い変えてから2年になる愛車(と言っても年齢に相応しくコンパクトカー)だが、まだ2千数百キロしか乗っていない。少しでも距離を稼ごうとカミサンを誘った旅行だった。

当日は朝方まで雨で、午前中に雨は上ったものの晴れる気配は全くなく、低い雲が垂れ込める梅雨空がずっと続きそうだ。談合坂で昼食を取ってから、中央道大月で本線から別れて河口湖線を走り河口湖ICで下車した。途中で食事をしなければ我が家から1時間強で着いてしまう近さだった。ホテルのチェックインまで2時間ほどあるので、北口本宮冨士浅間神社に参拝することにした。

この神社は、富士山に入る富士吉田口はこの神社の奥にあるため、昔からこの神社で身を清めてから入山したと伝えられている。788年の創建と伝えられ富士山信仰の拠点となって来た。それだけに境内に一歩踏み入れると、そこは深閑とした森のようで、木々の高さが半端でなく幹の太さに目を奪われる。平日と言うこともあり、参拝者は極く稀なので、二人だけで森林浴するのはもったいないような気分だ。

.   北口本宮浅間神社の大木

入口の鳥居から本殿までは200~300mはあるだろうか。両側に高い杉並木が続いている。曇り空と言うこともあるが、樹齢を感じさせる太い幹の木々に覆われた森の中は黄昏時のような薄暗さだが、それが妙に気分を落ち着かせてくれる。本殿にお参りをして、ホテルに向った。

.         同  参道

そのホテルは河口湖の北側の湖畔に面していた。地図で見れば富士山はホテルの南なので、部屋から河口湖を前景にして富士山を正面に臨む絶好の場所ということになる。だが、今は正に梅雨空、途中どこを見ても富士山の姿は見えない。チェックインして係に部屋に案内された。部屋は5階の次の間付きのとてもリッチな感じの部屋だった。

真っ先に窓辺に進んで景色を眺める。河口湖が目の前に広がる。だがやはり、富士山は見えない。係の女性に「全室から正面に富士が見える、と案内書に書いてあったから来たんだけど、これではどの部屋からも見えないねぇ」と、一寸意地悪な感想を言ってみる。「スミマセン。晴れていれば真正面に大きく見えるのですが、今日は一寸無理みたいですねぇ」と申し訳なさそうに言う。

夕食までにはかなり時間があるので、ホテルの前の浜辺(湖畔)を散歩することにした。簡易椅子に座って釣りをしている人が何人もいる。聞けばブラックバスを釣っていると言う。また近くでボートから釣り糸を垂らしている。なんともこののどかな光景が僕の心まで穏やかにさせてくれる。

部屋に帰って大浴場に行った。男湯の広い湯船に2人男が入っていた。まだ夕方4時過ぎで、風呂の時間には少し早いから人が少ないのだろう。だが彼は中国語で談笑していた。彼らはこんな静かな温泉にまでやって来るのかと少し驚いた。

そう言えば、チュックインした時、前の若い女性2人組が手続きを終えてカウンターから離れるところだった。受付係が彼女らにパスポートを返却していたから、2人もまた中国人かも知れない。

暫くすると2人の男たちは風呂から上がって出て行った。大浴場は僕一人の貸切り状態となった。僕は室内の大浴場ではなく、外の露天風呂に入ることにした。本当はここから正面に富士山を見ながら温泉を楽しむ予定だったからだが、頭の中で、見えない富士の姿を想像しながらゆっくり湯に浸かったのだった。湯から上がると、ビールと牛乳と冷水が自由に飲めるようになっていた。おぉ、これは素晴らしいサービスだ。勿論ビールを頂く。うーん、生き返るぅ

7月 22, 2019   No Comments

偶然から始まった音楽活動に感謝

.   IOI俱楽部主催ライブの模様 於:彩の国芸術劇場

全ては偶然から始まった。

地元に、とあるライブバーがあった。クーペという名の男はギターを弾きながらダミ声で歌う。そしてもう一人。女性ピアニストShifoがオリジナル曲の弾き語りをしてくれる。

僕は彼らの歌が好きでよく店に寄った。こういう店だから他にも音楽好きが集まり、客も飛び入りで演奏に参加していた。

ある時、クーペに「常連客でバンドを作って、ライブを一緒にやろうよ」と声を掛けられた。確かに、常連客だけで楽器もかぶらずに旨いこと必要なパートを満たしている。僕はドラムだ。戸惑いながらも、また、無謀にも即席バンドを7人で組み、ライブでクーペ&Shifoのバックを務めることと相成った。

そうこうしている内に、彼らの曲が東芝EMIに認められメジャーデビューを果たす。成り行きで、僕らも彼らのバックバンドとして大ホールに立つようになって行ったのである。最初が日比谷野音。そして、よみうりホール、東京国際フォーラム、NHKホール、オペラシティーなどアマチュア・バンドが普通立てないようなホールばかりだ。また、地元密着・地元貢献の目的で始まった「IOI倶楽部」主催の埼玉・東京のイベントには何度も出演させて貰った。時の本部長には大変お世話になった。

しかし、僕らの多くは夫々仕事を持っている現役組だから、メジャーのミュージシャンと常時活動を共にするにはかなり無理があった。そこで、彼らの店が他へ移転するのを潮に関係を解消し、僕らは自分達のペース(隔月定例)で独自にライブ活動を続けることにした。バンド名も正式に「のどごし生バンド」とした。それが8年前、バンド結成から数えれば満14年が経っている。その間、当初からの7人のメンバーが1人も欠けていないのが秘かなる誇りだ。何とか20周年まで皆んなで元気に続けたいものだ。

最近はサンデー毎日の僕に他のバンドからも声が掛り、現在4つのバンドに関わっている。会社関係のバンドが2つ(OG sounds、みずすまし)。もう一つは僕以外全員プロのバンド(元シャープ5)で、2年に1度、秋に銀座のライブハウスで演奏する。今年がその年に当たる。

72歳となって思うのは、もし地元にクーペ&Shifoの店が無かったら、今僕がこうして音楽活動をしていることも、生涯の友となったバンド仲間と知り合えることもなかった。そういう意味で彼ら二人には心から感謝している。

(出身会社OB会会報に寄稿したものを転載しました)

7月 11, 2019   No Comments