プレミアムエイジ ジョインブログ

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あるシステムの物語 8

 
  しかし、その後、東都損保の本社では中央損保システムに寄せる方針に対して案の定異論続出の状況になった。「当社のシステムは最悪だ」「こんなシステムでは戦えない」などといつもシステムに不満を露わにしていた商品部門や営業部門が、挙って「当社のシステムは業界トップを行くシステムだ。何故それを捨てて、中央損保のシステムに寄せるのか?」と言い出す始末だ。兵頭は可笑しかった。社内でシステムがこんなに褒められたことは嘗てなかったからだ。

  だが、経営統合委員会で決まったという事実は重い。方針が決まらなければ両社のシステム部門とも統合に向けて動きようがないのも事実だ。東都損保本社内にも、システム部門内にも不満は燻ぶっていたが、兵頭達は中央損保システムへの片寄せ方針で突き進んだ。

  それでも、分割払い保険料入金の経理処理を巡って両社の経理部門が対立した。東都損保の所謂「入金ベース精算方式」か、中央損保の「計上ベース精算方式」かの論争だ。「入金ベース」とは、顧客からの分割払い保険料を代理店が自分の保険料預かり口座(月末に保険会社と清算するまでの一時預かり口座)に入れる都度、顧客に渡した領収証の控えを保険会社に送付。保険会社は一ヶ月に一度その合計金額を代理店に請求して精算する方式だ。

  この方式だと保険会社が把握している金額と代理店の預かり口座の額は一致しているので、月1回の精算タイミングで基本的に金額不一致は生じない良さがある。

  これに対して、「計上ベース」は保険会社から代理店への月1回の請求金額は理論値(代理店ではこれだけ分割払い保険料を集めて預かっている筈という値)なので、代理店サイドで分割払い集金を100%完璧に実施していない限り実態値と理論値に必ず違いが生ずる。何故差が出たかを調査追求しないと精算が出来ないから、精算時には常にその解明に手間暇が掛かる。(理論値と実態値の差は未入金額という経理上の仕分けは簡単)

  但し、損保業界では「入金ベース」採用の会社は極く少数で、寧ろ「計上ベース」の方が一般的なのだ。だが、第1回目の経営統合委員会で、不本意な結果に終わった下田正雄は、これを巻き返しの材料に使った。東都損保の経理部門に、「計上ベース」を採用して東都損保の代理店が騒ぎ出したら経理部門の責任となると説いて回ったのだ。

  下田の話に初めて危機感を持った経理部長の犬塚正義は、河瀬社長に面会を求め、中央損保のシステムに寄せると東都損保の代理店が騒ぎ出す筈だから、片寄せは止めて貰いたいと陳情したのだ。

   中央損保システム寄せの決定を覆し、東都損保システムを中心に据えたシステム統合を狙う下田の社内画策はこれに止まらなかった。

  東都損保システムのホスト・コンピュータはG製作所製で、中央損保はE通信製だ。中央損保システムに寄せると当然E通信製コンピューターの増強が必要になり、G製作所製は増強どころかいずれは撤去の方向になる。

  そこに目を付けた下田は、G製作所から商取引で得ている年間保険収入3千万円がなくなるということを声高々に営業部門や本社営業統括に伝え、中央損保システムへの片寄せ反対に社内世論を誘導しようとした。

  これに対して営業出身の梶圭太は、「3千万円が何ぼのもんじゃい。この合併を成功させれば収入保険料が4千億円増えるんだ。妨害工作もいい加減にせい!」と、下田をどやし付けた。

  が、下田の話は、東都損保本社の営業統括部門や商品開発部門に急速に浸透して行き、「計上ベース反対」の大合唱が、やがて「片寄せ反対」の声へと拡大して行った。
 

2010 年 8 月 6 日   No Comments

あるシステムの物語 7

 
   翌日、両社の事務・システム双方の代表者達による「事務・システム統合小委」が開かれ、兵頭は中央損保システムへの片寄せ方針を提案した。東都損保側のメンバーの顔には「不本意ながら」が書かれていたが了解の意思表示がなされた。ただ一人、明確に異論を述べた下田正雄を除いて。 

  下田は兵頭の2年後輩であり、システム部門の中で兵頭に次ぐもう一人の部長だったが、下田が部長に昇格して以来、兵頭に対し強烈なライバル意識を持つようになった。嘗て、東都損保のコンピューター導入以来、事実上システム部門を引っ張って来た人物で「福井」という天才肌の情熱的な改革者がいた。兵頭も下田も「福井」門下生と言って良い。

  その頃は、2人は公私ともに良く付き合っていて、傍目にもウマの合う2人と見られていた程仲が良かった。「福井」が役員を降り退職した時、その後継者として兵頭が指名されたのだが、下田はそれが気に入らなかった。徐々に2人の反目は周知のこととなり、今では、兵頭が右と言えば下田は左と言う、そんな好ましくない関係に至ってしまっている。

  4月初めに開催された第1回の経営統合委員会にシステムの片寄せ方針を諮った。経営統合委員会は両社の社長以下主要役員により構成された、会社合併に関わる最高意思決定機関である。相手社に異論がある筈もなく、また、東都損保側の河瀬社長も、この合併を何としても成功させなければならない責任者としてこの方針を承認した。

  河瀬社長は「兵頭君、梶君、良くぞ決断してくれた」と労いの言葉を掛けた程だ。但し、その会議で、さざ波が立った場面がある。合併発表前に東都損保側で完成させ既に稼動していた河瀬社長肝いりの保険代理店向けシステムに関してだ。

「例の代理店システムは、中央損保システムに接続出来ますか?」

  河瀬社長はそのシステムの開発リーダーだった下田に訊ねた。河瀬は出来るならその代理店システムだけは活かしたかったのだ。

「それは無理です」

  下田は暗い顔でそっけなく答えた。兵頭は、例によって下田が中央損保システムに片寄せする方針を是としないことを知っている。だから、彼が「無理」と言うのは、この代理店システムを活かしたいなら中央損保でなく東都損保のシステムに寄せるべきだ、という趣旨であることも分かっている。

「兵頭君の意見は?」

  河瀬が兵頭に水を向けた。

「簡単とは言いませんが、接続は可能です」

  こうして、東都損保の代理店システムを接続することを条件に、中央損保システムへの片寄せ方針がオーソライズされたのである。
 

2010 年 8 月 5 日   No Comments

クラシック・コンサート

 
  前の会社で同期入社のある友人がいる。音楽には全く無縁の男。その彼が、3年前、「クーペ&Shifo」と、僕等おじさんバンドが、あのNHKホールで自前コンサートを開いた時、奥様とご一緒に聞きに来てくれたのだ。

  何せ3,500名収容の大ホールだから、僕は、会社の同期は勿論、ありとあらゆる伝を辿って、観客動員をお願いしたのだった。

  誠に失礼ながら、音楽に興味の無さそうな彼を初め、正直、当てにしていなかった人々が沢山駆け付けてくれたお蔭で、何と3,000名以上が集まってくれて、一大コンサートとなった。

  それから1年後、彼の奥様から、お嬢様のピアノ・リサイタルのご案内を頂いた。彼はそんなこと何も言わないし、彼の娘さんが音楽家とは全く知らなかったから、またまた驚かされた。

  ドイツに音楽留学しているが、一時帰国する機会に地元でコンサートを開くというものだった。ただ、残念ながら同じ日、僕の方もコンサートがあり伺うことは叶わなかった。

  そして2年が経ち、遂にお嬢様のリサイタルに初めて伺うことが出来たのだった。場所は、埼玉県の嵐山(らんざん)。森のような広大な土地の中に「国立女性教育会館」という設備があり、会場となった講堂の入口には「引田明子の楽しいクラシックコンサート」と大きな看板が立掛けられていた。中に入ったら、600人収容のホールが超満員だった。

  前半は、今年がショパン生誕200年ということで、「バラード第1番」「ノクターン」「バルカローレ(舟歌)」など、引田明子のピアノソロでショパンの曲5曲が演奏された。

  僕は、中学の頃、曲の情感について決められた定説があり、それを暗記する音楽の授業が嫌いになり、以降クラシック・コンサートと言うものに殆ど縁が無かったので、こういう音楽を生で聴いたのは初めてに近い。そのせいか、或いは、演奏者が知人のお嬢さんだからか、不思議と音楽が素直に耳に入って来た。

  僕も、ステージで演奏する側だから、聴衆の心を掴むというのがどれだけ難しいことか良く分かっている。その目で会場を見ると、1人で600人の心を完全に引き付けている。それは本当に凄いこと。

  第2部は、ドイツで同じ街に住んでいる日本人女性バイオリンニストとの二重奏で2曲。2人は息ピッタリに演奏してくれた。アンコールでは僕も知っている「チゴイネルワイゼン」だった。クラシック嫌いの僕が、いいもんだなと思った。

  演奏終了後、彼の誘いで、他の同期2人と共に打ち上げ会に飛び入り参加させて貰った。2年毎の定期演奏会として今回が5回目ということだ。いつも同じこのホールで開催して、今回初めて客席が満杯になり補助椅子を出す程だったらしい。継続は力。今や、嵐山町の文化財産となり始めているのだなと思った。

  さすがに、闖入者は、ただ飯・ただ酒は許されないようで、急に司会者から呼ばれ挨拶を強要された。彼と自分との関係を紹介した後、本音を言った。

「明子さん、本当に素晴らしい演奏会をありがとうございました。お蔭様で、クラシックは嫌いだった私も今日、急に好きになりました。それにしても、音楽に全く縁の無いお父様に、プロ・ピアニストのお嬢様がいるというのが、未だに信じられません。本当に親子なんでしょうか?」
 

2010 年 8 月 5 日   No Comments

あるシステムの物語 6

 
  3月末までの1か月で、事務・システム統合の大方針を決め、4月の初めに開かれる、合併両社の社長をヘッドとする経営統合委員会に掛けなければならない。

  両社の事務部門、システム部門夫々に、また合同で、連日連夜検討を重ねたが、実のところ、相手社の仕組みを理解するまでには至らない。オーバーの上から背中を掻いているようだ。従って、「詳しく検討した結果、こうするのが最も早いシステム統合の仕方です」などとはとても言えない。

  システム統合の仕方の最適解を本当に導くなら、多分、少なくとも半年の調査時間が必要だ。それでは、会社合併の日に間に合わなくなる。兵頭一樹は悩みに悩んだ挙句、4月1日付けで執行役員に昇格することが内定していた梶圭太に相談した。

「梶部長、この度は執行役員就任が決ったそうだね。おめでとう。これで、事務・システム統合の責任を君と共有出来るのでホッとしているよ」

「ありがとうございます。これで兵頭さん同様、逃げも隠れも出来なくなりました。ハハハ」

「ところで、システム統合のことだけど、幾ら調査したって時間が経って行くだけで意味が無い。与えられた時間は1年しかないので、この際、どちらかのシステムに片寄せするという大方針の下、具体設計に入るしかやりようがないと思うんだ」

「兵頭さんはどちらに寄せるのが良いと思いますか?」

「相手社のシステムに寄せるのが早いと思う。と言うのは、中央損保は大株主の自動車業界最大手の巨大マーケットを持っている。中央損保システムはそのマーケット向けの対応が色濃く反映されているので、逆に寄せると当社にはそのシステムが無いから大問題になる」

「当社側で同じシステムを作って合併に間に合わせるという訳には行きませんか?」

「1年ではとてもとても・・・」

「そうなると、かなり当社側に反発が起きそうですね。でも、それしかないですよね。覚悟を決めましょう。それでは早速、河瀬社長と意見調整しておきませんか?」

  そう言うなり梶は、受話器を取って秘書室に社長の都合を問い合わせた。

「兵頭さん、社長は今部屋におられるそうなので行きましょう」

  2人は社長室に入り、事務システムの統合方針を河瀬社長に簡潔に説明した。社長は最後までじっと聞き入っていたが、おもむろに口を開いた。

「その方針に賛成だ。今度の合併は東都損保が中央損保と一緒になると言うより、世界の自動車会社と手を結ぶのだから。そのことを肝に銘じて進めてくれ」

「はい、分かりました」と2人は声を揃えた。

  そして梶は河瀬社長にこう言った。

「ですが、相手社のシステムに寄せるとなると、それに対する当社側の反発が予想されます。私も説得に当たりますが、社長にも是非とも宜しくお願い致します」

「システム部門の方は、私が抑えますので、宜しくお願い致します」と兵頭も付け加えた。

「分かった」という河瀬社長の一言で社長との意見調整は終了した。
 

2010 年 8 月 4 日   No Comments

君に酔ってしまいそうな夜


        君に酔ってしまいそうな夜

                          words  by  神童覇道
 
 
   ♪  摩天楼の最上階 夜更けのバーの窓辺

      宝石箱をぶちまけたような 街の灯りを見下ろして

      僕の横には君がいる このカウンターは僕等の止まり木

      ワイングラスを傾けながら 君は身体を寄せて来る

      お酒に酔う前に 君に酔ってしまいそうな夜  ♪

 

   ♪  ピアノトリオのバラードに 合わせて踊る君と僕

      100万ドルの夜景には 君の笑顔が良く似合う

      高層ビルの展望バー 二人が一番素直になれる場所

      スロー・ステップ踏むのを止めて 君は身体を寄せて来る

      お酒に酔う前に 君に酔ってしまいそうな夜  ♪
 
 
                (間奏)
 
 
   ♪  僕の横には君がいる このカウンターは僕等の止まり木

      ワイングラスを傾けながら 君は身体を寄せて来る

      お酒に酔う前に 君に酔ってしまいそうな夜  ♪ 
 

2010 年 7 月 31 日   No Comments

腹が立つ

 
  昨日の民主党の両院総会のニュースを見て腹が立った。

  小沢派の議員が入れ替わり立ち代り「参院選惨敗の責任を取って、菅代表は退陣すべきだ」とか、「執行部は責任を取る係」だとか、「何故責任を取らないのか理由を言え」だとか。それも、報道各社のテレビカメラが入っている中で、延々と我も我もと糾弾の発言を繰り返す。

  一国の総理大臣が、身内である筈の党内で、ここまで集中砲火を浴びる場面を全世界に発信してしまって、日本の信頼性は損なわれないものなのか? 

  一国民の僕が心配になるのに、何の心配もせず、それどころか、テレビを意識してどれだけ鋭く菅代表を糾弾するかを競うが如き国会議員の無神経ぶりに腹が立った。小沢派の巻き返しのチャンスとばかりに、菅執行部批判を繰り返す議員達を見て、民主党議員の程度の低さに怒りさえ感じた。

  国民だって、政権交代後のダメ民主党にお灸を据えながらも、菅総理の続投は大方が支持しているのだ。それは、もうこれ以上日本の首相がクルクル短期に変わるのは国益上拙いと分かっているからだ。

  なのに、小沢派議員達は国民や国益はそっちのけ。彼等の最大の眼目は小沢復権、或いは、小沢内閣の到来だけだ。それどころじゃないだろう。先進国中最低の経済状況、国家予算の半分にも満たない歳入額、日本発の技術がどんどん外国のビジネスの隆盛に寄与してしまう状況(例えば液晶、半導体、太陽光発電、LED、ロボットなど数えれば切りがない)などをどうするつもりなのか?

  統合国家戦略や国家ビジョン不在の日本の政治家が、日本の競争力をここまで落とした(嘗て1位、今、アイルランド・フランス・ベルギーに次ぐ20位)のだ。それなのに、未だに政治家は、国際競争力など眼中になく、政局とやらの覇権争いにしか興味がないらしい。

  国民が自民党を見限って民主党に政権を与えたのは、正に、このことに対しての失望を希望に変えるためだった。であるのに、何なのだ、昨日の民主党の総会は。

  だいたい、小沢は自分の息の掛かった、あのみっともない手下共を抑えてこそ、小沢らしいのに、自分は姿を見せずに、闇将軍の如く手下を使って自分有利な政局になるよう仕向けているのだ。テレビの前で発言した議員達のご主人は、国民ではなくて小沢なのだ。

  手下共に言おう。君らが幾ら望んだって、ダーティーな小沢政権(或いは、小沢が動かす政権)は国民が望まない、日本と国民を救うことが使命だと思ってもいない君達が担ぐ政権は御免被ると。菅政権の方がまだマシだと。
 

2010 年 7 月 30 日   2 Comments

あるシステムの物語 5

 
  即日、会社全体が合併に向けて走り出した。兵頭は梶と、事務とシステムの統合のこれからの進め方について本音の突っ込んだ意見交換を行なった。

「梶さんねぇ、実は事前に社長に提出した資料では、中央損保はシステム統合の最も難しい相手として×印で報告した会社なんだよ。だから、正直、1年でシステム統合をやり切るのは相当難しいと思わないといけなし、両社システムのいいとこ取りなんて、もう言ってられないと思うんだ」

「そうでしょうね。相手の事務もシステムも分からないんだから、それを把握するだけでも半年やそこら、あっと言う間に過ぎちゃいますしね」

「そこでね、普通は事務ありきで、システムを設計するんだけど、今回ばっかりはどうシステムを統合出来るか、それに合わせた事務にして貰いたいんだけど」

「分かりました。それで行きましょう。それから、兵頭さんには言いにくいんだけど、当社のシステムありきじゃなくて、最もシステム統合し易い形を選択しましょう」

「ありがとう。そう言って貰えれば、何とか道筋を見付けられると思う」

  数日後、兵頭は社長室にいた。そこには河瀬社長と野際システム・ソリューション(通称NSS)の副社長の大下、それと兵頭の3人がいる。NSSは東都損保の大株主の野際証券グループの会社であり、兵頭達は過去30年に亘ってこことパートナーシップを結び東都損保のシステムを共同開発して来た。

  野際証券は昭和40年代初めに、日本で最初に商用のオンライン・システムを成功させた輝かしい歴史を有するのだが、その技術者達が集まって別会社を作り、野際グループ会社として立ち上げた会社だ。システムの力は日本有数である。

  NSSの大下福社長が河瀬社長に、NSSが過去手掛けたシステム統合事例をレクチャーする日だったのだ。大下が2つの事例を縷々説明し終え、河瀬に向かって言った。

「河瀬社長が仰るとおり、会社合併ではシステム統合が最大の問題です。それが旨く行くかどうかで合併の成否が決まると言って間違いありません。弊社も沢山の事例を経験していますから、是非弊社に今回のシステム統合を任せて貰えないでしょうか?」

「いや、会社合併に当たっては、まず当事者同士が主体的にやるものでしょう。NSSさんに当事者になって頂くつもりは全くありません」

  河瀬は大下の申し出をピシャッと断わった。が、大下も粘る。

「それは分かりますが、私共も御社とは30年もの間一緒にやらせて頂きましたので、当事者の一人と考えて頂いても良いのではないかと思います。それに、システム統合となれば、兵頭さん達にとっては初めてのこと。私共には多くの経験とノウハウがございます」

 兵頭には口を挟む余地が全く無い。河瀬が言った。

「そういうことも承知した上で、私はこの兵頭にやらせたいのです。システム統合が旨く行くも行かないも全てこいつ次第と決めておりますので」

  会談は終わった。NSSの大下は提案を引っ込めて帰って行った。河瀬は兵頭にただ「そういうことだ」とだけ言った。兵頭は己に課せられたミッションの大きさに改めて胸が震えた。

  「社長は俺を買いかぶり過ぎではないか?」「本当に俺に出来るか?」、兵頭の脳裏には様々な自問自答が去来した。そして決意した。「やるっきゃない!」。
 

2010 年 7 月 30 日   No Comments

マナー

 
  朝日新聞の投稿欄に、新幹線で家族旅行した主婦が、子供が煩いと注意されて、もう電車で家族旅行はしたくない、と述べていたのがあった。座席で下の子が特に泣いたりぐずったりしたので、上の子とご主人を残して、母親は幼子を連れてデッキに出てあやしたりしたのだが・・・。

  文句を言った客は、年配の女性で、電車からの降り際に、「あんた達、煩いわよ」と、この主婦にクレームを言ったという。

  今年の2月、沖縄で「クーペ&Shifo」のライブに付き合って、僕も飛行機で飛んだ時、僕の座席の直ぐ後ろに、2歳くらいの児童を連れた母親が乗り合わせた。僕が席に着いた時には既にその子は泣き喚いていて、泣き方は尋常でない声の大きさなのだ。

  まあそれでも、寝付くまでの暫くの辛抱だと我慢を決め込んだが、泣き声が凄まじい。耳を塞ぐのも、当て付けがましくて大人気ないなと思い、イヤホンをつけてボリューム一杯に音楽を聴くことにした。が、やっぱり後ろの泣き声が大きくて音楽も良く聞こえない。

  僕は、一瞬、「子供を抱いて、歩きながらでも、あやしてくれよ」と思ったが、離陸直前だし、上空で巡航速度になるまで着席・シートベルト着用だから、それも出来ないか、と思い、ここは我慢我慢と覚悟した。離陸すると、気圧が変わって耳も痛くなるから、幼児は余計に泣き喚く。飛行機は赤ん坊や幼児にとって不快な乗り物なのだ。

  しかし、僕の近くの乗客も、後ろの席の周囲の人達も、誰も非難めいた素振りを見せないのだ。他の乗客達はよく平気だなぁ。このような状況は何度も経験しているのだろうか。「辛抱するしかない」のを良くわきまえている人達だ。みんな偉い。腹を立てているのは僕だけか?

  その時、「〇〇ちゃん、お願いだから、おとなしくして!」母親が、囁くように子供に懇願しているのが、微かに聞こえた。その瞬間、我慢の限界だった僕の心が、不思議と寛容になれたのだ。

  僕は気が付いた。子供の泣き喚く声は何とも神経に障ることだが、それ以上に、母親が周囲の迷惑も考えず、無神経だったり、「仕方ないでしょう」と開き直っていたりすることこそ許せないと感じていたのだと・・・。

  ところが、彼女が困り果てて子供に懇願している図は、無神経でも、開き直っているのでもなく、恐縮しきりの、肩身を狭くしている母親の姿そのものであり、寧ろ、同情すら覚えるものだった。

  相変わらず幼児は、大きな声で泣き喚くが、最早それ程、気に障らなくなり、怒りの気持ちはなくなった。

  冒頭の新幹線車内のあの年配女性。母親が周囲の迷惑を考えて、下の子をデッキに連れて行くなど具体行動を取っているのに、文句を言うというのが分からない。その年配女性こそ、沖縄行きの飛行機の僕の場所に座らせてみたかった。
  

2010 年 7 月 29 日   No Comments

あるシステムの物語 4

 
  つまり、東都損保システムの強みであるサーバー・パソコン群からなる事務システムと、他社の強みであるホスト・コンピューター・システムを繋いで最強のシステムにするという、謂わば、良いとこ取りを狙ったシステム統合であり、その接続の難易度を評価したものだった。

「システム統合し易いところは少ないんだねぇ。中堅会社で唯一〇が付いているこの会社は、そんなにお勧めなの?」

「本当のところはやってみなきゃ分からないのですが、ここのホスト・システムは数年前刷新されていて、多分損保全社の中で一番新しいと思います。それだけ複雑化していないと思いますので〇にしました」

「大手3社も〇だが?」

「はい。それは、少し前提が違って、相手会社のシステムで行くことになるでしょうから、システム統合というよりも単純に当社からのデータ移行がメインとなりますので、統合し易いと思います」
  

「ところで兵頭君、システムを一寸横に置いて、我が社が何処かを合併相手に選ぶとしたら、君だったら何を一番のポイントに置くかね?」

「それはまた難しいご質問ですが、補完関係にあるかどうかじゃないですかねぇ。例えば商圏が近畿と関東とか、火災保険に強い会社と自動車保険に強い会社だとか」

「補完関係ね、兵頭君もたまには良いこと言うね。じゃぁ、君が〇を付けた大手社と一緒になることは?」

「・・・。自分の勤め先が大手社になったと喜ぶ者がいないとは限りませんが、私はイヤですね」

  兵頭は、今、自分はとんでもない会話を社長としている、と大いに戸惑いながら答えている自分を感じていた。

  それから数ヵ月後、東都損保は中央損保と合併することが発表された。その日は奇しくも兵頭53歳の誕生日、3月1日だった。その2ヶ月前は、世界中がY2K問題に備えて厳戒態勢で迎えた正月だった。大変な労力とコストを掛けて対策を施して2000年1月1日を迎えただけに、世界的にも大した問題も生じずに通過した。

  だが、Y2Kは終わっていない。前日は2月29日の閏日だった。新年を無事通過した後の最後の山場はこの閏日の対応だ。従って閏日の当日とその翌日、コンピューター・システムに何も起きなければ、Y2Kプロジェクトは終了宣言を出して、兵頭の誕生日祝いを兼ねて盛大に打ち上げをやる予定だった。だが、会社合併の発表と共に、それがキャンセルされたのは当然の成り行きだった。
 

2010 年 7 月 26 日   No Comments

あるシステムの物語 3

 
  兵頭が梶に「社長から様々な質問が飛んで来る」と言ったのは、つい先日も社長室に呼ばれ、河瀬社長からある内密の指示を受けていたことを念頭に置いてのことだった。

「最近、損保業界の再編を巡る様々な憶測記事が流されているのは知っているな?」

「はい」

「記事の内容は全く出鱈目もいいところだが、損保の自由化がここまで進むと、合併話がいつ起きても不思議でないのもまた事実だ」

「はい」

「私としても、一応あらゆる可能性に備えておきたい。そこで兵頭君、君に頼みたいのは、仮にどこかの会社と一緒になるとしたら、システム統合の観点から見て、何処の会社のシステムとだったら統合し易いか、逆に統合し難いのは何処のシステムかを教えて欲しいのだ」

「えー・・・、はい。ご指示の意味は分かりますが、各社のシステム内容については、アウトライン程度しか分からないんですけど、そんな前提で良いんでしょうか?」

「今までの損保協会の委員会などで入手した情報や、君の個人的な主観でも構わないから、会社別に比較表を作って欲しいんだよ」

「損保協会の各社交換資料がありますし、各社のシステム部長との委員会後の飲み会で得た情報などを元にした勝手判断でも宜しければ・・・」

「それで結構だ。但しこれは、君だけでやってくれ」

「分かりました」

  河瀬から指示を受けた兵頭は2日後、人知れず作成した資料を持って再び社長室に入った。

「兵頭君、ご苦労。参考に使わせて貰うよ」

「少し説明させて貰っていいですか?」

「いいよ」

「何をもってシステム統合し易いかし難いか、その判断基準ですが、私の考えたのは・・・」

  兵頭は河瀬社長に各社システムの評価の前提となる考え方を説明した。その前提での評価であって、他の判断基準なら別の結果になることを言いたかったのだ。

  兵頭の考えは、東都損保のシステムは中央に置いた大型のホスト・コンピューター内のシステムが優れているのではなく、ホスト・コンピューターに繋がった沢山のサーバー群とパソコン群でサービスしている事務支援システムが最大の特長であり強みなので、それと接続し易いホスト・システムか否かで評価判定するというものだった。
 

2010 年 7 月 23 日   No Comments