プレミアムエイジ ジョインブログ

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好き勝手

中欧の旅 061-2

  ライブなどの会場で親しい人に良く聞かれます。「奥様は来られないんですか?」とか「ご家族の皆さんは来られるんでしょ?」とか。

  1月8日のライブの時も、当り前のように何人かに聞かれました。思い上がって言うのでは決してないんだけど、誤解しないで欲しいんだけど、僕にそう聞くのは、多分なんだけど、「この晴れ舞台に奥様は?」という素直な質問なのでしょうね。

  はっきり言いましょう? 絶対に来ません。何故? 7~8年前、地元のホールで、あるプロのデュオのコンサートの時、会社のバンドで前座を務めたことがありました。その時、僕は、30数年ぶりにドラムを再開して間もない頃で、今思えばよくそんな腕前で、出たもんだ、というレベルでした。

  それでもカミサンを誘ったら、興味津々と言った感じで聞きに来てくれたんです。でも、それ以来彼女は絶対に来ません。

  あの時、彼女にとって2つの不幸が重なったんですね。一つは、会社の連中が大勢詰め掛けていて、僕がその会社の責任者だったこともあって、コンサートが始まる前にロビーなどでやたらと挨拶せざるを得なかったことです。

  もう一つは、これが致命的だったんだと思うのですが、僕のドラムのレベルが酷過ぎて、大勢の社員達と挨拶したその会場で、彼女は相当恥ずかしい思いをしたってことだと思いますね。

  以来、ライブの会場が、日比谷野音だの国際フォーラムだのNHKホールだのと誘っても二度と来ることはありませんでした。因みに、子供達も最初のカミサンの体験談を聞いているので、一度もライブに来たことはありません。

  共通の趣味は共にするが、夫々の趣味は互いに干渉せず好きにやろう、がそれ以来の暗黙のルールになりました。共通の趣味は2人で旅行することです。毎年1回の海外旅行と年何回かの国内旅行です。現役引退をした年にカナダ、翌年はイタリア、昨年は3.11に中欧に旅立ちました。今年はトルコと言っていますが、さて・・・。

  カミサンの趣味は身体を鍛えることで、毎日のようにジムに通い、ウォーキングを欠かさず、お友達とお茶すると言ったところでしょうか。

  僕は僕で、バンドにゴルフに飲み会にと好き勝手やらせて貰っていますので、これはこれでいいかなと思っています。お互い自由が好きで相手を縛らない、こんな関係が出来上がっています。

  まっ、そうは言っても、圧倒的に「好き勝手」やらせて貰っているのは僕の方。それを許してくれているカミサンが、昨日38度の熱を出して寝込んでしまったのです。その夜は、東中野のライブハウスで、学生バンドの仲間だったA君と一緒にジャズの練習をする日でした。

  行きたいのは山々でしたが、さすがに病人を放って遊びに行ったのでは、この1年の「好き勝手」に大きな支障を来たすので、隠忍自重して、A君に断わりのメールを入れました。彼からの返信も「奥様を大切に!」でした。

  うん、これで今年もどんどん「好き勝手」をやれる筈です。東中野に行かないで良かった。

2012 年 1 月 20 日   No Comments

今週末はマンスリー・ライブ

       のどごし生バンド  Photo By Koyo

       のどごし生バンド  Photo By Koyo

  今週末(21日)は、「のどごし生バンド」(おじさんバンド)の第3土曜マンスリー・ライブの日です。今月は男性コーラス・グループ「ASMOブラザーズ」を迎え、アカペラで歌うカルテットの力強く美しいハーモニーをお楽しみ下さい。

  「ASMOブラザーズ」は学生時代に鳴らした男声カルテットですが、40年振りに再結成して、現在は様々な施設への慰問ライブや、地域の祭りの舞台などで活動をされています。

  「のどごし生バンド」が、コーラス・グループをゲストにお呼びするのは初めてですが、これまでとは少し趣の違う、大人の雰囲気のライブとなると思います。

  皆様、是非、ご家族・ご友人お誘い合わせの上お越し頂きますよう、心よりお願い申し上げます。

                     記

日時  1月21日(土) 19:00 開場、 19:30 開演

場所  多摩センター 「音楽工房コルコバード」(ライブハウス)
      http://www2.tbb.t-com.ne.jp/corcovado/ (地図・TEL)

     多摩センター駅 徒歩5分
     サンリオ・ピューロランドの真後ろの通り沿い
     (ピューロランドと極楽の湯の間一番奥の階段下りた所)
     京王相模原線(調布駅乗換え 多摩センター駅下車)
     小田急相模線(新百合ヶ丘駅乗換え 多摩センター駅下車)

出演  のどごし生バンド(おじさんバンド)
     ASMOブラザーズ

曲目  のどごし生バンド
       鈴懸の径、バードランドの子守歌、ソダンソ・サンバ、
       オール・オブ・ミー、アンチェイン・マイ・ハート他

     ASMOブラザーズ
       黒人霊歌、日本の歌など

値段  入場料1,000円+飲み物代(酒類500円、ジュース類300円~)
     食事を済ませてからの入場をお勧めします。

                                 神童覇道

2012 年 1 月 17 日   No Comments

「AD音楽祭」が終った(完)

 

      全員で「人生の扉」  「みずすまし」と歌姫

      全員で「人生の扉」  「みずすまし」と歌姫

  4番打者でトリを務めたのは、僕と共同主催者のK君率いる「みずすまし」だ。彼等は何年か前、学生時代に組んでいた同名のフォーク・グループを再結成して、京都(K君以外は京都在住)でライブ活動を始めたという。

  その後、東京で初めてライブを行なった時、K君からの連絡で会社の友人が大勢駆け付け、その中に、O君やT君やI君や僕などがいて、彼等の2回目のライブの時に、幾つかバンド出演して会社の「音楽祭」にしようとの声が上がり、以降、現在の形が定着したのだった。

  レパートリーは70年代の日本のフォークやニューミュージックと言われた時代の曲を得意としている。ガロ・かぐや姫・アリスなど、この4人組の大変綺麗なコーラスを聞いていると、本当に懐かしく、当時の楽しかったことやほろ苦いことなどが鮮明に思い出され、暫し感傷に浸るような気分にさえなってしまう。

  最後は出演者全員と客席全員で「人生の扉」と「見上げてごらん夜の星を」を大合唱して「AD音楽祭」は幕を閉じた。

  終了後、友人達や僕の知らない多くの人からも声を掛けられた。「凄く良かった。来て良かった」「皆さん、ハイレベルで驚きました」「素晴らしい時間をありがとうございました」「料理もお酒もグー。音楽はもっとグー」「ここはいい会場ですね。音響が良くて聞いててとても気持ち良かったです」等など、お世辞にしてもこれ程まで口々に言って頂いた演奏会は初めてだった。

  主催者としては、1人6千円という入場料が最後まで気になっていて、それに見合うだけの内容だったのかどうかとても不安だったが、控え目に言おう。「この音楽祭は成功だった」と。

  本場アメリカから招かれたビッグな黒人ジャズメンや、日本の有名プレーヤーが連日演奏を繰り広げる、東京で「ブルーノート」と並び称されるような凄い所で、気持ち良く演奏で来たのは、当ブログ「プレミアムエイジ」のブロガーの1人「エイジ」のご子息が以前音楽の仕事をしていた時からここ「ブルース・アレイ」の社長と昵懇の仲で、彼が今回の仲介役を買って出てくれたからに他ならない。

  そのRK君に心から感謝すると同時に、「ブルース・アレイ」の社長、並びに、僕らとの窓口役になってくれたSさんとそのスタッフの皆さんにも感謝したい。

  また、何と言っても100名の予定を30名もオーバーするほど大勢の皆さんに集まって頂けたことは、僕らの今後の音楽活動にとって大変な勇気を貰えたことに他なりません。皆さん本当にありがとうございました。次回の「音楽祭」、必ずやりますよ。

                  「AD音楽祭」が終った  ― 完 ―

            超満員の会場  感謝

            超満員の会場  感謝

2012 年 1 月 13 日   8 Comments

「AD音楽祭」が終った(3)

        ブルーグラス  伊藤ユニット

        ブルーグラス  伊藤ユニット

  今回、「ダンディー・クイーン」を、まずまずの出来栄えにしてくれたのは、しっかりした演奏で盛り上げてくれた、ソプラノ・サックス、アルト・サックス、フルートのTK君と、コンサート・マスター役を買ってくれたキーボードのKo君、そしてベースのKi君の3人だ。

  TK君は、Tama kodama の名前で、R&Bやジャズのライブを定例でやっているセミプロだし、Ko君もジャズ・ギターで音楽仲間と麻布のライブハウスに定期出演している実力者だ。また、Ki君は50歳を過ぎて会社を辞め、ギター職人の道を選ぶほどの根っからの音楽好きだ。こんな3人が「ダンディー・クイーン」を支えてくれたから、他のメンバーも安心して歌えたのだと思う。

  さて、3組目は「伊藤ユニット」の登場だ。ブルーグラスという、アメリカに入植したスコッチ・アイリッシュの伝承音楽をベースにして独自の発展を遂げた音楽ジャンルを、バンジョーの伊藤さん・フィドル(バイオリン)の山崎さんの2人で3曲聞かせてくれた。

  この2人は、日本のブルーグラス界で5本の指に入る人達だという。僕らのように8人ものメンバーがステージに上がってパフォーマンスするのと違い、2人は椅子に腰掛けて、 静かに演奏し、静かに語り掛けているのに、存在感と言うか貫禄とかオーラとかと言ったものが聞く者に伝わるのだろう、会場の130人が物音一つさせないで、全員が集中して聞いているのが分かる。

  その存在感は、音楽性の高さだけでなく、端的に言えば2人共常人を超える巨体の所以もある。その上、伊藤さんを見れば、どう見ても外人(俳優のジャンレノのソックリさん)にしか見えないから、アメリカの本場からやって来たデュオのような錯覚に襲われる。こういう人がAD社の現役組にはいるのだ。

  年配者にはブルーグラスのファンも多いが、若い人には馴染みが薄いかも知れない。だが、こういう音楽に触れられるという意味で、我が「AD音楽祭」も捨てたもんじゃない。

2012 年 1 月 12 日   No Comments

「AD音楽祭」が終った(2)

   デスペラードを歌うO君 右はコーラスのクミコ

   デスペラードを歌うO君 右はコーラスのクミコ

  さて、2番目は僕らの番だ。11月に急遽結成したバンドで「ダンディー・クイーン」という。元々僕がいた損保のシステム関連会社に「イーグルス」や「ドゥービー・ブラザーズ」を得意とするバンド「OGサウンズ」があった。

  前回までは、そのバンドに本社の音楽好き1名が加わって「音楽祭」に出演したのでバンド名は「OGサウンズ」のままだったが、今回は、元のシステム会社のバンドからは、リード・ギターのO君とベースのK君とドラムの僕だけで、あとの5人は「あいおいニッセイ同和損保」本社の、Mr.ダンディーが3人、Ms.クイーン2人参加してくれてたので、全く新しいバンドとして再スタートを切ったのだった。

  リハーサルの時から感じているが、ここ「ブルース・アレイ」は音響が物凄くいい。マイクも30cm離しても感度がいいし、キーボードもサックスもエレキギターも音がクリアだ。いつものライブハウスとは設備のレベルが違うし、PA技術者の技術も超一流であることが分かる。

  僕はそんな場所で演奏出来ることが嬉しくてしょうがない。最初はインストゥルメントでベンチャーズの「10番街の殺人」でスタートし、次にキーボードのKo君の歌う「ウィ・アー・ザ・ワールド」。そして、2人のクイーン「K&K」(クミコ&ケイコ)の登場だ。「恋のバカンス」を2人で、「ウィスキーはお好きでしょ」「人生の扉」をクミコがソロで歌った。

  「K&K」は、ボーカルやコーラスでライブ出演するのは初めてで、朝からどうにも落ち着かない様子だったが、歌い出したらなかなかどうして、リハの時よりもよっぽどノリが良かった。これだけ音響が良いと凄く歌い易いのだろうな。彼女等のデビューは大成功だった。

  ここで、隠し玉ミスターXの登場だ。歌うは「もんた&ブラザーズ」の「ダンシング・オールナイト」。彼が歌いだした瞬間、場内は騒然となった。まさか、彼が歌うとは誰も思っていなかったからだ。その上、声が「もんた」そっくりで歌も「もんた」ばりに上手いから、やんやの喝采となった。彼とは、よく知られた存在のKu君のことだ。

 ミスターX ことKu君 「ダンシング・オールナイト」を歌う

 ミスターX ことKu君 「ダンシング・オールナイト」を歌う

   カラオケで彼の素晴らしい演歌は何回か聞いているが、ここまで、本格ロック調の曲を、こんな大ステージで堂々と歌えるとは思わなかった。やるねぇ、Ku君。

  この会場を大いに沸かした「ダンシング・オールナイト」の後を受けて歌える奴はO君しかいない。イーグルスの「デスペラード」。自分達で言うのも変だが、この「デスペラード」は歌も演奏も最も自信のあるナンバーなのだ。

  激しい曲の後、このしんみりした曲で観客を引き付けることが出来るかどうかだったが、終わった後の友人達の感想では「あのギターの人の歌、良かったね。かなり年季の入ったミュージシャンだと思った」というものだった。

  最後は、恥ずかしながら、僕がドラムを叩きながら「K&K」のバック・コーラスに乗って「アンチェイン・マイ・ハート」を歌う。その前に、こんなに大勢の方々にお越し頂いた御礼の言葉を述べたが、余計だったかも知れない。その上、いつもの口上を忘れてしまった。「この曲は瞳を閉じて聴いて頂くととても良い歌になります。ついでに耳も閉じて貰えると完璧です」と言うのを。

  歌い始めて直ぐに、マイクの感度の良さを感じ、そうなれば自然とノッて行けるので、最後まで気持ち良く歌えることが出来た。あぁ、気持ち良かった。いつかまた是非ここでやりたい、「のどごし生バンド」とも。「ザ・タペストリー」とも。

        「アンチェイン・マイ・ハート」

        「アンチェイン・マイ・ハート」

2012 年 1 月 11 日   No Comments

「AD音楽祭」が終った(1)

                                      

     「AD音楽祭」 イン ブルース・アレイ

     「AD音楽祭」 イン ブルース・アレイ

  去る1月8日、目黒の「ブルース・アレイ」で「AD音楽祭」(Aioi-nissey Dowa)が開催され、バンド・メンバーを含めて、100名の定員を30名も超える大盛況となった。僕等出演者は朝10時半に会場に集合し、楽器のチューニング等の準備に入り、11時からは、出演の逆順で15分ずつの音出しとリハを行い、12時15分に会場を開けた。

   「ブルース・アレイ」の係員は、80名くらいがベスト、多くて100名と言っていたから、当初は、バンド・メンバー(18人)含めて100名のつもりだったが、11月に案内を出したら数日で満杯となり締め切らざるを得なかった。

  その後はキャンセル待ちとして受け付けたが、その待ち行列が半端じゃなく、店側と相談して、何とか詰め込んで今回の130人規模のライブとなったのだった。その意味では、会場は決して狭くない筈が、テーブル間の余裕がなく、来場者にはご不便を感じさせたかも知れない。

  この場を借りてお詫び申し上げます共に、それだけ多くの方にお越し頂きまして、心から感謝申し上げます。

  12時15分から13時まで食事タイムにさせて頂き、ビュッフェ・スタイルの昼食と、ビール・ワイン・ハイボール・サワー等々飲み放題で楽しい一時を過ごして頂く趣向だ。ただ、僕も共同主催者のK君も、事前にここの食事がどうなのか食べてみたことがなかったから、多少心配があった。

  ところが、ライブ後に何人もの方から、料理がとても美味しかった、飲み物も旨かったとお褒めを頂き、ホッとしたのだった。尤も、歌と演奏も良かったと褒められたのもあるけど。

  さて13時になった。出演するバンドは全部で4つ。トップ・バッターは「7th West」。AD社の本社ビル7階西翼部署を中心とした若手のバンドだ。若手と言っても他のバンドが50代60代の人達だから、相対的な意味でしかないが・・・

  彼等は今回3回目の出演だ。仕事が最も忙しい連中だから、他でライブをやっている人達でもなく、毎年「音楽祭」のためにだけ集まり練習して当日を迎えるので、上達するには時間が掛かると思っていたが、何の何の、過去2回とは見違えるような出来栄えだった。

  特に、ドラムのT君は、肩の力が抜けて来ていて、2曲目(夜空のムコウ)3曲目(イノセント・ワールド)はロックのリズムがこの上なく正確になっていた。また、ギターのTさん(女性)は初回からギター教室に通って腕を磨いて来ただけのことはある、リード・ギターの役割を見事に果たしていた。

  リード・ボーカルのM君の歌の上手さは元々有名だったが、今回のステージで特筆すべきは、彼のMCが観客に完全に受け入れられたことだろう。実はこれ、歌を上手く歌う以上に、MCで客の心を掴むことの方が遥かに難しいのだ。

  この日のために遠く熊本の赴任地から駆けつけたギターのW君、今回がキーボード奏者としてデビューの舞台となったKさん、良く頑張りました。「7th West」の音楽監督でベース担当のY君、見違えるようなレベルに一気に引き上げた手腕は大したもの。次の出番を待つ僕らが始めてプレッシャーを感じたんだから。

         「7th West」 の演奏風景

         「7th West」 の演奏風景

2012 年 1 月 10 日   3 Comments

ブルース・アレイ

                               

              

  1月4日は僕の仕事始めの日。その日の夜から僕はスタジオで1人練習を続けている。今晩で3日連続となる。明日の午後は最終のバンド練習日。そして明後日(8日)が本番なのだ。

  今回は初めての曲が多い上に、やたらとブレーク・ポイントも多く、2拍3連の個所も幾つかある。そこを全員がピタッと合わせないとシャレにもならない。繰り返し練習して、身体に覚え込ますのだ。

  明後日(8日)の本番とは、出身会社の「AD音楽祭」のこと。「AD」とは「あいおいニッセイ同和損保」の略だ。年一回の開催で今回が4回目。社外からプロやセミプロも加わるので結構レベルが高い。

  それを知ってか知らずか、11月にチケットを売り出したら、6千円と決して安くないのに3日間で110席全部売り切れた。尤も、ビュッフェ形式の食事は出るし飲み放題故の人気かも知れないが・・・

  昨年末、会場となる目黒「ブルース・アレイ」に最終打合せに行った。午後3時前後だったが、丁度その時、夜のステージのために黒人ジャズ・バンドがリハーサル中だった。本場のジャズだから聞き惚れてしまう。

  音響も抜群で、アンプ・スピーカー類の装置も超一流だし、PA(音響技術者)も超一流なのが良く分かる。青山の「ブルーノート」をライバル視しているだけのことはある。

  「ブルース・アレイ」はほぼ正方形のフロアで、その一隅を広めに取って三角形のステージにしている。ステージの両サイドの壁には大きなプロジェクターが掛けられ、ステージの模様を映し出すらしい。また、オーナーの自慢らしいが、壁面に3枚の絵が掲げられている。マイルス・デービス直筆の絵画だそうだ。

  打合せと下見を兼ねたその日、同行した共同主催者の1人であるK君も僕も、こんな本格的ジャズ・クラブで演奏出来る幸せをふつふつと感じたのだった。

  さて、8日の本番は如何に? しかしながら、気負い込むと返って失敗するもので、やはりいつものように、幸せを感じながら楽しむことが一番だ。

2012 年 1 月 6 日   1 Comment

初詣

     1月2日の明治神宮  人、人、人の初詣

     1月2日の明治神宮  人、人、人の初詣

 

  2日の午後、明治神宮にカミサンと一緒に初詣に出掛けた。何年も前、2人で浅草寺まで初詣に出掛けて以来だったかな、近間以外の初詣は。

  元々せっかちなカミサンと、現役バリバリだった僕も、正月だからと言ってノンビリと参拝の列に並んでお参りするのは耐え難くて、仲見世の参拝客の渋滞を見て、六区の方から入ったら直接本堂近くに出られた。賽銭を投げ入れてさっさとお参りを済ませたのを思い出す。

  しかし、一年のお願い事をするのに、ショート・カットするような心構えでは、ご利益はないし神様への礼も欠くとテレビで誰かが言っていたので、そのことをカミサンに説いてから明治神宮の入口の鳥居をくぐった。

  大勢が同じ方向にぞろぞろ歩く。僕の前に、僕らと同じような団塊世代と思わしき夫婦連れが、何のテレもなく手を繋いで歩いている。なんか良いなと思った。僕は、さすがに手を繋ぐのはバツが悪いので、左肘をカミサンの方に突き出してみた。「なによ」「いいから」。カミサンが訝しがっている。僕は彼女の腕を取って無理矢理腕組みさせた。「あらあら、お正月から・・・」。

  と言いながら、まんざらでもなさそうだった。こんなことして歩くの何十年振りのことだか。暫くはそうして歩けたが、直ぐに止まってしまった。大渋滞の最後尾に差し掛かったのだ。立ち止まると腕組しているのがどうにも恥ずかしく腕を解いた。その間5分程度だったかなぁ。

  そこからが大変だった。なかなか動かない。それでも、5分毎に10mくらいは進むようになっていて、遥か彼方に鳥居とその奥に立派な建物が見える。あれが本殿だろうか。それならあと小一時間で辿り着ける筈と思った。

  僕が少し焦れているのを察知したカミサンは、「お参りやめて帰る?」と意地悪質問をする。「意地でも頑張るサ」と僕。こんな苦行なら、ご利益などなくったって横入いりがいい、とは思ったが口には出さない。それに、他の神社やお寺と違って、明治神宮はお参りの道しか無く、ショート・カット不可能ときている。

  やっと鳥居まで来てみたら、その先に見えていたのが本殿ではなくて、南神門という、本殿前の中庭への入口の門だった。これにはガックリ来たね。やっと着いたと思ったら、目標はまだ先なんだから。

  観念して待つこと更に30分。やっと中庭に入れた。そこからは以外とスムーズに本殿前に用意された賽銭箱ならぬ巨大な賽銭エリアに近付くことが出来た。並んでから2時間は経過している。ため息混じりに賽銭を投げ入れ、二礼二拍一礼。「昨年のような大災害がなく平穏な年でありますように」。神様にお願いするのも楽じゃない。

  1回だけの初詣、序でにもう1つお願いしない訳には行かない。「今年こそ娘が結婚する気になりますように・・・」。

2012 年 1 月 4 日   2 Comments

今年

           

 

                                 

 

  一年が終ろうとしている。今年は大震災と原発事故があったので、それに翻弄され他の記憶があまりない年だった。人は敗戦に匹敵するショックを国民が皆が感じた年だったと言う。

  戦後の復興・高度成長を経て、その後長く世界第2位の経済力と戦争と無縁の平和を謳歌して来た日本人だった。所謂「平和ボケ」の中に日本全体があった。アメリカの庇護の下、最早戦争という最も分かり易い危機意識が必要なくなった日本人は、民族としての強い生存本能乃至生存危機感を失い、危機に対する想像力や本質論を欠き、或いは、嫌い、深く考えずに生きる民族に変質してしまったようでさえあった。

  そこに、マグニチュード9.0の大地震と大津波が襲ったのだ。被害に遭い多くの犠牲者を出した東北・茨城・千葉の皆さんには今も尚、心を痛め着実な復興を願わずにはいられないのだが、実は僕は、今時大災害の元凶は地震や津波ではなく、日本の平和ボケだったと思っている。それがたまたま、東日本に起きただけだと思っている。

  そして、福島という故郷を捨てさせたのは、原発事故と言うより、平和ボケから来る危機意識と危機管理の喪失だったと思っている。

  日本人の慢心と、平和ボケと、無気力に、自然が「目を覚ませ」と活を入れたのではないかと思うのだ。或いは、日本人が隙を見せたばかりに自然が攻めて来たとも解すべきかと思ったりしている。

  石原さんは、震災直後に「日本人の我欲が引起した」と言って、被災地の人々を「我欲」の塊みたいに言うのは許せない、とかなり非難されたようだが、僕と同じように、被災した人達のことではなく、高度成長後の日本人全体の生き方と、生存に関わる危機管理の見直しを、この震災が迫ったと言いたかったのだろうと思う。

  原発事故については、事故調査委員会が中間報告を提出し、危機管理の稚拙さをこれでもかと炙り出しているが、この内容を知った強制避難地域の人々の気持ちは如何ばかりかと思わずにはいられない。「ふざけるな!」と叫ぶ声が聞こえる気がする。

  危機の真っ只中にある時、その最高責任者(この場合は一国の首相)として大事なことは、「うろたえるな!」と一括し全員を落ち着かせ、正しい現状認識をし、有効な対策を打ち出すことだ。であるのに、本人がパニックに陥ったのでは危機管理も何もあったものではない。そういう人を総理大臣に頂いていたということも、平和ボケ日本を証明してしまった。これが会社だったら、多分、潰れる。

  神様、どうか来年は日本にこれ以上悪いことが起きないようにお願い致します。起きればまたぞろ、日本のみっともなさを世界に露呈しますので・・・

 

    * 「勝手にシンドバッド」をお読み頂いた皆様、神童覇道は明日
                  から正月休みに入ります。暫く、ブログの方もお休みします。
                  正月明けにまたお会いしましょう。では、良いお年を!

2011 年 12 月 29 日   2 Comments

宝友会の忘年会

 

             

                実は適度な飲酒には「健康状態を2倍良くする」効果が! | 美レンジャー

  先週末は宝友会の忘年会を府中の有名なもつ鍋の店で行なった。宝友会はKさんとMさんというコーラス隊のメンバーと、おじさんバンドのヨッ君や斉藤さんが、8月に、僕の快気祝い(エスカレーター転倒事件の傷の完治祝い)をやってくれたことが始まりだ。その後、KさんとMさんには、おじさんバンド「のどごし生バンド」で歌って貰っている。

  斉藤さんがこの日は参加出来なかったようで、また、ヨッ君が仕事で少し遅れると言うことで、取り敢えず3人でもつ鍋店に向かった。途中、Kさんの旦那様が、たまたま仕事で、もつ鍋店の直ぐ近くの得意先電気店にいると言うので、3人でその店に行きご挨拶。彼はこれから電気店の忘年会に参加するのだそうだ。

  さて、6時半、そのもつ鍋屋さんに到着。入口が屈んで入らないといけない位低くて狭い。まるで穴倉に入る如き入口だ。何でも隠れ家の雰囲気にするためだそうだが、こりゃぁ、腰の痛い時は難儀だなと思いつつ中へ。

  中に入ると直ぐ玄関の「上がりかまち」のようになっていて、靴を脱ぎ一歩上がったところがカウンター席だ。奥には座敷様のスペースがあり、既に、満員の宴会が始まっていた。カウンター席も一杯で、4人分しか空いていなかった。そこが予約席だった。

  3人は早速ビールで久し振りの宝友会を祝い乾杯して忘年会を開始した。コーラス隊とおじさんバンドは7年も前から、一緒のステージに立ったりしていたから、元々仲が良いし話が合う。

  30分ほどしたところでヨッ君がやって来た。彼が来るまで店に待って貰っていたメイン・メニューのとんこつ味噌のもつ鍋を出して貰った。一口、う~ん、旨い。そして、寒い日には堪らないな。チゲ鍋風とか、さっぱり系とか幾つかの味が選べる店だそうだが、こりゃ旨い。有名店の理由が分かるよ。

  最後はおじやで締めて満腹で店を出た。今年一番の寒さという夜だったけど平気の平左。美味しい料理に、美味しいお酒。ほろ酔い気分で2次会に向かった。でもこの夜は、忘年会シーズンもピークでどこも満席だ。不況が嘘のよう。

  それならば、とMさんが心当たりがあると言うので行ってみた。ショット・バーのようだ。そこは階段を上がった2階にあった。中を覗いたら、サラリーマン風の男達が大勢いて、ここもダメかなと思ったら、中から「何名様ですか?」と声が掛かった。「4名」と答えると「用意します」との返事。良かった。

  入口から一番奥まで、なだらかなS字カーブの洒落たカウンターになっていて、カウンターの奥の壁には洋酒の瓶が棚一面に並んでいてとても豪華だ。案内されたところはカウンター席の後ろのボックス席群の真ん中だった。両側は忘年会の流れだろうか、夫々違うグループが占めている。

  普段はこれ程混んではいないのだろうと想像したが、雰囲気は六本木あたりの店と変わらない高級感なのだ。府中にこんな店があるとはねぇ。様々なカクテルやウィスキーを注文して飲んでいたら、Kさんの旦那様が現れた。彼も電気店の忘年会が終ってKさんからの連絡で合流したらしい。

  営業マンの年末は本当に大変だな、得意先の忘年会にも全部付き合わないといけないんだから。それじゃぁ、身体が幾つあっても足りないだろうに。健康には充分気を付けて欲しい。尤も、得意先の忘年会に呼ばれるのは、社長に気に入られ、信頼関係が出来ているからに他ならないのだが・・・

  このバーの雰囲気とカクテルに酔った勢いで5人でカラオケに繰り出し、忘年会が終了した時は、当然深夜零時はかなり回っていた。3回目の宝友会もまたもや深夜に及んでしまった。反省! 3回目の反省! でも気の置けない仲間って、何ものにも代えがたい。

2011 年 12 月 26 日   3 Comments